勤め
「おはようございます!」
一日の朝に相応しい元気な挨拶がセントラル魔術学園高等部校舎の職員室に響いた。
結構な荷物を鞄に持ち声を上げたのは銀髪の男ロウだ。
この職員室は一人の教師がゆったり手を伸ばせる程度のスペースが確保出来、さすがセイルリオス王国一の魔術学校というべきか与えられた机や椅子の材質もいい。
素材は温暖な地域でよく育つという最高級のモルビドの木を使っていて、椅子は座るところにクッション材が張り巡らされている。
しかし、教師達の服装や装飾は、この机や椅子の値段が安く見えるくらいさらにいい物を身に着けているだろう。
魔物の素材を使う服は、普通の動物からとった素材より頑丈で手触りも大抵いい。
そんなか価値の高い魔物の毛から作った布を使った服を纏い、魔法の力が込められた宝石を付けていたりする。
対してロウも負けていない。
自分で付与した「強靭」「再生」「瞬着」の力が込められた服に、大型ワニの魔物の革で出来たベルト。
そしてなにより、右手の人差し指に青い宝石の指輪と、対になるような左手の人差し指には赤と黄色のコントラストが綺麗な宝石の指輪。右の耳元には翡翠色の宝石が輝くピアスがあり、左の耳元には光が当たるとオレンジ色になる茶色の宝石がついたピアスもある。首元には白銀色の宝石のついたネックレス、腰のベルトには光を飲み込む闇色の宝石が添えられていた。
宝石の大きさ自体は小さいが、その輝きはただの宝石と比べ物にならない。
ロウの付けているこれは精霊と契約をすると出来るようになる、精霊の宝玉化だ。
宝玉化した精霊は、契約主がそのアクセサリを身に着けているとき効率よく魔力を採集出来るという利点があり、そして、そのアクセサリは契約主以外には付けられない。
例えば誰かにこのアクセサリをプレゼントしたいと思っても、相手の手に渡った瞬間、その手元から離れ契約主の元に戻ってしまう。
また、精霊は永い時を生きるか、自身に合った上質な魔力を効率よく摂取することで強くなることが出来る。
それは宝玉となったときの見た目にも影響した。
永い時を生きた精霊はその宝玉が大きくなり、自身に合った上質な魔力を得て成長した精霊はその宝玉の色を濃くする。
ロウの精霊達は皆、宝玉は小さく生まれて間もない者ばかり。
だが、その宝玉の濃さで分かる通り、強大な力を秘めている。
無駄話は置いといて。
ロウの挨拶に応える者は一人もいなくて、前の日の教師紹介の時に話したラファニア・シェルフも同様だ。
ちらりとロウの事を見たが、無関心を貫いていた。
挨拶さえも返さない教師達を見て、ロウは落ち込む……ことをせず、平然と副学園長の中年下級魔導士ベルモント・スカーリーの元に歩み寄り、笑みを浮かべる。
実力もなく身分も低い自分が避けられるのは、魔法至上主義社会では仕方のないことだ。
「俺の机は何処ですか?」
教師に与えられる仕事机はどこかとベルモントに聞くロウ。
普通なら教師紹介などやる前に、職員室に来て確認し必要な物を置いたりするのだが、ロウはそんなこと一切していない。
というか、もともと一度いなくなったらしばらく帰ってこない放浪癖のある初等部教師がいて、その人は自分が受け持つ生徒達を置いてどこかに旅立ってしまい、新年度から教える人がいないという事態になった。
そして、その人が教えていた基礎魔法学の教師として初等部でロウが働く予定だったのだが、意外と早くその教師が帰ってきてしまい新年度に入る前にロウは不要になってしまったのだ。
初等部から要らないよ扱いされたロウが「職を喪った」と落胆し、精霊達に「無職だ」と揶揄られていたところに、不憫に思ったのか学園長から「高等部で教えないか」という勧誘の声がかかり、承諾したロウが急遽高等部に異動することが決まった。
だから、ロウはいろいろ準備が遅れている。
机はどこかと聞いたロウに、副学園長ベルモントはふん……と鼻を鳴らし害虫を見るような目でロウを睨む。
「何を勘違いしている。平民の上級魔術師如きが、教師用の机を貰える訳なかろう」
「……それでは持ってきた教科書はどこにしまえばいいですか?」
