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妖虎(後)






 一時間、二時間と時間は経てど丈一郎は寅子に話しかけるタイミングと話題を見つけられないでいた。友人もそれなりにいる寅子の机には休み時間ごとに女子達が集まっては他愛の無い話を繰り返している。が、丈一郎はもちろんこれまで寅子の休み時間の様子をつぶさに見ていたわけではないが、今日は寅子に話しかける級友達もなにか彼女の反応が悪いのか、別れ際にキョロキョロと彼女の方を振り返りながら離れていくのが見られた。


 「おう、丈、どうしたぼけーっとして」


 休み時間になるなり話しかけてきたのは小学校以来の同級生、梅芳祐二だった。住んでいる家も近く、何かと昔からつるむ腐れ縁に近い仲だ。


 「ウメかー……いや、別になー……」


 思いつめていた顔を隠すように、ダルイとばかりに机に上半身を預ける。実際ここの所事件や訓練で疲れているのだ。


 「珍しいな、丈がそんなにダルそうにしてんのは……。まぁいいや、今日放課後ヒマか?」


 「ん、まぁ少しくらいなら。なんかあったか?」


 上半身を起こした丈一郎に祐二が目をキラキラさせながら話す。


 「昔、二人でゲーセンでボクシングのゲームにはまってただろ、ほらアニメのキャラと戦う奴」


 「ああ、懐かしいな。ラスボスがいくら殴っても倒れなくて、大変だった奴な」


 「そうそう、それの続編がゲーセンに入荷したんだよ。しかも今度は殴るパッドが18枚もあるらしいぜ!」


 「18枚!?前は6枚だっただろ?」


 驚いて大声を出してしまって、丈一郎たちはクラス中の視線を集めてしまった。二人はバツが悪そうに肩をすくめてひそひそと話す。


 「そうなんだよ、これは久しぶりに俺達もリングに戻る日が来たなと思ってよ」


 丈一郎は少し考えた。寅子の下校後の尾行はコロンボがやってくれる手筈になっている(正直あのレインコート姿で尾行が上手くできるのか疑問であるが……皮肉にも本日も晴天である)。最近のゴタゴタでストレスも溜まっていたし、ちょっと位祐二に付き合ってスカッとするのもいいだろう。


 「よし、軽く殴りに行くか」


 グッ、と握りこぶしを上げると、祐二がそれに自分のこぶしをぶつける。


 「そうこなくちゃな。じゃあ放課後な」


 「おう」


 丁度そのあたりで数学の教師が教室に入ってきた。慌てて自分の席に戻る祐二とそれを見送る丈一郎を、水天宮寅子が横目でこっそりと見つめていたのだが、その視線に丈一郎が気付くことはなかった。







 結局丈一郎は寅子と話すきっかけを得られぬまま放課後を向かえ、祐二とゲームセンターに向かった。話題と言えば足の捻挫の具合くらいしかないし、その話は前に振ったので言い出しにくかった。


 そのモヤモヤもゲームにぶつけてやろうと意気込んでコインを入れたのだが、新作のボクシングゲームは予想を大幅に超える難易度で二人はそれぞれ三人目のキャラを倒せずゲームオーバーを味わう羽目になった。


 「なんだあのゲーム、プロボクサー仕様か……?」


 「ネットの情報だと……ノーマルモードで十二人、エクストラモードは三十人戦わないとラスボスにいけないらしいぞ……」


 「冗談……ちょっとこれは修行したほうがいいな……」


 息切れしながらかばんを担ぎなおす丈一郎に祐二も肩で息をしながら頷く。


 「ああ、俺も……家でシャドー始めるわ……あと雑誌に攻略出てないか確認してくる……」


 丈一郎は駅前の本屋に行くという祐二と別れた。ゲームセンターから自宅へ帰るには、昔からある広い雑木林の間の細い県道を歩くのが早い。人気も少なく昼でも暗い道だったが歩き慣れた丈一郎には大して不気味に感じる事は無かった。

丁度雑木林の真ん中辺り、道が大きくカーブする付近で、丈一郎は若い女の悲鳴を聞いた。


 (!)


