第十話 エピローグ そして日常へ
あの激闘から三日。
レンはフィリスの町にある喫茶店に来ていた。
二人用の小さなテーブル席に一人で座り、ドラゴンブラックというお茶を注文した。
これはレンのお気に入りブランドの商品だ。
彼女の朝はこの一杯から始まる。
「お待たせしました~」
ウェイトレスが注文の品を運んでくる。
ちょっと奮発してトーストもつけてみた。
ドラゴンブラックの香りを楽しみ、口に含む。
なんだか周りから視線とヒソヒソ話を感じるが……無視だ。
雑魚の集まりにレンは興味が無い。
『あっあっあっ……ひぅん! やっ……あ……そ、そこ……だめ……んあ! あっ あああ……フィノぉ……もう……やめてくれぇ……』
「ぶっふぅううううう!!!」
突如店内に響き渡った、自らのモノと思わしき音声に思わずドラゴンブラックを吐き出してしまった。
勿体ないね。
「くっ! くぅ~~~」
水晶で出来た板のような物で、何かの動画を見ている客を真っ赤な顔で睨みつけた後、テーブルに叩きつける様に代金を置いてレンは店から逃げ出した。
◇
「う~むむ……おチビの奴良い声だすよなぁ……」
フィノの部屋、ベッドに腰掛け足を組んだミランジェが、水晶で出来た板のような物をのぞき込んでうなる。
「おっ! フィノっち! オハヨ~! どこ行ってたの? 一緒に朝ごはん行こうよ」
「あぁ……ミランジェもそれ買ったんだ」
洗濯物を干して部屋に戻って来たフィノ。
ミランジェが持っている水晶板を見て困り顔。
「そりゃあ買うっしょ! 大人気だよ、フィノっちとおチビの決勝戦。歴代でも最高の売り上げだったらしいよ? アスティアのオークションじゃ二百万ディーナを超えたって噂もある。ロリコンってきもいよね~やだやだ。フィノっちも可愛いんだから気を付けなよ? 勝手にリボン付けて来るような女には特にね!」
ミランジェが持っている水晶板は『録画水晶』と呼ばれる魔道具である。
簡単に言えば映した映像と音声を記録していつでも見ることが出来るのだ。
闘魔武会の決勝は毎年必ず録画され販売される。
今年のは飛ぶように売れているらしい。
(レンには悪いことしちゃったな……でも魔法を使わなかったらあたしが殺されてたかもしれないし……)
う~む……と目をつむって考え込んでしまったフィノ。
そんなフィノを見ていたミランジェが口を開く。
「にしても……あんだけ派手にやられたのに簡単に治しちゃったんだから凄いよね~」
「ああ、腕のこと? そうだね。あたしもビックリ。あんな魔法ってあるの?」
「怪我を治す魔法なんて聞いたこと無いな~。学院長先生がわざわざ大枚はたいて連れて来ただけあるね、あのお姉さん」
「メリル先生だっけ?」
「そうそう、うちお礼言おうと思って昨日探したんだけど、もう帰っちゃったってさ」
「そうなんだ……」
そんな話をしていたら、ミランジェのお腹が鳴った。
「あ~お腹減った。フィノっち! 食堂いこ?」
ベッドから立ち上がり、腕を組んで来たミランジェに「うん」とフィノは返事をした。
◇
フィノとミランジェが寮から出て、食堂に向かって外を歩いていると、犬の散歩をしていたリンネと出くわした。
よく見たら犬は一つ目の化け物で、牙が異様に長い。
「お! リンネちゃんセンセー! おはろー!」
「おはようございます。リンネ先生」
「おっはー……ふふふ……相変わらず仲いいね……キミたちは……」
長い前髪のせいでやっぱり口元しか確認できない。
実は人間ではないとカミングアウトされても二人は納得してしまうだろう。
この先生と初めて会った時は驚いたものだが、今ではもう慣れっこだ。
「リンネちゃーん! そろそろうちの指輪返してよ~。反省してっからさ」
「だ~めっだよん……そんなこと言っても……どうせどっかで使うでしょ? ……サラマンダーインストールは……卒業までお預け……」
「あたっ」
ぺちっとミランジェにデコピンしたリンネ。
「リンネ先生。レンはどうしてますか?」
「流石にこたえたみたいでね……最近は大人しいよ……人気者にもなっちゃったしね……ウフッ! ウフフ……」
