第十七話 エピローグ 直腸検査
フィノたちがリリィを撃退してから数日後。
学院の結界は消え、感染した者たちは無事元の体に戻っていた。
ここはフィリス魔導学院の医務室。
椅子にちょこんと座っているのはレン。仏頂面だ。
「……まだか?」
「うん。もうちょっとだから我慢してね~」
対面に座りカルテになにやら書き込みながら、子供をあやすように答えたのは、ピンク色の長髪をリボンで結んだ美女。
白衣を着ているがボタンをしていない。胸が大きすぎて前を閉めると窮屈なのだ。
彼女は医師のメリル。
今回の事件で身体に異常をきたした者を診てもらうため、学院長が呼び寄せた指折りの名医である。
「ふん……私は平気だと言っているのに……」
「レンさん。メリル先生は外部の方ですから、そんな言葉使いをしてはいけませんよ?」
「そうだよ? レン」
メリルの後ろに控えているのは、ナース服を着たエリザとフィノ。
無事感染を免れた二人はここ数日メリルのサポートをしていた。
ナース服を着たがったリンネも立候補したのだが、一部の生徒と教員が怖がるというので却下された。
「それにしても、貴様ら二人がそろっていて敵を逃がすとはな。それほどの強者……一度見てみたいものだ」
「逃がしたというよりは、こちらが見逃された。と言った方が正しいでしょうね。屈辱ではありますが……フィノさんとスラ吉がいなければ今頃どうなっていたか」
「あれでもぜんぜん本気じゃなかったみたいだからなぁ……」
「話を聞く限り、相手は魔将クラスの魔族だね。もし完全な状態だったら、学校のみんなで挑んでも難しい相手だったと思うよ」
ペンを走らせながら、メリルが話に入って来た。
「学院長さんと相談して決めたんだけど、しばらくは私が滞在することになったから、万が一戻ってきても何らかの対応は出来ると思う。だから安心してね」
「気に入らないな。その言い方だと貴様は私たちより強いと言っているように聞こえるぞ? そもそも魔将クラスとはなんだ?」
「レン!」
カルテを置いて、微笑みながらメリルは答える。
「強いわけじゃなくて、ちょっと知識と経験があるだけかな。魔将っていうのはね……簡単に言えば、魔族の頂点である魔王に次ぐ存在……かなぁ?」
魔王。レンも話に聞いたことくらいはあった。
数百年前に伝説の勇者が打ち破った超常の存在。人類共通の敵。
「たぶんその魔族……リリィさんだっけ? 彼女は勇者様が倒して封印してたんじゃないかな。まだ魔王が生きていると信じてるなら、今頃はかつての魔王城に向かってるだろうね……」
メリルは立ち上がり、袖をまくる。
「さぁ、次が最後だよ。レンちゃんはそこのベッドに寝てパンツを下ろしてね。直腸検査をするよ~♪」
「ちょ!? 直腸だとぉ! ふざけるな! 何のためにそんなこと……」
「エリザちゃん、フィノちゃん。お願いね~♪」
「了解ですわ!」
「はい!」
「やっ、やめろ! 離せ!」
暴れるレンの両腕を左右からがっちり抑える二人。
このためだけにいる二人。
「くっそー! アイスショック!」
「波動封印! 単身魔結界!」
メリルは胸の谷間からするっと札を一枚取り出すと、気を込めてからレンのおでこにぺたっと張り付けた。
「まっ、魔力が封じられた!? これは操気法……お、おのれー!」
エリザ、フィノの手によってスカートとパンツを下ろされたレン。
強引にベッドに押さえつけられる。
そこに天使のような微笑みで近付くメリル。潤滑用のゼリーを右手に塗り、指をわきわき動かし準備運動。
「やめろっ! やめてくれぇ!」
「はぁ~い、良い子だからお尻の力抜いてね~。暴れると痛いよ~」
っぬぷり!
