第二十五話 エピローグ M字開脚
気が付いた時にフィノたち六人が立っていたのは、ゲームに入った時、最初に訪れた部屋だった。
何もない、広くて白一色の部屋。
『ゲームクリア、おめでとうございます』
「イヴさん……」
ついさっきまで、戦っていた女性の声だった。
『まさか最高難易度でクリアする方々がいるとは思いませんでしたよ』
「あ、あの、えっと……大丈夫、だったんですか?」
恐る恐るフィノは聞く。
殺してしまったのかと思っていた。
『ええ、私はこのゲームそのものですから。と言っても、ゲームをクリアされたことでその役目も終わりです。皆さんが現実世界に帰還されたと同時に消滅することになります』
「……そうなんですか」
『フィノ様、そんな悲しい顔をなさらないでください。私にとってこれは役目からの解放なのです。何千年でしょうか? 長い時間でした……ずっと一人で……外の世界がどうなっているのかも分からずに……』
人間には想像も付かない、途方もない時の旅である。
『最後に、製作者であるトマス・ニールソンからのメッセージがあります。これを再生することで私の役目は全て終わります。ありがとう、本当にありがとう……』
彼女の声は消え、やがて別の声が聞こえてくる。
『――あー……プレイヤー諸君、ゲームクリアおめでとう。さっさと報酬を渡して元の世界に帰せ、と思っているのだろうが、最後に少しだけ、私の話に付き合ってはいただけまいか。何故、人生の最後でこんなモノを作ったのかについてだ』
年老いた男性の声だった。
『諸君らは今の世の中をどう思う? 地上では多くの人間が貧困にあえぎ、空気は汚染され、自然は力を無くしていく。すべては私たちの豊かな生活を支えるためだ。だがこのまま環境が悪化すれば、いずれこの社会を維持することは出来なくなるだろう。空中都市は全て地に落ちる。そうなってしまえば、滅菌された空間でしか生きられなくなった、私たちアドミス人に未来は無いだろう』
老人は淡々と語る。
『大霊樹にオーラを流し込み、浄化樹海を再生させる計画もあるようだが、恐らく上手くはいかないだろう。植物はこの惑星の命そのものだ。人間には命を操ることも生み出すことも出来はしない。そんなことが出来るのは、それこそ神と呼ばれる存在だけであろう。人間に出来るのは、分身である子を成すことだけ、その能力すらも昨今では失われつつある』
フィノたちは黙って聞き入る。
『人間は道を間違えたのだ。この手は財を奪い合うためではなく心を繋ぐために使うべきだった。生まれた土地の高低や髪の色で何が変わる? 何も変わらないではないか。そう考えた私は最後に理想を形にしようと思った。このゲーム世界は一つの答えなのだ。便利な技術も保険もないが、人々は大地と共に生き、明るく差別なく暮らしている。現実もこうであってほしい……こうなれなければ、私たちに待っているのは、滅びの未来だけであろう……』
「結局、ゼーラ文明は滅びました。原因については諸説ありますが、ハッキリしたことはまだ分かっていません……」
誰に言うわけでもなく、エスニャが言った。
『すまないね。長い話になってしまった。だが、私は知っておいてほしかったのだよ。このゲームをクリアできるだけの力と調和の心を持つ若者たちに……ああ、報酬は勿論しっかりと渡すよ。このメモリーマットはプレイヤーが外に出た瞬間カードキーに変わる。私の倉庫にあるものを全て持っていってくれて構わない。住所は……まぁ、有名だから調べてくれたまえ。では、さよならだ』
音声が途切れ、部屋は静まり返る。
やがて魔法陣が現れた。
フィノたちはその上に乗り、現実世界へと帰還した。
◇
フィノたちがゲーム世界から戻った次の日。
「どうして修行つけてくれないのよ! あんたそれでも私の担当なの!?」
フィリス魔導学院の訓練場。
顔を真っ赤にしたシェスカがリンネに詰め寄った。
「だからね……さっきから言ってるけど……君にはまだ早いんだよ……」
「まだ一回生だから? ミランジェにはいろいろやらせてるじゃない!」
ビッと横を指差す。
その先にはエロ漫画を朗読させられているミランジェがいた。シェスカとは違った理由で顔が赤い。
これは決して罰ゲームではない。精神を鍛える修行である。
