第二話 もうひとりの特待生
原っぱの中にある土がむき出しになった道、その上をガタガタと音を立てて馬車が走る。
そんな揺れる馬車の中で向かい合って座る二人、フィノとミランジェだ。
「もう少しで次の町に着くから、そっから別の馬車に乗ればやっとフィリスが見えて来るよ」
焼き菓子を口に入れながらミランジェは言う。
二人の間には地図が広げられていて、それを見ながら話をしていた。
「フィリスってどんな町なの?」
フィノは正座をした状態で目を輝かせている。
「ん~……この国の中では結構大きな町だから、色々あるし人も多いかな。冒険者協会の支部もあるから小遣い稼ぎも出来るよ、プロじゃないとしょぼい仕事しか受けられないけど。(フィノっちは冒険者とか向いてそうだな)」
「学校ではどんなことするの?」
「試験に受かっただけだからうちも分かんない。その辺に関してはフィノっちと大差ないね」
「そっか、ミランジェも新入生だって言ってたもんね。試験は大変だった?」
「それがさ、超簡単だったワケ! 今まで必死こいて修行してたのが馬鹿らしくなるよねー。卒業は大変らしいけどさぁ」
二人の話し声はどんどん大きくなっていく。他に客がいたら注意されていたかもしれない。
「ミランジェはどうして魔法学校に?」
「最強の魔導士を目指してるから! ってのと、憧れの人が通ってたから行ってみたいって理由。分かりやすいっしょ?」
「もう魔法が使えるのに入学した理由はそれかぁ……憧れの人って強かったんだ?」
「ヤッバイぐらい強かったよ。うちらよりちょっと年上のお姉さんなんだけどね、雷属性の魔法と刀を使ってクールに戦うんだ……同じ道を歩み出した今だから分かる……あの人は凄かった……」
手に持った刀を見て、笑顔でそう語るミランジェの瞳は、遠い思い出の日に還っているようだった。
ミランジェが見慣れない異国の剣を使う理由、それだけは、聞かずとも分かってしまったフィノだった。
◇
次の町に着いたフィノとミランジェは、軽食を買ってすぐに別の馬車に乗る。
フィノは町を見て周りたかったのだが、ミランジェが急いでいたようなので大人しくついて行く。
二つ目の馬車にしばらく揺られると、目的地であるフィリスの町が見えてきた。
町へと入りフィノは楽しそうに、ミランジェはそんなフィノの姿を見て微笑みながら、フィリス魔導学院を目指し歩いた。
そして――
◇
「はぁ~い到着だよ。ここがうちらの通う学校で~す!」
夕日に照らされたミランジェが振り返る。
長~く続く塀の途中にある大きな門を通って、学園の敷地内へ入った二人。
ミランジェの言葉にフィノはすぐに返事をすることが出来なかった。
「…………ここがって……どこが……?」
フィノは口をぽか~んと開けてきょろきょろ辺りを見回している。
それもそのはず、広大な敷地内にはレンガ造りの建物がいくつも並んでいるのだ。
どれが校舎なのかまるで分からない。なんだろう、塀の中に別の町が存在しているかのような、そんな感覚。
「ははは、全部だよ。最初は驚くよね~。あそこが武器屋さんで、こっちが図書館。食堂もあるし、向こうに行くと学生寮があるよ。そっちは後で案内するからね。うち的には服屋があれば満点だったんだけどな~」
ミランジェは建物ひとつひとつを指差し説明していく。
「こ……こんなところにいられるようなお金持ってないです、あたし」
「ヘーキヘーキ! フィノっちは特待生だから、寮費とかも免除じゃない?」
「それはなんだか悪いような……」
「どうせ税金から出るんだから気にすんなって~」
