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うねうね☆マジック!  作者: うさおう
一本目! 魔導士たちの学校
1/109

第一話 巣立ちの日は触手と共に



 ここはどこかの山の中。

 青空に向かって立つ木の前に、合掌し祈りを捧げる女の子が一人。


 伸び放題の黒髪を後ろで束ねているが、前髪だけは目の上で切り揃えられている。

 着古した男物の服は穴だらけ。

 ……何故か足元には彼女の身長程もある巨大なバトルアックスが。


「――よしっ!」


 女の子はそう言って大きな目を開くと、足元のバトルアックスを片手で軽く持ち上げた。

 それを両手で掴み、木に向かってぐぐぐ~っと力を入れて構える。


「どぉっぅりゃあ~~~!!!」


 気合の声と共に横薙ぎ!

 彼女の持つバトルアックスは木を一撃で切断。

 大きな音を立てて木は倒れた。


 女の子は白い歯を見せてにぱっと笑うと、倒した木の枝を落とし、丸太に変えていく。

 そして出来上がった丸太を担ぐと、満足そうに歩き出した。





「じっちゃ~ん! ただいまー!」


 丸太を担いでやって来た女の子。

 山小屋の前でマキ割りをしていたおじいさんに声を掛けた。

 

「おぉ、フィノか。おかえり。……良い原木じゃな」

「へへ~、でしょ? 前から目をつけてたんだ!」


 おじいさんはマキ割りの手を止め、フィノと呼んだ女の子と話し始めた。


「キチンと祈りは捧げたか?」

「うん! 自然と命への感謝を忘れずに……だよね?」

「うむ、人間はいつだって自然に生かされておる……ところでフィノよ。わしの斧はどうした?」


 そう問われ、数秒時が止まる。

 フィノの頭の中でここに来るまでの流れが再現されていった。

 やがて、答えにたどり着く。


「……忘れちゃった!」


 再び時が止まり、見つめ合う二人。


「「――あっはっはっはっは!」」


 二人は同時に笑い出した、そっくりな笑顔で。

 その姿にはしっかりとした血の繋がりを感じさせる。

 静かな山の中に、楽しそうに笑う二人の声が響く。


「それじゃあじっちゃん、あたし斧取りにもど――」


 その時だった、フィノの言葉を遮るように大きな爆発音。

 遠く、音のした方からは煙が上がっている。


「――じっちゃん、ゴメン。先にあっちの様子を見て来る。またあいつらかもしれないし」


 その場に丸太を置き、フィノは表情を引き締める。


「あぁ……危険だと感じたら、すぐに手を引くんじゃぞ……」

「うん! じゃ、行ってくる」


 そう言うと、フィノは消えるようにその場からいなくなった。





「……マジでうちとヤる気なの? 次は盾じゃなくて直接ブチ込むよ?」


 刀を担ぎ、人差し指を突き出した女が言った。

 派手な赤い色の上着を羽織り、太ももが露出するほどの短いスカートを履いている。

 女性にしては身長が高い、170センチくらいはあるだろうか。

 ふわっとした桃色の髪を風になびかせながら、堂々と山道の真ん中に立っている。

 