「おぅっ!」
「ん~~~?」
くにっ!
「はうっ!」
「ほぉほぉ……」
ぐりゅん!
「んん! ――おァっ!!!」
「はいっ! 終わり! 健康だね~」
「…………ぷっ、くすくす……(レンさん、酷い顔と声ですわ……!)」
「エリザッ! 貴様笑ったなぁ!?」
「わ、笑ってませんわ……」
尻をさすりながら涙目で飛び起きたレン。
怒りを爆発させエリザに襲い掛かった。
「同じ目にあわせてやるッ!」
「オホホホ! 挑戦なら受けて立ちますわよ!」
組み合った瞬間、二人の姿が突然消えた。
メリルが気の力を利用した空間転移で飛ばしたのだ。
「暴れるなら外でやっててね~。はぁい! 次の人、シェスカちゃんどうぞ~」
「……あっ、うわぁああああ! レン! スカート、スカート!」
フィノも大慌てで退室していきました。
◇
同時刻、リンネの部屋。
図らずもリリィを復活させてしまった二人。トカナとヴァリンは罰として部屋の掃除をさせられていた。
「ぐむむ……面倒がくさいのだ……こんなことバトルの達人がやる仕事ではないのだ……」
「サボんなよトカナァ! アタシなんて巻き込まれただけなのにやらされてんだぞ?」
「いやいや……床に散乱してた白いのは……ヴァリンちゃんのでしょ……部屋中酷い臭いだったよ……普段何食ってたら……あんな液体出せるの……何をオカズにしたのかな? 色んな意味で~……クヒッ! イヒヒ……」
いつも通り口元をニヤ付かせてリンネが言った。長い前髪で口元しか見えない。それもいつものこと。
椅子に逆方向に座り、背もたれの上に両腕とアゴを乗せていた。
ヴァリンは「先生、それセクハラ発言じゃないっすか?」と抗議しようとしたがやめた。あまり続けたい話ではない。
「……ところで先生、結局あの玉って何だったんすか?」
話題を変えるついでに、ずっと気になっていたことを聞いた。
「ああ……あれはね……結構前に怪しい商人から買ったんだよ……伝説の勇者が持っていた品だっていうからね……嘘くさいなぁとは思ったんだけど……ヤバイ魔力を感じたから……面白そうだな~って……五十万ディーナしたんだけどね……五十万……フフ……ごじゅ~ま~ん♪」
聞こえないふりをして掃除を続けるヴァリン。
さっさと終わらせてリンネから離れたかった。この先生はどうにも苦手である。
「おっ? 真面目にやってんな。意外だぜ」
開けっ放しの扉から声を掛けて来たのは赤髪の教員。
その姿を見たヴァリンの表情がやわらぐ。
「あ、ジズ先生」
「ヴァリン、トカナ。検査の順番が来たぞ。いったんやめて医務室行ってこい。メリル先生が待ってる」
「おっしゃあああ!!! この時を首を伸ばして待っていたのだ! 九回死ぬ前に一回生きたいのだ!」
「……んじゃ、そういうわけなんでアタシも~。さいならっす~」
ダッシュで外へ向かったトカナ。
へらへらしながらヴァリンも出て行った。
部屋に残ったのはリンネとジズ。
「う~ん、バックレる気だな、ありゃ」
「フフ……ハチ型ミニゴーレムを……くっ付けてるからね……逃げようとしたら……お尻にちくりといくよ……」
「抜け目ねーな、相変わらず」
空いている椅子を見つけてジズは座った。
「レンから報告があったんだけどさ、フィノがスラ吉と喋ってたらしいんだよ。本人に聞いてもなんでそんな能力があるのか分からないって言うし」
「フィノちゃんが……そうか……」
「なんか知ってんのか?」
「いいや……分からないけど……フィノちゃんなら……あり得なくもないのかなってね……」
上機嫌に体をゆすりながら、リンネは続ける。
