戦闘
丈一郎の胸元のペンダントが眩く輝き出した。
中央のクリスタルからライトブルーの光の粒子が溢れ、丈一郎の全身を包み込んでゆく。キィィィィィ……ンと甲高い音が耳鳴りのように響いているのに気付いた時には、すでに丈一郎の身体に重厚なメタルスーツが装着されていた。
改めて自分の身にまとったオーバーバトルギアコートを見直す時間は無かった。不意に不快な浮遊感が無くなり、丈一郎の身体は、ドサッと砂と石だらけの荒野のような所へ投げ出されたからだ。
「あいててて……なんだ、ココは……?」
言うほど痛みは感じなかったのは装着したプロテクターのお陰だろう。先日の打ち身の部分が痛むくらいで思ったほどの衝撃は無かった。
立ち上がりながら空と周囲を見回す。さっきまで見ていた夕暮れ空は紫や緑など、多数の原色が混じり合った見ているだけで不安になる異様な色に染まっている。周りの景色も住宅街の中の公園ではなく草一つ生えていない荒野だ。一体何が起きたのだろうか。
『丈一郎君、無事?』
再びハルナの声が届いた。先程とは違い、ヘルメットの中の耳元のスピーカーから聞こえてくる。
『ここは『ビゲルゾーン』。『ビゲル・ゲフィズン』が作り出す戦闘用の特殊空間よ。ヤツはあきらかにあなたを殺すつもりだわ、気をつけて!』
「気をつけろったって……」
思いもしなかった展開に戸惑いながら振り向くと、先日、夜中に見た凶悪なシルエットの犬の怪人・ネイキッドーベルが重い足音と共に近付いてくるのが視界に入った。丈一郎と同じく、露出狂も既に変身を終えていたらしい。
「テメェ……さっきのガキか?何者なんだお前らはぁ!?」
(誰何されれば、君は力強くこう答えるんだ)
丈一郎の頭に、レイヴァンの言葉が響く。反射的に丈一郎は拳を突き出し、凶悪な怪人に叫び返した。
「俺は……銀河連邦警察・機動捜査官、ジェイガー!」
カッ!と禍々しい空に青い雷光が轟き、丈一郎のまとうメタルスーツが輝かせる。オーバーバトルギアコートの各部に備えられたセンサーやランプが一斉に明滅し、戦闘状態に移行した事を示した。丈一郎の胸で、怪人に対する怒りが炎となって燃え上がる。
(こうなりゃ、やってやる!!)
ネイキッドーベルはグルルルルと唸り声と白い息を漏らし、猟犬そのものの速さで丈一郎へ突進をする。
「なんだか知らねぇが、死にやがれオラァ!!」
(!)
丈一郎は反射的に横へ跳びそれを避けようとした、と、ライトブルーの装甲に包まれたその身体は軽く4メートルもの高さにまで跳躍し、敵との距離を大きく開ける。軽やかに着地しながら自らのジャンプ力に丈一郎は驚嘆した。
「す、すごい!」
『これがオーバーバトルギアコートの性能よ。今の丈一郎君なら、アイツとも互角に戦えるわ!頑張って!』
「はい!」
ハルナの応援に力強く応える。これならあの恐るべき身体能力を誇る怪人にも立ち向かえるに違いない。
犬怪人も丈一郎のその動きに驚愕し一瞬動きを止めた。多少警戒するように、改めてその全身を舐めるように見回す。
「その格好は飾りじゃねぇってコトかよ……けどなぁ!」
犬怪人は先程よりも速い動きで丈一郎との間合いを詰める。まるで黒い疾風だ。
「パワーではどぉだぁッ!!」
ガッ、と振り下ろされたその太い両腕を、丈一郎も腕をクロスさせて受け止める。プロテクター越しでありながら予想以上の威力を受け、ヘルメットの中で歯を食いしばって耐える。
「ぐ、ぐぐぐ……」
「フン……この程度かぁ!?」
ニヤリと邪悪な笑みを浮かべ、怪人は振り下ろした両腕を引き素早く、そして重いパンチを何発も繰り出してきた。丈一郎も両腕の装甲部分でなんとか防御を試みる。時折その鋭い爪が美しい水色のメタル装甲に火花を散らした。
(きょ、距離を離さないと!)
