第十八話 消えた女生徒
フィリス魔導学院、学生寮の一室。
部屋には女生徒が集まっている。
「感じる! 感じるワ! 卓上のダークエネルギーをジュク! ジュク! とね! これは私がツモる流れ……」
「HAHAHA! それマジにござるか?」
「この人さっきも似たようなこと言って振り込んでたッス。あてになりゃしないッスよ」
「…………おっ!? うっしゃー! リーチだ! 振り込んだ奴は一か月ノーパン生活な~。あちし製のミニスカートで!」
卓を囲み、騒がしくテーブルゲームをしているのが四人。
その様子をと~っても嫌そうな顔で見ていた女の子が話しかける。
「あぅ……あのぉ……どうしていつも私の部屋でやるんですか……?」
四人からの返事はない。
無視ではなく熱中しすぎて誰も彼女の声に気付いていないのだ。
「ダッテカワイインダモン症候群よ! スズちゃん!」
「……はい?」
ベッドの上で本を読んでいた最後の一人が口を開いた。
「女の子同士の集まりではね、一番大人しくてカワイイ女の子の部屋に集まってしまうものなのよ! 原因は不明……私の読みでは無意識な羨望……相手になり替わりたいと思う心……人間の弱さ……」
何言ってんだコイツ……と思うが口には出さない。
スズは空気の読める子である。よりいっそう嫌な顔を作るだけである。
「ロン!」
「ぐはっ! よりによってこれでござ――ってうえーそんな高いの!?」
「ぬははは! 見たか! これがあちしの運命力!」
意外と早く決着はついたが、これで終わってくれそうにはない。
「しっかし、いつも同じゲームだと流石に飽きるッスね」
だったら帰れ、と思うがスズは口に出さない。顔で主張する。
「ある、あるワヨ? とっておきのゲームがね……」
そう言って一人が立ち上がり移動する。ベッドの下に手を入れ、ずるずると大きな石板を引っ張り出した。
なんで私の部屋にこんな物隠してんの……? とスズは思ったが(略)
「クックック……これはね。何千年も前の遺跡から発掘された魔道具でね。古い時代のゲームだそうヨ」
その場の全員で石板をのぞき込む。
見たところただの平べったい板だ。
六人分の手形が描かれている。
「これ本当にゲームなんスか?」
「間違いないわ。裏に古代語でルールも書かれてる。パパが高額で買い取ったものをこっそり借りて来たの」
それは借りたとは言わんだろうとスズは(略)
「プレイヤーは六人。全員で石板に触れて、呪文を唱える事でゲームは起動する。クリア報酬は……巨万の富と偉大な力……だったかな?」
「力!? 古代人の封印した伝説の武器MASAMUNEにござるか!」
「武器かどうかは分かんないッスけどね。私は魔法がいいな」
「ちょ、ちょっと待ってください。これって、かなり危ないやつじゃないんですか? やめておきましょうよ……」
言わなければならないことなのでスズは言った。震え声。
どう考えてもマズイやつである。
「スズちゃん、安心して? ゲームに必要な人数は六、私たちの数も偶然だけど六。これは運命よ! 私たちはこの日のために出会った定めの戦士なんだわ! 危ないゲームでもきっとなんとかなる! 物語ってそういうものよ!」
「いや、意味わかんないです……せ、せめて私じゃなくて、もっと強い人を呼んだらどうですか? フィノさんとか、レンさんとか……」
涙目で話すスズ。とにかく関わりたくなかった。
「レン!? いてててて! くっそ~……奴のことを思い出すと股が痛む……本当にもがれそうになったからな……」
「もう生えてないのに痛むんスか?」
「おっ? 幻肢痛というものでござるな。マンガで読んだことがあるでござる」
手や足を失った者にみられる症状である。
無くなったはずの体の部位が痛むのだ。この場合は手足じゃないけど。
「ほらほらスズちゃん! 危険を恐れてたら立派な魔導士にはなれないわよ? 何よりもう一人探してくるのが面倒なのよ」
「そうでござるよスズ殿。ジパングのことわざにもおケツに入らずんばなんたらかんたらってのがあって……」