「最近思うんだけど……あの子はね……ただ珍しい魔力を持ってるってだけじゃない……何か……大きな運命を背負っているような……そんな気がするんだよね~……」
「運命なんて言葉がお前の口から出るとはな。信じられねー。ずいぶん入れ込んでるんだな」
「フフ……私も……影響を受けてるのかも……ね……フィノちゃんの周りには……いつも人が集まるし……みんな巻き込まれて……変わっていく……暗闇で大きな光に群がる虫みたいだよね……ヒッヒッヒ……」
「ハハハ! ひっでー例えだな! お前らしいけどさ」
ジズは勢いをつけて椅子から立ち上がった。
「んじゃあ、オレはヴァリンたちを追いかけるわ。今頃ケツ抑えてヒィヒィ言ってるだろうし。どうにかして医務室に連れて行かねーと」
「いてら~……頑張ってね……」
一人になったリンネ。
なんとなく部屋を見回すと、ミランジェから取り上げた指輪が落ちているのを見つけた。
「…………まぁ……確実に言えるのは……いつまでもこんなところに収まってるような器じゃないってことなんだよね……あの子たちは」
独り言の時の方が、声は大きかった。
◇
少し時間が経って、フィノは遅めの昼食を摂りに食堂へ来ていた。
「待たせちゃってごめんね。先に食べててもよかったのに」
「いやぁ、ヘーキヘーキ。少し時間ずらしたほうが食堂すいてるしさ」
一緒に来たミランジェと並んで座る。
「そもそもご飯遅らせてまであいつらの騒ぎ止める必要あったの? ほっときゃいいじゃない。片方は教員なんだし」
不機嫌そうにフィノの対面に座ったのはシェスカ。
ぶつくさ言ってるがずっとフィノを待っててついてきた。
「すまんのぉ。エリザの奴は昔からあんなかんじでな。たびたび決闘騒ぎを起こすんじゃ。教員になってからは大人しかったんじゃが……敵に後れを取ったことが響いとるのかもしれん」
シェスカの隣にニケ(人間モード)が。
「いくらなんでも放っておけないよ。レンなんて下すっぽんぽんだったし……メリル先生も平気で飛ばしちゃうんだもん。ニケのを見た時もそうだけど、いきなり人が消えるとビックリするな」
疲れた顔でぼやくフィノ。
ちなみにレンとエリザの戦いは何者かの手によってバッチリ録画水晶に保存されていた。
後にこの映像が流出し、学外でのレンの人気がさらに上がることになるのだがそれはまた別のお話。
「あ、ああ、縮地法か。そういえばお主と戦った時に見せたか」
「話に聞いたことはあったけど凄い能力ね。スピード自慢の顔が青くなりそう」とシェスカが。
「そこまで便利でもないぞ? 事前にマーキングが必要じゃしな。わしのはメリルと違って他者は飛ばせんし距離に制限もある。せいぜい学院内くらいじゃ」
「メリル先生の方が凄いんだ?」
「気を操る術士としてならあやつの足元にも及ばんな。ありゃ数百年に一人の天才じゃ」
「マジで? 分かりやすく料理で例えてよニケちー」
「う~ん……わしが子供の家事手伝いなら、メリルは宮仕えの料理人ってところかの」
「へー! そりゃすげーわ! (おっぱいもすげーんだよなあのセンセ。マジもんの天才かよ)」
「でも強いわけじゃないんでしょ? 武術も魔法も使えないって言ってたわよ」
「しばらくお手伝いしてみたけど、荒事には慣れてそうだったけどな~」
「フィノっち最近ずっとだったもんね~。妬ける~。(でも……フィノっちのナース姿はえがった!)」
いつになっても四人は食事が進まず、時間だけが過ぎていくのでした。
◇
その日の夜。
自室のベッドに座り、瞑想をしていたフィノ。
魔力を集め、高めていく。これは魔法の基礎修行。
いつリリィが戻って来るかは分からない。
