第十四話 むらむら
学院をこんな状態にした敵を叩く。
決意と共に食堂を出たフィノとレン。
二人は再び学生寮にやってきた。
「最初に騒ぎが起こったのがここらしい。何かしらの手掛かりが掴めるかもしれない」
寮に入って付近の感染者を蹴散らした二人。
「すべての部屋を調べれば良いんだね」
「ああ、私とあまり離れすぎないようにな。行くぞ!」
二手に分かれ、手あたり次第生徒たちの部屋を調べる。
時折感染者が襲い掛かっては来るが、魔力を封じられた生徒など二人の敵ではない。手刀や蹴りで容易く気絶させていく。
部屋を調べたら隣の部屋へ、そこも終わればまた次へ。
フィノは手際よく探索を続ける。
「あっ、ここは……」
ある扉の前で足が止まった。
「トカナさんの部屋だ」
横の名札で部屋の主を確認、彼女とは以前戦ってから一度も会っていなかった。
「ごめんなさい! 失礼します!」
一声かけて中へ入る。
床は足の踏み場もないほど散らかっていて臭いも酷い。
部屋の奥には人間が入れそうな程大きなクローゼット、その前には机があった。
「……なんか書いてある?」
机の上には強引に何かを書きなぐった紙が何枚か。
手に取って読んでみる。
『今日、つおい指輪を手に入れるためにリンネ先生の部屋に向かったのだ。ヴァリンの奴に手伝わせて侵入は大成功。上手くいったのだ』
フィノは二枚目の紙に目を移す。
『リンネ先生の部屋で宝箱を見つけた。中には変な球が入っていたのだ。それが割れたら中から変なやつらが出て来た。変な球から変な奴が出てきて変になったのだ』
「……球? 変な奴って……」
『ビックリしてヴァリンの奴をおいて逃げてきてしまったのだ。だいじょうぶかな? ヴァリンならぜったいに負けないと思うけど心配なのだ。でも怖くて戻れないのだ。あとなぜか股がかゆいのだ。今日はもう寝る、ぜんぶ夢だったらいいのに』
次の紙へ。
『朝起きたら股が腫れあがっていた。これはぜったいにおかしいのだ。へんなやつらに何かされたに違いない。あとなぜかすごくむらむらする。ヴァリンに会いにイきたいけどこんなはれたまたではそとにでられないのだ。いったい からだ どうなて』
「これってやっぱり……」
『むらむら して ようす みにきた おんなのこ おそて すきり した きもち よかた です でも むらむら おさまら おんな ほし もと きもちよく』
次へ。
『むらむら きもち』
その時! 部屋のクローゼットが突然開き、中から股間をいきり立たせたトカナが現れた。ジャンプしてフィノに飛び掛かる。
「オンナァァァァァ!!!」
「トカナさん! ごめん!」
フィノはトカナの頭部にハイキック。彼女のタフさは知っていたため手加減は無しだ。
「あばああああああああ!!!」
吹っ飛んだトカナは再びクローゼットの中へ。
「これはレンに知らせないと……レーーーン!」
大きな声を出しながら、フィノはトカナの部屋から出て行った。
◇
「どうした!?」
「レン! これを読んでみて!」
学生寮の廊下で合流。
手渡された紙にレンは素早く目を通した。
「リンネの部屋……行ってみるか」
「そこに書かれてる変な奴等って――」
「フィノッ!」
話していたフィノをレンは突き飛ばす。
直前までフィノが立っていた場所を高速で動く影が走り抜けていった。
「フィノォォォ……」
「ニケ!」
「来るぞ! 構えろ!」
体勢を立て直し二人は並ぶ。
ニケは両手のツメを立て襲い来る。
「シャアッ!」
二人は左右に回避。
そしてニケを挟み込むように、
「どおりゃあっ!」
「くらえッ!」
拳で攻撃。
ニケは腕を交差させ二人の拳を難なく受け止めた。
「まだだッ! アイスニードル!」
レンの体から槍のように尖ったツララが発生。素早くニケへと伸びる。
これをニケは真上に跳ぶことで回避した。
「フィノ!」
「まかせて! うおおおお!」
突き出されたツララをフィノは全力で蹴り上げた。
折れた氷の槍が空中のニケへ飛ぶ。
「くくっ、やるのぉ」
とらえたかと思った瞬間、ニケはその場から消えてしまった。
「あ、あれっ!?」
「結界術を応用した空間転移だ。気でマーキングしたポイントに自身ごと周囲の空間を引き寄せた。学院内のどこかへジャンプしたな」
「気ってそんなことも出来るんだ……」
「ニケは再び寮の近くにやってくるはずだ。今のうちにリンネの部屋へむかうぞ!」
「うん!」
◇
フィノとレンは学生寮を急いで脱出し今度は職員寮へ。
リンネの部屋をまっすぐに目指す。
学生寮とは違い建物の中に感染者の姿は無く、不気味に静まり返っていた。
赤い絨毯の廊下を二人は駆けて行く。
「リンネ先生の部屋……ここのはずだけど……」
二人の足が止まった。
扉が開かなくなっている。ドアノブが固まったゼリーのようなもので固定されていたのだ。
レンが触って調べる。
「……なんだこれは」
「スライムの粘液かな?」
「こんなところに何故……」
「やっぱり、リンネ先生の部屋には何かあるね」
「仕方ない。扉を破壊して侵入するぞ。うかうかしていたらニケに追いつかれてしまう」
「ぴきー!」
何かの鳴き声に驚く二人。声のした方を同時に見た。
そこには廊下に置かれた花瓶があった。中からニュルニュルと這い出して来るゼリー状のモンスターが一匹。
「スライムか!」
「レン! 待って!」
「プルプル(やめて、ボク悪いスライムじゃないよ)」