連続パンチの『間』を測り、ドーベルが右腕を引いた所で素早く蹴りを放つ。
「グッ!?」
踏み込んでの一撃ではなかった為充分な威力は出なかったが、それでも怯ませることには成功したようだ。二、三ジャンプを繰り返し、間合いを取る。
(しかし、逃げてても……)
このままレイヴァンが来るまで時間稼ぎをする手もあるが、犬怪人の能力は高い。防戦一方ではレイヴァンが来るまで耐えられない可能性もある。何よりやられっぱなしは性に合わない。何の為にこのバトルギアコートを受け取ったのか。
「今度はこっちの番だ!」
形勢をひっくり返す。丈一郎は気合を入れてレイヴァンとの特訓を思い出した。助走をつけ、鋭い勢いでネイキッドーベルに跳躍する。
「インパルスジェイキック!」
僅かに伝授された技の一つ。空中で一転、強固なメタル装甲に包まれた右脚を怪人の頭部に向け、渾身の力を込め振り抜く。
「グアッ!」
ドーベルは予想を上回る速度の一撃をモロに喰らい額を押えながら大きくよろめいた。傷口を押さえた大きな左手の下から、だらり、と赤黒い血が流れ出す。
「て、テメェ…俺にキズを……!!」
「そのくらいで済むと思うなよ!」
「調子に乗んなクソがァァァァ!!」
逆上したネイキッドーベルと丈一郎が、ダッ、と地を蹴り、黒と水色のシルエットが正面からぶつかり合う。毛深い拳が丈一郎の頭を千切り飛ばさん限りに殴りつけ、丈一郎の全力のソバットが怪人の脇腹にえぐり込む。力はあっても戦い慣れていない者同士の、ドロドロの格闘戦が観客のいない荒野のリングで繰り広げられた。
「ウラァァツ!」
丈一郎がアッパーカットをドーベルのアゴに決める。頭を跳ね上げられながらも、その凶悪に血走った目は丈一郎を逃さない。怨嗟の唸り声と共にドーベルがその顎を開き、振り上げた丈一郎の左腕に噛み付いた。
「ぐああああああああ!!」
予想外の反撃に悲鳴を上げる。その牙は装甲を突き破り丈一郎の腕まで到達していた。『電装』していなければ肘から先が無くなっていたかも知れない。痛みでパニックを起こしかける丈一郎にハルナが顔を青くして呼びかける。
『丈一郎君、ステイルスローよ!』
「は、ハイ!」
そのアドバイスになんとか冷静さを取り戻し、痛みを堪えながら左腰のボックスに手をまわす。その中から五センチ程度の星型の手裏剣のようなものを出し、力を振り絞ってネイキッドーベルの下腹に突き刺した。突き刺された手裏剣は点滅するように数回輝いて、激しい衝撃波を発生させながら爆発をする。
「グオオオオッ!?」
「うわっ!」
両者の間で発生した爆発がそれぞれを引き離す。皮膚の上から直にダメージを受けたドーベルは腹部を両手で押さえて呻いているが、丈一郎も至近距離での爆発の余波で姿勢を崩してしまっていた。その丈一郎より一瞬早く体勢を整えたドーベルが、両腕の凶悪な爪を振り上げ飛び込んでくる。
(やられる!)
回避が間に合わない、丈一郎が戦慄に身を凍らせた瞬間、戦場によく通る男の声が響き渡った。
「アストラルバスター!」
猛烈な白い閃光。一条の光の束がネイキッドーベルの背中に直撃し、その黒々とした太い体毛を焼いた。
「グアアアアアアアアアアッ!?」
ネイキッドーベルは死角からの強烈な一撃に身悶え地面に転がり暴れまわった。
丈一郎が声の方を仰げば、そこには銀色に輝く大型のマグナムを持つ『電装』したレイヴァンが、颯爽と小高い丘の上に姿を見せていた。レイヴァンも丈一郎を見て大きく頷く。
「今だ、ジェイガー!」
「わ、わかりました!」
両足を踏ん張り、右腰に下げられた短いスティックを握る。丈一郎の手に納まった瞬間、そのスティックの先端が伸長し、50センチ弱の金属棒となった。その根元、右手首の上に左手を添え、意識を集中させる。
「……ジェイガー・ロッド!」
左手の指先がその全身の装甲と同じ、スカイブルーの輝きを放つ。丈一郎がそのまま指先を先端へ滑らせると光もそれに追従し、丈一郎の手の中に眩く輝くロッドが現れた。
目の前の怪人を視界に据え、ロッドを正面に構える。
(これを決めれば、終わる!)
