第十九話 危険な仮想現実
「ようこそ! セイバーストーリーの世界へ!」
フィノが石板に引きずり込まれた直後、女性の声で話し掛けられた。
「えっと……」
立っていたのは何もない広い部屋。
壁、床、天井に至るまで白一色。窓や出口も見当たらない。
石でも木でもない、フィノの知らない建材で作られた建物のようだった。
他の人間の姿は無く、たった一人である。
「まずはプレイヤーネームの登録をお願いします」
「あ、あなたは誰ですか!?」
大きな声で問いかけてみるが、
「まずはプレイヤーネームの登録をお願いします」
事務的に返されてしまう。
会話は難しそうだ。
「……あの、名前のことですよね? フィノです」
「フィノ様ですね。本当にこの名前でよろしいですか? ゲームが始まってしまえば変更は出来ませんが」
「はい……」
慣れないやり取りに困惑するが、いちいち気にしてはいられない。
「……登録完了。それではチュートリアルを始めます」
ブゥン……という聞いたこともない音とともに、床に魔法陣が出現する。そこから生える様に現れる、紫の体毛を持つ巨大な狼。
「モンスター!」
「あれが人々を苦しめる敵生体。冥王の力によって異常進化した野生動物の成れの果て、ウェルニィ種といいます。フィノ様にはあのヘルハウンドを倒してほしいのです。なお、セイバーストーリーでは銃火器の使用には制限を設けさせていただいていますのでご注意ください。オーラ兵器に関しては特に制限はございません」
銃火器とはなんだろう? と疑問に思った瞬間、ヘルハウンドは魔法陣を飛び出しフィノに向かって走り出した。
「ガアアア!」
「敵……あのモンスターを倒せばいいんですね」
見た目こそ現実世界のモンスターだが、目の前の相手からは命を感じない、それならば――
「ラッシュヴァイン!」
手加減の必要は無い!
左腕から撃ち出した無数の触手がヘルハウンドを拘束。直後引き寄せ、右の拳を全力で叩きつけた。
「グギャアアアア!」
巨大な破裂音と共にヘルハウンドは消滅。
「へ? なんか出て来た……」
チャリンと音をたてて目の前に落ちたのは、金色のコイン。
「それがこの世界での通貨、ゴールドです。持ち込んだ現金等はご利用になれませんのでご注意ください」
「お金? ここにお店があるの?」
「次はパーティー編成を行います。扉の先へ進んでください」
突然、それまで何も無かった壁に扉が現れた。
「うわ…………」
「次はパーティー編成を行います。扉の先へ進んでください」
「あっ、はい。ごめんなさい」
ぽかんとしていたフィノをせかすように繰り返される言葉。
言われるがままに扉を開け、フィノはゲームを進めていく。
◇
やってきたのはさっきとほとんど変わらない部屋。
唯一違うのは扉が六つあること。そのうちの一つからフィノは入って来た。
ここはいったいどういう建物なのだろう?
床や壁を触ったり、匂いを嗅いでみるもまるで分からない。
そんなことをしていたら、ガチャリと扉が開く。
「サイコロを振って進んで行くようなものをイメージしていたんだがな。思っていたよりずっと厄介かもしれん」
「レン!」
それに続くように次々と扉は開く。
「なんか、想像以上にヤバイねこれ……うち、ちょっとだけ怖くなってきちゃった」
「モンスター倒したら金が出て来るってすごい世界だなぁ。へへっ、現実もこうだったらいいのにな」
「お待たせしてしまったようですね。申し訳ありません。まさか一人で戦う事態になるとは思っていなかったもので……」
「危なかった……剣を持ってきて正解だったわね」
ミランジェ、ヴァリン、エスニャ、シェスカの順で合流。
全員の無事を確認し、フィノは少しだけ安心する。
「揃いましたね。それでは自己紹介をさせていただきます。私はこのセイバーストーリーの管理を任されています。汎用型AIのイヴと申します」
再び聞こえてくる女性の声。姿は見せない。
「これから皆さまが召喚されるのは夢幻世界ウルグラント。この世界は現在、ウェルニィ種を率いる冥王ダイスの手によって闇に閉ざされようとしているのです。冥王を討伐し、ウルグラントに住む人々を救うことがこのゲームの目的となります」
不気味な音と共に再び現れる魔法陣。
今度は青と赤の二つだった。
