2 情報収集開始
もう一つあげたいんですけど、間に合う気がしません()
入学式初日に上級生が新入生に絡むという時間が起きて既に一週間がたった。
「それで、光くんのことなんだけど」
「またその話?」
「これ以上私達が知ってることはないよ。...ホント、ぞっこんだね」
胡桃沢ありすは、休み時間でも放課後でも、常に藤堂光の情報を探っていた。
現在も、一時限目と二時限目の間の休み時間なのだが、手当たり次第に情報を集めている。
それも相まって、いろんな人と仲良くなれたのだが、ありすはそんなことはもう頭から吹っ飛んでいた。
(藤堂光。このあたりの出ではない。あの人の過去を知っている人は...ああ、そういえば)
それは、昨日のこと。
情報収集を放課後に、いつものようにしていると、藤堂光の過去を知っているかもしれない人を知っている、というよりは、見たことがある人に出会った。
『え、光くんのことを知っているかもしれない人?』
『あ、ああ。でも、そいつには近づかない方がいいかもしれないぞ。何せ、お前を連れて行こうとしていたうちの一人なんだからな』
『そうなんだ。で、名前は?』
『聞いてた?』
そんな感じで、名前を入手した。
彼の名前は上田撤兵。兵を撤退させるなんて、面白い名前だと思うが、ありすからすれば上級生だし、そんなことは口が裂けても言えないだろう。
流石に、休み時間に聞きに行くには時間がなさすぎる。
(昼休みか、放課後にでも聞きに言いたいんだけど...)
ありすには、ここ最近で出来た悩みがある。
なぜか、男に見られるのが苦手になったのだ。
以前までは、そもそも男の視線には性的な卑しい物があったし、それが当たり前だと思っていたけど、光の目を知ってから、なぜか、他の男の視線が怖くなってしまったのだ。
最初はそれだけで済んでいて、情報を集めるためだと割り切っていたのだが、今では、同じ学年の人以外では、離すことさえも難しくなってしまった。
そんな自分が、上級生と話せるのだろうか。
悩んでいる間にも、時間は進んでいく。
チャイムが鳴り響く。二時限目、次は、古典、だったか。
「古典...ああ、そうか、手紙で聞けばいいんだ!」
何も、直接聞く必要はない。
昔のように、手紙で聞けば、視線を感じることは無いだろうし、もらったものも、すぐに捨てるだけ済む。
そう考えたありすは、さっそく、手紙に書く内容を考え始めた。
「...そうね、まずは自己紹介からよね」
ありすは、お気に入りのメモ帳を一枚抜き出し、そこに自身のことを書いていく。
とはいえ、そんなに書く内容があるわけじゃない。
(えっと、私の名前と、光くんの過去のことについてよね)
名前と、年齢と、誕生日と、好きな食べ物を書き、いよいよ光のことについて聞く文を考えようとした時、ありすの手が止まった。
(...なんて書いたらいいのかしら)
しかし、頭が決して悪くないありすは、すぐに思いなおす。
(いや、光くんを知っているのなら、この間の事情も知っているはず。だから、お礼がしたいとでも書いとけば)
ありすは、シャープペンシルの先を走らせていく。
ついでに、変なことをしたら教師と光くんに言いつけると書き添えて。
「じゃ、またな」
「ああ、後で」
その日の放課後、撤兵が帰ろうとげた箱を開けると、自分の靴の上に、見なれない紙が置いてあるのが見えた。
その瞬間、撤兵は内心歓喜した。
ああ、俺にも春が来たのだ、と。
「だ、誰からなんだろう」
一見手紙のようだが、一枚の紙を折りたたんで、手紙の外側の部分を作り上げる感じからして、男子のいたずらではない。
そもそも、撤兵には男子からそんな嫌がらせを受けるような環境にはいなかったのだ、どうしても疑ってしまうのだった。
「...胡桃沢!?」
なんと、手紙の主は胡桃沢ありすだった。
一週間前に、怖い思いをさせたばかりか、謝ってもいないのに、どうして手紙を出したのだろう。
恋文ではないと思いながら、もしかしたらと思い、内容を見ていくと、そこには、胡桃沢ありすの自己紹介が書かれていた。
(...どういう...まさか!)
