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1/10

始まりは自己紹介 精霊のイタズラ1

 戦場には土煙が舞い上がって、赤の色を遮ろうとしていた。


 首を飛ばされた者や、体を引き裂かれた者、魔法で燃やされた者が屍となり足場を無くしている。

 屍の顔はこの世を恨む憎悪の形相ではなく、何が起こったのか理解していない表情で、敵も味方も関係なしに肉の塊となっていた。


 前の日までの戦場は、あれほど賑わっていたというのに。

 剣を片手に盾をもう一つの手に、あるいは杖や槍を持ち、争う意志の有無は関係なしに、殺し殺される。

 相手の心配をした者が死ぬ残虐パーティ会場。


 しかし、今そこに広がるのは静寂のみだった。


 死神の暴虐に逢い、埃と鉄臭さが漂う凄惨なその場所。枯れた大地。

 いや、誰もが明日を渇望した墓場に、一人だけ地に足をつける死神の暴虐を逃れた者がいた。


 風に揺られる銀色の髪に、魔術師らしからぬ鍛えられ引き締まった肉体。

 腰には剣と短杖が装備されている。

 そして、翡翠色の瞳には死んだ者達が映し出されていた。


 そこに希望は欠片もなく。

 そこに絶望の空虚を拵え。


 その男は泣いていた。



「……すまない」



 見渡す限り死の蔓延る戦場の地で、生き残った"死神"の男は懺悔する。


 自分が殺した者達の亡骸を見ながら。


 セイルリオス王国、セントラル魔術学園。

 王都の中央付近に存在するここは、金持ちの王侯貴族や商人、また、多大なる魔法の才能を持つ平民がスカウトされることで入れる王国一と名高い魔術師の学校だ。

 初等部~高等部まで地続きとなっており、遠くから来た家から通えない生徒は初等部~高等部共用の寮に住んでいる。

 5~10までを初等部、10~15までを中等部、15~20までを高等部だ。


 高等部の敷地内。

 そこでは今、新入生歓迎会と教師紹介の式が行われていた。

 式の行われる会場では、生徒達が壇上に立つ人を静かに見つめている。

 王国一といわれるだけあって、騒ぐ者や眠る者はいない。

 音が発せられるのは、教師が挨拶を終えたときの拍手くらいだ。


(あとどれくらいで、呼ばれるのだろうか……?)

 もうすぐ壇上で挨拶しなければならない銀髪の男ロウは、新任教師である。

 彼は場の静寂に怯えて、冷や汗を流す。

 酷く胸が木霊しているのだ。


「……緊張しますね」

「あ……ああ、ふぁい!」


 そろそろ教師紹介も大詰め、新任教師紹介の時間が迫ってきた中、注目集まるステージ横で待機しているロウに何気なく話しかけたのは、彼と同じ新任教師であろう赤髪の女だ。


 彼女はガチガチに緊張して変な声を上げてから不器用に笑うロウを見て、フッと緊張が和らいだように釣られて笑った。


「私より緊張してますね」

 女は自分より緊張しているロウを見て、無駄な力が抜けたのだろう。


「は、ハハハ……。こんなに注目が集まる舞台に立つのは久しぶりなもので……」

「まあ、そうですよね」


 注目を集める場なんて、この学園を10年前に中退してからなかったからな。とロウは目を細めた。


 新任教師の紹介は教師紹介の最後に行われる。

 今はセントラル魔術学園にすでにいる教師が、自分の受け持つ分野と、その者の大まかな魔術の腕が分かる位を紹介しているところだ。


 魔術師の位は次のようになっている。

 最上級魔導師

 上級魔導師

 中級魔導師

 下級魔導師


 最上級魔術師

 上級魔術師

 中級魔術師

 下級魔術師


 このセントラル魔術学園で教鞭を執るには、上級魔術師以上でないといけない。最も、今のところ紹介されているのは最上級魔術師以上の人しか居ないのだが。


「ラファニア・シェルフ」

「あ、呼ばれました」


 厳格な学園長の声に、ロウの隣にいた赤髪の女が軽い調子で壇上へと上がる。


(全然緊張しているようには見えないな)

 そのことに少し羨ましげにロウは壇上のラファニアの挨拶を聞く。


「皆さん初めまして、上級魔法学を担当する中級魔導師のラファニア・シェルフです。よろしくお願いします」

(中級魔導師……!)