「最後にパーティー編成を行います。三人ずつに分かれてポータルへ移動してください。ゲームの後半までは二パーティでの進行となります」
「全員で進めたいところですが……どうやら強制のようですね。どうしますか?」
魔法陣を見ながらエスニャが言った。
「ならば私とフィノは離れるべきだな。戦力は均等に分散したほうがいい」
レンは青い魔法陣の上に立つ。
「じゃあうちはフィノっちとい~っしょ♪」
抱き付くようにフィノの腕を取るミランジェだったが……
「ちょっと待った。あんたってナンバースリーでしょ? 均等に分けるならレンのチームに行くべきじゃないの?」
水を差したのはシェスカだ。
「ええ~~?」
「ミランジェ。今回は遊びに来てるわけじゃないし……」
「う~~~……フィノっちがそう言うなら」
「いいだろう。こい派手女。面倒を見てやる」
「あ? この場でリベンジしてやろうかぁ、おチビ」
ミランジェは嫌々レンの隣へ。バチバチとにらみあう。
大丈夫かよ……とヴァリンはつぶやくが、フィノは笑顔である。
「それじゃ、一番弱い私はフィノチームね。悔しいけど仕方ないわ」
全然悔しく無さそうにシェスカは言った。むしろちょっと嬉しそう。
「バランスよく分けるってんならさ、アタシもフィノの方に行けばいいの?」
ヴァリンの言葉を聞いて、一瞬不安そうな顔をしたエスニャ。それに気が付いたのは……フィノ。
「……ヴァリンさん。ミランジェたちをお願いします。ケンカしないように見ててほしいんです」
「げっ、マジかよ……仕方ないなぁ……まぁ、バトルではこっちチームの方が楽できそうか……よろしくなお前ら~」
「ヴァリン先輩よろしゃ~っす!」
「私は雑魚を仲間とは認めんぞ」
「かわいくねーガキ……言っとくけどなぁ、歓迎会でアタシが予選落ちしたのはフィノと当たったからだぞ?」
三人のやり取りを苦笑しながら見ていたフィノに、エスニャが近付いて来た。
「申し訳ありません。気を使わせて……」
周りに聞こえないよう小さな声で言う。
「あはは、いきなりあの二人と一緒は大変かなって」
フィノ、シェスカ、エスニャは赤い魔法陣の上に移動した。
「パーティー編成完了。では、いよいよゲームをスタートします。出発前に質問などはございますか?」
質問という言葉に反応し手をあげるフィノ。
「ッ! あの! 何日か前に、ここに女の子たちが来ませんでしたか?」
「はい。現在ゲームを攻略中です」
「やっぱり……」
同じようにエスニャも手をあげた。
「その人たちをここから助け出すために来たんですけど、可能ですかね?」
「不可能です。ゲーム内のチャンネルが異なるため接触は出来ません」
「なるほど……何か方法はありませんか?」
「先にゲームをクリアするのはどうでしょう。報酬が一点限りなので、ラストボスが倒された時点で他のプレイヤーはゲームから強制退出となります」
分かりやすくていいな。と聞いていたレンが口を挟み、エスニャは笑みを浮かべる。
「他に質問はありませんか? …………では、ゲームスタートとなります。いってらっしゃいませ」
二つの魔法陣は起動し、フィノたちは何処かへと運ばれて行った。
◇
――そして、誰もいなくなった部屋で、カチャカチャと何かを叩く音だけが響く。
プレイヤーネーム『レン』
人種データ『レイジア』
オーラカラー『ライトブルー』
戦闘力評価『S』
プレイヤーネーム『ミランジェ』
人種データ『マキシング』
オーラカラー『レッド』
戦闘力評価『A』
プレイヤーネーム『ヴァリン』
人種データ『マキシング』
オーラカラー『グリーン』
戦闘力評価『A』
プレイヤーネーム『シェスカ』
人種データ『アドミス』
オーラカラー『ブルー』
戦闘力評価『C』
プレイヤーネーム『エスニャ』
人種データ『マキシング』
オーラカラー『ブラウン』
戦闘力評価『C』
プレイヤーネーム『フィノ』
人種データ…………不明
オーラカラー…………不明
戦闘力評価『S+』
パーティーの総合戦力を『Sクラス』と判定。
ゲームの難易度を『ルナティック』に変更。
守護者の戦闘レベルを『最大』に変更。
イヴのボディを第三戦闘用へ換装。全兵装の使用を許可。
「…………最高戦力をもって、挑戦者を迎え撃ちます」
◇
フィノが転送された先はなんと!