心が揺れればリンネのハチ型ゴーレムがお尻をチクリだ。
「そうじゃないよ……ミランジェちゃんはもう土台が出来てるからね……君は違うでしょ? 体力も魔力も一般人レベル……今は基礎修行をするべきなの……個別で何かするには二年早いかな……」
む~とふくれあがったシェスカに、後ろから話しかける女の子がいた。
「シェスカさん。あのぉ……そろそろ行かないと、メリル先生の診察に遅れますよ?」
そばかすくらいしか目立ったところのない、わざとやっているのでは? と疑いたくなるくらい普通の見た目をした女の子だ。
オドオドとした様子でどんくさそう。
彼女の名前はスズ。
行方不明になっていた生徒の一人で、フィノたちがゲームをクリアしたことで無事現実世界に帰還した。
「ああ、そうだったわね。じゃあリンネ。後で効率の良い基礎修行教えて。二年とか待ってられない。三か月で強くして」
そう言ってすたすた出て行った。
スズは少し困った顔をしてから、リンネにぺこりと頭を下げて後を追う。
「二年ってのも……シェスカちゃんが優秀だった場合を前提にしてるんだけどね……まぁ……やる気があるのは良いことだよねぇ……」
ニヤニヤと二人を見送るリンネ。
少し離れたところで、「いったぁぁぁい!」とミランジェが飛び上がった。
◇
医務室にて。
「ヴァリンちゃん。食欲はある? 痛むところとかなぁい?」
「余裕っす。帰っていいすか?」
「だぁめ♪」
椅子に座って向かい合い、ヴァリンと女医のメリルが話している。
「私の気で治せる範囲だったから良かったけど、本当ならまだベッドの上だよ? もっと体を大切にしてね」
「うっす。帰っていいすか?」
「だぁめ♪」
メリルは気の力を操るとっても凄い先生である。何が凄いって胸元が凄い。白衣のボタンが閉められないくらい凄い。
正式な教員ではないのだが、魔族リリィの襲来に備え学院に滞在している。
「魔法のことは詳しくないけど、相当無理のある技を使ったでしょ? ヴァリンちゃんが一番深刻な状態だったよ。命がけの戦いだったそうだから咎めることはしないよ……でも、危険なことをしたって自覚は持っておいてね」
諭すように言うメリルから視線をそらすヴァリン。
そんなことは言われずとも分かっているのだが、大人はいちいち面倒くさい。
この女医さんは特にそうだった。
「……もう帰っていいすか?」
「だぁめ♪ 診察が終わったらジズちゃんのところによこせって言われてるからね~」
「な、なんでっすか?」
嫌な予感。
「後輩の子たちを危ないことに付き合わせたから、お説教するんだって~」
そう言って、花が咲くようにメリルは笑う。
「い、いやだ! アタシは悪くねー!」
逃げ出そうとしたヴァリンの腕をメリルは笑顔のままあっさり捕まえた。
初動の速さがまるで違う。絶対的なまでの実戦経験の差がそこにはあった。
「じゃあ、いってらっしゃ~い♪」
「いやだぁ~~~!」
気を利用した転移の技でヴァリンがシュン、と消える。
「それじゃあ次の人、シェスカちゃんどうぞ~!」
また厄介そうな生徒を一人、メリルは医務室に呼び込んだ。
◇
「あの、すみません。三種のチーズ豚丼ハイパー特盛温玉付きを……十人前お願いします」
「ええええ!?」
テーブル席に二人の少女が座っていた。エスニャとフィノだ。
ここはフィリスの町にある飲食店。
学院の食堂では騒がしいのでこちらに来ていた。
「あ、遠慮せずにフィノさんも注文してください。支払いは私が持ちますので」
「う、うん」
とりあえず軽食を頼むフィノ。
「エスニャさんって大食いなんだね……ゲームの中ではそうでもなかったけど」
「ええ、食欲をコントロールする訓練をしているので、人並みでも大丈夫です。普段は食べますけどね」
痩せの大食いという言葉を思い出したフィノ。失礼なので口には出さないが。
「でもどうしてそんな訓練を?」
「これでも冒険者志望ですから……数日間まともに食べることが出来ない、なんて状況も想定できますので」
「あ、そっか。確か遺跡発掘を専門にしたいって……」
「はい、ですが今回の件で思い知らされましたね。私に一番足りないものは実力だった……本当に、迷惑ばかりかけてしまいました……」
そう言ってうつむいてしまうエスニャ。
こんな時、なんて声を掛ければいいのだろうか?