「なおさら悪いような……」
「そう思うなら卒業してから国に恩返しすれば良いじゃん。軍に入るとかモンスター倒すとかしてさ! ホラ、行こ? 学院長先生に挨拶しないと」
ミランジェはフィノの手を取って歩き始めた。
◇
学園内の建物に入って行く二人。
中へ入ってすぐに、シュっと音を立てて素早く近付いて来た影がひとつ。
「あなたたちは?」
現れたのは黒いマントを羽織った金髪の女性。人形のように整った目鼻立ちをしている、分かりやすい美形だ。
腰からはレイピアを下げていた。
硬い表情でフィノとミランジェを交互に見ている。
「……あ、えっと、私はミランジェといいます。今年からの新入生で、学院長先生に特待生の子を迎えに行ってほしいと頼まれ、連れて来たところです。(動きが全然見えなかった……はえーな、この女……)」
「あたしはフィノです! 学院長さんに呼ばれてきました!」
ミランジェは少し動揺しながら、フィノは元気よく手をあげて挨拶をする。
金髪の女性はそれを聞くと、すぐに表情を柔らかく崩し笑顔を見せた。
「そうですか、話は聞いていますわ。あなたがフィノさん……今年"二人目"の特待生ですわね」
二人目? とフィノが聞き返そうとするよりも早く、金髪の女性は自己紹介を始めた。
「ワタクシの名は『疾風のエリザ』! この学院……いえ! このアレキアの地でナンバーワンの実力を持つ魔導士ですわ! オ~ッホッホッホッホ――」
エリザと名乗った金髪の女はビシッとポーズを決めて高笑い。
あぁ、分かりやすい人だなぁ……という顔でフィノとミランジェはその姿を見守る。
二つ名とナンバーワンのくだりは恐らく自称だろう。
「ちなみにワタクシはここで教員をしていますの。学院長補佐をしながら、風の術や剣技、体術などを教えていますわ。よろしくお願いいたします」
ミランジェはそっちを先に言えよ! と言いそうになるがギリギリで飲み込んでから口を開く。
「……あの、学院長先生は?」
「今は来客中ですわ、少々お待ちになって? それまで中でお茶でもどうぞ♪」
◇
案内された部屋には、低めの長いテーブルを挟むようにソファが置かれている。
フィノとミランジェはそこに並んで座る。
エリザは二人にお茶とお菓子を出すと、少し待っていてほしいと言って部屋を出て行ってしまった。
ミランジェはお茶を一口飲んでから、真剣な顔で隣のフィノを見て聞いた。
「さっきの動き……見えた……?」
「うん? ミランジェのパンツのこと? それなら馬車に乗ってる時からチラチラ見えてたけど」
「まぁじでぇ!? ってそうじゃない! あの人、エリザ先生が出て来た時の動きだよ!」
「ああ! 凄かったね~。あたしあんなに早く動ける人初めて見たよ!」
「だよね。あれも魔法を使ってるのかな……。フィノっちは戦ったら勝てそう?」
フィノはアゴに人差し指を当てて、ん~と考えてから返事をした。
「無理だと思う。動きに追いつけなくて、そのままあの剣でやられちゃうんじゃないかな」
「フィノっちでも無理か。だてにここの教員やってないってことだね……。はぁ、入学試験がヌルかったから、ちょっと舐めてたな……」
体をだらんとソファに預け、天井を見上げながら反省したように言うミランジェ。
そのまま二人は出されたものを口にしながら、しばらく待つ。
「ごめんなさい。学院長の方はまだ時間が掛かりそうですわ。ただ待たせるのも悪いから、フィノさんの入学手続きを済ませてしまおうかと思うのですけど……よろしいかしら?」
戻って来たエリザは黒い手帳と紙を一枚持っていた。
「ハイ! お願いします!」