「……雲?」
見渡す限りの青空。
周りには白いもやもや。
照りつける太陽。
素晴らしいまでの解放感と浮遊感。
「ウソでしょ!?」
放り出されたのは高い高い空のうえ。
当然のように……落ちる。
(どうしよう! どうしよう!)
混乱しかかったフィノの頭を冷静にしたのは――
「いやあああああああああ!!!」
絶叫しながら空を泳ごうとしているシェスカの姿だった。めっちゃ泣いてる。
すぐ近くには逆さまで落下しているエスニャもいた。白目をみせて気絶している。
「くっ! ラッシュヴァイン!」
両腕から触手を伸ばし二人を引き寄せ、両脇に抱きかかえた。
「フィッ、フィッ、フィノぉ! 私実はね、入学式で助けられてからずっとあんたのこと――」
人生の終わりを悟ったシェスカが何かを伝えようとしてくるが無視。
「シェスカ! 地面に激突する瞬間にあたしが魔法を使うから! エスニャさんをお願い!」
「……魔法? そ、そうだ!」
自分の指輪を見るシェスカ。そう、彼女も魔導士の卵である。
「フィノ! ここは私に任せなさい!」
迫る、地面。
「冷静に……冷静に……」
学院に来て二か月。
やっと覚えた最初の魔法。
「バブルプリズン!」
シェスカの指輪からふくらんだ大きな泡が三人を包み込む。
落下スピードは弱まり、ぼよんと地面に着地することが出来た。
「わぁ……シェスカすっごーい!」
「ま、まぁね……私にかかればこんなもんよ(これしか魔法使えないけど……)」
抱えられた状態でドヤ顔。
フィノが二人を下ろすと泡もぱちんと消えた。
「…………ハッ!? 生きてる!? 私生きてますか!?」
「生きてますよ。エスニャさん」
降り立った場所は平原だった。風もあれば草の匂いもする。とてもあの石板の中とは思えない。
「広いなぁ……入学式の時よりもずっと広い……」
フィノはふぅ、と息をつく。
「あんなものとは比較になりませんよ。所詮あれはただの幻覚ですからね」
「ねぇ、モンスターがいるんだけど……」
シェスカが指差した先にいたのは……一匹のスライム。現実のものと見分けがつかない程にリアルである。
だが様子がおかしい。
スライムはこちらに気が付いていなければおかしい距離にいるにも関わらず襲ってこない。
一定の場所をぴょこぴょこと行ったり来たりしているだけだ。
「変な動きだね。ゲームだからかな?」
「ふむ。ゲームの障害として配置されているにしては大人しいですね」
「あれ倒したらここのお金がもらえるのよね? やっとかない?」
スラリと剣を抜いたシェスカ。
「ちょっとかわいそうな気もするけどね!」
自身満々でスライムに近付いていくが……ある程度距離が詰まった時、異変が起こる。
ピコン! という効果音と共にスライムの頭に『!』マークが出現。
こちらをじぃっと見つめている。
「……なにあれ?」
構わずに進むシェスカ。
嫌な予感がしたフィノが声を掛けようとした瞬間だった。
ズドン! と地面を跳ね、スライムがまっすぐに突っ込んできた!