「虎穴ですよねソレ。あのぉ……私これでも向こうの出身なんでそういうの分かっちゃ――あっ、やめてください! 私の手を勝手に……あぁ――――」
◇
数日後。
「行方不明者は六人だ。スズ、プリメーラ、リオン、シュノセル、エストナ、グレタ。全員一回生で私たちの同期だな。知っている顔もいるのではないか?」
学生寮の廊下を歩くフィノとレン。
「うん……全員知ってる子だよ。何があったんだろ……」
突如姿を消した六人の生徒。
学院長直々の依頼でフィノとレンは彼女たちの捜索を手伝っていた。
手の空いている教員はフィリスの町を、フィノたちは学院の中を任されている。
「六人は出身も人種もバラバラだ。ここの生徒であるということ以外に共通点はほぼ無いな。集まって遊ぶ姿が目撃されているから、全員でいる時に何かがあったはずだ」
資料を読みながらレンは前を行く。
「あのリリィって魔族のしわざかな?」
「さぁな。メリルが結界を張っているから、魔族が侵入して来れば探知出来ると言っていたが……」
話しながら少し歩き、目的のドアの前で足を止める。
「ここか」
「うん」
やって来たのは行方不明者の一人、スズの部屋。
ここを調べれば何か手掛かりが見つかるかもしれない。
そう考え、フィノはドアノブに手を掛けた。
「――っ!」
「どうした?」
ノブを握った姿勢で顔だけをレンに向け、小さな声で言う。
「……中に誰かいるよ」
「なに? 人数は?」
「ひとりだけ」
「そうか」
フィノに目で合図を送るレン。突入の意思表示。
直後に指を五本立て、一本づつゆっくりと折っていく。
タイミングを合わせて――
「誰だ! そこで何をしている!」
勢いよくドアを開け、二人はスズの部屋に飛び込んだ。
そこにいたのは怪しい者では無く、フィノのよく知っている人物だった。
「あれ、シェスカ!」
「フィ、フィノ……ビックリさせないでよ! もう!」
クセのある藍色の髪をした女の子。
怒りながらキッとにらみつけて来るが、涙目だった。
キツイ口調だがなにかと理由を付けてフィノの後をくっついてくる変わった娘だ。
「ここで何やってたの?」
「それ、こっちのセリフ。スズの部屋に何の用?」
「行方不明者の捜査だ。学院長の依頼でな。もう一度聞く、貴様はここで何をしていた?」
シェスカの問いにはレンが答える。
目付きの鋭さは良い勝負だ。
「別に何も。スズの奴とは知り合いだったから見に来たの」
「……本当か?」
シェスカではなくフィノに確認を取るレン。
「うん。本当だよ。シェスカとスズは友達だったから……心配だったんだね」
「べ、別に心配とかしてないけど。暇だったから探してただけ」
「なるほど。なら問題は無いな。何か変わったものは見つかったか」
「私もさっき来たとこだから分かんない」
三人はスズの部屋を見回してみる。
本が置かれたぐちゃぐちゃのベッド。
机の上には食べかけのお菓子。
出しっぱなしのテーブルゲーム。
「失踪を考えている人間の部屋とは思えんな。やはり何かに巻き込まれたか」
アゴに手を当て考えているレン。
その時、シェスカが床に落ちている石板に気が付いた。
「何かしらこれ? こんなものあいつ持ってたかな……」
拾って調べてみる。
フィノとレンも近付いて来た。
「骨董品か。ずいぶん古い物のようだな」
「裏になんか書いてあるけど読めないわね。昔の文字だわ」
「……これ、不思議な力を感じる。魔力と……なんだろう……」
石板に手を当てて目をつむるフィノ。うむむと考え込んでいる。
「ふむ……魔道具の類か。失踪と関係があるのかもしれんな」
「リンネ先生に聞いたら何か分かるかもしれないね」
「ならばフィノはこれを持ってリンネの元へ行ってくれ。私は他の五人の部屋を調べてみる」
「うん。シェスカはどうする?」
「私もこれが何なのか気になるし、フィノについてく」
「そっか。じゃあ一緒に行こっか!」
謎の石板を抱え、フィノはスズの部屋を出た。
◇
ここは学院の訓練場。
右を見れば筋トレをしている生徒。
左を見ればダミー人形に魔法の試し撃ちをしている生徒。
騒がしく汗臭い空間で彼女、ミランジェは瞑想をしていた。
