第十三話 熱き想い
「クソガキがぁぁぁぁ! 大人の恋愛邪魔してんじゃねェエエエ!」
ガバっと起き上がったミランジェは部屋に落ちていた刀を拾い鞘から抜き放つ。
ベッドに立ち、フィノと話していたレンに斬りかかった。
「もう一度言う、貴様のソレは愛ではない」
レンはフィノを見たまま、二本の指で刀を止めた。
「温いな。以前の貴様はもっと熱かったはずだ……真剣な想いがあるのなら、まずは茶の湯に誘うところから始めろ――アイスショック!」
指から刀へ、刀からミランジェに伝わる冷気の衝撃波。
鍛え抜かれた魔力を利用し、高度な発動技術で放たれたその氷魔法は、一瞬にして彼女の体を氷の像へと変えてしまった。
「ミランジェ!」
「動きを封じただけだ。半日もすれば溶ける。風邪くらいは引くかもしれんが……そんなことを気にしている場合ではないだろう」
レンはフィノの前にちょこんと正座で座り、両手を膝の上に置いた。大変お行儀がいい。ベッド(ミランジェの)の上に土足で上がっている点を除けば。
「レン! いったい学校で何があったの!?」
「まだ分からない。私も原因を探っていた。分かっているのは――ああなってしまった者とまぐわうと感染し、同じ状態になってしまうということだ。貴様も間一髪だったのだぞ?」
「まぐわうって、なぁに?」
「………………あ……後でその派手女にでも聞けっ!」
珍しく焦った様子でレンは答える。顔が真っ赤になっていた。
「ここに来る前にシェスカが襲われたんだけど……今から行っても……」
「もう遅いだろうな。今頃は女を求めてそこらを徘徊しているだろう」
「くそっ! どうすればいいんだろう……」
悔しそうに座っていたベッド(ミランジェの)を叩くフィノ。何かが折れたような音がした。
その様子を見たレンは立ち上がり、言う。
「行こう、フィノ。ここで悩んでいても何も解決しない。無事な者たちが食堂に集まっている。こんな状況ではあるが、貴様が戻って来れば百人力だ。皆喜ぶだろう」
「仲間がまだいるんだね!? じゃあすぐに――」
その時、
「フィノォォォ…………」
彼女の名を呼ぶ、ケモノの唸り声が破壊されたドアの方から聞こえて来た。
「ニケだ! 近付いて来てる!」
「なんだと!? 奴まで感染したのか!」
「さっき少し戦ったけど、勝てる気がしなかった……」
「それはそうだろうな。あの犬はこの学院でもっとも強い……フィノ、食堂へ急ぐぞ! 奴が相手では二人がかりでも分が悪い!」
「うん!」
返事をしてフィノも立ち上がる。
そしてレンが部屋の窓を蹴破り、二人は寮の外へと飛び出した。
◇
「ンおほぉおおおお! フィノちゃん一発だけヤらして――ぶごぅ!?」
「先生たちまでか……」
食堂を目指し走りながら、フィノは襲ってきた教員を殴り飛ばす。
「レンちゃんレンちゃんレンちゃん! 私のココをそのカワイイお手々で握ってェ! ――ひぎぃ!」
「連中が何らかの攻撃で狂ってしまったのは間違いないからな。思い切った攻撃が出来ずに押し倒されたのだろう。ニケが敵にまわったのは最悪の事態だが……」
同じ方向に走りながらレンは答えた。
「フィノさんのバカ! 私寂しかったんだからぁ……スキだよ……げぼあ!」
「少し気になってたんだけど、みんな魔法を使わないよね?」
感染者は必ず体を使って襲い掛かってくる。
教員に魔法を使われてしまえばフィノやレンでも苦戦は確実だ。
「レンよすまんな。下着泥の罪を擦り付けたのは実はあちしなのだ! ランジェリーソムリエとして次はキミの下着を――いでででで! もげる! もげちゃうからぁ! あっ――」
「感染すると魔力のコントロールが出来なくなるようだ。これは不幸中の幸いだな」
走りながらも、フィノは何かを考えているような様子を見せた。
「フィノ!? そうやってまた貴女は他の女に浮気して……私というものがありながら――あぐえっ!」
「でも……ニケは不思議な力を使ってたよ。あれは魔力じゃないのかな?」
人差し指を立ててレンは説明を始める。
「レ、レンさん! 私はレンさんグッズに二十万ディーナも突っ込んでるんスよ! 水着写真集も予約済みッス! これだけ金かけてるんだから一度くらい突っ込ませてくれたって――ぐっべぇ!!!」