雑魚モンスターとは思えぬスピード。
「んな!?」
咄嗟に屈んで避けるシェスカ。素晴らしい反応だった。
しかし……
「ひっ……」
煙をあげて服が溶けていた。
すれ違いざまに妙な液体をかけられたのだ。
ざざっと着地したスライムはバネのように潰れ力をためている。
慌てて体勢を整えるシェスカだったが、それよりも早く、スライムは二度目の突撃を行う。
「いやぁああああ!!!」
流星のようなスライムがべちゃあとシェスカにぶつかった。
そのままジュルジュルとふくらみ肢体に絡みついていく。
「あっ、ちょ……っと……やめ……あっ! そこ、ダメ!」
ゼリー状のボディはまるで筋肉のように伸び縮みし、シェスカの体を侵略していく。
「くそ……この……えろスライム……んっ、あぁ!」
色々な意味で大ピンチのシェスカだったが、救世主は現れた。
「シェスカ! 動かないでね……ふん!」
圧倒的な腕力で強引にスライムを引きはがしたのはフィノ。
「えい!」
掴んだスライムをそのまま地面に叩きつけ、勢いをつけて踏む。
破裂するようにスライムは消滅し、コインへと変わった。
「現実とは色々勝手が違うようですね。ただのスライムがあの強さ……単独での戦闘は避けるべきでしょう」
コインを拾ったエスニャは、粘液塗れのシェスカを見て目を細めた。
「はぁ……はぁ……フィノ……ありがと……」
「うん、無事でよかった。戦いは次からあたしがやるからね」
取り出したハンカチでシェスカをふいてあげる。
「とりあえず町か村を探しませんか? 討伐対象である冥王とやらについて調べねばなりませんし……なんとしても野宿だけは……」
泣きそうな顔で、エスニャは言った。
◇
「あの、冥王って知りませんか?」
「ようこそ! ここはラックベリーの町だよ!」
「宿が何処にあるか知らない? あと服屋も……」
「ようこそ! ここはラックベリーの町だよ!」
「……ダメみたいですね」
「ようこそ! ここはラックベリーの町だよ!」
数時間歩き、たどり着いた町の入り口。
直立不動で立っていた男はひたすら虚空を見つめていた。爽やかな笑顔で。
「見た目は人間だけど、やっぱり生きてないね……」
「倒したらお金にならないかしら?」
「やめておいた方が良いと思います。そういった行為にペナルティが設定してあるゲームかもしれませんし」
ひとまず宿を探し、三人は歩く。
「ゲームの中だから仕方ないけど、この町の人……においがしないね」
「匂い?」
「うん。人間のにおい。みんなそれぞれ違っててさ。何となくどんな人か分かるんだ」
「私もなんか匂うの?」
「シェスカはね――」
二人の会話を聞きながら、エスニャは思う。
(匂い……か)
初めて会った時から、フィノには見透かされていたのかもしれない。人付き合いが苦手で、いつも笑顔で誤魔化していた自分を。
消えた生徒よりゲームの調査を優先したかったことも、レンやミランジェと組むのが怖かったこともバレていた。
全てを見通したうえで、彼女はフォローをくれるのだ。
(この人に……隠し事は出来ないかもなぁ)
人に弱音を吐けない程度には高いプライドと、小さなことでも傷付きやすい弱い心をあわせ持ってしまった悲劇。
他者に壁を作り、自分の世界にこもる生き方を常に選び続けて来たエスニャではあったが……
「エスニャさん。悩み事ですか?」
「えっ!? あっ、いえ……違いま……ああ、いや、少し、考え事をしていました。ふふ……」
初めて、素直に笑えた気がした。
◇
宿に着き、部屋に入った三人は今後の方針について話し合う。
「では本格的に情報収集を始めましょうか。町人には一人一つの台詞が設定されているようですから、しらみつぶしの作業になりますね」
メモ帳とペンを取り出したエスニャ。こういうのは得意そう。
「ごめん。私先に店探してきていい? いくら人形が相手でも町中をこの恰好じゃ恥ずかしいわ……」
溶かされたぼろぼろの服を着ているシェスカ。下着もちょっと見えてる。
「ではフィノさんと二人でどうぞ。恐らく所持金が足りないので、外で稼ぐ必要が出てくると思いますから」
「え、でも、エスニャさん一人に調査を押し付けちゃっていいんですか?」
「ふふ……任せてください! 相手が人間でないと分かっていれば不安はありませんから! むしろ楽しいくらいですよ」
「そ、そうですか」
こうまで自信たっぷりにコミュニケーション障害であることをカミングアウトされると逆に頼もしく感じる。
そもそもフィノも自分が情報収集で役立つとは思えないので適材適所ではある。
◇
宿を出て二人と別れたエスニャ。
(ここは町というには狭すぎるからなぁ。暗くなる前には戻れるか)
はたしてこのゲームに夜という概念はあるのだろうか。
調べたいことは山のようにあったが、今はゲームクリアを最優先に考える。
石板の持ち主を助け出すことが出来れば、譲ってもらうことも出来るかもしれない。
趣味の歴史探究はそれからゆっくりとやればいい。
(それじゃあ、行くとしますかね!)