大きな声で返事をしたフィノを見て、笑顔になったエリザは二人の対面に座る。
そして机に紙を置いて見せた。
「フィノさん、まずはこれを読んでからサインをお願いしますわ」
ふむふむ、と紙を手に取ったフィノは内容を見てふらっとめまいが。
「あぅぅ……文字がぎっしり……」
「フフ……要約すると二つですわ。学院への入学は自分の意思であるということ。課題や試験などでケガをしたり、死んだりすることも覚悟のうえであるということ」
「……学校で死んじゃう人もいるんですか?」
死、という単語にフィノの頭が切り替わる。
もちろん、と言ってからエリザは話を続けた。
「ここは学問として魔法を学ぶ場ではありませんわ。ここを卒業するということは、強者であることを学院長が保証するということ……命がけの実戦も当然、経験していただきます」
フィリス魔導学院を卒業した者には、フィリスメイジという称号が与えられる。
それはブランドのようなものであり、実力者の証として世界中で通用する。
卒業後軍に入るのならば幹部候補。冒険者協会では一流の者と同等の扱いを受け、多額の報酬で要人の警護などを依頼される事も多い。
それだけに、卒業出来る者は少ない。
「怖くなりましたか? 引き返すのならば今のうちですわよ」
意地悪な笑顔でエリザは言う、しかし――
「あたし、別に平気です!」
あっさりとサインを済ませ、フィノはエリザに笑顔で答えた。
◇
(どんな人間でもこの瞬間は緊張するはず……この子はいったい……って顔してんな)
エリザの顔を見ながら、くくっと含み笑いをするミランジェ。
(多分……日常なんだよね、フィノっちにとって命がけなんてのはさ)
人里離れた山の中で生きて来たフィノ。
危険な獣やモンスター、山賊と遭遇することも一度や二度ではなかったはずだ。
死を身近なものとして受け入れて来た彼女が、今更実戦などという言葉で立ち止まるわけがない。
ミランジェは隣にいるフィノの横顔を見た。その瞳には恐れなど一切なく、未知の世界への好奇心だけがキラキラと光り輝いていた。
◇
「……では、これで正式にフィノさんはここの生徒となりますわ」
エリザは紙を封筒のようなものに入れ、封をしてからしまった。
次に黒い手帳をフィノに手渡す。
「これがフィノさんの生徒手帳になります。ここでは何をするにも必要になるので決して無くさないように。再発行がとても面倒ですので……」
「わー、ありがとうございます」
手帳を受け取ったフィノ。
表紙には学校名と魔法陣が描かれている。
表紙をめくってみると、1ページ目には丸い円だけが描かれている。
「フィノさん、その丸の中に親指を押し当ててくださる?」
エリザに言われるがまま指を置く。
すると指を当てたページが紫色に染まり、まるで写真のようにフィノの顔がうきあがった。
「うわっ! なにこれ!?」
「1ページ目には魔力に反応する特殊な紙が使われていますの。これでその手帳はフィノさんのものとなりました。では、次のページに……」
エリザの説明は続いていく。
◇
次々と説明をしていくエリザ。
既に頭がいっぱいになってしまったフィノは困った様子で返事だけをしている。
頼りのミランジェはフィノに寄りかかって寝息を立てていた。
(う~どうしよう……もう覚えられないよ……ミランジェ~起きて……)
フィノが泣きそうな顔でエリザの説明を聞いていると、部屋のドアがゆっくりと開いた。
部屋に入って来たのは、白の体毛を持つ大きな犬。丈夫そうなしっかりとした赤い首輪には鈴が付いている。
(えっ!? 学校の中に犬?)
