第百三話 魔導士たちの戦い
マイラは徐々に冷静さを取り戻しつつあった。
必死で逃げ回っているように見えるリンネにどこか落ち着きが感じられたから。
今思えばあの挑発も分かり安すぎた。
「誘導か。まぁいい、付き合ってやる。ウジ虫の巣をつついているよりは楽しめるだろ」
攻撃をやめ腕を組んで低空飛行。
道の真ん中を走るリンネにただついて行く。
リンネはリンネでそんなマイラの変化に気が付いたようで、
「ミスリルケンタウロス」
土の魔力を変化させ、青い金属でできたゴーレムを生み出した。
上半身が人間で下半身が馬の形をしている。
そいつの背に足を揃えて座り、マイラの方を振り返って小さく手を振っていた。
口元に余裕の笑みを浮かべて。
「チッ」
その気になれば馬で高速移動出来たことが判明。
騙されていたことが確定し、再びイラっと来るマイラ。
場所を変える、ということが暗黙の了解となったその鬼ごっこは、もうしばらく続く。
◇
人気のない広い公園まで来たリンネは馬から飛び降りると、
「バトルゴーレム」
地面をちょんとタッチ、そこから這い上がるように人型のゴーレムが現れた。
「ここか? キサマの死に場所は」
飛んで来たマイラが手を振った、風の刃が旋回し竜巻となってリンネに向かう。
リンネとゴーレムは別々の方向に飛ぶことで避けた。
「大人しくついて来てくれて助かったよ……民間人の犠牲は最小限に抑えたいからね……他のゾンビに邪魔されても困るし……一対一なら負ける気しないからさ……くくく……」
「いつまでもくだらん芝居を続けやがって、なら移動が済んだのにしっかり残してあるあの馬は何だ? いざという時の逃走用だろうが!」
距離を取ってこちらを見ている馬を指差すマイラ。
「気付いたんだ……意外と頭は動くんだね……フフ……」
「キサマ!」
両手に小さな魔力の渦を作って飛び掛かるマイラ。
防御すら許さないその手をゆらりと横にかわすリンネ。
と同時に人型ゴーレムが体重を乗せた拳でマイラを攻撃、しかしまとっている風の魔力で腕が消し飛んでしまった。
「攻撃と防御を同時に行う竜巻の術……便利だねソレ……ちょっと音はうるさいけどさ……でも――」
腕を失ったゴーレムは、残された両足をそろえ高くジャンプした。
「竜巻って……真上からの攻撃には弱いんじゃない?」
祈るように両手をバチっと合わせるリンネ。
すると飛んだゴーレムの体がバラバラに分解され、その破片全てがハチの姿に変化した!
数えきれないハチの群れが上からマイラに襲い掛かる。
「うっとおしい!」
マイラが両手を高く上げると彼女を中心に大きな風の渦が発生、すべてのハチを巻き込んで切り刻んでいく。
「次から次へとウジ虫のような手ばかり使いやがって! この一撃で終わりに――」
怒るマイラの――後方!
右腕を突撃槍のように長く鋭く変化させたケンタウロスが猛スピードで駆けてきていた!
「ぐぼぁぁ!?」
馬の脚力で勢いをつけたランスがマイラを背後から貫いた。
「かはっ! あぁ! がああ!」
くし刺しの状態でもがいているマイラ。
「ムダムダ……魔力が出せないだろ?……そいつに使ってるミスリルって金属は特別でね……魔力に対して耐性があるんだ……魔法じゃ脱出できないよ……」
いつの間にか、リンネから笑みは消えていた。
「両手をあげれば視野は狭まるし……そんな大きな竜巻なんて使ったら馬の足音にも気付けない……飛び防止が狙いのハチにもバカ正直に対応……実力はあっても実戦経験がまるで足りてない……災害のような力を持っていても所詮子供だな……」
リンネはそう言うが、マイラはそこまで愚かではない。
決め手となったケンタウロスを逃走用と判断し警戒を怠ったのは、事前に馬での移動を見せ、さらに『リンネは小賢しい卑怯者』であるというイメージをすり込んでおいたから。
マイラは警戒を怠ったのではなく怠らされたというのが実際のところ。
敵の能力だけでなく、性格や思考までもを瞬時に見抜き、変幻自在に急所を狙う。
これが、学院長が国家最高戦力とまで言う、学院の歴史上最強と評価される魔導士の戦いだった。
「可愛い生徒の仇だから……もっとコケにしてから始末してやりたいんだけどね……伝説の勇者も含めて……まだ何匹もゾンビ狩らなきゃいけないから……もう終わりにするよ……」
命乞いのように震える手を伸ばしてくるマイラに向かって、
「じゃあね」
その首目掛け、手刀を振るった。
諦めたように目をつむったマイラの、その首が切断される――直前。
「……キャハ!」
マイラは、まるで別人の笑顔を見せた。
「ウゴクナ!」
「ッ!」
時間が止まったかのようにリンネは固まる。