鼻から大きく息を吸って口から限界まではく。
呼吸にのみ意識を集中させ無心を目指す……のだが。
「レン! あたしの触手の味はどう?」
「ひぃいいいん!!! 気持ちいいですぅぅぅ!!!」
「味はどうだって聞いてるんだよ!(ガンッ!)」
「きゃん! おっ、おいしい! おいしいですぅぅぅ!(ペロペロ)」
「よぉ~しよし! 次はもっと太いのブチこんであげるからね! うねうね~!」
「ひゃああ……フィノぉ……もう勘弁してくれぇ……」
そんなミランジェの前で薄い本を朗読しているのは彼女の担当教員、リンネである。
内容の酷さにミランジェの顔が引きつった瞬間――
「いったぁぁぁい!」
体にピリリと痛みが走る。
思わず飛び上がってしまった。
「あ~あ……心が乱れちゃったね……フフフ……」
本から顔を上げてリンネは言う。
黒く、長い前髪で顔は見えないけれど。
「だってさぁ……おかしすぎるでしょ! 何なのその本! フィノっちはそんなこと言わない! しない! 絶対!」
ビシっと指を差してミランジェは断言。
「それは……くく……描いた人に言ってよ……」
クスクスと笑うリンネ。
持っている本の表紙には裸で抱き合うフィノとレンが描かれている。
「……そもそもリンネちゃんはうちに何させたいワケ? こんなうるさいトコで瞑想したって意味ないじゃん。思いっきり邪魔してくるし」
「違うよ……こんな環境でやるから意味があるんだ……」
ぱたんと本を閉じ、リンネは語りはじめる。
「キミは運動神経がいいし……魔力もしっかり鍛えてる……持ってる魔法のバランスも良い……でも……精神面がちょっとね……何があっても揺れない心を作る必要があるの」
「そうなの? 根性だったら誰にも負けねーって思ってるけど」
「そういうのとは違うかな……キミの弱点は思い切りが良すぎること……悪く言えば思考停止でリスクの高い選択肢を選んじゃうこと……実戦では致命的だよ……テンパった戦闘中でも……冷静になって考えるクセを付けなくちゃいけないね……今のままだと……間違いなく早死にするから」
「あ~。たしかにそゆとこあるか」
「まぁ……炎の性質を持ってる人には……よくみられる傾向なんだけどね」
「リンネちゃんたまにそういうこと言うよね~。属性差別みたいな」
「フフフ……魔力性質ってね……結構本人の性格に影響を与えるんだよ……逆かもしれないけどね……」
「ふ~ん……じゃあ、さ。雷の属性ってどんな人なの?」
「雷か……自分を常識人だと思ってるけど……大抵どっかズレてるって人……かな……炎との相性はそんなに悪くないよ」
「へ~。相性とかまであんの」
「あるある……ちなみに炎と土は最悪だから気を付けた方が良いよ……見事なまでに正反対……炎が一晩で忘れるようなことを……土は何年も根に持つからね……ヒヒ……」
「あ~……言われてみれば苦手な人多いかも」
ミランジェは苦笑いで過去の出来事を思い出してみる。
土属性の友達はたしかにいない。
「ところでさぁ、リンネちゃん。うちの指輪そろそろ返してくんない? 一応切り札なんだよねぇ、アレ」
「サラマンダーインストールはダメだよ……あんなものは自爆にしかならない……ああいうバカ魔法を使わないようにするための訓練だよ」
「でもホラ、やらなきゃ絶対死ぬって状況になるかもしんないジャン?」
「そのタイミングを冷静に判断できるなら……いいんだけどね……」
「出来る! 多分!」
「例えば……の話だけど……すっごく強い奴にフィノちゃんがいじめられてたら……キミ使うでしょ? 我慢してれば二人とも死にはしないのに……『ごめんリンネちゃん、ここで命賭けられないようじゃうちは一生後悔する!』とか言っちゃってさ……顔真っ赤にして……ヒヒッ……」
「えっ、あ~……どうかなぁ(使うだろうな~たぶん)」
完全に見透かされてしまっている。
指輪の奪還はまだまだ難しそうだ。
そうして、ミランジェとリンネが今後の修行について話していると、フィノとシェスカの二人がやって来た。
「ミランジェ!」
「フィノっち~! なにやってんの?」