この戦い、この怪人の悪行。
そしておそらく、平和に過ぎるはずだった自分のこれからの学生生活が。
(「生きる、という事は難しい事でな」)
不意にコロンボ田中氏の、先刻の言葉が脳裏をよぎった。
(こういう事ですか……コロンボさん!)
自らの人生の岐路を、自らの責任と意思で選ぶ。言葉以上に重いその感覚を丈一郎は初めて味わい、呼吸が苦しくなった。
しかし、同時に思い出す。怪人に襲われ悲鳴を上げる子供達、仮面の下から現れた横田のおじさんの顔、父親がいなくなった時の、梨依菜の止まらない涙。
「うおおおおおおおおおおおお!」
迷いは断ち切った。丈一郎、いやジェイガーのゴーグルにデュアルターゲットサイトが燃える双眸の如く輝く。丈一郎は光杖を構えネイキッドーベルへ飛び掛った。
「ガキがァァァッ!!」
犬怪人が苦悶と怒りの怒号と共に身を起こす。が、丈一郎はその反撃の間を与えなかった。
「ジェイガー・スパークブロウ!!」
手にしたロッドが高圧電流のスパークをまといドーベルの胸元へ突き刺さる。光の渦と電流がネイキッドーベルの全身を暴れ回る様に奔り、二人のシルエットはライトブルーの輝きの中に消えた……。
「ネイキッドーベルがやられたか……」
漆黒の回廊に不気味に声が響く。脳を直接揺さぶるような不快な声の前で、数名の影が恭しく礼をした。その中の一人、大柄の、厳しい重厚な鎧姿の男が前に出る。
「ハッ、緒戦にしては善戦したものの卑劣な挟み撃ちにより……」
「卑劣、結構な事だな」
重苦しいプレッシャーを放つ、ネイキッドーベルをおびえさせた『影』がくっくっ、と喉を鳴らす。その声は老人の様でもあり、一方壮健な男のそれにも聞こえた。
「銀河連邦とていい加減我々の悪事を放っては置くまい……ここからは本格的な武力衝突、というわけだ。パズニベーノ、次は?」
名を呼ばれ、鎧の男の脇にいた小柄な影もまた前に出て慇懃に礼をした。
「実験は順調であります。ドーベルは素体が貧弱でありました。次は生命力に優れる若々しいボディを使う予定であります」
「さすがに手筈が良い……が、ここからはより厳しくなろう。おのおのが奮起せよ」
その場に控える全員が彫像のように背筋を伸ばし右手を掲げた。
「ゼー、ソーンビゲル!」
「う……」
丈一郎が次に目を覚ますと、見覚えのある部屋とベッドの上だった。V-ルゼスタのサブメディカルルームだ。
タイミング良くドアがスライドし、ハルナが入ってくる。
「あら、おはよう」
「おはよう……ございます」
うーん、と頭を振って意識をはっきりさせながら丈一郎は応えた。記憶は、ネイキッドーベルに必殺技を叩き込んだ所で途切れていた。
「!アイツは……あの後どうなりました!?」
バッ、とシーツを剥ぎ取るようにしてベッドから降りる。噛まれた左腕の傷以外は痛みは無かった。銀河連邦の医療技術は信頼が置けるものだった。
ハルナはいつものウィングをしながら丈一郎に微笑んだ。
「安心して。露出野郎はあなたの技でショック状態になった所をレイヴァンがしっかり捕縛したわ。さっき彼が連邦警察の調査本部へ連行しに行った所よ」
「そうですか……よかった……」
ホッとして腰をベッドに下ろす。その丈一郎にハルナが例の不思議な容器に入ったドリンクを渡した。礼を言って口を付ける。あいかわらず不味い。
そこに、またドアが開きコロンボ氏が入ってきた。
「やぁ、壮健だな」
「田中さん!勝手にここまで来ないでと何度言ったら!」
知的な美人と言っていいハルナが振り返り青筋立ててコロンボを怒鳴りつける。丈一郎は急いでベッドを降りてまぁまぁとハルナの前に回った。