フィノは悩んでしまう。
「でも、新たな目標も出来たんです」
そう言ってエスニャは一枚のカードを取り出した。
「それは……」
ゲームから脱出した直後、向こうの世界に入る時に使った石板がカードに変化していた。
「ゲームの製作者はカードキーと言っていました。きっとこれがカギになっているのでしょう。あんな大変な思いをして報酬無しでは悔しいですよね……フィノさん、私は学院を卒業したらゲームのクリア報酬を探そうと思っています。きっと現代では想像もつかないような魔道具や財宝が眠っているでしょう。それらを手に入れて、今回お世話になった皆さんに配りたいと思っているんです」
笑顔を取り戻したエスニャ、初めて出会った頃のように早口気味に言う。とっても楽しそうに。
「そうなんだ!」
釣られて笑顔になってしまうフィノ。心配する必要はなかったようだ。
「そ……それでですねぇ……」
急に歯切れが悪くなったエスニャ。なんかもじもじして、顔がちょっと赤い。
「うん?」
「もし、よろしければ、なんですけど、あ、いえ、断ってくれて結構なんですけども……」
なかなか本題に入らない。
フィノは笑顔のまま待っている。
「い……いっしょに……探しませんか? 冒険者に……なって……」
言えたじゃねぇか……! と、近くの席で見ていたおっさんが親指を立てていた。
「うん! いいよ! 学校を卒業したら、一緒に探そう! すごく楽しそうだし!」
爽やかな笑顔で、フィノは答えた。
「ッ! よっ! よよ……よろしくお願いしますぅ!」
どもりながら言うエスニャ。
そして何故か、店の中で大きな拍手が巻き起こった。
◇
レン・ビャクヤ。十一歳。
凄腕の傭兵一族として名をはせるビャクヤ家の三女。
将来を期待され英才教育を受けるも現在やや反抗期。
「いよ~し、レンちゃん! 次はそこで横になって~」
「くっ……」
鋭い眼つきからはキツイ印象を受けるが、誰が見ても文句なしの美形である。
以前、とある事情から痴態映像が流出し、フィリスでの知名度はフィノに並んで高い。とくに男性人気は彼女を大きく上回る。
「いいぜ~いいぜ~最高だ!」
「……とっとと済ませろ」
そんなレンだが、今現在彼女は水着を着ていた。露出こそ高くはないが、体のラインがしっかり浮き出る白い水着、東の国ジパングに伝わるスクール水着というものらしい。略して白スクだ。
「レンちゃん! 好きな食べ物はなんですか?」
「答える気はない」
レンに録画水晶(十話参照)を向けているのは、スキンヘッドにねじり鉢巻きをした初老の男。周りからは親方と呼ばれている。
彼はフィリスにあるアイドル事務所の社長兼プロデューサーで、レンをスカウトして連れて来た張本人である。
何をやっているのかと言えば、今度発売するレンの水着写真集に付ける特典映像の撮影だ。ファン垂涎の品である。
「じゃあ、レンちゃん……そのまま足を開いてみようか」
「なにっ!? くっ……」
彼女の名誉のために説明しておくがこれは自分の意思でやっていることではない。
アイドルをやらないかとストレートに言われればきっぱりと断っていたはずだ。
だが、親方はレンの素性を調べ上げ"傭兵の雇用"として正式に依頼を出してきた。
もちろん仕事の内容は伏せて。
傭兵とは信用が命である。
契約前に依頼主へ仕事の内容を尋ねるなどはもってのほかだ。
危険そうな依頼だからといって避けるような者に誰が高額の仕事を任せるのか。
特に一流の傭兵となるべく育てられてきたレンは当然このような常識を叩きこまれている。