土に戻って崩れ落ちるケンタウロスから解放されたマイラは、
「キャハ! キャハハ! 久しぶりだねせんせ~。誰だか分かるぅ?」
その髪を虹色に光らせて、固まったリンネと握手をした。
「そう! ミーでぇす! マイラちゃんの体はオモチャであると同時にィ、ミーのスペアボディなんだよねん♪ その気になればいつでも体を乗っ取れるんだぁにゃあ~~ん」
「ハ……イ……ズ……!」
呪力が弱まり始め、口だけはなんとか動いたリンネ。
「おっと、もお? じゃ~そろそろマイラちゃんとチェンジ! しよっかにゃあ。そんじゃマイラちゃん、せんせーは次にヤドリギさんと遊ぶ時のオモチャにするから、きちんと形を残して殺してね!」
と言って、マイラの体からハイズの魂は抜けていった。
元に戻ったマイラは、
「ちくしょう……ちくしょう……うああああああ!」
無念の涙を流しながら、リンネに竜巻を放った。
リンネは全身を切り裂かれ、ゴミのように吹き飛び、地面に……落ちた。
◇
このままでは勝てない。
ダリウスとの戦闘中、レンはそう考えていた。
「はぁっ!」
「シャアッ!」
炎の魔力で拳を包んだジズとダリウスがぶつかり合う。
炎の拳は空を切り、ダリウスの拳がねじり込むようにジズの顔面に、
「させん!」
刺さる直前、レンが手を向けると、ジズの顔面を氷の膜が守った。
「アッハッハ!」
笑いながら何発もジズに打ち込むダリウス。
だが、殴られた部位は全てひび割れた氷で守られている。
「いい加減にしろォ!」
短剣に魔力をかぶせ、水の魔法剣を作ったユミルが背後から攻撃。
「っとぉ!」
地に沈むように避けたダリウスの蹴りがユミルを弾き飛ばした。
そして彼はレンを見て、
「楽しいね! どっちが先にバテるかな?」
そう笑う。
「……怪物め」
レンは震えた。
現在レンが使っている術は氷の鎧をさらに発展させたもので、身の周りだけでなく戦闘空間に氷の魔力を広げ、どこでも自由に凍結させることが出来るというもの。
元々はフィノの触手に対して触らずに対応するため作り出した術だったが、今はジズとユミルを守るために使用していた。
もちろん術の効果範囲内であれば攻撃にも利用可能で、ダリウスの肩や膝などを狙って動きを阻害してもいるのだが、それでも戦況は五分であった。
「こんな奴が、こんな奴がこの世にいたのか……」
己の肉体だけを武器とする武道家にとってみれば、天敵のようなこの術。
それでもダリウスは真正面から挑んでくる。
おまけに術者であるレンのことは決して狙ってこない。
不利な状況を楽しみながら、ただ彼女の魔力切れを待っているのだ。
「このままでは負ける……。どうすればいい? どうすれば」
ユミルがばらまいた泡の中をかいくぐり、ダリウスは間合いに入った。
「ッシャア!」
「がふ!」
蛇のように長い腕から繰り出される打撃。
レンの疲労で氷の防御が間に合わず、腹部にめり込んだ拳によってユミルは沈んだ。
「レッドトマホーク!」
ジズが上空に打ち上げた炎が飛びながら何倍もの大きさになってダリウスに落ちた。
「おせーよ。俺をやりたいなら味方巻き込むくらいのタイミングで撃たなくっちゃあな」
一瞬で接近されアゴを蹴り上げられたジズ。
頭をつかまれ、顔面に膝を叩きこまれてしまった。
そのまま倒れ、もう動くことはなかった。
「あれ? もしかして女だった? ハッハ! 悪い悪い、男だと思って攻撃しちまったよ」
さて、と言ってレンの方へ。
「くっ!」
氷の魔力をまとって構えるレン。
ダリウスは平然と歩く。
「けっこう楽しかったよ、お嬢ちゃん。あの二人はもう駄目だろうけど、キミはまだ伸びそうだし生かしておいてやろうかな。命令違反にはなっちまうがもったいないしな。ハハハ」
「くそ!」
レンは地を蹴ってダリウスの首を掴みに行ったが……。
「ぐふ」
ダリウスの手のひらがボディブローのように打ち込まれた。
氷の鎧は発動していたのに、
「ごほっ! がはっ!」
吐血して倒れるレン。
「武術ってのは面白いもんで、鎧を着た相手にも攻撃を通す技があるんだよ。強力な守りがあるからって安心してちゃ危険だぜ? つまらなくなるから縛ってたけど、キミの成長のために見せてあげたよ。感謝してくれよな」
ダリウスは笑いながらレンの頭を踏みつける。
「ハッハ! 負けるって腹が立つよな。実は俺も負けて来たばかりなんだよ! アッハッハ!」
レンはダリウスに踏まれながら、ぼんやりとした目で何かを見ていた。
ダリウスには見えない、誰かがそこにやって来ていた。
「フィ……ノ……?」
その誰かは、『もう少しだから、負けないで!』と、口を開けずにレンに伝えた。