「いや、俺も早くお礼を言いたくて……コロンボさん、子供達の避難ありがとうございました」
「いやなに、お安い御用よ」
そう言ってコロンボが上着の内ポケットから葉巻を取り出した、ところでブン!と空気を裂く音がしてその指先から葉巻が消え去る。丈一郎とコロンボがおそるおそるハルナを見ると、その華奢な手の中でくしゃりと無残に葉巻が潰されていた。普段は愛嬌のある少し吊り上がった猫のような目が、今は怒るライオンの眼差しになっている。
「と、ところで……丈一郎君、あの『ビゲル』の戦闘員の中に、知り合いがいたのか……?」
汗を拭きながらコロンボが真剣な顔で丈一郎に訊いた。丈一郎も横田の顔を思い出しながら苦々しい表情で頷く。
「はい、二年前に『神隠し』に遭ったと聞いていましたが……あれは間違いなく自転車屋の横田さんでした」
「ふぅむ……」
「予想はしていたけど、やっかいな事になりそうね……」
コロンボが顎に手を当てて重々しく唸った。ハルナも真面目な顔で丈一郎の横に立ち視線を向ける。
「所謂『神隠し』が『ビゲル・ゲフィズン』の仕業なのは間違いないと私達も推測していたわ、けど、その目的まではハッキリしていなかった。いくつか想定されたのは、人体実験、地球人の情報の収集、そして……戦力の増強」
「そんな!?」
目を見開く丈一郎に、ハルナは目を伏せながら静かに言う。
「残念だけど、これは『ビゲル』の手の一つなの。数十年前に『ビゲル』に教われた別の星でも、同じ手口が確認されたわ。その時はもっとあからさまに誘拐、洗脳とやっていたけど……」
丈一郎は言葉を失い俯いた。それでは、長年失踪している父親も……。
恐ろしい想像に震える丈一郎に、コロンボが近付いた。
「急いで捜査しなければいけないようだな……ときに丈一郎君、『豆腐の水宮』、水天宮さんという方は知っているかね?君の学校にご息女がいると聞いたが」
「水天宮……委員長が、どうかしたんですか!?」
コロンボの口から唐突に身近な人物の名を聞き、丈一郎の胸に新たに言い知れない不安が生まれた。
「『寅子、父さんは厄介な悪党に捕まってしまった。警察もアテにできないような危険な奴等だ。なんとか逃げ場を探し出した所だが、脱出のチャンスが出来るのは四日後の様だ。港の八番倉庫の裏手から脱出する。鎖を切る頑丈なカッターを持って助けに来てくれないか。頼む』」
ピッ、と何百回も読んだメールを閉じて、水天宮寅子はホームセンターで買った重いラッヂカッターを手に八番倉庫を睨みつけた。ポーチには救急キットと防犯アラームが入れてあるし、少し離れた所には予めタクシーを呼んである。出来る限りの用意はした。何度も深呼吸をしたせいで、肺の中まで潮臭くなってしまいそうだ。
父親が行方不明になったその晩、このメールが届いて以来何度も父親の携帯にメールを送ったが返答は無かった。携帯が壊されてしまったのか、電池がなくなったのかは定かではない。
本来なら警察に届けたほうがいいのだろう。しかし、寅子は父親のメールを信じてしまった。たった一人の家族。もし警察に届けたせいで父親が殺されてしまったら……。
ブルブル、と頭を振って悪い想像を振り払う。霧の出始めた湾岸地帯を、寅子はゆっくりと歩き始めた。
(お母さん、私に勇気をちょうだい……)
幼い頃の母親の優しい顔を思い出しながら歩く寅子の視界の中で、どんどんと八番倉庫の巨大なシルエットが大きくなってくる。それはまるで呪われた館のようでもあった。