 魔道拡声具から広がった声がこの講堂の隅々まで行き渡る。

 ロウは彼女の位が思いの外高くて驚いた。


 ラファニアが頭を下げたときに起こる拍手は、さっきまでより大きくてロウの緊張による震えは加速した。

 無理もない。中級魔導師なのだ。


 今までの紹介された教師の位は一番高い者でラファニアと同じ中級魔導師で、一人しか居なかった。

 二人目の中級魔導師なのだ。

 大抵の教師が下級魔導師か最上級魔術師の中、紹介された中級魔導師は大変目立っていた。それはもう次やる人が嫌がる程に。


「ロウ」

(うわー……呼ばれてしまった。行かねば……)


 学園長の自分の姓のない名を呼ぶ声はロウにとって、死刑を告げる裁判官のように思えた。

 中級魔導師の次に自分を紹介とか、もっと順番はどうにかならなかったものなのか。そもそも、多分一番最後のおおとりをつとめるのが、こんな力不足でいいのだろうか。

 うんうんと考えるロウに、自己紹介の終わった晴れやかな顔のラファニアが「頑張ってください」と小声で告げた。


 少し恨めしく思いながらもロウは彼女に会釈をして、壇上に上がった。


「は、は、初めましぇて、基礎魔法学を担当しっ、する上級魔術師のロウと申すです! こ、高等部に入って基礎魔法学を取る人は少ないのかも知れませんがよろしくお願いしまーー」

 ゴッ!

「あ痛っ!」


 よろしくお願いします。といって頭を下げようとしたロウは勢い余って魔道拡声具の設置されている台に思いっきり頭をぶつけた。


 シーンと凪いだ水面のように静まりかえる講堂に、顔を引きつらせながらロウはまたいう。

「よ、よろしくお願いします」


 しかし、拍手が起こることはなかった。

 静寂が痛い、とロウは思う。


(……当たり前か)


 魔法に才能がある学生は中等部の段階ですでに上級魔術師の位は持っている。

 しかも、高等部の学年最高レベルの生徒は高確率で最上級魔術師であったりする。

 自分より実力のない者に教えを乞う者はいないだろう。


 また、ロウの担当する単元も問題だ。


 基礎魔法学。

 文字通り、位の低い下級の魔法や魔法の基礎を教える担当。

 この高等部は出る授業を一部の必修科目以外は自由に選べる。初等部と中等部の頃は皆と足並み揃えて全て同じ授業を受けるのだが、高等部は必修科目と期末にある魔法の試験に合格すればいいだけなのだ。

 そもそも、基礎魔法学は初等部の頃の学習内容で、中等部からは中級魔法学になる。つまり、初等部の頃にやる内容をロウは教えるという訳だ。

 しかし、自由に選択出来る中でわざわざ子供のころ習ったことをやる人がいるだろうか。

 いやいない。


 ひんやりと場違いな者を見るような冷たい視線の数々に、ロウは再び一礼して背を向ける。

(ふぅ、終わった)

 取り敢えず元いた場所に戻ろうと足を動かしたとき、パチパチと小さな拍手が生徒達のいる方から聞こえてきた。


(誰が拍手したんだろう)


 冷たく静かな講堂に、暖かな拍手の音6つを感じてロウは振り返る……ことはせずに、少数の生徒だとしても歓迎してくれる人がいるという事実を知り、胸を張って壇上を降りた。


