かわいい
大切にしていた人形があった。とっても美しい、フランス人形だ。でも、いつか無くしてしまった。
なんでだろう。
いつ、この手から離れたんだろう。あんなに大切だったのに。
もう一度欲しい。あの人形が、もう一度欲しい。
大きなリボンを頭に付けて、そうだな… 花柄の布でつくったもので、縁はレースを縫い付けてあるのがいい。髪はゆるく巻いて、毛先は入念に内巻きにしなくちゃ。襟のあるワンピースを着て、頭のリボンと同じ生地がいい。うん、そうしよう。腰の所で切り返しを作って、スカートはうんとボリュームを持たせて。靴下は白、足首の少し上くらいの丈で、ゴムの所にまたレースをつけて。
さあ、仕上げのメイクに入りましょう。猿ぐつわを取らなくっちゃ。
「助けてー! 助けて助けて助けて! …」
やっぱり猿ぐつわはそのままでもいいわ。取ったら騒ぐんだもの。目元と頬紅が決まってればいいよね。涙、止まらないかなあ。いつまでたってもメイクが出来ない。ただ可愛くしてあげたいだけなのに。何でこうも嫌がるのかしら。そんなにうるさくしてたら、また殴らないといけないじゃない。気を失ったら体の力も抜けちゃうし、目を閉じちゃうから嫌なんだよね。仕方が無いからこの子は服だけ着せて、後回しにしよう。次の子は… 大分おとなしいなあ。猿ぐつわを取っても声を出さない。顔色が悪いなあ。頬紅を濃くしなくちゃ。
幼い女の子って、本当に素直。優しくしたらすぐ懐いて、連れて帰るのなんて簡単だ。公園で親が子供を見ていない時間が長過ぎる。母親同士、旦那の悪口に花を咲かせている。その間に子供を連れ去っても気づかない。家に帰ったら帰ったで、別に近所付き合いなんかないし、隣や上や下に住んでいる人が何をしてるかなんて、誰も知らない。手足を縛って猿ぐつわをすると、私の部屋に子供が居るなんて誰も思わない。もう、9人も居るのに。
さあ、出来た。記念に写真を撮りましょう。動ける子は近寄ってそこに座って。あれ、もうみんな動けなくなっちゃった? 仕方ないなあ、並ばせてあげる。私がここに座るから、前に4人。後ろは5人だね。じゃ、カメラのタイマーをセットするからね、いい顔するのよ。あれ、でもこれ床の血が気になるなあ。掃除してからにしましょうか。ちょっと待っててね。
私は雑巾を絞って床を拭き始める。けれど木目の床は、水と血を混ぜてただ吸収していくだけで、ちっともきれいにならない。拭く度に床全体をじんわりと赤く染めていく。
精巧な人形を作る技術は私には無いし、布に綿を詰めるような人形では満足出来ない。子供の肌は驚く程きめが細かくて柔らかいし、私の、あの大切だったフランス人形と同じくらいつるつるした白い肌。黙って手作りの服を着て、ただ座っていてくれれば良かったの。それだけで良かったのに、急に母親を恋しがって、泣きわめいたから殴っちゃった。めんどくさいんだもん。黙らせる為には手段を選ばない。
さあ、もう一度写真を撮りましょう。私の可愛い人形たち。今度は、なくさないようにするからね。