移動
「へぇ~。そうなんですね。」
離陸時の急加速が終わるとわざわざ尋ねるまでもなく向こうから話し掛けてくれた。その情報によると、この飛行機には2階があり、そっちには結構な人数が乗っているらしい。ただ1階の方が割安でお得だともお婆さんは付け加える。
「ところでお名前は?」
「あら、私たらとんだ失礼を。春よ。スプリングの春。」
「ハルさんですか。いい名前ですね。私は東城 武です。」
「・・・。そう。あなたはこの旅行に参加するのは初めてね?保険は加入してきたかしら?」
何か妙な間があったな。
「? はい。一応加入しときましたけど?」
「そう。それは良かったわ。グリムの旅行に行くときは保険は必ず付けた方がいいわ。」
「そうなんですか?保険の詳細が書かれていなかったんで、いまいちわかってないんですが、一般的な盗難保険でそれなりに荷物の紛失とかがあるって事ですかね?」
サイトに詳細がなく時間もなかったので放置していた疑問をハルさんに質問してみる。
「そうねぇ。答えてもいいんだけど、ここの移動はせっかちだから、もう時間がないわ。運が良ければ暗転の後で教えてあげるんだけど・・・」
ハルさんが意味不明な返しをした瞬間世界が暗転した。
否。単に瞼が下がっただけだ。
強烈な眠気を覚え抗う事が出来ずに瞼がストンと落ちるのを認識すると同時にパソコンのスイッチが切れるように意識がシャットダウンした。
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ゴウンゴウンゴウン───
何かの駆動音が絶えず低音で耳に響いてくる。
眠ってしまっていたようだ。
何時間も寝てしまったような気がしたが、スマホの時計を見ると30分程度しかたっていない。白髪で可愛らしい小柄なおばあさんことハルさんは起きるといなくなっていた。
いや、それ以前に乗り物がジャンボジェットではないような気がする。あくまで見える範囲の内装での判断なので実は外から見るとジャンボジェットなのかもしれないが・・。床も壁も天井も全て木製で内装の雰囲気は船のように思える。壮大なドッキリでいつの間にか船旅にチェンジさせられたのだろうか?いや、最初に推理したミステリーツアーなのだろうか?
それにしても、眠くなった理由がわからない。
飛行機で飲み物は出てないし、さすがに睡眠ガスとかはやりすぎだし実行するとは思えない。考えを巡らせていると、男性の船員?と思われる金髪の青年が奥の通路から現れて声を張り上げて叫んだ。
「まもなく空中都市グラディスに到着します!今しばらくお席でお待ちください!」
一旦、考えるのはやめよう・・。
外観を見れば少しは疑問も解決するだろう。しかし、やる事がないので観察は続ける。丁度横幅は似た感じなのだが前後は木の壁で遮られておりその先は伺い知れない。座席数は飛行機だった時より少ないが座席にはいくつかの人影があった。
だが、顔立ちが西洋風で言葉が通じるのか怪しく、また服装もなんと言うか古めかしくまるで演劇に出てくる中世のような格好で話し掛ける気を余計に削ぐ。
「おじさん。初心者丸出しだね~。」
不意に背後から声を掛けられた。