「ちょっとリンネ先生に用があって……え~っと、まだ訓練中ですか?」
遠慮がちに話しかけるフィノ。
リンネは持っていた本を素早く隠す。
「ン? 別にいいけど……」
「これがなんだか知りたいんです。実は――」
フィノは事情を説明し、持ってきた石板を渡す。
「ンン~~? ……これはまた古い物だね……裏に書かれているのは……古代語……魔道具かな……」
「なんて書いてあるか読めませんか?」
「私には無理だね……こういうの……詳しい教員もいるんだけど……今は忙しいからな……」
「そうですか……」
しゅんと肩を落としたフィノにリンネは石板を返す。
「生徒でいいなら……いないこともないよ? 読めそうな人……」
「本当ですか!?」
「こういう古い物が大好きな女の子でね……三回生の……エスニャちゃんって子なんだけど……」
「エスニャさんですね」
「今だったら……まだ部屋で寝てるんじゃないかな……会いに行ってみたら~?」
「えっ?」
現在の時刻は既に昼過ぎである。
朝寝坊だとかそういうレベルの話ではない。
「と、とりあえず会いに行ってみますね。リンネ先生、ありがとうございました。シェスカ、いこっ」
去っていくフィノにミランジェが慌てて声を掛けた。
「あっ! フィノっち! お昼食べたらうちも手伝うよ! ――んじゃあリンネちゃん。付き合ってくれてありがとね!」
「ミランジェちゃん……ちょっと待って……」
リンネは指輪を一つ取り出すと、ミランジェに投げて渡した。
「これって……」
「サラマンダーインストールは返さないけど……代わりにコレをあげるよ……『ファイアキャノン』の魔法……タメが必要になるから当てるのは大変だけど……威力はファイアーボールの何倍も出る……切り札とまではいかないけど……一つの選択肢にはなると思うよ」
「あ、ありがとう……」
「私とキミのタイプは正反対でね……ハッキリ言って相性悪いんだけど……逆に考えれば……互いに足りないモノを高いレベルで備えてるとも言えるんだ……だから……納得のいかないことも多いだろうけど……必ず強くしてみせるよ……それだけは……信じてくれていいからね……」
「うん! 頼りにしてるよ! センセー!」
貰った指輪を笑顔ではめて、ミランジェは食堂へ向かって走り出した。
◇
訓練場を出て再び寮にやって来たフィノとシェスカ。
管理人さんにエスニャという生徒の部屋を教えてもらう。
「こんな時間まで寝てるとか、絶対ろくでもない奴ね。信用していいのかしら」
「シェ、シェスカ……」
部屋の前まできて毒づくシェスカに、困ったように笑うフィノ。
気難しい人だったりしないだろうか? との不安はフィノにもあったが、覚悟を決め、ドアをノックした。
「……どちらさまですか? 今忙しいんですけど」
とても不機嫌そうな声で返事が聞こえて来た。ドアは開かれない。
とりあえず起きてはいたらしい。
「エスニャさんですよね? いきなりごめんなさい。あたしはフィノといいます。実はエスニャさんに見てもらいたい物があって……かなり古い物みたいなんですけど――」
「え!? ちょ、ちょっと待っててください!」
一転、慌てた声で返事が来た。
部屋の中からはバタバタと慌ただしい音が聞こえてくる。
ほどなくして、がちゃりとドアは開かれた。
「お待たせしました」
現れた部屋の主を見た瞬間、フィノとシェスカが思い浮かべたのは――『貧弱』の二文字。
二人も細身な方ではあるが、それにしてもエスニャは痩せていた。押したら折れそう。
恐らくたった今強引に整えたであろう髪の毛にはまだ寝ぐせが残っている。
目の下には大きなクマ。
伸びて型崩れした服。
取ってつけたようなウソ臭い笑顔を浮かべていた。
「いやいや。まさか学院最強の呼び声高いフィノさんが私を訪ねてくるなんて、明日は槍でも降るんですかねぇ? そちらの方はお友達ですか? 見てほしい物とはなんです? これでも私年代物についてはそれなりに詳しいと自負しております。年代物とは言ってもここ数百年程度の話ではなく二千年以上前のゼーラ文明の方が専門でして、そもそも魔法を学んでいるのも遺跡発掘専門の冒険者をこころざしたからであり、フィリスメイジの称号があれば冒険者協会のプロ試験が免除されるのでここを卒業することは一石二鳥の――――」