「ぐ……うう……!」
「ん?」
氷の魔力が再びレンを包み込む。
ダリウスはとっさに数歩距離を取った。
「信じるからな、貴様を……!」
全身に力を入れてレンは立ち上がる。
勝てないと、どうにもならないと分かっていても立ち上がる。
「守ってやるよ……ここは、私の学院でもあるんだからな」
そのあがきがきっと無駄にならないと信じて、レンは口元の血をぬぐった。
◇
「邪王飛天流奥義! 天空大切断!」
ガイコツのモンスター、スケルトンに両手剣を叩きつけ倒したプリメーラ。
「ひゅー! なんだかんだで拙者も強くなってたみたいでござるぞー! 学院での授業も意味があったんでござるなぁ~あ」
剣を構えてポーズを決めた。
「ほとんど遊んでただけの人でも強くなってるんだから、先生たちは有能ッスね。ほら、安全になったッスよ~!」
シュノセルが合図すると、建物の陰に隠れていた人たちが現れた。
「皆さんは学院に向かってください! 今この町で一番安全な場所ですから! どこからモンスターに襲われるか分からないので必ず武器は持って!」
一生懸命声を張り上げるエスニャ。
「うお~い! 学院行くならそっちよりこっちの道使った方が安全だぜ~! 今ならモンスターがいねー。途中に教員もいるしな!」
屋根の上からリオンが指示を出す。
町の人たちはお礼を言ってから学院に向かって行った。
「フ、フ、フ。まるで正義の味方のようでござるなぁ拙者たち」
ガシッと両手剣を背負ってシュノセルの方にやって来るプリメーラ。
「ザコモンスターに勝てたくらいで調子乗ってると死ぬッスよ?」
「いやいや、きっともうドラゴンくらいなら何とかなるでござるよ」
「ならぜひ挑んでみてほしいッスね。本当に戦うなら旅費くらい出してもいいッスよ」
「そ、それはちょっと遠慮しようかなぁ~あ」
「お二人は非常時でもいつも通りですね。少し安心しますが」
エスニャが呆れたような、ほっとしたような笑みを見せた。
「ま、あっちは本当に強くてビックリしたんスけど」
シュノセルが視線を向けた先では――。
「ギャヒャ!」
赤いゴブリンが鋭い爪を振るう、シェスカは跳んでそれをかわすと、
「ハッ!」
空中で剣を横に振る、ズバン! とゴブリンの目から上が切り飛ばされた。
「よし! これで片付いたわね!」
パチッと剣を鞘に納めたシェスカ。
近くには剣と水の魔法で倒したモンスターの死骸が何体も。
「やるじゃんシェスカ。もうレンガキくらいとは戦えんじゃねーの~?」
すたっと降りて来たリオン。
「まだ無理よ。ほら、お喋りしてないでさっさと行くわよ。フィノの家、もうすぐだから」
振り返ってシェスカは走り出す。
彼女たちはスズを探しながらもフィノの家を目指していた。
フィノ一家ならばきっと何か知っているはずだと考えたから。
スズが一緒にいるという可能性も高かった。
「着いた! みんなはここで待ってて!」
玄関までやってきて気が付く。
「……開いてる?」
扉が完全に閉まっていない。
嫌な予感がして中に飛び込んだ。
「フィノ! ルル! リリム! セス!」
シェスカはざわつく心から必死で目を背け、探し回る。
四人のうち誰でも良いから会いたかった。
あの奇妙な家族さえいれば、と。
しかし、そこで出会ったのはまったく予想外の人物。
「よぉ、お前か」
とんがり帽子をかぶった美少女が立っていた。
「ヴァリン……?」
次に、そのヴァリンの足元に転がっているものに気が付いた。
「……!!! メリル!」
学院の女医、メリル。
血にまみれた彼女の死体が横たわっていた。
「なにが……あったの……?」
叫びたくなるのを我慢してシェスカは聞いた。
「知らねーよ。アタシが来た時にはもう死んでた」
ぶっきらぼうに答えるヴァリン。
彼女はしゃがんでメリルを見て、
「見てみろ。こいつは剣でぶった切られてる」
冷静にそう言った。
普段のヴァリンからは考えられないほど冷静に。
「それが……なんだってのよ……」
シェスカは胸をおさえ、荒くなっていく呼吸をなんとか落ち着かせようとしていた。
「戻ってこなかったんだよ。アタシのスラ吉が」
メリルの死体を見ながら、つぶやくように。
「アタシの朝メシ買いに行ったスラ吉がさ。いつもいつもクソみてーな用事ばっか押し付けられて、それでもアタシのために働いてくれてたスラ吉がさぁ」
声が徐々に震えていく。
「見つけたら死んでたんだ。同じように切り殺されてた。アタシの、スラ吉が」
「ヴァリン……」
「メリルは切られたばっかりだ! 犯人は必ずまだ近くにいる! 探し出してぜっっってーブッ殺す!!!」
涙を流しながら、ヴァリンは吠えた。