第十六話 樹の魔導士
「ハァッ!」
「"始祖の氷盾"」
星降りの塔頂上。
衝撃音が紫色の空に木霊する。
高速で動き、目にも止まらぬ速さでレイピアを振るうエリザ。
リリィは様々な術を操り対応。攻撃を受け止め、かわし、魔法を無効化、隙を見ては捕らえにかかる。
そんな両者から付かず離れず立ち回るのは、拳に力を込めたフィノだ。
(エリザ先生の方が速いけど……だんだん追いつかれてきてる……動きを読まれてるんだ……!)
ぶつかり合うエリザとリリィ。
伸ばされた白い腕を切り落とし、エリザはレイピアを走らせる。
「クソッ! 切りがありませんわ!」
刻まれたリリィの腕と体は一瞬で元通りに。
「やぁぁっ!」
後ろからフィノが殴り掛かるも、硬化した翼によって受け止められてしまった。
「ん? 翼が持たんな。力はゲラルドに匹敵するか……早めに決着をつけるとしよう」
距離を取り、闇の力を増幅。
「"捕縛の鎖"」
リリィの手から鎖が何本も飛び出し、あらゆる方向からエリザに襲い掛かった。
「こんなもので!」
爆発的な加速で鎖の包囲から脱出。
出した鎖をあっさりと消し、リリィは呟く。
「ふむ……瞬間的な速度は脅威だが、風で強引に加速しているせいで細かな制御が出来ていないな。不完全な技だ。そこまでしてかけっこで勝ちたい相手がいたのかな」
「ッ! エアバレット!」
エリザの指から圧縮された空気の弾が撃ちだされる。と同時に自身も突撃した。
魔法弾を盾に使いまっすぐに突っ込む。
打ち消す、弾く、かわす――リリィがいずれの選択肢を選ぼうとも、それに被せる手を用意していた。
だが……
「図星だったか? 安い挑発もしてみるものだな」
「なっ!?」
想定外の選択。
リリィはあえて弾をその身に受けた。体に風穴が開く。
そして両手に魔力を集めエリザを迎え撃った。
「"愚者と賢者の紐遊び"」
左右の手から飛び出したのは赤と青の縄。
素早く伸び攻撃対象に向かって行く。
勢いよく迫って来ていたエリザは避けきれなかった。
「いやあああああああ!」
「エリザ先生!」
直撃した二本の縄は彼女の体を這うように動きまわり自由を奪っていく。
両手を後ろにまわされ亀甲縛りにされてしまった。
最後は縄の先端が丸まり口をふさぐ。
持っていたレイピアが床に転がった。
「んー! むー!」
「無駄だ。この縄……というより我が生み出したものには全て魔封じの術を仕込んである。自力では絶対に抜け出せん」
言いながら、足元で倒れているエリザの尻をタッチ。
すると彼女の体はふわりと浮き空中へ。
「一人捕獲。さて、勝ち目は消えたと思うが……まだ続けるのかな?」
相変わらず淡々とした口調で語り、その半目でフィノを見る。
「…………当然」
こんな状況だというのに、不思議とフィノの表情は……笑顔だった。
◇
(切り札は……ある。でも一回で当てないと多分見切られちゃうな)
左手の指輪を確認し、拳を作って構えを取るフィノ。
相対するは恐るべき魔族。
「笑顔か、もの狂いだな。精神の波長も植物のように静か……思春期の少女とは思えん」
リリィは手のひらを前につきだす。
そこに黒い霧が集まり、黄色く長いロッドに変わった。
「"伝説の尿意棒"」
ロッドを持ち、数回まわしてからフィノに襲い掛かる。
「絶対変な仕掛けあるよね!? その棒! 名前がおかしいもん!」
「……ない」
「ウソだっ!」
嫌な予感しかしない。ロッドには触れずに戦うことにした。
接近戦では――フィノが優勢。
数瞬のやり取りの後、リーチの差をものともせず被弾なしに拳を打ち込んだ。
衝撃でリリィは数歩後ずさる。
「ほぉ……強いな。冷静で優秀な戦士だ」
(これでも一応魔導士なんだけど!)
再び接近、フィノは熟練の武道家のように息を吐き余計な力を抜く、一時的に身体のギアを最大まで上げる。
突き出されたロッドを横方向に回避し、足をうんと伸ばして蹴りを入れた。
攻撃後はすぐさま間合い外へと離脱。
与えた傷は回復されてしまうが、魔族はそのたびに魔力を消耗する。
フィノが選んだのは削りの戦い。
「もういっかい!」
次の攻防も制す。
さっきと同じ要領で再び足刀を決めた。
「ぐふっ……さっきの拳といい、とてもヒトとは思えん膂力だな……鍛えているようには見えんが……何か秘密があるな」
ロッドを消し、フィノに手を向けて唱える。
「"勇なる者の福外鬼内"」
直後、リリィとフィノに強い引力が発生。
互いに吹っ飛び引き寄せられた。
「うわわわわわ!」
「これは痛いぞ?」
リリィの指先が槍のように鋭く変化しフィノに向けられた。
串刺しになる直前、どうにかリリィの腕を掴んで持ちこたえる。
「ぐ、ぐ……女は傷付けないんじゃ……なかったの……?」
「安心しろ。本当に刺さりはせん。この状況を作るためのものだ」
その時、リリィは舌をカメレオンのように伸ばしフィノのほっぺたをべろんとなめた。
「あひゃあああ!?」
ビックリしたフィノの蹴りをひらりとかわした。
「ん~~~…………?」
もごもごと口の中で味わう。じっくりと味わう。
「ごくん……なるほど、そういうことか」
「ば、ばっちぃ……」
袖で頬を拭いているフィノに対し、至って真剣に言う。
「魂はかなり珍しいタイプだが確かにヒトのそれだ。だが器が違っているな。巧妙に偽装しているようだが……我の舌は誤魔化せんぞ。フィノと呼ばれていたな。お前……いったい"何を着ている"?」
「何言ってんの! あたしは普通の人間だよ!」
フィノの目を見つめ、あごに手を当てて考える。
「……嘘ではないな。本当に知らんのか……いや、知らんと思い込んでいるのか? ならば――」
話の途中、どすんと音をたて、リリィの背から腹へレイピアが貫通した。
「――かはっ……」
やったのは、ゼリー状の体を持つ下級モンスター。
伸ばした体でレイピアを掴んでいた。
「スラ吉くん!」
「ピキー! (エリザさん! お願いします!)」
亀甲縛りで浮きながらも戦況を見ていたエリザ。
口をふさがれ、動けず、魔力も封じられた彼女ではあったが、ひとつだけまだ出来ることがあった!