どうも~、と作り笑顔で話し掛け、町人の台詞を片っ端からメモっていく。
十人ほどから話を聞いたところで、ソレと出会った。
『わっ! 急に話しかけるからおしっこが足にかかったじゃないか!』
「…………はいっ!?」
民家の壁に向かって何やらもぞもぞしているイケメンだった。
エスニャの頬がほんのり赤く。
(こっ! これは……)
立ちションというやつではないだろうか。
息が荒くなり、心臓の鼓動が早まる。
イケメンの後ろ姿を凝視してしまう。
(…………いやっ! いやいや、いくらなんでもこれは……)
正直――見てみたい!
エスニャは歴史以外にも趣味がある。それは、えっちな漫画を描くこと!
以前、フィノとレンをネタに使った時はびっくりするくらい売れた。
ここでイケメンの正面をのぞけば、色々と参考になる光景が待っているかもしれない。
先日の事件で無理矢理生やされた時は性欲に支配されろくに観察など出来はしなかった。
(流石にのぞきは……しかし……)
相手は所詮ゲームの登場人物である。
人権などありはしない。
魂すらないのだ。
のぞきどころか押し倒して裸に引んむいたところで問題はないはず。
う~ん、う~ん、と考えながらその場でうろうろ。
「…………よしっ」
負けた。好奇心に。
身を低くしてイケメンの前に周り込む!
「エスニャさん? 何やってるんですか?」
「おぎゃあああああ!!!」
フィノと服を着替えたシェスカだった。
「な、な、なんでも、でももも……」
何度もズッコケそうになりながら走り去っていくエスニャを見て、二人は不思議そうに首をかしげた。
◇
夜。宿屋の大浴場。
「んーっ……はぁ……」
湯につかりながら大きく伸びをしたのはシェスカ。今日は散々な目にあった。
旅人の服が安く売られていたのは不幸中の幸いだったか。
しかしゴールドが足りずせっかく見つけた地図は買えなかった。
明日は朝一番でモンスターを狩りに行く必要があるだろう。
(スズのやつ、今頃どうしてるかな……)
先にゲームに入った友人はどんくさいことこの上ない。
とてもこんな世界でやっていけるとは思えなかった。
疲れからか、閉じようとするまぶたにどうにか抗っていると、脱衣所から足音が聞こえてくる。
「シェースカ! 来ちゃった♪」
「ひゃっ!?」
爽やかな笑顔で入って来たのはフィノ。もちろんすっぽんぽん。
思わず背を向けてしまった。どうしてだろう?
「わぁ、結構熱いんだね」
「……エスニャの話はもう終わったの?」
「うん。全然分かんなかったから、ゲームのことは全部任せることにしたんだ」
冥王の居城へ行くには封印がどうだとかオーブがどうだとか言ってた。
浴槽に入ったフィノはすい~っとシェスカの隣へ。
「スズたちのこと、心配だね」
「……別に」
「そうなの?」
「そうよ。大して長い付き合いでもないし……他人の心配なんかいちいちしてんのあんたくらいだわ」
何も言わずに微笑むフィノ。
静かな時間が二人の間に流れる。
なんだか気まずくなってしまって、シェスカは話題を探す。
「初めて会った時……入学式の時、なんで私を助けてくれたの? 何の得にもならないのに」
「誰だって、死んじゃったら悲しむ人がいるでしょ? あたしはその人の代わりをしているだけ。その場にいられない、愛する人の代わりを……」
「私にはいない……そんな人」
フィノの笑顔が消えた。
「……家族の人は?」
「まだ私が家にいると思ってるんじゃない? アクセサリーだからね、私は。人前に出る時に引っ張り出されるだけ。必要になって、初めて消えたことに気が付くんじゃないかしら。そこで恥をかくのよ。いい気味だわ」
そうなんだ。と呟いて、悲し気に笑うフィノ。
「でも、あたしはシェスカが消えちゃったら嫌だよ? だから、たとえどんなに危険な目にあうとしても、やっぱり助けにいくと思う。それに、あたし以外に誰もいないとも思わない。人間はみんな、大きな何かに祝福されて、この世界にやってくるんだから……」
シェスカはゆっくりと立ちあがる。フィノからは目を逸らして……
「わ……私もう出る。ちょっとのぼせちゃったみたい……先に寝てるから……」
ふらふらと浴場から出ていくシェスカは、耳まで真っ赤に染まっていた。