03:想像したのとまっっったく違います!
ミユキがこの世界に来た翌朝、フォグリアの用意してくれた服に袖を通し、宿屋に隣接した飯屋にて朝食を済ませた。料理の味は現代人のミユキにとってはどれも薄味に感じたが、それ以上に素材本来の味が十分に生かされており、大変満足のいくものであった。
「それで、フォグリアさん、私たちはどこに向かってるんですか?」
「フォグリアで良い。
ほら、昨日の夜に話しただろう? 君が元居た国(世界)に戻る為の方法を探すって。その準備をこれからしに行くのさ」
「なるほど」
ツカツカと先を歩くフォグリアの背をミユキは早足で必死に追いかけながら、昨夜の事を思い出す。
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お互いの自己紹介に始まり、好きなことや趣味など、ミユキ自身行った事はないがいわゆる合コンで行われている様な話をした。その中で、ライトノベル(通称:ラノベ)と云われる書物の話となり、その時彼女は[この世界にいたらラノベの新刊が読めない]事実を認識、落胆した。
「そんなに落ち込まなくても、この世界にも面白い書物はたくさんあるぞ?」
「私はラノベが良いんです! 望月先生のふた月連続発刊だって、まだ最初の一冊目しか読んでないのに!」
そう叫んでミユキは泣崩れた。
「君がこの世界に来た様に、元の世界に戻れる手段だってきっとあるはずさ」
「でも、召喚者がどの世界から来たのか分からないって」
ぐずぐずと泣くミユキの背を撫でながらフォグリアは思案する。
「では、探しに行こう、君が元の世界に戻れる手段を」
「え?」
「どの道君はこの世界で生きていかなくてはならない事に変わりない。その生きていく上で、吾輩が君の事をいつまでも無償でこの宿屋に泊めて上げることは出来ないからね。
幸いなことに吾輩は冒険者だから、君と一緒に世界を巡ることができるのだよ」
「冒険……?」
フォグリアは目を輝かせミユキの手をギュッと握り締めた。
「そうさ、冒険だよ! 冒険は良いぞ。見たこともない動植物や古代の遺跡、難攻不落のダンジョン! 考えただけでワクワクするだろう?」
「そんな御伽噺みたいな…」
そう言いかけてミユキはハッとした。ここが異世界であり、この異世界はミユキが心躍らせたあのファンタジー小説にとてもよく似た世界なのではないかと。
「その表情は、決まりかな?」
「うん! 私もフォグリアさんと一緒に冒険に行くよ!」
「よし、そうと決まったら早速明日から準備に取り掛かろう」
◆・◆・◆・◆・◆
「さあ着いたよ、ここが冒険者支援協会、通称冒険者ギルドさ」
大通りの突き当たりにある、一際大きな石造りの建物。しかし外部の装飾はシンプルで、等間隔に並べられた窓以外には出入り口の手動の回転扉が設けられているのみであった。
他の建物よりも現代的な入り口の造りに、ミユキは建物とフォグリアとを交互に見た。
「ん? あの回転扉が気になるのかい? あれは召喚者が齎した技術だよ。君の国にはない技術なのかい?」
「いえ、あれは見た事あります…。ただ、異世界召喚が禁止されたのって結構最近のことなんですね?」
「そうだね、禁術とされたのは五百年くらい前だったかな? 大戦が終わってしばらく経ってからだから」
「五百年??!」
ミユキが知っている歴史と照らし合わせても、五百年前と言えば概ね戦国時代に当たる。仮に召喚者がヨーロッパ人だったとしても、その頃にこれほどまで技術が発達している訳がなかった。
「君が持ち合わせている常識と辻褄が合わないって顔をしているね」
「そうなんです」
「何も、異世界召喚は君がいた世界だけが対象ではないからね、他の世界が君の世界よりも技術が進歩していて、その技術が類似していただけの話さ」
フォグリアの話に、ミユキはもやもやしたモノがすとんと腑に落ちた。
「さ、さっさと手続きを済ませてしまおう」
エントランスは二階まで吹き抜けになっており、その装飾は外見とは異なりかなり手の込んだものだった。ミユキが辺りをきょろきょろと見渡していると、フォグリアはひとつため息をついて彼女の腕を引いた。
「まったく、君は目が離せないな」
「あ、ごめんなさい」
「別に責めている訳ではないよ。ただ君にとっては知らない事が多い世界だからね、吾輩が見張っていないと危ないというだけの話さ」
