第二十三話 神 獣 降 臨
城門が開き、慌てながら兵士たちが飛び出していく。
「ぶはははは! バッカじゃねーのあいつら!」
「しっ! 声デカいっすよ先輩」
少し離れた建物の陰から見ていたヴァリンとミランジェ。
「ゲームの筋書き通り動いてんだから平気だってぇ」
二人は堂々と歩いて城門へ近付く。
「…………う~ん、ここまで都合が良いとちょっと引くなぁ」
「現実だったら絶対あり得ないですからね~」
なんとビックリ、城門開きっぱなし。
見張りもいなくなっている。
さぁ、入ってください! と言わんばかりだ。
「もう出てこないみたいだな。レンは相当うまくやってるらしい」
「まだ本調子じゃないみたいなんで不安っすけどね……しんどい思いしてるかもなんで、ちゃっちゃと終わらせましょうよ」
たしかに酷い目にはあっている。
「実は結構仲良いよなぁ、お前ら。レンが人形にやられた時も心配そうだったし」
「……おチビにはまだリベンジしてねーから、死なれちゃ困るってだけっすよ」
まるで学院の教室にでも入って行くかのような、そんな気の抜けた様子で城の中へ。
事前にサンディから見せられた城内の見取り図を思い出し、王の私室へ向かう。
時折巡回中の兵に見つかりそうになるが、その都度隠れてやり過ごす。
「視線の動きがパターン化されてんな。隙をついて進むのもゲームのうちってワケだ」
城の廊下、大きな銅像の土台に隠れ、見張りの動きを観察するヴァリン。
とんがり帽子の先っぽが見えてしまっているのだが、不思議とこれではバレない。衣服はノーカンらしい。
「階段の近くに四人もいますね……ヤっちゃった方が早くないすか?」
すぐ後ろからヒソヒソとミランジェが言った。
「いや、そりゃ最終手段だ。兵士の強さが分かんないからなぁ」
以前戦った海賊のように、一人一人が達人級の使い手である可能性があるのだ。
無理はしない方がいいだろう。
二人は物陰からじ~っくりとチャンスを待つ。
「あ! 今っすよ先輩!」
「わっ! バカ! 押すな!」
バランスを崩したヴァリン、よろけながらもミランジェの腕をガシっと。
「ちょ、ちょ、ちょ……」
「うおお!?」
もみくちゃになり、どしゃあっと廊下にズッコケた!
「んっ!? そこで何をしている!」
「ヤベヤベッ!」
急いで立ち上がる二人、戦闘を覚悟するが……
「――アレ?」
気が付くとそこは城門の前。
「て、転移させられたんすかね?」
「もしかして……見つからずに王様の部屋に行くまで、何度もここに戻されるのか?」
それはある意味バトルよりも面倒である。
結局、この後二十回以上やり直してようやくボス部屋にたどり着いた。
◇
扉をそ~っと開け、ヴァリンとミランジェは薄暗い部屋に入る。
豪華なベッドからは大きなイビキ。寝ているのは太った初老の男。
抜き足差し足忍び足、ターゲットを起こさぬよう近付く。
「ひそひそ……(こいつか?)」
「ごにょごにょごにょ……(間違いないっす。サンディちゃんの似顔絵で見たクソ王っすね)」
にしし、といやらしく笑うヴァリン。
人差し指をピッと立て、
「ウインドカッター!」
寝ている男に向けて振るった!