なんだろう、内容がまるで頭に入ってこない。
ハイテンションで聞いてもいない話を続けているエスニャ。
会話のキャッチボールが成り立っていないのだが、本人はそれに気付いていない様子。
「あの! これお願いします!!!」
話の途中で強引にフィノは石板を押し付けた。
「というわけでして、ゆくゆくは――あっ、はい。これですね」
渡された石板をまじまじと見つめるエスニャ。
ひっくり返し、裏面に書かれていた文字を見た時、作っていた笑みが消えた。
「…………フィノさん。これ譲っていただくことは出来ませんかね? 買い値の二割増しでどうでしょう」
「ごめんなさい。これあたしの物じゃなくて、実は――」
事情を説明する。
「なるほど……行方不明か……そういうことか……」
石板の文字を見ながら呟いているエスニャ。
再び笑みを作ってフィノを見た。
「フィノさん。それでは一日だけお借りしてもよろしいですか? 時間をかければ文字の解読が出来そうなんですよ。これは勘ですけど……生徒の失踪とこの魔道具は関係があると思います」
「本当ですか! お願いします!」
「では、連絡先を教えていただいてもよろしいですかね。明日報告しますので」
◇
そして翌朝。
目覚めたフィノが顔を洗うために部屋から出ると――
「おはようございます。フィノさん」
「うわっ!」
部屋の前でぬぼーっと立っていたエスニャ。
今日は笑顔ではなく疲れた顔。服装は昨日と同じだった。
驚いてうわっ! とか言っちゃったフィノにも動じず、エスニャは手紙を差し出してきた。
「詳しいことはこれに……私は今から寝ますので……」
それだけ言ってフラフラと去っていってしまった。
もしかして一晩中起きていたのだろうか?
エスニャの体を心配しながらもフィノは部屋に戻り、手紙を広げた。
主な内容はこうだ。
1、石板についての説明をするから今日の昼過ぎにエスニャの部屋へ。その際、信頼出来て腕の立つ者を教員以外で四人連れてきてほしいということ。
2、石板と行方不明者はほぼ間違いなく関係しているが、とある理由によって口外するのは避けてほしいということ。
3、最後に、戦闘の準備をしておいてほしい……と、いうこと。
(あの石板……やっぱり事件と関係があったんだ)
しかしエスニャの指示が引っかかる。
何故教員に声を掛けてはいけないのだろう。
リンネにくらいは報告しておいた方がいいような気もしたが……
(とりあえず……エスニャさんの話を聞いてみようか)
今は従っておくことにした。
連れて行く仲間を頭の中で探す。
考えをまとめ、よし! と気合を入れて、フィノは部屋を出て行った。
◇
正午を知らせる鐘が鳴り、フィノは仲間たちを連れてエスニャの部屋を目指していた。
メンバーはレン、ミランジェ、ヴァリン、シェスカ。
レンとミランジェは二つ返事で、ダメ元で声を掛けたヴァリンは「メンドくさいけど、フィノには借りがあるからなぁ」と言って来てくれた。
シェスカはいつも通り勝手に付いて来た。
部屋の前まで来たフィノは昨日と同じようにドアをノックする。
「エスニャさん。フィノです。言われた通り仲間を連れてきました」
「カギは開いています。どうぞ」
言われるがまま五人は中へ。
部屋はきれいに片付けられていて、この人数でも特に窮屈には感じない。
そもそも家具が少ないのだ。
何に使うのか分からない道具、本、着替え、石板がベッドの上に無造作に置かれていた。
ベッドに座っていたエスニャは立ち上がり、入って来たメンバーの顔を見てニヤリと笑う。
「お集まりいただきありがとうございます。素晴らしいメンバーだ。流石というかなんというか、やはり優秀な方の周りには優秀な方が集まるんでしょうね。元ホープのヴァリンさんにまで来てただけるとは思いませんでしたよ。これなら救出作戦も上手くいきます」
「元って言うな、元って。たしかにフィノたちが来てからは影薄いけどさぁ」