「う……ぐ……」


 女に対するは三人の男たち。それぞれが剣、槍、斧で武装している。

 男たちの前では、投げ捨てられた皮の盾が煙をあげて燃えていた。


「どうすんだよジロー! あの女魔導士じゃねーか! よく見りゃ連中が使う指輪も持ってやがる!」

「なんで俺に聞くんだよ! 珍しい剣を持ってるからやっちまおうって言ったのはアニキじゃねーか!」

「喧嘩はやめてくれよ二人とも……」

「「サブロー! テメーは黙ってろ!」」

「ヒィ……」


 目の前の女をほったらかしてモメる男たち。


「……先生を呼んだ方がいいんじゃねーか?」

「バカヤロウ! 一人殺る毎に十万ディーナだぞ!? あのガキと合わせて二十万も出せるか!」

「そうだな……チッ、仕方ねぇ……ジロー! サブロー! 行くぞ! あの女にトライアングルアタックを仕掛ける!」


 男たちは気合の入った掛け声を出して陣形を作るが……女は既にいなかった。


「……あれ? あの女はどこだ?」

「えいっ」


 突如後ろに現れた女が男たちの一人を斬りつけた。


「いてえええええええええええ!!!」

「うわあああああああ! サブロー!!!」


 血を流しながらのたうち回るサブロー。いたそう。


「ちくしょう! いったいどうやって後ろにまわりやがった!?」

「だってあんたらこっち見てなかったし……今日は許してやるからもう行きなよ。追いはぎの真似なんて二度とすんなよ? 次やったら容赦なく斬るから」


 女は呆れ顔で刀を鞘に納める。


「な……舐めやがって! 後悔させてやる! 先生! ジェフリー先生! お願いします! 助けてください!」


 怒りに満ちた顔で情けない声をあげたのは多分ジローの方。


「…………おう」


 ジローの声を聞いて、離れたところにある木の影から大柄な男が現れた。

 ジェフリーと呼ばれた上半身裸の男は、両手をズボンのポケットに入れてひょこひょこと近付いてくる。

 女は再び刀を鞘から抜き構えた。


「懲らしめてやりたいガキってのはこの女か? ヘヘ……結構良い女じゃねーか……勿体ねーな」

「いえ、違います。こっちは成り行きで……」

「だったら追加で十万取るぞ? 払えんのか?」

「…………後払いじゃダメっすか? あいにくさっきお渡しした分で手持ちが……」

「じゃあダメだな。俺は前金の仕事しか受けねーんだ」

「そ、そこをなんとか……」

「……まぁ、あの女は個人的に相手してやってもいいぜ? 十万の価値はありそうだ」

「あ、ありがとうございます! 先生!」


 ジローは他の二人を連れてさっとジェフリーから離れた。

 刀を構えた女とジェフリーが対峙する。


「女、大人しく捕まりゃ痛い思いせずに済むぜ?」

「冗談キツイって、うちはあんたなんかに構ってるほど暇じゃないんだよね。(得物ナシか……ポケットに何か隠してんのは間違いないな……)」


 両者の間を風が抜けていく。

 互いに笑みを浮かべているが決して視線を相手から外そうとしない。


「くらえっ! ファイアーボール!」


 先手は取ったのは女。

 意識を集中しながら人差し指をジェフリーに向ける。

 すると女の指からは火球が撃ちだされた。


(何を隠してるのかは知らないケド、ポケットに入るサイズならリーチはないよね。魔法と刀の間合いにいる限りはローリスク!)


 相変わらずポケットに両手を突っ込んだまま、ジェフリーは火球を回避。そのまま動いて距離を詰めようとするが、女は炎の魔法と刀を上手く使い近寄らせない。しばらく戦うが一方的に攻撃を続ける。


「ハッ!」

「チッ……」


 女の刀がジェフリーの足を切り付けた。動きが鈍る。


「もらった! ファイアーボール!」


 再び放たれる火球。

 それと同時にジェフリーは片手をポケットから出した。


「まさかもう使わされるとはな?」


 ジェフリーに向かってきた火球は彼の目の前で突然かき消えた。


「……隠してたのはソレか」


 納得したように女は呟いた。

 ジェフリーが持っていたのは緑色の宝石。

 魔力を吸収する性質を持った特別な物。


「へへ……"こっち"の方はなぁ!」


 邪悪に笑い、ジェフリーはもう片方の手をポケットから出した。

 指輪をはめた人差し指を女に向け、叫ぶ。


「ファイアーボール!」

「……え」


 ジェフリーの手から放たれた火球が、女に直撃した。

 




 魔法という可能性を考えていなかったわけじゃない。

 だがそれは、限りなく小さな可能性だった。


「ヒャハハハハハ! まさか俺みてーなチンピラが魔法を使うとは思わなかっただろ? てめーら魔導士はいつもこれに引っかかりやがる。間合い外で隠してた道具を見せると気ィ抜きやがるんだ!」


 火球が直撃した女の体は炎……というより、その衝撃によって吹き飛んでいた。

 地面を何度も転がり、今は地に伏している。


「ごほッ! き……いたぁ……」


 どうにか意識を失わずに済んだが、ダメージは大きい。

 刀もどこかへいってしまった。魔力も練れそうにない。

 そもそも立ち上がることが難しい。

 誰の目にも決着は明らか。


(マズいなぁ……あいつ近付いてくる……早く動かないと……いってーなぁクソ……)


 ジェフリーは何か言いながら歩いてくるが、女の耳には届かない。言葉を聞いている余裕すら既に無かった。

 いっそのこと、もう諦めて楽になってしまおうか。

 そんな考えが浮かんできた時だった。


「やめろ! その人に近付くな!」


 通る声だった。

 朦朧(もうろう)とした意識にも響く、どこか優しさを感じる、強い声。


(……だれ?)


