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変身




 「丈一郎君」


 放課後、珍しく何の予定も無い帰り道で、丈一郎は聞き覚えのある男の声に振り向いた。ゆっくりと赤らむ空の下、路上には先日と同じカーキのレインコートを羽織った、猫背のコロンボ田中氏が立っていた。丈一郎の記憶に間違いが無ければ、ここ一週間、隠岐剣市に雨が降った日は無い。


 「田中さん」


 「コロンボ……と呼んでくれたまえ」


 田中、もといコロンボは葉巻に火を付けながらゆっくりと近寄ってきた。なるほどこう見ると古い刑事ドラマに出てくる役者のようにも見えるが、どちらかと言うとやっぱり不審者に近い気もする。


 「捜査……中ですか?」


 「うむ、こう世の中がハイテクになってもやはり捜査の基本は足という訳でな」


 ポンポンと自分の太腿を叩きながらコロンボがそう言う。


 「『ビゲル』の連中の総本部をハルナ君達が探す間、私はあの犬男を追っているという訳さ」


 あまりこの奇妙な風体の中年と歩いている所をご近所の人に見られたくは無かったが、聞きたい事もある丈一郎は半ばやむなくコロンボと歩調を合わせた。


 「たな……コロンボさんは銀河連邦に協力しているんですよね。日本の警察関係とかなんですか?」


 良くてOBとかだろうけど、と思いながら尋ねる丈一郎にコロンボ田中は空しそうにかぶりを振った。


 「残念ながら私はただのリーマン上がりさ……警察にも縁が無い」


 「え、じゃああの拳銃は……」


 「硬質ゴム弾仕様のガスのモデルガンだ。威力は、知り合いのマニアに頼んで目一杯改造してもらってるが」


 (思ってたよりいろいろ危なっかしいオッサンだな)


 少し冷や汗をかいた丈一郎は質問を重ねた。


 「コロンボさんは、何で銀河連邦警察に協力する事にしたんですか?正式に加入したんならともかく……」


 コロンボは皺の刻まれはじめた顔を丈一郎に向け、親指を立てて丁度横を通りかかっていた小さな公園のベンチを差した。丈一郎も頷いてコロンボに従う。


 「私も君のように奴らと銀河連邦の戦いに巻き込まれたのがきっかけでね」


 公園の奥にある自販機でコーヒーを二つ買い、一つを丈一郎に渡しながらコロンボはベンチに腰をかけた。


 「その事件に巻き込まれるまでは私は平凡な、実に平坦な人生を歩むサラリーマンだった。学校でも賞状一つ貰ったことはないし、会社でも昇進にも特別なプロジェクトにも縁はなかった。それでも、まぁ普通に暮らせていたのだから問題は無いのだが、四十も過ぎれば、だんだん考えてしまうわけだな『俺という人生は何だったのだろうか』と」


 丈一郎はコロンボの言葉に共感することが出来なかったが、なんとなくその少し物悲しいニュアンスだけは受け取れた。


 「そんな時、この街、そして地球を狙っているという連中の存在を知った。そうして私は考えた。このままハルナ君やレイヴァン君に平和を任せて今までの日常に戻るか、それとも私もまた奴らとの戦いに身を投じるか」


 「……」


 「確かに私は警察でも何でもない、君のように若い肉体も体力も持ち合わせていない。ハルナ君達からすれば、戦力としてスカウトする必要の無い人間だろう……しかしそれでも、私は今こそ、生きる意義を見つける時ではないかと考えた。私という人間が生まれてきた証明を残すチャンスではないかと」


 丈一郎は黙って聞きながら、飲みなれないブラックのコーヒーを喉に流し込む。


 「くだらないプライドかもしれん。しかし私はその欲求を振り払うことが出来なかった。そしてこの街の危機から眼を背けることも。……子供の頃刑事者のドラマが好きだったせいもあるんだろうな。私は会社を辞め、ハルナ君達に協力し一地球人として奴らの調査を進めることにした」


 そう言うコロンボ氏の表情には、今なお後悔や迷いを感じさせる物があった。丈一郎の視線を感じたのかコロンボが鮮やかなオレンジの夕焼け空を仰ぐ。


 カラスが一羽、鳴きながら飛び去った。


「もう一年になる……危険な事もあったが、それなりに役に立っているつもりだし、何より今までの四十年より遥かに充実した毎日を送っているよ。生活はギリギリだがな」


 ハッハッと自嘲するように寂しくコロンボが笑った。


 (俺も将来そんな事を考える事があるんだろうか)


 大人の悲哀、という物は、丈一郎にはまだ想像の及ぶ所では無かった。


 「私のように弱い人間には、生きる、という事は難しい事でな」


 「……生きる事が、難しい?」


 「そうだ、思うように生きる、という意味ではね……ん?」


 そう言って空になったコーヒーの缶を捨てに行こうとしたコロンボの動きが止まり、腰の低そうな社会人の瞳から急に獲物を射抜くような鋭い視線に変わる。丈一郎もコロンボの視線の先を追った。公園の隅にあるシーソーで学校帰りの子供達が遊んでいる……そしてその子供達に少しずつジリジリと近寄る見覚えのある怪しいコートの男。


 「コロンボさん、アイツ……!」


 「ああ、露出狂の出没の噂をトレースして、恐らく次はこの辺に現れるだろうと網を張っていたが、よもや、という訳だ」


 (このオッサン、意外と有能なのかも知れない……)