「……?」

 生徒達の座っているステージのした辺りでちょっとした騒ぎがあったが、ロウが元いた場所に戻ったときにちらりと見ても何があったのか分からなかった。


「……ロウさんって姓がないってことは平民……ですか?」


 戻ったステージ横でラファニアにそう聞かれた。

 探るような視線に狼狽えながら「はい」とロウは頷いた。

 十年前なら答えは変わっていたが、今のロウは紛れもなく平民だ。


「平民で……上級魔術師で……この魔術学園で教鞭をとるんですよね……」


 それっきりラファニアは話さなかったが、そこには「どうして」という疑問の言葉が続くのが手に取るようにロウには分かった。

 平民で、上級魔術師程度の癖に、どうしてこの魔術学園で教鞭をとるというのか。コネもなしにこの程度の実力の平民が高等部で採用される訳がない。どんなコネを使ったのか。


 何も聞かないのは彼女なりに気を使ったのだろう。ラファニアはこの日これ以上ロウに話しかけることはなかった。


「生徒会会長メルリナ・マリストア」


 教師達の挨拶が終わったあと、生徒会長の挨拶が行われる。

 そこで呼ばれた聞き覚えのある名前、壇上にある見覚えのある姿にロウは思わず目を見開いた。

 マリストア……公爵の姓だ。

 この国の人間ならば、誰が知っていても不思議ではない。


 しかし、ロウと彼女はそれだけの関係ではない。


 壇上で新入生に向けて挨拶の言葉を紡ぐ彼女は、ロウの義妹である。

 幼い頃に魔法の才能を見出され、親戚から引き取られた彼女は美しく成長していた。


 ロウと似たような銀色の髪を後ろで結っており、赤い瞳はロウが知っている彼女より鋭い。

 見ただけでも感じ取れる圧倒的な魔力の濃さと量は、恐ろしいの一言だ。


(あの頃より確実に実力を伸ばしているな……。俺が追いつけない程に)


 魔法の腕ならばおそらくラファニアと同じくらいはありそうだ、とロウは直感的に思った。


 中級魔導士レベル。

 魔法協会が指定した上級魔法を10種類程度その場で実演し、上級魔法の上の特級魔法を3種類以上使えると認められるレベル。


 上級魔法の試験で1つの属性に対し、指定される魔法の数は5つまでなので、最低でも2つの属性を上級魔法が使えるレベルの適性を持っていないといけない。

 また、当然上級魔法10回を実行出来る魔力量が無ければ認められないので、努力ではどうすることも出来ない才能も必要だ。


 メルリナは魔力量は豊富にあったし、いろんな属性に適性もあったので将来的にはこのくらいは出来るようになるだろう。とロウは予想していたが、彼が思ったよりメルリナは早く上達していた。


 緊張や怒り、憎しみや悲しみなど、そのときの感情によって魔力は揺らぐ。

 昔のメルリナはその身に宿す魔力量が大きすぎて制御が甘く、魔力はいつもコロコロ揺らぎ、魔力の操作も下手だった。

 しかし、今の彼女に魔力の揺らぎは見られない。

 少なくとも挨拶をしたときのロウより揺らいでいなかった。

 

(それにしても、大きくなったな)


 懐かしむようにメルリナを見て目を細めたロウは、10年も経てば大きくなるか……と、感傷的になる。


 しばらくするとメルリナの挨拶もおわった。


『上級魔導士である私の息子なんだ。それくらい出来て当然のこと』

『次も必ず一位を取るのよ、フィルロード』

『はい。お父様、お母様』

(今回の魔法試験も、なんとか乗り切れた。……だけど、ぎりぎりじゃ駄目だ。もっと魔法を練習しないと、もっと知識を増やさないと。また、一番を取らないとお父様にもお母様にも認められない……!)