「エスニャさん! それより救出というのは……」
「ええ、今から説明します」
エスニャは石板を床に置く。
「結論から申し上げますと、これは数千年前に古代人が作ったゲームなんです。消えた六人は現在このゲームをプレイ中だと思われます」
「ゲームって、サイコロ転がして遊ぶやつ?」とミランジェが。
「はい。と言ってもこれはよく発掘される魔道具に近いものでして、現代では再現不可能な技術で制作されています」
笑みを絶やさず、人差し指を立ててエスニャは話す。
「ゲームを遊ぶのに必要な人数は六。描かれている手形に全員で触れ『ニューゲーム』と言うことで起動します。さらに条件があって、同一の人種だけで集まってもゲームは始まらないそうです。このルールだけは意味が分からないですね……まぁ、私たちは大丈夫でしょう」
ここからが重要ですよ? と言って、エスニャは真剣な顔つきに変わった。
「条件を満たすと、この石板はプレイヤーを肉体ごとゲーム世界に転移させます。こちらに戻る方法はゲームのクリア以外にはありません。中で死ぬ可能性もあるそうです」
そんな! とフィノが声をあげる。
「非常にまずい状況ですね。一刻も早く救出に向かわなければならないでしょう。今日はそのために集まっていただいたのです。さぁ、今すぐゲーム内に向かいましょう!」
そう言って石板に手を置くエスニャだが……
「ちょっと待ちなさいよ」
とシェスカが口を開く。
「はい? 何でしょう」
「そんな大事なこと、私たちだけで決めちゃっていいわけ? 学院長に説明して正式に救出隊を結成してもらった方がいいんじゃないの?」
同感だな、と腕を組んで聞いていたレンが言った。
エスニャは再び笑みを作る。
「私はそれでも構いませんが、いいんですかねぇ? 少し考えてみてください。教員たちに話せば間違いなく石板は取り上げられるでしょう。そして始まるのは救出作戦ではなく職員会議だ。誰が行くべきか、そもそも情報は正しいのか、万一の事態に責任を取るのは誰か。少なくとも大人たちが今日中に動くことは無いでしょう」
フィノを見ながら、軽い笑顔で続ける。
「彼女たちが消えてから何日ですか? たった今、この瞬間にも生命の危機にさらされているかもしれません。怪我で動けず、涙を流し助けを呼んでいるかもしれないんですよ。それを分かっても――」
「分かった。エスニャさん、もういいです」
語気を強め、話をさえぎったのはフィノ。
「あたし、行くよ。でも危険なことだから、覚悟のある人だけで行こう。みんなはどうする?」
強い意志を秘めた目で、集まった四人を見た。
「うちも付き合うよ。修行にもなりそうだしね。それに不謹慎だけどさ。命がけのゲームとか、ちょっと面白そうだし」
すぐに応えたのはミランジェ。
にっと笑い、刀を握る。手の指輪はひとつ増えていた。
「いいだろう。手伝ってやる。最近気が抜けることばかりでな。少し暴れたいと思っていたところだ」
次はレン。
クールな態度だが、その魔力が誰よりも昂っているのをフィノは感じた。
「わ、私だって行くわよ! 別に怖いからあんなこと言ったんじゃないし!」
何故か怒り出したシェスカ。
背負っていた剣の柄に手を掛けた。
だけどその手は……震えている。
「……あ~、ヤバそうだから抜けるわぁ……とか言える雰囲気じゃねーなぁ。さっきも言ったけどフィノには世話んなったからね。アタシも協力するよ。後でなんか奢れよな~。スラ吉と二人分」
指で挟んだ札をピッと見せるヴァリン。
いつものとんがり帽子を目深に被る。
これでもやる気である。
「いや、素晴らしい! それではさっそく向かいましょう。石板の手形に手を置いてください」
「エスニャさん。最優先はスズたちの救出です。それは忘れないでくださいね」
釘を刺すように言ったフィノ。
エスニャの目的が別のところにあるのは察しが付いていた。
「……ええ、もちろん」
返事を聞いてから、フィノは石板に手を置いた。そして他の四人も。
「では行きますよ? 『ニューゲーム』!」
瞬間、石板は強く輝き、激しい光とともに六人の体を飲み込んだ。