風の刃が発生する。
ヴァリンが暗殺の成功を確信した直後、眠っていた男は目をカッと開き、ベッドから素早く跳躍した。
「なにぃ!?」
二人の正面に着地した男。ニタァっと浮かべた笑みからは鋭い牙が見えている。
「ククク……来たな勇者ども。冥王様の忠告が無ければやられておったわ……やはり狙いは北の塔か」
男の皮膚が硬く変化し緑色に、牙は長く伸び怪人へと変貌を遂げる。
「モンスターが化けてたのか……でもま、その姿の方がヤりやすいかな!」
刀を鞘から抜き放つミランジェ。
「モンスターってか魔族に近いな……いやなこと思い出すぜ……」
札を一枚取り出すヴァリン、魔力を込め高く掲げる。
「来な! スラ吉!」
が、反応なし。
「ありゃ? もしかしてゲーム内だからか?」
「先輩ッ!」
「ゲッ!?」
一瞬の油断をついて怪人はヴァリンに迫る。赤い人形ほどではないがかなりの速さ。
大振りの拳を転がり込むように避けるヴァリン、起き上がると同時に指を振った。
「くらえ!」
風の刃が撃ちだされる。
横っ飛びにかわす怪人だったが……
「ファイアーボール!」
「グぎゃッ!」
十字砲火で飛んできた火球が直撃。いくら素早くともこれではどうしようもない。
怪人は爆風で吹き飛び床を転がった。
やがて勢いが弱まり、起き上がろうとするも、既に詰めていたミランジェが手にした刀を横に振る。怪人の喉元が切り裂かれた。
「あぎゃっ! ぐげ!」
「ファイアーボール!」
今度は至近距離から顔面に撃ち込んだ。
怪人の頭部は破壊され、残された体が崩れ落ちる。
「な~いす! ミランジェ!」
「イェーイ!」
親指を立てるヴァリンにピースサインで返す。
「上手く当てるもんだなぁ」
「飛び道具持ち二人で戦う時はこうしろ、ってリンネちゃんに教わったんすよね~」
「ふ~ん……意外と個人的な教育すんだなぁ、あの先生も」
学院では基本的に仲間がいることを前提とした戦術は教えていない。
どちらかと言えば、こういうのは騎士団や軍隊などの分野だろう。
「へへ、うちも最初はヤバい人かと思ったけど、良い先生っすよ」
「そうかもな……よし! 戻るぞ」
◇
王の正体が化け物であったという事実はあっという間に広がり、城の地下牢からは本物の王が救出された。
ヴァリンたちはこの国を救った英雄として歴史に名を残すことになる……と、いうのがゲームのシナリオだ。
「――って話なワケだ。アタシらが偽王を倒した事であの赤い奴が消えたと思う……たぶんな」
城の中にある客室、テーブルについているのはヴァリン、フィノ、シェスカ、エスニャ、ミランジェ。
「そうなんですか……じゃあ、少し休んだらみんなでその塔に行きましょう」
お茶を一口飲んでフィノが言う。軽食と共にサンディが差し入れてくれたものだ。
シェスカは黙々とパンを食べていて、エスニャはまだ調子が悪そうにしている。
ミランジェだけが機嫌良さそうにフィノの隣に座っていた。
「ところでさぁ、フィノ……いったいレンに何があったんだ?」
そう言ってヴァリンは部屋の隅に目をやる。
「え? あ~……うん……えっとですね……」
困った笑顔を見せながら、フィノの視線も部屋の隅へ。
そこには袋を頭からすっぽり被ったレンがちょこんと座っていた。
「見たとこケガは無さそうだけど……」
「そうなんですけど……え~~っと……一人で頑張ってるところを、見られたくなかったみたいで……」
レンもまた、必死で戦っていたのだ。
フーン……と、納得したような様子で食事を始めたヴァリン。
なんとか誤魔化せたようで、フィノはほっと息をつく。
あの後、ひたすら逃げようとするレンをなんとか捕まえて連れて来たのだ。それでもまだ顔を見せてくれない。重症である。
(あたしは、かわいいと思ったんだけどなぁ)
◇
翌日、エスニャの体調が戻り、レンの精神も復活。
白と黒のオーブを持って六人は塔を登る。
「……あの赤い奴、どこ行ったんでしょうね?」
らせん状の長い階段を上りながらミランジェが言った。
「さぁなぁ……パッと消えちまったんじゃねーの? ゲームだし」
ダルそうに答えるヴァリン。塔に入ってからずっとこの階段が続いている。
「そんなに強い敵だったんだ?」
「そうだよ~。おチビが全然通用しなくてさぁ。フィノっちがいりゃ勝てたと思うんだけど」