 魔法が楽しくなくなったのは、いつ頃からだろうか。

 13歳くらいの小さな銀髪の男の子はそんな自問自答をするほどの余裕はなかった。


 ーーセントラル魔術学園近くにある、付近の中では比較的値段が安めの宿屋にて……。




「……さ……ロ……お……………だよロウ……! 朝だよロウ起きてっ!!」

「うわっ……!」


 耳元で雷が落っこちたような大き声を捉え、盛大にびっくりしてロウは起きた。


 ーー炎。

 寝起きから覚めたロウの目の前で燃え盛る。

(暖かいなぁ)

 目を開いた瞬間に目の前で炎が燃えてることにはそれほど驚かない。

 なぜなら彼女はいつも燃えているから。


 聞き慣れた声の主にロウは目を向ける。


「フラム……起こすときはもっと小さな声にしてくれ……。朝から大声は頭に響く……」

「あはははは! ロウ、それなんの冗談! ロウが小さな声で起きる訳ないじゃん!」

「……まぁ、そうだね」


 赤と黄色のコントラストが綺麗でまんまるな瞳に、光が当たると黄色く光る髪の毛、服の袖口は常にメラメラ炎が燃えている翼の生えた少女は、ロウの契約精霊のフラムだ。

 寝起きのロウは髪がボサボサで、黒いインクで鼻毛が書かれていた。


「ん……?」


 体を起こし、掛け布団を取ろうとしたときにロウは股に違和感を覚える。


「あれ? 股下が服を着たまま水に入ったわけでもないのに、なんで温水に濡れているのだろう……?」

「あはははは! そんなの答えは明白! ロウお漏らししたんだー!」

「いや違う。俺はしてないよ。絶対に」


 最後にお漏らししたのなんて初等部入る前だよ。

 そのときは両親に知られないように、水の魔法を使って誤魔化してたな。

 お漏らしを隠すために、水の魔法を死にものぐるいで上達させたっけ……。

 ロウは現実逃避気味に思い出を頭に浮かべる。

 やってないと自信はあるが、ズボンの張り付く感覚がロウを襲い苦しめた。


「あ、ロウって意外と名称にこだわるんだね! ごめんねお漏らしとか言っちゃって! 寝てるときするのはおねしょだったよね!」


 ニコニコしながらそういうフラムを見て、ロウは行動に出た。


「……おねしょもしてないから! 仕方がない。確かめよう。"我と契約せし水の精霊よ" ……マーレ出てきて」

「……何?」


 右手の人差し指に付けた青い宝石の指輪が光り、人型となる。

 無愛想な表情で出てきたのは、またしても少女だった。

 髪は水色で泡の束を王冠のように被っている。

 ジトーっとした瞳は深い青色で、背中に綺麗な甲羅を背負っている。


 ロウは密かに魔力を練り上げる。


(前は、もうちょっと愛想よかったのにな……)