ただそれだけの話のはずなのに、こんなに密着して歩く必要があるのだろうかとミユキは思ったが、確かに自分がこの世界に対して無知である事に変わりはなく、素直にフォグリアに従った。
「リオ、演習室に空きはあるかい?」
「あら、フォグリアじゃない、久しぶり。演習室なら地下の大部屋なら空いてるわよ?」
比較的空いている時間なのか、受付に並んでいる冒険者はおらず、フォグリアは馴染みの職員であるリオに声をかけた。
「地下の大部屋か…そんなに大きい所でなくても良いんだが…」
「あそこレンタル料高いものね。それなら、あと三十分くらいで中部屋が空く予定だけど待つ?」
フォグリアはそうだな…と少し思案し、思い出したようにミユキをリオの前に出した。
「では、その中部屋のレンタルと、その間に彼女の冒険者登録をして貰えないか?」
「あいあい、了解」
リオは一枚のプレートを取出すと、指先で少しばかり操作し、ミユキに差出した。
「それじゃ、これに基本情報を入力して貰えるかしら? 使い方は分かる?」
差出されたプレートを手に取り、ミユキはタブレット端末に近いものだと把握し、問題ない旨をリオに伝えた。
質問項目は名前や性別、誕生日などの基本的な個人情報に加え、得意な武器や攻撃手段といった、入力に困る項目も幾つかあった。それらについて悩んでいるとフォグリアが助け舟を出してくれた。
「その辺の項目は、演習室で試してから入力すれば良い。
リオ、基本情報は入力し終わったから、仮登録を済ませてもらえるか?」
「あいあい。それじゃあ演習室が空いたら呼ぶわね」
ミユキは端末をリオに渡すと、フォグリアについてエントランス近くのソファーに腰掛けた。
行きかう冒険者を眺めながら、あっという間に三十分が経過し、二人を呼ぶリオの声がエントランスに響いた。
冒険者ギルド二階にある演習室の中は一面真っ白で、ミユキはフィクションにありがちな実験室を連想した。
「ところで武器の貸出しはどうする?」
「そうだな、軽めの扱い易そうな武器を一通りお願いできるか?」
リオは了解した旨を伝えると壁に備え付けてあるモニターを操作し、アラームを一時間に設定し部屋を出て行った。
「さて、あまり時間がないから早速始めるとしよう」
「始めると言っても…」
そうミユキが口にした瞬間、出入り口から見て左手の壁の一部がガコンと音を立てて開いた。続いて部屋の中央にいわゆる案山子が床から迫出してきた。
「リオはどんな武器を用意してくれたのだろうな?」
開いた壁の中には左から、片手剣・双剣・短刀・薙刀・弓・ボウガン・杖の順に並んでいた。その中からフォグリアは片手剣を取出すとミユキに持たせた。
「これであの案山子に攻撃するんですね」
「ああ、よく分かったな」
「ある意味よく見ていた光景なので……」
ミユキはリビングのテレビを占領しゲームを楽しむ弟の事を思い出した。父も一緒になってよくチャンネル争いをしたものである。
案山子の前まで来ると、ミユキは受け取った片手剣を両手で振上げると、剣の重さを利用して振り下ろした。モスッと音を立てて案山子に少し切れ込みが入った。
「あー、ミユキ、その剣、もしかして重いのか?」
「え? これ、両手で持つ物じゃないんですか?」
フォグリアは自身の物差で“女でも扱える軽い物”なら問題ないと思っていた。が、ミユキにはこの世界の物差は適応外であると考えを改めなければいけないと認識した。その上で、ミユキを呼寄せ、今度は短刀を持たせた。
これなら扱えそうだとフォグリアに告げると、ミユキは再度案山子に挑んだ。
何度か打ち込みようやく案山子を不能にしフォグリアの所に戻ると次の武器を貰い、また案山子を不能にしては次の武器を試していった。
物理的な攻撃手段をすべて試し、ミユキには接近戦はおろか、遠隔戦も実践では通用しない事が判明した。
「そう落ち込むこともないさ、人には向き不向きがあるのだから」
「でもそんな悠長なこと言ってる場合じゃないじゃないですか…」
ミユキは最後に残った杖を手にしながらため息をつく。
「後は魔術と魔法くらいしか手段はないのだが、魔術はモノにするのに時間が掛かるものだからね、今日は魔法を試してみよう」
「魔法って、こう、敵を炎で燃やしたりするやつですよね?」
「ああ、そこまで分かっているなら話は早い。吾輩は扱えないから詳しい事は分からないが、魔法は使い手の想像によって発動するものらしい」