依頼主と報酬以外の交渉などは絶対にあり得ないのだ……。
「レンちゃん! 今この映像を見ているファンの方へひとこと!」
「死ねッ! クズどもッ!」
というわけで、こうして白スクでM字開脚をしている。
「……すげェ、すげェぜレンちゃん! ファンに向かってそこまで言えるアイドルなんて見たことねェ! なんてサービス精神だ!」
身を震わせ感動の涙を流す親方。
レンにとってはサービスではなく本心なのだがどうしても伝わらない。
彼女としては人気が無くなってくれた方が助かるのだが、キツイ言動をとればとるほどファンたちは喜ぶのだ。
町中で「蹴ってください!」とお尻を突き出されることも日常茶飯事である。
「よ~しここまでだ。良い映像が撮れたぜ……こりゃあ凄い売り上げになるぞ」
水晶をしまった親方はレンに飲み物を渡す。
「高い金を払ってこんなものを買う神経が分からん」
「なぁに言ってんだい。アレキア国内どころか世界中から予約が殺到してるんだぜ? もっと自信を持ちなレンちゃん、あんたにはアイドルとしてとんでもない才能がある。ワールドツアーも夢じゃないかもな」
「傭兵一族にそんなものは必要ない」
「レンちゃんの実家からも予約が来てたぜ? ざっと百部ほどな」
ぶーっ! と口に含んだ水分が宙を舞った。
「ごほっ、ごほっ! ……ジュ……ジュンだな!? あのシスコン女め!」
七つ年上の姉の笑顔が浮かぶレン。買った写真集をニコニコと周りに配っている姿が容易に想像出来た。
羞恥心と怒りで全身が震える。
「さぁ、レンちゃん! 次のライブに向けたレッスンを始めるぞ!」
「くっ……おのれぇ……!」
傭兵契約は一年である。
レンの受難はまだまだ続くのだった。
~あとがき~
こんなところまで読んでくれたあなた!
本当にありがとうございます。
うねうねマジックもすでに十万文字を超えてます。凄いですね!
今回は二本目! で入れる予定だったレンの特典映像撮影シーンを強引にねじ込んだせいでなんか変なまとめ方になっちゃいました。
まぁ気にしていても仕方ないんで気にしません。元々素人ですしね!
実は今回はもっと普通の冒険をする予定でした。
エスニャではなくミリカというポニテボクっ子ヒロイン(珍しく非魔導士キャラです)が登場して世界観的な話なんかが出てくる感じの。
ただ……なんかパッとしないなぁと。
世界観的な話って絶対つまらないと思うんで、どうにか出来ないかなぁ~と考えている時、エーペックスレジェンズというゲームを遊んでいてビリリと来ました。
「三人パーティでゲーム世界に落っこちる話書こう!」
んで、出来たのがこれです。
ぼんやりとした設定しかなかった古代文明あたりを急に詰めなきゃならなくなったので大変でした……。
次回は、そろそろサブキャラにスポットを当ててもいいかなぁとか考えてるんで、ミランジェがメインのお話になる予定です。
最近すっかり丸くなってたレンがまた厄介な子に戻ります。
今までで一番壮大で頭悪い話になるんじゃないかなぁと思います。絵面だけは二章が酷すぎましたけど。
今回みたいに全然違う話に変わってるかもしれませんけどね!
ある日突然死したヴァリンが現世と霊界の狭間で復活するために大暴れする話とかになってるかもしれません。
こうなると泣きながら彼女の遺体を火葬しようとするトカナとミランジェが非常に厄介です。
しばらく充電したらまたゆっくり書き始めると思うんで、思い出したころ覗きに来てくれたりしたら作者はとても幸せです。
では今回はこの辺で。
ありがとうございました。