 依然として表情をぴくりとも動かさないマーレを見て、彼女の表情はいつから消えただろうかとロウは考えた。

 いや、今は自分がおねしょをしてしまったのか確認するときだ。とすぐに意識を切り替えたのだが。


「マーレ……俺が寝ている間に、イタズラしなかった?」

 ジーーーーーーーーーーー…………。

「イタズラしたよね?」

 ジーーーーーーーーーーーーーーーーー……………………。

「イタズラしてないの?」

 ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー………………………。


 尋問するかのように問いかけるロウの鼻に、ただひたすら視線を向けたあと、プイッと視線を外してマーレは呟いた。


「…………イタズラ……? ……なんのこと…………?」

「あ、今マーレ嘘ついただろう? やっぱりマーレが犯人か」


 ロウが疑うような視線を向けるものだから、マーレはジッと違うと目で訴える。


 ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………。

「……根拠は?」

「光の魔法、真偽の眼で見た」

 ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーー………。

「…………それは卑怯」

「俺は自分がお漏らしをしていないと分かってよかったよ」

 ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー………。

「………………………それで…………用はそれだけ……?」

 ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………。

「あ、うん」

 ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー………。

「……………そんな下らない理由で…………呼ばないで……」


 プイッと再びマーレはロウから視線を外す。

 最近のマーレはロウに対して無愛想で、冷たく当たっている。

 契約当初は無口ながらも優しかったのに……。ロウはため息をついた。


 ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー………。

「マーレちゃん! ちょっとこっち来て!」


 何か言いたげにロウを見つめるマーレの手をフラムは引っ張り、部屋の隅まで移動した。


「(マーレちゃん! 最近ロウに冷たく当たり過ぎ! それに、ロウがおねしょしたって勘違いしちゃったじゃん!)」

 ジーーーーーーーーーーーーー。

「(……ロウがおねしょ……? ……ありえない。……ロウはかっこよくて、強くて、逞しい人なのに……。おねしょなんてしない……。絶対。)」

「(おねしょするのに強さはかんけいないよ! ……それで、どうしてロウを直接褒めないの! 駄目だよ素っ気ない態度!)」

 ジーーーーーーーーーーーーー………ボフ……。

「(……恥ずかしい……から……)」

「(…………あのね、マーレ。最近ロウはマーレに嫌われてるんじゃないかってなやんでるんだよ!)」

 ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………ポッ!

「(……私の事で悩んでくれるなんて……………嬉しい………)」

「はぁ!?」


 突然ヒソヒソ話になって蚊帳の外に置かれたロウは、フラムの大声に反応する。

 やっと話に入れる! と思って、ウキウキしたロウだが……。


「どうかしたのか?」

「なんでもないよ! ロウは気にしないで!」


 フラムの声に撃沈した。


(最近、精霊達の俺への当たりが強くなってきた気がする……。でも、それは信頼関係を築き、素を見せてくれているっていうことだよね。…………そう思うことにしよう)


 契約を交した当初の精霊達を思い、ロウは手にのの字を書きながら重く頷いた。


「(ほら、見てロウのあの沈みよう! 絶対マーレの態度のせいだって!)」

 ジーーーーーーーーーーーーー……。

「(……今のは……違う……)」

「(とにかくロウの前で素っ気ない態度とらないで! ほら、冷たい態度やイタズラしたこと謝ってきなよ!)」


 フラムに諭され、マーレはジーっとロウを見てから、のろのろした動きでロウのもとに行く。


 ジーーーーーーーーーーーーー……。

「………………………………ろ……ロウ……その…………………」

「なに?」

 ジーーーーーーーーーーーーー……。

「…………ご……」

「ご?」

 ジーーーーーーーーーーーーー……。

「…………ゴミ……」


 蔑むような冷たい視線と声がロウの胸を抉った。

 慌てたようにフラムがマーレの前に来て「ちがうでしょ!」と、コツンと頭を叩く横でロウは落胆する。


 ポジティブに信頼関係を築けた! なんて言っている場合ではなかったのだ。

 マーレといつの間にかこの世界一の深さを誇る、メンデル海峡より深い溝が出来ていたなんて思いもしなかった。(勘違い)