 力を振り絞って顔を上げる。

 女の子の背中が見えた。

 自分を守るように立っている。

 長くて黒い髪を後ろで束ねた背中。

 

「危ないよ……逃げて……」

「嫌だ」


 どうにかして絞り出した言葉は一瞬で否定されてしまった。


(ははは……嫌かぁ……嫌なら仕方ねーか……)


 女は全てを諦めて、流れに身を任せることにした。





「おい、イチロー。てめーらの言ってたガキはこいつか?」


 ジェフリーは顔だけ振り返って聞く。


「は、はいっ! そのガキです! そいつも懲らしめてやってくださいよ先生」

「あんなのにも勝てなかったのかよ……情けねーなぁ。まぁ金貰っちまった以上はやるけどよ……おいガキ! 聞いてたろ? ワリーが覚悟してくれや」

「ガキじゃない! あたしの名前はフィノだ!」


 そーかよ。と呟いてジェフリーはフィノに近付く。

 そして容赦なくその顔を殴りつけた。


「……あれ?」


 片手で止められていた。もちろん手加減などしていない。


「先生ッ!!! 離れてください! そのガキは――」

「お前……あの三人の仲間だなっ!」


 ドスン、と音を立ててフィノの拳がジェフリーの腹に食い込んだ!


「ごッッはッ!!!!!!」


 重い! 怪力の大男にハンマーで強打されるような衝撃がジェフリーの体を襲う。


「おええええ……ゲホッゲホッ……」


 両手で腹を押さえうずくまってしまう。口からは血の混じった胃液が逆流してくる。あまりの衝撃に呼吸すらまともに出来ない。


「倒れてるお姉さんに謝って山を下りるんだ! まだ悪い事するなら今度はもっと痛いゲンコツだぞ!」


 腰に手を当ててフィノは説教モード。戦っている自覚はなさそう。


「く……っそガキがぁ! 舐めてんじゃねーぞぉ!!!」


 ジェフリーは後ろに飛ぶと同時にファイアーボールの魔法を発動。

 撃ちだされた火球がフィノに向かって弾丸のように飛ぶ。


「フン! こんなもん!」


 フィノはトンと軽くジャンプ。飛んできた火球を空中でボールのように蹴り返してしまった。


「ゲッッ!!!」


 これにはジェフリーもびっくら仰天。

 なんせフィノはまっすぐ蹴り返すもんだから、火球がそのまま反転してジェフリーに向かって飛んできている。


「ほぎゃあああああ!」


 着弾、爆発、大ダメージ。

 しばらく地面を転がり回った後、白目を見せて気絶してしまった。


「ジェフリー先生が負けた!? ウソだろ……十万も払ったのに!」


 ずっと見ていたイチローだかジローだかサブローがそう言った。サブローは違うか。


「お前たちっ! あんだけ懲らしめてやったのにまだ悪い事してたのか!」


 三人の方をキッと睨むフィノ。


「ご……ごめんなさ~い!」


 睨まれた三人は逃げ帰っていった。ちゃんとジェフリーを連れて。


「……もう、次来たら捕まえて山賊として町に突き出してやる」


 フィノはそんなことを呟きながら、転がっていた刀を拾い、倒れた女に近付いて行く。


「お姉さん、大丈夫? この変わった剣はお姉さんのだよね」

「…………あっ、うん。そうだけど」


 ぼーっと見ていた女は体を起こし、フィノに礼を言う。


「助けてくれてアリガトね……かなりヤバかった……うち、ミランジェっていうの。あなたは?」

「あたしはフィノ! よろしくね!」


 ああ、確か奴等にもそう名乗っていたなぁ、とミランジェはそこで思い出した。

 まだ頭がハッキリしていないようだ。


「ミランジェさんは――」

「ちょい待ち、フィノっち」


 何かを聞こうとしたフィノを止めるミランジェ。


「……なに?」

「多分、さん付けいらない。フィノっち年いくつ?」

「もうすぐ十五だけど……」

「やっぱりか。うちも十五だよ。タメじゃん」

「…………えええええ!?」





 傷付いたミランジェをおんぶしながら、フィノは山道を歩いていた。

 まるで手ぶらでいるように軽快に進む。


「もうちょっとであたしの家に着くからね。今日は泊っていくといいよ」

「サンキュ、ちょっと休んだら出て行けなんて言われたらヤベーって思ってた」

「さっきは聞きそびれちゃったけど、ミランジェは冒険者さん?」

「ちょい違うかな~、実はフィノっちに用があって来たんだ」

「えっ? あたし? どうして?」

「ちょっと休んだら話すよ。今はマジでシンドイから……」

「ええ~~? き、気になるなぁ……」



 ◇



「じっちゃーん! ただいまー!」


 ミランジェを背負ったフィノは小屋の前まで元気に戻って来た。

 それを笑顔で迎えたのはフィノのおじいさん。


「おかえり、フィノ……後ろの女性は?」

「ミランジェっていうの。悪い奴等に襲われてたんだ。今日は泊めてあげよ?」

「……どうも」


 ミランジェは小さな声でおじいさんに挨拶をした。


「そうか、それは辛い思いをしましたな……しかしフィノ、目上の方を呼び捨てにするものではないぞ」

「ミランジェは同い年だって、あたしと同じ十五だよ」

「……えええええ!?」

(あ~、そっくりだな。フィノっちとこのおじいちゃん)