「黙れ派手女。次は負けん」
「……しかし、その人形が冥王の所有物だとすれば、再び戦う可能性もあるということになりますね」
「私は冥王がそいつ以上に強そうなのが気になるけどね……」
「シェスカとエスニャさんは安全なところにいてね。あたしが二人の分も戦うよ!」
やがて、頂上に出る。
数時間ぶりに太陽と対面出来た。
「あ~~~、わっかりやすいな」
上がって来たと同時にヴァリンは声をあげた。
そこにあったのは二つの台座、白と黒に分かれている。
「どうしよう、オーブをささげたら敵が出て来るかもしれないよね?」
座り込み、肩で息をしているエスニャとシェスカを見ながらフィノが聞く。
「だ、大丈夫よ。いざとなったら私たちは飛び降りるから」
「シェスカさん!?」
「私の魔法があればなんとかなるでしょ!」
エスニャをピシャッと黙らせる。
ゲームをスタートした時も高いところから落ちたが、あの時はシェスカの魔法で助かった。エスニャは気絶していたけれど。
二人の様子を見て安心したフィノ、白のオーブを取り出し台座に置いた。
「お、いいんだな?」
ヴァリンも黒のオーブを取り出し、もう一つの台座へ。
いったいなにが起こるのか、固唾を飲んで見守る。
そして、異変は起こった。
陽が出ているにもかかわらず辺りは暗くなり、雷鳴が轟く。
二つのオーブは発光しながらゆっくりと浮き上がり、互いに引き合い、やがて一つに……
白と黒が混ざった発光体は徐々に、形を成していく。
「勇者たちよ……」
やや高い男性の声、光の中から聞こえてくる。
光はやがて、一匹の白馬に姿を変えた。
額からまっすぐに伸びた、輝く一本角が神聖な雰囲気を感じさせる。
降り立った一本角の白馬は、その全てを見通すかのような澄んだ瞳をフィノたちに向ける。
「むっほー!? よく見りゃカワイコちゃんたちばっかりやんけ!」
喋ったら台無しだった。
「ねーちゃんエロいかっこしとんなー……うお! 十五ぉ!? マジか! マジか!」
ミランジェに近付いて来た馬は匂いをフンフンと嗅ぐ。
「なんで歳が分かったか知りたいやろ? 言われずとも相手の情報が分かる! これがオレっちの能力や! まだあるで? 知りたい? 知りたい?」
顔にツバが飛んだミランジェは無言で刀を抜こうとするが、フィノがその手を掴んで止めた。
「…………げー!? お、お前……その歳で貫通済みやんけ!? 見た目通りのとんでもないビッチや! 近付くな! ぺっ! ぺっぺっ! こっちのロリは大丈夫やろ……くんかくんか……はぁーー!? お前もかっ! 十一歳でってマジか!? 最近のメスはどうなっとるんじゃ!!! 性の乱れ言うにも限度っちゅーモンがあるで! おどれらチン○握った手ぇでオレっちのオーブ掴んだんか! はーキッタな! 体が腐――ぶげらぁっ!!!」
レンの手が出た、グーだ。
ぐしゃあっ、と生々しい音をたてて馬の顔面が変形する。
「ツノだけは綺麗に残してやる。持ち帰ったら高値がつきそうだ」
「調子乗ってんじゃねーぞオラァ! ミランジェ! 剣貸せ剣! アタシが馬刺しにしてやるよぉ」
「うっす先輩! でも生で食ったらまた腹壊しますよ? うちがきっちり焼くんで任せてください! リンネちゃんからうってつけの魔法貰ったんすよね」
「火力が強いと中まで火が通らずにコゲてしまいますからねぇ。弱火でじっくりの方が良いと思いますよぉ?」
「解体するなら生きたまま血を抜かないとマズくなるわよ? 昔本で読んだことあるの」
倒れた馬を囲み、殴る蹴るの暴行を加える五人。まったく手加減をしていない。
「み、みんな……その辺でやめてあげて? ね?」
見かねて止めに入ったフィノ。
このままでは本当に殺してしまいそうだ。
フィノが言うなら……と五人はリンチを諦める。
「キミ、大丈夫?」
膝をつき、馬の体を優しくさするフィノ。どう見ても大丈夫じゃないが。
「げへっ……がへっ……あ……ああ……清らかな体……優しい声……キレイであったけ~オーラ……アネさん……ほんまに人間かぁ? ……いや……聖母……聖母さまや……ええ匂い……」
血塗れの顔でフガフガと鼻の穴をふくらませている。
ミランジェが再びイラッとするも、フィノが近くにいるため手が出せない。
「あたしたち、冥王って人と戦わなきゃならないんだけど、どうすればいいのかな?」