白い犬は首輪に付いた鈴をちりんちりんと鳴らしながら、フィノ――というかミランジェに近付いて来た。
寝ているミランジェをじ~っと見ている。
「くっくっく……こやつがセスの娘か……顔はあまり似ていないが、この派手な格好にふてぶてしい態度……聞かずとも分かってしもうたわ! 名前はふぃ……ふぃ……ふぃるの、だったかの」
「……えええええ!?」
なんと! 犬が喋った! 高い女の声だ。ミランジェを見ながら喋っている。
「…………ニケ。眠っているのはミランジェさん。特待生のフィノさんはこちらの方ですわ」
言い辛そうにエリザが言った。
ニケと呼ばれた白い犬はしばらくフィノとミランジェを見た後で、うむ……と言ってフィノの足元までやって来た。
くんくんとフィノのにおいを嗅いでから口を開く。
「……あ、確かにセスと同じニオイじゃな。顔の方も面影がある……何よりこの異質な魔力……間違いなくあの時の赤ん坊じゃ」
「えっと……あたしのお母さんを知ってるんですか?」
恐る恐る、フィノは白い犬に話し掛けてみた。
「うむ! わしはニケ! ここの学院長の使い魔である! セスとはかつて共に戦った仲じゃ。赤ん坊のころのお主にも会っておるぞ」
「じゃあ……お母さんが今どこにいるか知りませんか?」
「う~んそれが分からんのじゃ、すまんのぅ……好奇心が人一倍強い奴でな……昔から世界を股に掛けとったような奴じゃ……今頃どこで何をしとるか見当もつかん」
「そうですか……」
しゅんとしてしまうフィノ。
母親には一度も会った事が無かった。
「ニケ、学院長は?」
二人の話を聞いていたエリザが言った。割り込むタイミングを図っていたようだ。
「向こうはもう終わるぞ。セスの子を呼んで来てくれとさ」
「二人ではなくフィノさんだけですの?」
「一対一で話がしたいそうじゃ。というわけで、付いてこいフィノ。お主をわしの主に紹介しよう」
鈴を鳴らし、ニケは部屋の入り口へ向かって行った。
◇
ニケに連れられ廊下を歩くフィノ。
突き当りにひと際大きな扉が見えて来る。
「フィノ、あの一番奥の部屋が学院長室じゃ」
二人――というより、一人と一匹は横に並んで廊下を歩く。
その時、学院長室の扉が開き、中から出て来る者がいた。
その姿を視界に捉え、フィノが呟く。
「……女の子だ」
フィノよりも背は低かった。小柄というよりはまだ子供、いくつか年下だろう。
袖の無い白い服を着ていて、手には指が露出する革製のグローブをはめていた。
腰までまっすぐに伸びた髪は透き通るような水色をしている。
表情は……ここからでは分からない。
「フィノ……あれがもう一人の特待生、レンじゃ。お主の同期となる」
「そうなんだ! あの子が……」
初めて出会ったミランジェ以外の同期、それも同じ特待生。
なんだか嬉しくなったフィノはレンに向かって駆け出していた。
「待つんじゃ! フィノ! あやつは――」
ニケはフィノを止めようとしたが、もう遅い。
動きの軽いフィノはあっという間にレンの隣までやってきていた。
ぱあっと笑顔を作って声を掛ける。
「レン! よろしくね! あたしも今日からここの生徒なんだよ! 名前は――」
「黙れ――」
碧く光る瞳が、フィノを突き刺した。
(あ……れ……?)
体が動かない。突然の金縛り。
「雑魚が――気安く私に話し掛けるな……」
その目を鋭くつりあげて、レンはフィノの首を掴んだ。
「レン!!! やめんか!」
「――チッ……」
走って来たニケの姿を見て、レンはどこかへ去っていった。
直後、フィノはその場にぺたんと座り込んでしまう。
「平気か!? フィノ!」
「う……うん……」
「そうか……フィノよ。レンにはあまり関わるな。あれは子供の姿をした鬼だと思え。お主とは住む世界が違う」
どういう意味なのだろう。
長い水色の髪を揺らしながら去っていくレンの背中を、フィノはそう考えながらボーっと見つめる。
「ニケさん。あたしはレンに何をされたのかな? いきなり体が固まっちゃった」
立ち上がり、服に付いたホコリをはたきながらフィノが聞いた。
その声に、恨みや怖れの色はない。怒りさえも――普段通りのフィノだった。
「――えっ? あっ、ああ……あれは威嚇じゃな。魔力を凝縮した瞳で殺気を飛ばした。気を入れておればなんてことはないよ。達人級の魔導士が素人に使えば気絶させるくらいは出来るが……基本的にはコケ脅しじゃ」
いたって自然体のフィノに戸惑いながらもニケは答えた。
「ふ~ん……そっか……魔力ってあんな事も出来るんだぁ……面白いね!」
そう言って、フィノは笑顔を見せる。
(欠落した恐怖心と……それを埋めるようにして湧き上がる好奇心か……くっくっく……なるほど、よぉ似ておるわ。紛れもなくセスの子じゃの)
これは、面白くなりそうだ。
元気よく学園長室に入って行くフィノを見て、ニケはそう呟いた。