え、ちょ! 死ぬっす!
訓練場の中では独特の緊張感が満たしていた。
次にクルスの始まりの合図がかかれば、精霊同士の闘いが始まる。
クルスは危険があれば闘いを中断させるために、自身のトカゲ型精霊を準備していた。
これは、もう勝負は付いているのに精霊が言うことを聞かずに暴走し、過剰に相手を痛めつけ始めたときなどに場合に必要なのだ。
ただ、精霊魔法学Ⅳを受ける生徒達と各々の精霊はそんなに言うことを聞かず暴走ということはないのだが。
そして今、
「……それでは、始め!」
クルスは始まりの合図を告げた。
「レオドラート! あいつを倒せ!」
「…………指示はそれだけか」
これはあくまでも、精霊の実力と契約者の言うことを聞くか、クルスが把握するための試験なのだが、フィラルドはメルリナとの勝負に勝てればいいのか、レオドラートにそれだけしか指示を出さない。
これでは試験という趣旨から外れているとレオドラートは思った。
以前の授業で、分け御霊レオドラートが言うことを聞かないということが度々あったのは、こういう授業の趣旨を履き違えたフィラルドが無駄に目立とうとしていたときに、継承者だとしても言うことを聞きたくないと思ったからだ。
例えば、精霊に魔法を打たせる。という授業では、派手で消費魔力も大きいが、威力の少ない魔法を打たせようとしてくきた。
レオドラートは強力な精霊だが、年々力が弱まっている。
それは、摂取している魔力が足りないからだ。
レオドラートは『王になった者と王になる者の魔力を最大値から常時2割まで吸収出来る』という特殊な契約条件をしている。
たいてい精霊との契約は1代限りのもので、レオドラートのように王国誕生から何代も引き継がれることは珍しいことだ。
さて、レオドラートの魔力が足りない理由というのは、年月を経た精霊は力が強くなるのだが、同時に自身を維持する為に必要な魔力も増えるからである。
しかも王族の魔力量は代を引き継ぐごとに少なくなってきていた。
そのうえ、威力は低く、目立つための派手な魔法で、消費魔力も大きいものを打たせようとしてくるフィラルドに、レオドラートは静かに怒りを覚えている。
契約内容の見直しをして欲しいとレオドラートは思っていた。
「ラーゴ。"水界迷宮"を展開してください」
「ウィース!」
フィラルドとは対照的にメルリナはラーゴに的確に魔法の指示をする。
ーーそのとき、訓練場は水の世界となっていた。
水の帯が入り乱れ、何十、何百と連なる。それはまるで変化する迷宮の壁だ。
訓練場に差し込む太陽の光に照らされた迷宮は、水が反射してどこか幻想的だった。
「そして、水に潜り"鰐ノ牙"です」
「行くっすよ!」
動き続け交わり離れ続ける幾百もの水の帯にラーゴは、身を投じる。
帯の水流に流され猛スピードで泳ぐラーゴは、いつの間にか人の姿からワニのような姿に変わっていた。
そして、訓練場の広い範囲に展開される水の帯の様々な方角から、鋭く尖った圧縮された水牙が出射される。
「避けろ。レオドラート!」
「……ふむ」
その水の迷宮はワニの口内のようで、逃さないとばかりに牙は獅子を目指した。
一番始めに迫ってきた水牙を避け、レオドラートは呟く。
(……速い…! ……が)
「……避けられぬ程ではない」
レオドラートの人間体の構造は、獅子の体より柔らかくしなやかに動けるようで、重厚な金の鎧から動きやすそうな軽鎧に変化しただけで人間のような姿のまま闘っている。
ーードガァアッッッ!
上方から出射された高圧な水牙が訓練場の地面に当たった。
石畳で出来た地面が抉れ、深さ1メートル程の穴を作る。
その作られた穴が技の威力の高さを物語った。
そして、それは休むことなく次から次へと向けられる牙の一つでしかないというのに。
「……この威力、この速度、この連射……………。……ふむ。厄介だ」
上から、下から、左から、右から、前から、後ろから縦横無尽に襲いかかる牙を躱しながらレオドラートは恐怖した。
王国の守護精霊とは言っても、戦地に赴いたりすることはあまりなく、喉元を食い千切ろうとする若者の強さに身を震わせたのだ。
この油断したら今にも敗れてしまいそうな闘いに、恐怖とそれ以上の高揚感で……笑った。
「……ククッ、久しぶりだ。……ここまでの強者と相見える機会というのは……!」
「レオドラート! 反撃しろ!」
「……そうだな、継承者よ。……逃げ惑うにも飽きていた頃合いだ!」
ーー光
ただの純粋な発光から、爆発的に眩く光る。
レオドラートから発されたそれは、総てを拒絶する光。
その光は、ありとあらゆる襲いかかる災いを払い、壊し、滅す。
出射されていた水は、消えた。
水の帯は恐怖するかのようにレオドラートから逃げ、その光に当たっては流れを乱し、ダムが決壊するかのごとく帯状を保てなくなる。
決壊した場所からの水の消失で、迷宮に綻びが出来た。
その綻びは大きくなり、重力を無視した水の動きは重力に敗れ、ただの水流となって訓練場に溢れる。
「っ! ……これは、特殊魔法属性ですね」
魔法の消滅に驚いたメルリナ。だが、意外と冷静にそう呟いた。
特殊魔法属性。
長い年月を経た精霊や、苛烈な鍛錬を収めた魔法師が到ことの許されたその者だけの新たな魔法の属性。
メルリナが驚いたのはその効果ではない。
王国の守護精霊が、破魔属性という魔法無効化を持っているとは案外有名な話だ。
学園で成績1位のメルリナが知らぬ道理はない。
ではなぜ驚いたかというと、まさかただの試験で使ってくるとは思わなかった。
その一点に尽きる。
その一方で、
「ちょっ! まっ! え! 爺さんそれはマジねぇーっすよ! ここは訓練場っすよ! 場所を考えるっす!」
人間に近い姿に再び戻ったラーゴは焦った様子で、水を操ろうとした。
しかし、水を操るために魔力を流すと必ず、レオドラートの放つ光に触れた場所に差し掛かった瞬間、それまで流していた魔力が霧散する。
(ちょ! さっきは光に触れた瞬間、水は跡形もなく消えたのに、なんで今は消えねぇんすか!? しかも、ご丁寧に魔力だけを消してくれちゃって! キィー!)
「……さあ、若者よ。……闘いの続きを描こうか!」
「ちっ! くそ! 耄碌爺さん! その光を収めるっす!」
「……ゆくぞ!」
レオドラートはラーゴの言葉を無視し光を集め槍状に形成した。
その瞬間、不規則に放たれていた金の光が一瞬止んだので、ラーゴは急いで水界迷宮の残り水を霧散させる。
しかし、ラーゴのそれは明確な隙だ。
水を処理し一安心したラーゴが、レオドラートの方向を見るとすでにすぐそこには槍を構えたレオドラートが迫っていた。
(あ、絶対死ぬっす)
魔力の集合体である精霊の天敵とも言える、振りかざされた破魔の槍を見て、ラーゴはそう思う。
こんなもの避けられる訳がないと。
こんなもの"お嬢さんの指示を待っていたら"死んでしまう、と。
そして、槍はラーゴの体の中心を貫いた。
その槍の光は、総ての魔を払う光。
その光が人型の中で輝き、人型はさっぱりなくなった。