 悲鳴は、前の方から聞こえてきた。それにどこと無く聞き覚えもある。急いで県道を走って行く丈一郎は、カーブの先で複数の黒ずくめの仮面……モヴァイターが同じ高校の制服を着ている女子を襲っている現場に出くわした。


 (あれは……委員長じゃないか!?)


 その女子は間違いなくクラスメート、水天宮寅子だった。なぜ彼女が『ビゲル・ゲフィズン』に《今》《ここで》襲われているのか。冷静に分析すれば、どこかしら不自然だと丈一郎にも気付けたかもしれない。しかし級友が怪人の仲間に襲われているのを見れば、まずは助けなければという気持ちが勝ってしまった。若い勢いのままに丈一郎はモヴァイターに詰め寄った。


 「やめろ!!」


 寅子に手をかけようとしているモヴァイターに飛び蹴りを食らわせて吹っ飛ばす。そのまま丈一郎は寅子を庇うように間に立ち塞がった。


 「委員長、大丈夫?」


 「か、加賀君!?」


 「こいつらは俺が追い払う、隠れてて!」


 この前の戦いでモヴァイターの戦闘力が一般人並なのはわかっている。彼らも街の人かもしれないが、レイヴァンからは、何人がモヴァイターにされているのかわからない現状では、無理に捕縛や説得をせず撃退する方がいいと指示されていた。


 (確かに、こう次々と出てこられたら捕まえるのも難しいよな……父さんだっているかもしれないのに!)


 歯軋りしながら目の前の三人を睨んだ。全力を出せば生身でも行けるかも知れない。丈一郎は、モヴァイターの中に知っている人や父親がいないことを祈りながら手近なモヴァイターに殴りかかった。


 「さっさと帰りやがれ!」


 本気のパンチが仮面越しに突き刺さる。もろに一撃を浴びたモヴァイターがよろめいて後ずさった。続けてその隣のモヴァイターにミドルキックを放ち、丈一郎は徐々に寅子から敵を離してゆく。


 「ええい、邪魔しやがって!」


 奥にいたモヴァイターが、背中に手を回す。すると、背後に背負っていたらしい手斧のような奇妙な武器がその両手に握られていた。その一本を殴られたモヴァイターに渡し、ジリジリと距離を詰めてきた。蹴りを入れたモヴァイターも腰から短剣のようなものを抜いている。


 切れ味の程はわからないが、さすがに刃物持ちを三人相手にして生身のまま勝てると思うほど丈一郎も自惚れてはいない。背後の寅子の目が気になったが、後で事情を話すしかないだろう。


 (やるしかないか……)


 グッ、と決意と共に両の拳を握る。構えを取り、勢いよく左腕を振り回し右腕を掲げ、叫ぶ。


 「『電装』!」


 暗い雑木林の中にライトブルーの光が煌々と溢れる。モヴァイターと寅子が手を翳し目を庇う間に、丈一郎の身体にはメタリックに輝くオーバーバトルギアコートが装着されていた。


 (加賀君……!)


 寅子は息を呑んで目を見開いた。振り返った丈一郎と一瞬目が合う。丈一郎も驚く寅子に事情を説明したい気持ちを押さえ込み、モヴァイター達に接近した。


 モヴァイター達も果敢にそれぞれの武器を丈一郎に振り下ろす。しかし、その力も切れ味も、前に戦ったネイキッドーベルに比べればまるで赤子の振り回す玩具に等しい。軽い火花と共にそれらを軽々と弾き返し、<ジェイガー>へと変身した丈一郎は気合と共に脚を振り上げる。


 「スピニングソバット!」


 宙に浮きながら素早く一回転、装甲に包まれた右脚がそのまま武器となって二人のモヴァイターをなぎ払った。生身でやればとても威力の無いような技だが、バトルギアコートで強化されたキックは恐るべき速さと威力をもたらしている。