 そんな会話をしながらフィノたちは小屋の中に入って行く。

 中へ入ったフィノはまずミランジェをベッドに寝かせ、慣れた手つきで傷の手当をした。


「はい、これで大丈夫! この薬草は効くからね。痛みはすぐ無くなるよ」

「さんきゅ……フィノっち優しいね~。うちの嫁にならない?」

「ならないよ」

「あっそ……」

「それより! あたしに会いに来た理由を教えて!」


 ミランジェにズイっと顔を近付けるフィノ。好奇心で目が輝いている。


「これこれ、ミランジェさんはケガ人なんだ。少し休ませてあげなさい」


 会話に割って入って来たおじいさんがフィノを止める。


「う~……でも……」

「フィノ、今は山の中に置きっぱなしの斧を取って来てくれんか?」

「あっ、忘れてた! い、行ってくるよ」


 フィノは凄いスピードで小屋を出て行った。

 おじいさんと二人きりになってしまって、ミランジェはちょっと気まずい。


「……ミランジェさん。あの子はやりすぎませんでしたかな?」


 恐らくさっきの戦いのことだろう。おじいさんはどちらかといえば相手の心配をしていたらしい。


「大丈夫です。死んではいないと思います」


 ジェフリーは多分生きているはずだ。

 仮に死んでいたとしても自業自得である。フィノやおじいさんが気に病むことは無い。


「そうですか……ならいいのですが……」


 なんだかおじいさんも気まずそうにしている。本当に聞きたい事はべつにあるような……そんな態度。


「…………ミランジェさん、あなたはあの、『フィリス魔導学院』の人ですか?」


 意を決したように、おじいさんは口を開いた。


「……はい」


 驚きながら返事をするミランジェ。


「やはりか……」


 俯きながらも、口元には笑みを浮かべておじいさんはそう言った。


「知っていたんですか?」

「あの子の母親――私の娘ですが、まだ赤ん坊だったフィノを置いていった時に言ったんですよ。この子が十五になったら、あそこの……学院長に預けることになったって」

「そんな……十年以上も前から!?」

「娘と学院長は友人だったらしくてね。生まれたばかりのフィノに特別な魔力を感じたらしく、是非預かりたいと申し出たそうなんですよ。しかしあの学院に預けるとなれば、フィノの意志に関係なく戦いの世界に引き込んでしまうことになる。娘はそう考えたようで、十五になるまでは私に預け、そこからはあの子に決めさせよう……そういう話になったそうです」