そこで、撤兵はピキィンとひらめく。
これは、まずは自分のことを知ってもらいたいというアピールなのではないかと。
なるほど、と撤兵は納得し、そのまま読み進めていくと、次には、藤堂光のことについて教えてほしいと書いてあった。
その下には、メルアドも書いてあり、何か変なことをしたら、教師と光に言いつけるとも。
春は、終わった。というよりは、来ていなかった。
夜。アリスの形態に見知らぬメアドからメールが届いた。
スマホにあまり魅力を感じず、ガラケーのまま使用しているが、特段不便に感じたことは無い。
いや、この一週間で感じたか。
「まさか、スマホにはみんなでメールが出来る機能があるなんて」
アプリにそんなものがあったとは、今日初めて知ったのだ。今更だが、スマホに変えるべきかと悩み始めた。
貯金は大量にある。ありす自身の容姿は可愛いことが大半の理由なのだが、本人は周りの人は優しい程度にしか理解していない。
「あ、メールメール」
恐らく撤兵からだろう。
ありすはガラケーを開き、メールを開く。
内容は、撤兵と光は同じ中学にいたというものから始まった。
ピンク色のベッドに身を投げつつ、下へと読み進めていく。
「ふむふむ...え、学校一の人気者? 学校どころか、他の県の生徒まで知っているほど?」
はて、なぜそんな人気なイケメンくんが、こんなところの高校に来たのだろうか。
ありすが通っている高校は、特に進学校とまではいかないが、そこそこの学力程度の高校で、珍しいものがあるというわけでもない。
ありすは、考えてもわからないことを直感で理解し、直接聞きに行くことを決意した。
「...もしかして」
同じ学校から来たのだ。もしかしたら撤兵がメアドを知っていてもおかしくは無い。
そう思い、メールをすると、ものの数分でメールが返ってきた。
「はや。...ああ、知らないのか」
つい、落胆の声が漏れ、携帯をポイと投げ捨てる。
(ああ、後でブロックしとかなきゃ)
ありすは、忘れやすい性格だった。
(...だるい)
チャイムが鳴り響く。青空が気持ちいい。
藤堂光は、堂々と授業をさぼっていた。
「まさか、俺がこんなことを出来るなんてな」
そんなことを呟く光。
光が今感じている気持ちは、単純な好奇心じゃない。自分に対する関心だ。
中学の時は、恐らくこんなことをしたら罪悪感が半端じゃなかったと思うし、そもそも出来ないと、そう考えた光だった。
では、なぜこうしてサボれているのだろうか。
「...きっと、周りに誰もいないだろうからかな」
自己紹介の後、無視を貫き通していた光には、未だに友達と呼べる生徒はいなかった。
それに、家に帰っても、家族もいない。
妹が一人いるが...まあ、あの妹は...いや、どうでもいいだろう。今は。
こうして、嫌われるという目的に向かって、歩き出しているのだから。
「...もう、昼だろうか」
スマホを取り出して時間を確認する。時刻は既に十二時を過ぎていた。
俺の腹時計も意外と信用できるな、と考えながら、家で自作してきた弁当を取り出す。
出来るだけ誰にも会いたくないと考えた光は、学校には来るが、ここでサボることを選んだのだ。
もちろん、中学の時のように、授業に出なくても卒業できるわけではない。
授業には出なくてはいけない時もあるだろう。
しかし、今の机では目立ちすぎる。いずれ席替えをする時まで待とう。最悪、留年してもいい。それでなお、嫌われるのなら。
「...やべ、箸がねえ」
光は、弁当箱を取り出して気づく。箸がない。
手で食べることは可能だが、手を拭くものもない。
購買部で箸を売っているのを見たことがあるが...。
「行くしか、ねえよな」
せめて、時間ぎりぎりに行くとしよう。光はそうすることに決め、再び寝転がった。
階段を降りていく。
この時間に降りるのは久しぶりだと、光は思った。
それが普通なのだが、光にはもうどうでもいいのであった。ただの不良である。
(高校程度の授業は全部頭に入ってるし、授業に出る必要は無い...これ、校長に掛け合ったら認めてくれないかな)
そんな、確実に無理な案を頭の中で出していく。
足を進めていくうちに、購買部についた。しかし、生徒の声が聞こえる。
「あの、少しいいでしょうか」
「ああ、もう授業が始まるからあんまり答えられないけど、なんだい?」
購買部のおっさんと、女子の声が聞こえる。
光は、内心舌打ちをする。
(まあ、チャイムが鳴って、どこかへいったら買うとしよう)
光は近くで隠れて聞き耳を立てていると、思わず噴き出しそうになることが聞こえた。
「あの、藤堂光さんって、知ってますか?」
「藤堂光...確か、一年生だったかな。その子がどうかしたのかい?」
「いえ、その人のことについて、少し調べていて」
(お、俺の名前!?)
光は、思わず噴き出しそうになる口を慌てて抑え、ちらりとのぞく。
そこにいたのは、以前光が助けた女子高生だった。
「ふーん、まあ、止めはしないけど、気を付けるんだよ?」
「え? はい」
(なんだあいつ...俺の今の状況を知ってるのか?)
いや、知らないわけがないかと光は頭を振る。
購買部の人にまで聞くのだということは、クラスの奴らには既に聞いているということだろう。
光は、なぜ自分のことを調べているのか気になって、そのまま聞いている。
「えっと、それで...」
「んー、僕も、特に知っていることはないんだよなあ。何度かここには顔を出しているようなんだけど、すごいイケメンで、気配りができそうな感じはするんだけどね」
「そうなんですか。では、なぜ授業に出ていないのかは?」
「え、出ていないのかい?」
(なんで余計なことを言うんだあいつは!)
光は思わず殺意を出しそうになるが、それも慌てて抑える。
とにかく我慢だと己に言い聞かせ、あの生徒がいなくなるのを待つ。
そこで、ちょうどよくチャイムが鳴る。
「あ、戻らなきゃ、またね、おじさん!」
「はいよ、気を付けるんだよ、胡桃沢さん」
胡桃沢、か。
あいつは危険人物だと断定した光は、とりあえず箸を買うことに。
「すみません」
「はい...あ、藤堂くん」
「箸ください」
「箸...?」
「はい、箸です」
これは、ずっと授業にサボってばかりもいられないぞ。
そういえば、自分は青春をせずに卒業しそうです。あれ、雨かな...液体がたれて...