「ニケは魔力を使わん。奴は気という力を使って妙な術を操る。肉体を変化させたり、空間に影響を与えたりな。人間にも操気法士という気を操る能力者がいるが……戦闘に向いた者は見た事が無いな」
話を聞き、フィノは何かに気が付いたようにハッと目を見開いた。
「ふぃ~~の~~ちゃん! えっちしよ――おげえっ!」
「肉体を変化させたり空間をおかしくするって、もしかして今の状況を作ったのは気の使い手!?」
レンは首を横に振る。
「えへ。えへ。レン殿。拙者のオマタが毒で張れてしまったのでござる。是非そのお口で吸いだしてはいただけ――ひげえええ! いっ、命だけは……た……」
「これだけ大規模な術となると気では不可能だ。どちらかと言えば『魔族』が扱う魔術の方に近い」
魔族――人間でも獣でもない、モンスターの上位種である。
遥か昔からこの世界に存在し、人類を苦しめ続けて来た敵。
フィノは魔族の話を聞いたことはあったが、実際に戦った経験はなかった。
しかし、魔族だとしても何故こんな事をするのかが分からない。
足を動かしながらもフィノは考えるが、答えが出るよりも先に目的地に到着した。
◇
走って食堂に入るフィノとレン。
近くに感染者の姿は無く荒れた様子もない。
食堂は砂漠のオアシスのように綺麗な状態を保っていた。
普段は生徒たちの声で騒がしい食堂だが、現在は静まり返っている。
集まっていた避難者たちの表情は暗い。皆椅子や床に力なく座っていた。
そんな環境の中、入って来たフィノの顔を見て近付いて来た女が一人。
燃えるような赤いショートヘア。黙っていれば美形の男性にも見える相貌。教員の証である黒いマントを羽織った彼女の表情は明るかった。
「よぉ! 無事だったんだな」
「ジズ先生!」
赤髪の教員、ジズは近付いて来るとちょっと乱暴にフィノの頭をなでた。そしてもう片方の手でレンの頭もなでる。
「でかしたぞレン。フィノは下手な教員より頼りになる」
「喜ぶのは早いぞ。収穫はあったが、悪い知らせもある」
「どうした?」
「ニケがやられた。発情して唸り声をあげていたぞ」
「……マジかよ。そりゃ聞きたくなかったな」
二人の頭をなでていた手が止まった。
「他に情報はないか?」
「ない。寮を調べる前にフィノを見つけたから戻って来た」
「なるほど、ご苦労さん。しっかし困ったもんだな、それじゃあオレが最高責任者かよ……あぁ、そうだフィノ。なんか食うか? ずっと歩き回ってたんならハラ減ってんだろ。何なら少し寝ておけ」
近くのテーブル席についたレンとジズ。向かい合って座る。
フィノもレンの隣に座り、ジズの目を見て返事をした。
「あたしは大丈夫です! さっき学校に戻って来たばかりだから」
「さっきか……やっぱり出るのは難しいが入るのは簡単ってニケの読みは当たってんな。流石だぜ」
「そのニケも落ちたがな」
「そういうツッコミはテンション下がるからやめろ……けどまぁやっぱマズいよなぁ。これじゃあもうレンを探索に行かせるわけにはいかない。エリザ先輩も見つからないし、リンネの奴が戻ってくるのを待つしかねーか」
「リンネ先生はどこにいるんですか?」
「仕事でアスティアに向かった学院長の護衛任務だ。いつ戻るかは分かんねー」
「リンネが加わればニケとも戦えるのだがな」
「レンはどうしてそういうことが分かるの?」
「ここの教員や力のある生徒とは一通り戦ったからだ。実力は大体把握した」
入学したばかりの頃、レンは強者と見れば手当たり次第に勝負を挑んでいたのをフィノは思い出した。
「ああ、そういえばオレにもふっかけてきやがったな。立場上褒めるわけにゃいかんが、向上心のある奴は好きだぜ……で? リンネの奴とオレはどっちが強かった?」
「リンネだ」
レンは即答。悩むフリすらしなかった。
ジズの目元がピクッと引きつる。
「…………お……オレは一応手加減してたんだぜ?」
「リンネは実力の半分も見せていないように感じた。そもそもあの女が本気になったらターゲットの前に姿を現すことはしないだろうな。そういうタイプだ」
「アイツにはサシで勝ったこともあるんだぜ? 学生時代から数えて三回もな!」
「参考までに負けた回数の方も聞いておこうか」
「よし! これからのことを相談しようぜ! フィノ!」
「え? あっ、はい」