リンネはスッと録画水晶を見せた。
この人も買ったのか……とフィノは苦笑する。
「フィノっちはともかくおチビまで人気者とはね~」
「凄いよ? ……昨日今日と山みたいにラブレターが届いてる……二人に会わせてくれって……学校まで押し掛けてきた迷惑なファンもいたみたいだし……一部ではフィノちゃん派とレンちゃん派で戦争が起きてるとか……」
軽くめまいを覚えるフィノ。
しばらく町は歩けそうにない。
「はぁ!? んなもんフィノっち一択でしょ。おチビは可愛げなさ過ぎ!」
「ああいうキツイ子が……好みって人もいるんだよ……人間の性癖って面白いよね……ふふ……ラブレターで一番キツかったのは――」
「あ、あたし先に食堂行ってるね」
なんだか居ずらくなってしまって、フィノは走って逃げ出した。
◇
(ふー……大変なことになっちゃったな……レンは大丈夫かなぁ)
食堂前まで走って来たフィノ。
入り口付近の壁に寄りかかってミランジェを待つ。
「お……おい……」
少女の声で話し掛けられた。
そこにいたのは――
「レン!」
ぶすっとした顔のレンがいた。
お菓子の袋を両手で大量に抱えている。町で渡されたっぽい。
頭には手編みの帽子がちょこんと乗せられていた。
「フィノ……貴様のおかげで大変なことになったぞ……」
「ご……ごめんなさい」
「フィノちゃんはどこ? 友達なんでしょっていつも聞かれるぞ……」
「……ごめん」
「下着好きなんでしょ? 盗んじゃ駄目だよ、と言われ履いてたパンツを渡されたこともある……」
「何と言ってお詫びしたらいいか……」
「……で? 私は何をしたらいいんだ」
「え?」
想定外の言葉に思わず聞き返すフィノ。
「友達になれと言ったのは貴様だろう。これだけ騒ぎになってしまえば知らんとも言えん。私は何をすればいい? 友達とはなんだ」
なんだと聞かれても困ってしまう。
正直フィノにもよく分からない。
返答に困って黙ってしまったフィノ。
無言で見つめ合う二人。
「きゃーーーー!!! フィノレンよ! フィノレンがいるわ!」
甲高い声が学園に木霊した。
うわっ!? っという顔になるフィノとレン。
声のした方を見ると、どどどっと音を立て、大勢の生徒が迫って来ていた。
元々フィノの取り巻きだった者に加え、上級生にも大分ファンが増えている。
慌てて逃げ出すフィノとレン。
「フィノ! 二手に分かれるぞ! 続きはまた今度だ!」
「う、うん」
共に走りながら会話する二人。
「最後に一つ言っておく、負けは負けだから今は貴様に従ってやる。だが私はこれで終わるつもりは無い。もっと強くなって必ず貴様を倒す。以上だ、じゃあな」
「……うん!」
走りながら、フィノは笑顔になっていた。
騒がしい学院の朝、今日もまた……それぞれの一日が始まる。
~あとがき~
こんばんは、作者です。
うねうねマジックのお話はここまでで一区切り、ライトノベルの単行本で言えば一冊目が終わったって感じですかね。
今回はちょっと話の作り方を変えてます。
まず物語の結末を考えてから第一話を作って、後はそこに向かって行くマラソン……のような作り方を前作まではしていました。
ただそれだと途中の話がどうも絞まらないし、序盤中盤と後半であり得ないくらい雰囲気に差が出てしまいます。
ゲームとかだとそれでいいと思うんですけどね。
そこで今回はもっとライトノベルらしいものにしたい! というのを意識しています。
じゃあラノベって何なんだ? って考えて、昔好きだったラノベを引っ張り出して読んでみました。
結論としては、『主人公が必ず帰ることの出来る日常を持っている』ということ。
そういうところからうねうねマジックはスタートしています。
きっと今後何があっても、フィノはこの日常に帰ってくると思います。
そうやって小さな完結を繰り返しながら、頭の中の世界観を形にして行けたらなぁと考えています。
それではこの辺で! こんなところまで読んでくれた人、本当に本当にありがとう!
次章もそのうちダラダラ書き始めると思うんで、良かったら見てね~。