 もう一人、短剣を握って近付いてくるモヴァイターに気付き、丈一郎は腰に手を回す。


 「ステイルスロー!」


 引き抜いた手裏剣をその足元に投げつける。地面に突き刺さった銀色の手裏剣は激しい衝撃波を発生させながら破裂して、モヴァイターは後方に吹き飛んでいった。


 受身も取れず地面に叩きつけられた一人を、キックで蹴り飛ばした二人が手をかして起こす。もはや戦意喪失したモヴァイター達は我先にと雑木林の中へ逃げていった。


 それを見て丈一郎はふう、と溜息をつく。


 (さて、『電装』を解いて委員長に事情を説明しないと……)


 胸アーマーの横、解除ボタンに指を伸ばそうとした時、丈一郎の背後で囁く様な寅子の声がした。


 「加賀君……ゴメンね……」


 (!)


 その言葉の意味を理解する前に、丈一郎は背後に恐ろしい殺気を感じ前に身を投げ出そうとした、が、それよりも早く丈一郎の背中に、鋭い刃物の一撃が振り下ろされる。


 ガギィィィィィィィン!!


 「ぐああああああっ!」


 火花とスパークが散り、背中に激しい痛みが走る。装甲は貫かれなかったものの、ばっくりと三本の長い爪痕がジェイガーの背面装甲に刻まれた。ヘルメットの中の情報モニターに危険状態である表示が浮かび上がる。


 「い、委員長!?」


 驚きと痛みに混乱しながら丈一郎は振り返る。そこには、うなだれて表情の読めない寅子が立っていた。どこからどう見てもか弱い女子高生だ、その《右手》以外は。


 (な、なんだ……その手?)


 寅子の右手は恐ろしく長い、あの犬怪人よりも凶悪な形をした爪を備えていた。手の甲も、白と桃色のストライプで彩られた装甲に包まれている。ジェイガーの装甲に近いメタリックな質感がギラリと少ない木漏れ日を反射した。


 「な……委員長?」


 「ごめんなさい……ごめん……」


 俯いて、震えながら寅子は小さくそう言った、かと思えば急激に寅子の身体が大きくなる。犬怪人ほどではないが、丈一郎よりも僅かに高くなったのではないだろうか。肩幅も広がり、その身体の伸張に耐えられず制服が破けて、その下から、腕に付けられたものと同じ白と桃色のストライプの装甲をまとった魅力的な肢体が現れた。まるでモデルのような身体だ。頭部には凶暴な野生の虎を思わせる装甲が装着されていた。目元は隠され、高い鼻筋と紫色の鮮やかなルージュがひかれた唇が怪しくも美しい。



挿絵(By みてみん)



 (そんな……バカな……)


 犬怪人と同じだ。丈一郎は全く別人のように変身してしまった寅子の姿に打ち震えた。戦うのか?彼女と?自問自答する丈一郎の前で、美しくも凶暴に変貌した寅子の背後から白衣を着た人影が現れた。背の低い老人のようだが、どこかしら普通の人とは違う雰囲気を持っている。老人は赤い眼鏡をくい、とかけなおして、丈一郎にニヤリと怪しい笑みを見せた。


 「始めまして……だな。ジェイガー君」


 「!?」


 外見からは予想もしないプレッシャーのある物言いに丈一郎が半歩引く。殺気は変貌した寅子の方が強いものの、その存在感は遥かに老人のそれが上回っていた。


 「我輩は『ビゲル・ゲフィズン』軍備開発担当責任者パズニベーノだ。以後よろしく、まぁここでお別れかもしれないがのう」


 「開発……責任者?じゃあお前がみんなを洗脳したり改造したりしているのか!?」


 丈一郎は老人のプレッシャーに押されていたものの、その言葉に驚きと怒りを露にした。拳を握り締め、攻撃態勢を取る。


 「まぁ、そういう事になるかのう。ワシは部下の自立心を尊重するから、部下が勝手に改造実験するのも大目に見たりしているが……しかしコイツはいい出来になった、自慢の一体じゃ」


 パズニベーノと名乗った老人がいとおしむように変貌した寅子の腕を撫でた。それから杖を丈一郎の方に向け、命令する。


 「我輩が興味があるのはお前達の装備の秘密だけよ。生死は問わん、行け、アバズレタイガー!」


 アバスレタイガー、と呼ばれた寅子が無言で腰を落とし両腕を構え……右の裏拳でしたたかにパズニベーノの顔面をぶん殴った。殴られた老人はなす術も無く無様に地面に転がる。だが、丈一郎はその茶番に笑っている暇は無かった。怪人化した寅子が恐るべきスピードで巨大な爪を構え突撃してきたからだ。


 (速い!)