「むーーー!!! (ハリケーンスラッシュ!!!)」
レイピアに込めた風の魔力を炸裂させる!
「ぐあああああああああ!」
絶大な破壊力を持つ刃の嵐が最上級魔族を引き裂いた!
細切れになる寸前、どうにか魔力無効化で命を繋ぐ。
急いで体の再生を始めるが、
「もが! もがが! (フィノさん! トドメを!)」
フィノはすでに動き出していた。
魂から湧き上がる力をたったひとつの指輪に集中。
それは学院にやってきてからずっと練習を続けていた魔法。
暴走ではなく初めて実戦に投入する『樹』の魔法。
魔法の名は――
「ラッシュヴァイン!!!」
突き出した左腕から無数の触手が伸びる。
「な……んだ……これ……は」
どうにか人間の形まで再生していたリリィの体に巻き付いた。
「これで絶対に! 逃がさない!」
「ッ!!!」
今度は触手が一気に縮む。
拘束したリリィをフィノの眼前まで連行した。
「どぉっぅりゃあ~~~!!!」
足を大きく開き固定、ありったけの力を込めた右の拳骨を振りかぶり――頭部に叩き込む!
「グべらッ!」
頭を変形させ吹き飛ぶリリィ。
しかし。
触手はまだ彼女の体を捕らえている。
再び。
縮む。
フィノの前へ!
「うおおおっりゃああああ!」
狙うは一撃目と同じ部位。
全身を大きく動かし殴り飛ばした。
しかし。
再び触手が縮む。
さらに殴る。
縮む。
殴る。
何度も。何度も。何度も。繰り返す。
高速再生がまるで追いつかない程の破壊の連打。
必殺の威力を持つ拳を弱点である頭部に打ち込み続ける。
「うおおおおおお!!!」
拳で床に殴り倒し、上から下へ、最後の拳を打ち付けた!
「はぁ……はぁ……」
頭を粉砕されたリリィの体は、ゆっくりと砂に変わって消えた。
それと同時に、紫色の空は裂け、透き通るような青空と、暖かな太陽が学院を照らした。
◇
「フィノさん! やりましたわね!」
縄が消え自由になったエリザ。笑顔で着地してフィノに近付いた。
「ふぅー。エリザ先生とスラ吉くんがチャンスを作ってくれたから……」
「ぷるぷる……(様子を見に来て本当に良かったです……)」
ぺたんと座り込んだフィノ。
「フフ。お二人には今度お礼をしなくてはなりませんね。ワタクシ一人では到底……」
スラ吉をなでて話していたエリザが何かに気付く。青ざめた顔で上を見た。
「そんな……」
空中にいまだあり続ける、黒く巨大な肉のかたまり。
最初に見た時よりも大きくふくらみ、邪悪で強大な魔力を放っていた。
肉塊は徐々に小さく、人型に変わっていく。
「ウソ……でしょ……」
苦笑しながら見上げるフィノ。
スラ吉はエリザの服の中に隠れてしまった。
「危なかった……本気で死を覚悟したのは勇者との戦い以来だ」
金色の瞳、死人のような白い肌。
黒の翼で羽ばたき、空中からフィノを相変わらずの半目で見つめているのは――魔族、リリィ。
「……どうやって?」
「死の直前に我が魂を半身へ転移させた。保険として用意してあった術ではない。初めて試して……たまたま上手くいったのだ」
リリィの力は以前よりも高まっている。
魔力感知の出来ないフィノだが直感で理解した。
「半身に溜まっていた力……八割ほどかな。お前たちが来なければもう完全だったのだが……」
「もういっかい…………かぁ」
立ち上がり、拳を握るフィノ。
「やめておけ。同じ術を二度も食らう我ではない。これだけ力が戻れば空中からでも十分に攻撃は可能だしな……それよりフィノ。面白い術だったな? さっきの触手――我の魔力を吸い上げて、お前の力に変換していたな。魔力封じで消せんわけだ。術に使う魔力そのものを奪われていたのだからな」
「あたしも詳しいことは分からないんだけどね……」
「そうか。ますますお前に興味がわいて来たよ」
疲労した顔のフィノをじっと見つめ、しばし考える。
「………………まぁ、楽しみは後に取っておくのも悪くはないか。力の大部分も戻った事だしな。用事が済んだらまた来る。フィノ、その時は――」
客として迎えてくれよ?
そう言い残して、リリィは遠くの空へ飛び去って行った。
「行っちゃった……」
緊張が解けると同時に、意識は遠のき、その場に倒れて眠る。
何の前触れもなく、突如学院を襲った悪夢は、こうして終わった。