「ああ、そうかぁ……そうやったな……聖母さまを……案内せな……」
馬の一本角が弱々しく光を放つ。
すると、床に紫色の大きな渦が現れた。
「冥王は……この先や……」
「ここに入ればいいんだね」
「最後に……もうひとつだけ……向こうへ行ったら……二度とこっちには戻れへん……必ず……全員で行け……どうか負けないで――ガクッ」
あっ、死んだ。
「いよいよだね……みんな、行こう!」
覚悟を決め、フィノは立ち上がった。
◇
渦に入ったフィノたち、出た先は……建物の中。
狭い部屋、床も壁も石造りで、窓はなく外の様子は分からない。
たった一つの扉は、まるで侵入者を誘うように半開きになっていた。
渦は既に消えてしまって、後戻りはできない。
「……準備はいい?」
扉に近付き、フィノが全員に振り返る。
「問題ない」
レンがすぐに応えた。
昨日とは別人のように落ち着いている。
「……あんたさ、その気になりゃ結構強いんだから、自信持ちなさいよ」
「えっ? ええ、ありがとうございます……」
胸に手を当て不安そうにしていたエスニャに、シェスカが話しかけた。
「クソゲーだと思ってたけど、いざ終わるってなったらちょ~っち寂しい気もするかな!」
フィノに向かってウインクするミランジェ。準備は出来ている。
「じゃ、行こうぜ?」
とんがり帽子を深くかぶり直すヴァリン。
顔は見えなくなってしまったが、口元には笑みが。
仲間たちの様子を見て笑顔になったフィノ。目をつむり、一度深呼吸をしてから、ゆっくりと扉を開けた。
◇
広く、長い通路をフィノたちは横に並び歩く。
途中に扉や分かれ道などは一切なく、その空間はただまっすぐに続いていた。
歩いて、歩いて、やがて終わりが見えて来る。
「外……?」
抜けた先には陽の光が差していた。
上を見れば雲一つない青空。
足元は土と草。
周りをぐるっと囲む城壁。
城の中庭のようだった。
『ようこそ、挑戦者たちよ』
女性の声、どこからともなく聞こえてくる。
警戒しながらも、フィノたちは庭の中央へ。
『私は冥王ダイス。あなたたちを待っていました』
「あなたを倒せば、このゲームが終わるんですね?」
大きな声で、辺りに響かせるようにフィノは言った。
『ええ……ですが、私と戦う前に――最後の試練を受けていただきます』
直後、フィノが城壁のある一点を見た。
「みんな! 伏せて!」
高速で迫る赤い飛来物。
飛び上がったフィノが蹴りで弾いた。
正体は、赤い金属人形。空中で回転し着地。
その姿を見たヴァリンが声をあげる。
「気を付けろ! こいつはとんでもなく強いぞッ!」
一目で分かった。塔を守っていたあの人形だと。
「だけじゃない!」
大声でフィノが言う。再び飛び上がり赤い飛来物を受け止めた。
「なっ……もう一体!?」
「うおおおおおりゃあああ!!!」
捕まえた人形を城壁に投げつけたフィノ。壁を突き破り反対側まで投げ飛ばした。
「今のやつはあたしが倒すから、レンとミランジェは最初のやつをお願い! ヴァリンさんはシェスカたちを守ってあげてください!」
言うと同時にフィノは駆け出し、城壁の穴に入って行く。
「だってさ、先輩。二人を連れてさっきの通路に戻ってなよ」
最初の一体を見ながらミランジェが言う。
「いや、だけどお前ら――」
「問題ない」
ミランジェの隣に、鋭い眼光を見せるレンが立った。凍てつく魔力を放出しその身にまとわせる。
「負けっぱなしでゲームを終えたくなかったからな。これで溜飲を下げるとしよう」
「……わーったよ。オイ、アタシらは一旦下がるぜ」
ヴァリンの言葉にシェスカとエスニャがうなづいた。走って通路へ戻る。
「ミランジェ! レン! 死ぬなよ?」
軽い口調で言って、自身も通路へ向かった。
しかし……途中で気が付く、最悪の事態。
「…………あ~~、そういうことかよ」
感じ取ってしまった。向かう先にいる、煮詰めたジャムのような、濃い魔力。
通路に戻ったところで視界に入ったのは――三体目の、赤い人形。
「めんどくせーめんどくせー……だけどなぁ、頼まれちまったからなぁ……」
震えながら立ち尽くす、シェスカとエスニャの間を抜け、人形と対峙する。
「逃げるわけには……いかねーよなぁ!」
激しい風の魔力を、ヴァリンは指輪に集中させた――