 前回戦った犬怪人以上の瞬発力だ。避けられない。丈一郎は両腕を掲げその一撃を真正面から受けた。


 激しい金属音と爆発したかのような火花、スパークが飛び散り、オーバーバトルギアコートの両腕装甲はまとめて切り裂かれた。皮膚までは達していないが、見ただけでもうプロテクターの役を果たさなくなったのがわかる。


 (ど、どうする!?)


 丈一郎の判断力は状況を整理できずはっきり低下していた。なぜ寅子が怪人になったのか。攻撃は躊躇われるが防御も回避もままならず打つ手は他にあるのか。寅子を回収して元に戻すことは出来るのか。様々な疑問が脳内をぐるぐると回るだけで肉体がまったく動こうとしない。木偶の棒にも等しくなった丈一郎にマッハ速度の蹴りが突き刺さった。


 「うああああああああああああ!?」


 胸を潰されるかと思わんばかりの衝撃と共に、風切り音を引いて後方に飛ばされる。太いスギの樹に追突し、メキメキと折れた幹と一緒に丈一郎は茂みに落下した。


 「ぐ、ぐううう……」


 よろめきながら立ち上がるものの、この場を挽回する策は何も思いつかない。今の寅子は明らかに犬怪人より全ての面で勝っている。たかだか数日前に超技術の戦闘装備を渡された丈一郎には手に負えない相手だ。


 十メートルも先の県道に立っている寅子が跳躍した、と思えば一跳びで丈一郎の背後に軽やかに着地する。慌てて振り向こうとする丈一郎の両脚を着地の姿勢のままとんでもない握力で握り締め、怪人となった寅子は立ち上がりながら丈一郎を上空へ放り投げた。


 何分にも感じられた激しい不快な回転が地面への激突と共に終わる。受身も取れず全身を叩きつけられて丈一郎は指一本動かすことが出来なかった。


(『電装』しているのに……なんて強さだ……!)


 寅子がゆっくりと横臥して動けない丈一郎のそばに近付いた。止めを刺されるのかと思ったが、虎の仮面を付けた寅子は丈一郎を見下ろし、それから先程殴り飛ばしたパズニベーノの方を見やる。


 「フン……まぁいいだろう、ソイツの装甲を剥ぎ取れ。装備の秘密を暴いてくれる」


 自分の作品に殴られた事に多少苛立ちつつも、そのすばらしい性能に満足したのだろうか、アゴを撫でながらパズニベーノが命令を下す。それに無言で従い、寅子の爪がゆっくりと丈一郎の胸元へ伸ばされてきて……。


 「アストラルバスター!」


 レイヴァンの声が静寂を断つように響き渡り、寅子の足元へ白熱の光線が次々と突き刺さった。小さな爆発から身を守るように跳躍し、寅子がパズニベーノの前まで身を引く。


 「トゥウウッ!!」


 寅子の着地と同じくして、真紅のバトルギアコートを装着したレイヴァンが丈一郎の傍に降り立った。


 「大丈夫か!?」


 「レ、レイヴァンさん……」


 手を伸ばそうとするがそれもままならない。レイヴァンは丈一郎の状態を確認すると右手に構えたアストラルバスターをパズニベーノの方へ向けた。


 「ここは引かせてもらうが……その子は必ず取り戻させてもらうぞ」


 レイヴァンが苦々しくそう言うと、パズニベーノと寅子の足元へ光線を乱射した。巻き上がる爆煙と閃光の向こうでパズニベーノがニヤリと笑うのを見ながら、丈一郎はレイヴァンに抱えられ上空へと運ばれていった。









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