 そろそろマーレを開放する時が近付いている気配に、ロウは一抹の寂しさを覚えた。


「……いつも言っているけど、契約を解除したくなったら遠慮せずに伝えてね。無理に契約で縛るつもりはないから」


 マーレのことを見て、寂しげな表情はけして見せずにロウは呟く。


 そもそもロウは6の精霊と契約しているのだが、それは本来有り得ないことなのだ。


 普通は人が精霊を契約で縛るとき、すでに他の精霊と契約していた場合、契約の魔法が弾かれてしまう。

 その要因はまず第一に自分の得られる契約主の魔力が減ることを嫌うからだ。

 大抵の契約は精霊に魔力を常時吸われることを条件に、魔法を使うとき力を貸すが最も多い契約内容だろう。

 そのとき独占してた魔力は他の者がいると、吸収率が悪くなるのだ。


 第二に精霊が宿主を心底気に入っている場合、宿主が自分以外の精霊に力を借りるということが嫌で妨害する場合がある。

 精霊は少々嫉妬深いのだ。


 それはロウの契約しているフラムやマーレ達も例外ではない。

 例えば、フラムに力を貸してもらうとき、マーレ他4の精霊は次は自分を使えとロウにアピールする。

 ロウはそのことを力を貸すとき御馳走である魔力がいつもより多く貰えるからアピールしているのだと勘違いしているが、実際のところは「ロウの役に立ちたい」や「他の精霊より気に入られたい」という気持ちがほとんどだ。


 マーレはロウが嫌いではなく、逆に好きなので今のロウの言葉が嫌いだった。

「契約を解除したくなったら伝えてね」そう言われるとまるで自分が必要のない存在だと言われているみたいで、嫌だったのだ。


 ジーーーーーーーーーーーーー……………。

「……………………………ロウのバカ……」

「っ!」


 マーレがそういうと、部屋の中で水の帯びが産まれ渦巻き一斉にロウへ向かう。

 悲しいというマーレの心の涙が、激流となってロウを襲っているみたいだ。

 ロウは突然のことで対応できずに、顔にそれをくらう。


「がばば……ぼぼ……」

「ロウ! ちょっとマーレやり過ぎ!」

 ジーーーーーーーーーーーーー………。プイッ。

「……………ふん……。……ロウ……強いから…………なんてことない…………」


 マーレはそう言い残し、すうと透明になりロウの付けていた指輪となって右手の人差し指に戻った。


 水がロウに襲いかかった後、水浸しの部屋でロウは呟いた。

「俺、マーレに嫌われてるのかな」

 励ますように慌ててフラムは言葉をかける。

「マーレは素直じゃないからね! あの子"も"ちゃんとロウが大好きだから! その証拠に契約を解除しようとしなかったでしょー! 後寝てる間に鼻毛描いてごめんなさい!」


 フラムに言われてロウは確認するため水の鏡の魔法を使う。

「鼻毛? "水鏡(アクアミラー)" ん、描かれてないよ?」

「うん! マーレがさっきの水流で落としたんだ! 落ちにくいインクで描いたから簡単に落ちる訳ないのにね! わざわざ落書きを落としてくれるマーレが、ロウを嫌いな筈ないよー!」


 ニコリと快活に笑うフラムの言葉に、ロウは嬉しくなった。

 マーレは自分を嫌っている訳ではない。フラムも同様で元気付けようとしてくれてる。フラム達が契約を解除したいというなら解除するけど、ロウ自身はずっと一緒にいたいと願っているのだ。

 だから、嬉しい。


 それにしてもーー、

「やっぱりフラムもイタズラはしてたんだね」

「あ……、あはははは! この水浸しの部屋乾かすから許してね!」

「うん。今回は許すけど、今度イタズラしたら精霊の体にいい特製ドリンクを飲んで貰うよ」

「そ、それだけはご勘弁をー!」


 ロウ特製の精霊の体に良いドリンクとは、飲んだあと精霊の力を引き出しやすくなったり、精霊自体の力も少しの間強くなったりするのだが、何分クソ不味い。

 ドブを飲んだ方がマシだと評判で、不味すぎて信頼関係が破壊される。

 フラム命名、信頼破壊ドリンクだ。


 あれは嫌だ! しかし、イタズラもしたい!

 フラムは唸りながら部屋を燃えない炎で水だけ飛ばし乾燥させたあと、マーレと同じように透明になりロウの左手人差し指の赤と黄色の宝石のついた指輪に戻った。


 その後部屋の時計を確認すると、もうセントラル魔術学園に出勤しなければならない時間になっていたので、ロウは身支度を急いで整え、朝食を抜くことを宿屋の主人に伝え学園に急いだ。

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