「さぁ? 知らないな。……私は貴様程度にかまけてやれるほどお人好しでもないのだよ。散った散った」
ベルモントはロウに向けて手を払う仕草をし、それ以降ロウから視線を外してロウにも聞こえる声でこう呟いた。
「全く、学園長も何を考えているのだか。こんな魔法の力も持たない小僧を採用するとは……云々」
その後も文句を垂れ流すが、どうすればいいのか教えてくれる気はなさそうだとロウは結論づけベルモントの元から離れる。
(それにしても、ここまで露骨に避けられるとは……)
チラッとロウが左を見れば、サッと避けられるそれは視線。
くるっとロウが右を見れば、サッと避けられるのはまたもや視線。
(ここまで避けられると逆に面白いな)
首を右に左にキョロキョロ見渡しながら歩いていると、一つだけ何も置いていない机のスペースがあるのが分かった。
ロウはそこが自分の机だと思い、そこに鞄を置く。
「多分ここが俺の机だね」
そして、鞄の中から昨日から準備してた教科書や街で買った魔導書、それからインクやそれを付けるペン、ハサミなどの文房具に、貼るだけで簡単な傷は瞬時に治る絆創膏など自前の魔道具。それを取り出しては机の引き出しなどに入れ、整理する。
鞄の中に入れていた短杖なんかは腰に挿した。
「これでよし」
ふぅ……とロウは一息つく。
すると、ロウの隣の席だったラファニアが小さな声で話しかけてきた。
「……あの、ロウさん? 勝手に机を使って大丈夫なんですか?」
小さな声で話しかけてきたラファニアだが、ロウの方向は見ていなくて、風魔法で周囲に音が漏れないようにしている。
あまりロウに話しかけることは、良くないことだと思っているのだろう。
ロウも彼女の使った遮音の魔法を補助する吸音の魔法を自分とラファニアがギリギリ入る、極狭い空間に施した。
「ちょうど開いているし、この席でいいんじゃないでしょうか」
話しかけてきてくれたことが嬉しくて、上機嫌になりながら普通の声音でロウは応える。
「あ……、小さな声で話さないと音が……」
「平気ですよ。吸音って音を吸収する魔法を重ねがけしたので、滅多なことでは漏れません」
「吸音? ……そんな魔法あるんですか?」
「ああ、俺のオリジナルの魔法ですから、知らなくて当然だと思いますよ」
「え、そうなんですか!?」
オリジナルと聞いて思わず大きな声を上げ、ロウの方を見たラファニア。
はっと手で口を抑え、周囲をキョロキョロ見渡したが、誰も自分の方に注目を集めていなくて、本当に音が漏れていないことに驚いた。
「うわー……、本当に誰も気づいてない。オリジナルの魔法を作れるなんて凄いですね……。いいなぁ」
「オリジナルの魔法を作ることは簡単ですよ。……ただ、既存の魔法の方が構築しやすかったり魔力の消費が抑えられたりで使い勝手もいいので、使う場面がなかったりしますけど」
幼い頃にロウは馬鹿みたいに幾つも新たな魔法を作ったが、用途不明なものが多く今使っているものはほとんど無い。
既存の魔法の構築を変え、魔力の消費を抑える工夫をした魔法の方が頻繁に使っている。
結局、教科書や魔導書に載っている魔法の方が洗練されてて優秀だし、下手に一から魔法を作るより、有益な物が作れるのだ。
「簡単……ですか?」
相変わらずロウの方を見ずに話すラファニア。
何故疑問符を付けているのか分からないがロウもラファニアを見ずにいった。
「ええ、10歳児でも出来たことなので」
「(私、出来ないんですけど……)」
「何か言いました?」
「いえ……」
大抵の魔術師、魔導師は自分専用の魔法を作ることに憧れる。
ラファニアも例に漏れずは、自分の魔法を作ろうとしたことがあったが、構築に問題があるのか発動しなかった。
彼女は、既に出来上がっている魔法を覚えて使うことには長けているが、新しい魔法を作る才能はなかったのだ。
ラファニアはロウを羨ましいと思ったが、その思いを否定するため首を振る。
(確かにロウさんの方が魔法を作ることには長けていますが、まだ上級魔術師で平民です。人は人! 自分は自分! ロウさんの才能を羨みません!)
そうは思っても、ラファニアの心の中では中級魔導士である自分が上級魔術師に負けた。という劣等感が生まれていた。