 ミランジェが来た理由はまさにそれだった。

 学院の特待生として招待されたフィノに学院長からの手紙を届ける。

 学院長から直々に依頼された任務であった。


「ミランジェさんは随分とお若いようだが、あそこの教員ですかな?」

「い、いえ……今年の試験に受かったばかりの新入生です……首席だったので、同期となるフィノさんを迎えに行ってほしいと、学院長先生から……」


 話をしていると、外からバタバタと慌ただしい音が聞こえてくる。


「ただいまー! 斧取って来たよじっちゃん! ミランジェ! 話の続きしよ!」

「あ、うん。おかえり、フィノっち……」

「ふぉふぉふぉ……では私は席を外すとするかな」


 ほんの少しの寂しさを滲ませた声で笑い、おじいさんは部屋を出て行った。


「じっちゃんどうしたんだろ? 一緒に話聞けばいいのにね」

「うん……あのね、フィノっち。凄く大事な話なんだけど――」


 ミランジェは手紙を取り出し、真剣な面持ちでそれをフィノに手渡した。


「フィノっちの人生を左右する……大切な話だからね」





 翌朝。


「じゃじゃーん! 余所行きの服だよ!」


 小屋から飛び出したフィノが、外で待っていたミランジェの前まで来た。着ている服を見せるように一回転。

 昨日までのぼろぼろの服と違って、女の子らしい綺麗で可愛い服を着ている。


「きゃはー! 可愛いじゃんフィノっちー! いやぁ、昨日みたいなカッコだったらどうすっかなってうち思っちゃった」


 何故かフィノ本人よりミランジェの方がテンションが高い。


「いいでしょ~? もう十五なんだから見た目に気を使いなさいって、町に下りた時にじっちゃんが買ってくれたんだよ!」

「そっか……」


 おじいさんは、きっとフィノがこの選択をすることを分かっていたのかもしれない。もっとずっと前から……

 ミランジェには何故だかそれが分かった。


「フィノ、あまり周りの人に迷惑をかけてはいかんぞ? ミランジェさん、孫をお願いします」


 後から小屋を出て来たおじいさんが二人に声を掛けた。


「分かってるよじっちゃん! あたしそんなに子供じゃないから大丈夫!」

「えっと……フィノっちのことは任せてください! って言っても、今ンとこうちのほうが世話になっちゃってるけど」


 三人でしばらく会話をして、フィノとミランジェは山を下り始める。


「じっちゃーーーん! あたし頑張ってくるからねー!」


 遠く離れても、フィノは大きな声でおじいさんに声を掛ける。

 ぴょんぴょん飛び上がりながら、体全体を使って手を振り続けていた。

 おじいさんも笑顔で、ずっとその姿を見送っている。


(ふぉふぉふぉ……あの子もついに出て行ったか……血は争えんな、セスよ……フィノはやはりお前の娘だよ……)


 本当はずっと前から気付いていた。フィノの本当の気持ち。

 山を下りたくて、広い外の世界に飛び出したくてあの子はうずうずしていた。

 しかしフィノは優しい子だ。おじいさんを一人にしてしまうような事を、自分から言い出すことがどうしても出来なかった。


(フィノを預かった時……誰がそんな輩にあの子を渡すものかと思ったが、今にして思えばいいきっかけだったのかもしれんなぁ……大きくなって来いよ……フィノ……)


 フィノとミランジェが見えなくなっても、おじいさんは心の中でずっと手を振り、孫の旅立ちを見守っていた。





「う~ん……ミランジェ、ホントにそんな凄い力を持ってるのかな、あたし」


 学院長からの手紙を読み返しながらフィノは言う。

 フィノが目を付けられた理由、それは特別な魔力の属性。


「凄いっていうか……レアもの……かな? 『樹』の魔力性質なんてうちも聞いた事ないよ。魔法も見たこと無いし、指輪も――ってあー!?」


 足を止め、何かを思い出したようにミランジェは叫んだ。


「どしたの?」

「わ……忘れてた……学院長先生からの預かりもの……手紙だけじゃなかった……」


 ミランジェは上着のポケットから指輪をひとつ取り出し、フィノに渡した。


「これなぁに?」

「魔法を使うための指輪だよ。それに魔力を流し込む事で、指輪に設定された魔法が発動するんだ。それをフィノっちに渡せって言われてたんだった……多分、樹属性の魔法だと思うんだけど……」

「ホント!? じゃあこれがあればあたしにも魔法が使えるんだ!」


 フィノは大喜びで指輪をはめる。


「ふっふっふ……フィノっち、魔法はそんな軽いモンじゃあないよぅ? まずは血の滲む様な魔力訓練をして、それから――」

「あ、なんか指輪が光ってる!」

「ウソ!? マジマジ? キミどんだけ天才なのって――うええ!?」


 なんと! 指輪をはめたフィノの手は光り輝き……その手からは……にゅるにゅるとした緑色の触手が生えてきた。

 触手はひとりでにうねうねと動き、フィノの手や腕から何本も生えてくる。

 表面は謎の粘液でヌルヌルのテカテカだ。


「うええ……気持ちわる……なにこの魔法……」


 ドン引きしているミランジェ、心なしかその様子に触手が反応しているようにも見える。


「ミランジェ……こいつドンドン元気になって数も増えて来るんだけど……魔法ってどうやって止めるの?」

「え!? え~っと……うちに言われてもな……炎の属性にはこういうの無いし……」


 触手を間近で見ながら、アゴに手を当てて考えるミランジェ。

 ――その時だった!

 フィノの手から生える無数の触手がミランジェに一斉に襲い掛かった!


「きゃあああああああああ! なにこれぇええええええ???」


 ぬるぬるの触手はミランジェに絡みつき、その肌の上に粘液をこすり付けながら走り回る。


「うわわ……止まれ止まれ! ミランジェ! 魔法で焼いちゃっていいよ! 切ってもいい!」

「こ……こんな状態じゃ――ひぅっ!? くぅおらぁ! ドコ潜り込んで……あっ、いや、やだ、やめてってば……そこはマズイってェ!!!」


 こうして、山育ちの触手魔法使い、フィノの物語は始まった!

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