想像することに関してはミユキにも自信があった。けれどたったそれだけで魔法が使えるとは到底思えなかった。そんなミユキの心配を知ってか知らずか、フォグリアはミユキを案山子の前に押出した。
「ただ想像するだけではまだ難しいかもしれない。その想像に合った言葉を発動のきっかけにしてみると良い」
フォグリアのアドバイスを元に、案山子が火で燃えるイメージを想像しながら、ミユキは叫んだ。
「彼の者を焼き尽くせ!フレイム!」
ミユキの叫びに呼応して案山子は焔に包まれた。けれどその勢いはミユキの想像よりも凄まじく、案山子のみならず、部屋自体を燃やし始めた。
あまりの威力に放心状態のミユキを少し乱暴に引っ張りながら、フォグリアは出入り口に向かって駆け出した。
「このままでは…。水系統の魔術か魔法に長けた者に助けを求めた方が…」
「水……」
フォグリアの言葉にミユキは彼女の手を振り払うと焔に向かって杖を構えた。
「ミユキ! 何をやっているんだ!」
「すべてを飲み込め! アクア・ストーム!!」
◆・◆・◆・◆・◆
「まさか演習室の床に穴開けちゃうなんてねぇ。支部長びっくりだよぉ」
「申し訳ない…」
「すみません…」
支部長室のソファーに身体を預け豪快に笑う冒険者支援協会ウェステ・ソル支部支部長のネヴェに、向いに座っているミユキとフォグリアは深々と頭を下げた。
「でも二人に怪我がなくて良かったじゃないですか、ね、支部長?」
「そうだねぇ。リオ君」
「ええ、施設が老朽化していた事に気づかず運用を続け、尚且つそれが原因で怪我人まで出したとなっては問題ですしね。ね、支部長?」
笑顔のまま凍りついたネヴェをリオは口元に笑みを湛えたままじっと見つめた。
「いやぁ、そのぉ…」
「支部長?」
「いや、本当に二人とも怪我がなくて良かったよぉ! 演習室の修繕費については私が出すから、君達はまったくこれっぽっちも気にしなくて良いからねぇ。むしろこの事は誰にも言わないで」
「支部長」
リオの声にネヴェはびくりと肩を震わせる。
「まあまあリオ、この通り吾輩達は怪我ひとつしていないのだから、今回の事を表立って問題にする気はないよ」
「フォグリア君もこう言ってるんだからさぁ」
リオはフンと鼻を鳴らすと「分かりました」と折れた。
「その代わり、支部長には溜まっている仕事を今日中に片付けていただきますから」
「え? そんな支部長仕事溜めてないよぉ」
「あの書類の山を見て同じことが言えますか?」
リオは再度口元に笑みを湛えネヴェを見る。ネヴェはリオと目を合わせないようにするのに必死になっている。
「兎に角支部長は仕事をしてください!
フォグリアとミユキちゃんは、冒険者登録の続きをしに行きましょう」
かくして部屋にひとり残されたネヴェは黙々と書類に向かったのだった。
<この話に登場したやつメモ>
●リオ
・フェリダエ族の女の子。
・ギルドの受付嬢。
・肉より魚派。
・公にはしてないがネヴェの娘。
●ネヴェ
・フェリダエ族のおっさん。
・ウェステ・ソル支部の支部長。
・よく言えば器が大きい、悪く言えば大雑把な性格。
・嫁と娘に尻に敷かれるおっさん。
<ここまでに出てきた用語メモ>
●魔素
→空気中に浮遊しているもっとも原始的なエネルギー。
無味無臭、無色透明、知覚不可、呼気により体内に入るが無害。
扱い方によっては塊にしたり何かに込めたりすることも出来る。
●魔力
→魔素を生物の体内で変換したエネルギー。
元々この世界の生物は魔素を変換することは出来なかったが、異世界召喚によって召喚された人間族は魔素を魔力に変換する器官を持っていた。
魔力を扱えるのは魔力を変換した本人のみ。
●魔術
→魔素をエネルギーとして用い、超自然現象を起こす事。
魔術が一般化された現代では式が描かれた紙(通称:魔術札)を使用する。
それ以外にも地面や壁に式を直接描く事で発動させることも出来る。
重要なのは術者が式を正しく理解し、それに見合う魔素を正しく込めること。
これを専門に扱う者を一般に魔術師と呼ぶ。
●魔法
→魔力をエネルギーとして用い、超自然現象を起こす事。
魔術の様な式は不要で、使い手の想像に合わせて自動的に魔素を魔力に変換し発動させる。
もっとも、一度に変換できる魔力の量によって発動できる魔法の威力が異なる。
これを専門に扱う者を一般に魔法使いと呼ぶ。