近付いたフィノが手の平を上に向けて差し出すと、彼(?)はぴょんとそこに乗った。
「キミ、一度あたしと戦ったことあるよね? えっとたしか……ヴァリンさんって人と一緒にいた子」
「ピキー!? (えー!? 覚えてくれてたんですか)」
「あの時はゴメンね。ひっぱたいちゃって」
「ぴきー! (盾にしたのはマスターなんで気にしないでください……ってそれより! ボクの言葉が分かるんですか!)」
「うん、分かるよ」
手に持ったスライムと会話するフィノをレンは不思議そうに見つめていた。モンスターと会話出来る人間など見たのは初めてだったからだ。
「そっか。スラ吉くんっていうんだね……リンネ先生の部屋に入れないようにしたのはキミだよね?」
「ピキー……(この部屋にはおかしくなってしまったマスターがいるんです……手が付けられなくなってしまったのでボクが閉じ込めました……)」
「そう……ヴァリンさんも……ここでいったい何があったの?」
「ぷるる……(マスターとトカナさんが忍び込んで……変わった水晶玉を割ってしまったんです。そこから謎の二人組が現れて……気が付いた時にはマスターがおかしくなっていて……マスターはボクを掴んで……ボクの体で……)」
涙交じりに語るスラ吉をフィノはその胸で抱きしめた。
「ごめんね……辛いことを思い出させちゃって……学校をこんなにした敵はその二人だね。どこに行ったか分かる?」
「ピキー! (マスターを倒した後に、ここらで一番高いところを探すって話してました!)」
「高いところか……」
心当たりがあった。
学院内で最も高いのは星降りの塔という建物だ。そこには広い屋上もある。
「ありがとうスラ吉くん! あとはあたしたちに任せてね!」
「ピッキー! (お願いします! マスターを元に戻してあげてください!)」
スラ吉はフィノの手から下りると再び花瓶の中へ戻って行った。
「お……終わったのか?」
恐る恐る声を掛けて来たレン。
「うん、行こうレン。敵は……星降りの塔にいる!」
◇
職員寮から星降りの塔までは少し距離がある。
決戦の時が近付くのを予感しながらフィノとレンは走る。
思えば、今日はずっと二人で並んで走っていた。
「高いところか……たしかにあの塔以外にはないな」
「何の目的でこんなことをするのかは分からないけど、これはちょっと酷すぎるよね。いきなり攻撃しちゃってもいいかな」
「ああ、後悔させてやろう。私たちのいる学院に手を出したことをな」
走りながら、フィノはくすっと笑った。
レンはそれを横目にみながら首をかしげる。
「……何がおかしい?」
「えへへ。レンと初めて会った時は、こんなに仲良くなれるとは思えなかったなぁって」
レンはほんの少しだけ頬を染めて、フィノからを目を逸らす。
「あ……あの時は……ニケに負けたばかりで気が立っていた……別に普段からあそこまで好戦的なわけじゃない……」
「そうだったんだ」
一時の沈黙。
二人が駆ける音だけが聞こえてくる。
少しして、ゆっくりとレンは口を開く。
「だが、すぐにそれもどうでもよくなってしまった。フィノ、貴様のおかげでな」
「あたしの?」
「あんなにも惨めでバカバカしい負け方をしたのは初めてだったよ。中途半端に力の差を見せられるよりも、全てを出し切って大負けした後の方が、不思議とスッキリするものなのだな」
爽やかな笑顔を見せ、レンは言う。
「フィノ、ニケ、ジズ、リンネ、エリザ――世の中上には上がいるな。学院長が言うには、この世界にはさらに強い魔導士もいるそうだ……そんな奴等に勝ちたいのならば、自分の小ささにイラ立っていても仕方がない。出来る限りのことをここで学んで、私はいずれ全員に勝つつもりだ」
釣られて笑顔になってしまうフィノ。力こぶを見せてこたえる。
「あたしだって負けないよ? これでも魔法の訓練してるんだから」
「ふん、すぐに追い抜いてやる」
直接言葉にはしない、再戦の約束。
今後何十年も続くことになる、親友と書いてライバルと読むような、そんな二人の関係はここから始まった――
◇
高くそびえる星降りの塔。目前までやって来た二人。
走りながら入り口を目指すが――
「フィノ!」
「気が付いてるよ。ニケだね。後ろから凄い速さで追って来てる」
「……私が時間を稼いでやる。先に行け」
「でも……」
「敵との戦闘中にニケが来てしまえば勝ち目が無くなる。私が足止めに残った方がいいだろう」
立ち止まり振り返るレン。
凍てつく魔力をその身にまとう。
少し遅れてフィノも立ち止まる。
「や、やっぱり二人で……」
「心配するな! これでも防御には自信があるんだ。守りに徹すれば負けはせん。貴様は行けッ! 学院を救えッ!」
フィノは走り出し、塔の中へ入って行った。
近付いて来る巨大な気を肌で感じながら、レンは指をほぐす。
「レンか……お主もうまそうじゃなぁ……フィノには及ばんがの」
視界に入ったニケの姿は、すでに人のものではなかった。
二本足で歩く、人と獣の中間のような化け物。
恐らく生徒の前では初めて見せるであろう、彼女が全力で戦う時の形体。
「…………割に合わない役目を引き受けてしまったな」
そうだ、全てが片付いたらフィノに茶でも奢らせよう。
フィリスで一番高い店に連れて行って、最高級のやつを注文してやる。
きっと……苦笑しながらも許してくれる。そういう奴だ。
「ここは……通さんッ!」
恐怖を噛み殺し、レンはニケに向かって行った。