座っていた椅子の向きを変え、ジズはフィノと向き合った。レンと話す気はもうないようだ。
「ここ(食堂)にはニケが結界を張ってくれててな。狂っちまった奴らじゃ入れないようにはなってるんだが、ニケがおかしくなった以上いつまでもつかは分からない。しばらくはオレとレンとフィノで交代しながら監視と防衛。リンネの奴が戻ってくんのを待つ、って考えてるんだが、なんか意見とかないか?」
「水や食料は大丈夫なんですか?」
「まだ数日は平気かな」
「数日ですか……」
「それまでにリンネが来りゃいいけど、ダメならイチかバチか全員で動くしかないって感じかな」
周りの避難者たちをフィノは見た。誰もが不安と恐怖で疲弊している。
全員で動いても彼女たちは犠牲になってしまうだろう。
「私とフィノで敵を探し出して討つ。こんなところでいつ来るかも分からん援軍を待つより確実だ。ジズはここで連中を守ってやれ」
腕と足を組んで椅子に座っていたレンが言った。
フィノが笑顔に、ジズは焦った顔に変わった。
「バカ言うな! 外はニケがうろついてんだぞ!?」
「私とフィノが組めば勝てずともやり過ごすことは十分可能だ」
「……いや、それでも敵のところには行かせられねーよ。お前らはいくら強くたって大切な生徒なんだ。どうしてもってんならオレが行く」
「それこそニケに会ったらどうする? 完全な一対一になってしまうぞ?」
「……けどなぁ――」
先生! と手を上げたフィノ。
自信を含んだ笑顔で、まっすぐにジズの目を見て話し始めた。
「あたしもレンに賛成です。二人で敵を倒してきます! 行かせてください! 絶対に負けませんから!」
ジズは困ったように頭を掻く。そして観念したように言う。
「分かった……行けよ。たしかにそれが一番いいかもな……ただし! ちょっとでもヤバイと思ったらすぐに戻れ。これが条件な!」
「はい!」
大きな声でフィノが返事をして、二人は立ち上がった。
◇
ジズは薬と水、非常時の栄養補給を目的とした丸薬などをつめたカバンをフィノに手渡した。
「二人とも、何度も言うけど無茶はすんなよ? リンネやエリザ先輩と合流できれば取れる選択肢は一気に増えるンだ」
「はい! 行って来ます!」
「言われずとも余計なリスクは冒さない。自分たちの心配だけしていろ」
「……ちびのクセに可愛くねーなホント」
勢いよく食堂から出ていくフィノとレン。
食堂の入り口に立ち、ジズは少し寂しそうに手を振った。
(自分が敵を倒してくるから、お前は仲間を守って待ってろ! なんて、ちょっと前ならオレの台詞だったんだけどなぁ……)
そんな無茶をするたびに、エリザには叱られリンネには馬鹿にされてきた。
変わってしまったのはいつからなのか。
(まぁ、時代は動いてるってことだな。頑張れよ、ガキども)
現代の主役たちを送り出し、食堂の中に戻って行く。
今や自分にも責任がある。可愛い生徒たちを守ってやらなくてはならない。
「良いニオイがするのぉ、ジズ」
後ろから聞こえてきたのは、よく知っている声だった。
「……ニケか。そうだよな。ここに張ったのはアンタの結界だもんな」
逃げるわけにはいかない。
マントを脱ぎすて袖をまくった。
指輪の一つ一つに熱い魔力を送る。
「やる気か? いつもべそかいとった子供が強くなったもんじゃな」
「悲しいけどさ、いつまでも子供じゃいられねンだわ」
どんな無茶をやらかしても、ニケだけはいつもジズを庇ってくれていた。
「ここでアンタを止められれば、あいつらが敵との戦いに集中できる」
ニケの方を向き、灼熱の魔力を身にまとう。
目の前に放出した魔力を集中、人間の頭ほどの火球を作り出し、膝を使ってポンと上にあげた。
「全力でやらせてもらうぜ? 師匠!」
落ちてきた火球を炎の飛び蹴りで飛ばす!
大砲のような威力で蹴り飛ばされた火球がニケに向かっていく。
「全力か、楽しみじゃな?」
飛んできた火球をニケは片手で止める。
牙を見せて笑いながら握りつぶした。
「…………ドラゴンの腹にだって穴開けられるくらいの威力だったはずなんだけどなぁ。流石だぜ……ニケ。ンじゃあこれならどうかな!? ブレイズバーガンディ!!!」
ジズもまた笑いながら、魔法を発動。次の手を仕掛ける。
互いに楽しみながら、戦いは続いていくのだった。