今まで以上に気合いを入れて修行に励んでいた。
ひと段落ついたところで、こん、こん、とノックが聞こえた。
誰だろう、こんな時間に。
扉を開けてみる。
「……ヴァリンさん?」
「お、おう。あの……さ……ちょっといい?」
気まずそうに立っていたのはヴァリン。歯切れが悪く、ぼそぼそと喋る。
いつものとんがり帽子はかぶっていなかった。
彼女の素顔をじっくり見たのはこれが初めてで、とてもキレイな人だなぁとフィノは思った。
「どうぞ?」
「……ン、さんきゅ」
短いやり取りで二人は部屋の中へ。
フィノはベッドに腰掛けた。
「遠慮せず座ってください」
「いやぁ……いいよぉ……ちょっと、お尻痛くってサ……」
不思議そうな顔をするフィノを見て、ヴァリンは話し始める。
「悪かったね。世話になっちゃって。アタシが呼び出しちゃったあの凄いやつ……アンタが追っ払ってくれたんでしょ?」
自分の力だけではない。
一人では何も出来なかったはずだ。
正直に伝えた。
「そ、そっか……実はもう一つ……出てきな」
ヴァリンは札を取り出し上に投げる。ポン、と小さな爆発が起こって、一匹のスライムが現れた。
あらためて見ると、メリルの術に似ている。気の力で呼び出しているのだろうか。
「ぴきー(フィノさん。こんばんは)」
「スラ吉くん。うん、こんばんは~」
笑顔でスラ吉を抱きしめるフィノ。
複雑そうな顔でヴァリンは続ける。
「本当に……話せるんだ」
「話せますけど……?」
少しためらったが、フィノとスラ吉の様子を見て、意を決したように口を開く。
「教えて欲しいんだけどさ。アタシ……恨まれてないかな……その、スラ吉に……」
ようやく意図が掴めた。
フィノはすぐにスラ吉を見る。
「ぷるぷるぷる…………」
うん、うん、と頷くフィノを落ち着かない様子で見るヴァリン。
生きた心地は……してなさそう。
数秒後、ヴァリンにとっては数十分にも感じられたであろう時間。
ようやくスラ吉の話が終わり、フィノはヴァリンの方へ向く。
そしてニパッと笑って言う。
「長かったから一言でまとめちゃいますね。スラ吉くんはヴァリンさんのこと――大好きだって!」
一瞬にして晴れるヴァリンの表情。
だが、どこからともなく取り出した、とんがり帽子を目深にかぶり、顔を隠してしまった。
「ピキー!」
「え? ヴァリンさんとの出会いを教えてくれるの?」
「……はぁ? そんなの話してたら朝になっちゃうでしょ……」
「あっ、でもあたし聞いてみたいです!」
「そ、そうか? 仕方ないなぁ。あれはなぁ、アタシが三回生の時なんだけどぉ――」
これもまた、別のお話である。
~あとがき~
いぼ痔になってしまいました。
辛いですね。とても辛いです。以前やった切れ痔よりはマシなんですけど。
なにがキツイってお医者さんの直腸検査ですよ!
指突っ込むんですよ!
何のためにいるのか分からない看護婦さんたちに笑われながらね。
あれは……辛いですよ……
と、いうわけで急遽予定を変更してレンにも直腸検査を受けてもらいました。
本当は水着写真集の特典映像を撮影するシーン(なんでそんなことやってんのかの説明も含めて)になる予定でしたが次章以降に持ち越しです。
汚い話でごめんなさい。
こんなところまで読んでくれた人に申し訳ないですね。
本当は心の底から感謝しています。読んでくれてありがとう!
しばらくしたら続きを書くと思うので良かったらまた覗きに来てください。
次は冒険とかするかもしれません……しないかもしれません……何でもできる土台があるので考えるのが楽しいですね。
それでは良いお年を~。