 コロンボの自信に満ちた物言いに思わず丈一郎は感心したが、今はそれどころではないと拳を握り締める。


 「……俺は奴を止めます。コロンボさんは子供達を引き離して、レイヴァンさんを呼んでくれますか?」


 「わかった、決して無理はするなよ!」


 バッとベンチを乗り越えシーソーへ駆けるコロンボと別れ、丈一郎はコートの不審者へ突撃した。


 「待て!」


 両手を広げ男の前に立ちはだかる。間違いなく先日の露出狂……そして犬男に変貌した中年男だった。


 「アン?……またテメェか!いい加減にしやがれ!」


 「お前こそ、こんな事はもう止めろ!恥ずかしくないのか!」


 怪人に向かって露出行為を咎めるのは何か間違っている気がしたが、他に言うべき言葉が丈一郎には見つからなかった。犬男もあれだけの力を持ちながら露出行為を繰り返すだけというのがよくわからないのだが。


 「今日はあの妙なアブねえ助っ人野郎はいないのか?」


 「お前には関係ないだろう、この変態が!」


 完全に見下している変態男の態度に思わず丈一郎はキレて怒鳴りつけた。その返事が逆鱗に触れたのか、露出狂がこめかみに青筋たてて目を血走らせる。


 「テメェ!ガキだから見逃してやっても良いと思ったが、お前も巻き添えにしてやる!」


 男が回りをぐるっと見るようにして大声を上げた。


 「後悔するんだな、モヴァイターよ!出でよ!」


 男の声と共に、周りの茂みがガサガサと一斉に蠢き、全身黒尽くめで一つ目の形容しがたい奇妙な赤い仮面を被った男達が四人飛び出してきた。


 「!」


 予想外の増援に丈一郎もさすがに怯む。子供達もその不気味な姿を見てショックを受けたのだろう。大声で泣き出してしまうのをコロンボが慌てて公園の外へ連れ出していった。


 「オイ、ジジイ!」


 露出狂がそれを追おうとするのに気付き、硬直していた体を無理やり動かして丈一郎が両手を開き立ち塞がる。露出狂は目の前の丈一郎に怒りをぶちまけるように唾を吐き出しながら怒鳴った。


 「邪魔すんなこのクソガキが!モヴァイター!コイツを連れさらえ!」


 モヴァイター、と言うのは間違いなくこの仮面の男達の事だろう。いずれも丈一郎と同じくらいの体格だ。さすがに四人相手はキビシすぎる……と丈一郎が冷や汗をかいていると、四人の黒尽くめ……モヴァイターは一度全員が顔を見合わせ、それからゆっくりと丈一郎と露出狂の方へ歩いてきた。


 (?)


 その彼らの、予想外にスローな動きに丈一郎も、目の前の露出狂も頭に?マークを浮かべる。と、唐突にモヴァイターの中で一番でかい、リーダー格のような一人がゴッ!と拳で殴りつけた。露出狂を。


 「ぶふぇえええ!?」


 変身前の露出狂は見た目通りの虚弱らしく、その鉄拳の前になす術もなく転ばされ顔面を土まみれに汚した。


 露出狂を殴った男がずい、と近寄りドスの効いた声を出す。


 「新入り、あんまチョーシくれてんじゃねーぞ」


 「こっちはこの仕事五年やってんだぞ」


 「露出狂の癖に大きなツラできると思ってんのか?」


 次々とモヴァイターから罵声が浴びせかけられる。露出狂は怯えてもうすっかり涙目になってしまっていた。


 (悪の組織も……結構シメるとこはシメてんだな……)


 丈一郎は握り締めた拳から力が抜けるのを感じながら、しばらくその様子をボーッと眺めた。


 しばらくして『シゴキ』が終わったのかモヴァイターが四人、ザッと丈一郎を向く。丈一郎もまた半歩左脚を前に出し、昔習った空手の型を構えた。露出狂は膝を抱えてしょんぼりしている。


 (オーバー……なんとかコートはまだ早いか……?)


 まだ辺りは明るく人の目も気にしなければならない。犬男相手ならまだしも、この戦闘員達の実力がわからないうちに<アレ>を出すべきではないかと判断し、丈一郎はまずは様子を見ることにした。


 「行くぞ!」


 モヴァイターが順に丈一郎に殴りかかってくる。勢いはあるがその動きはそれほど速くない。普段あまり運動をしていない成人男性レベルのものだ。丈一郎はやや拍子抜けして一人目のパンチをいなす。


 (なんだ……?これじゃあコロンボさんの方がよっぽど……)


 訝しみながら二人目のラリアットをかわしつつその腕を取り、ぐるり、と勢いを活かして砲丸投げの要領でリーダー格の方へ投げつけた。リーダー格は慌てて投げられた仲間をキャッチする。


 (意外に仲間思いだし)


 丈一郎は敵ながら体育会系の空気をかもし出すモヴァイターに少し好感を覚えた。


 「く、くそう!」


 三人目、四人の中では比較的ぽっちゃりした体型のモヴァイターが両手を構えて突進してくる。丈一郎を羽交い絞めにしようというのか、しかしその動きは育ち盛りの高校生を捉えるにはあまりにも緩慢だった。


 (……ここだ!)


 わざと引きつけて、その左手を取りながら素早く背後へ回り込む。不自然な形に間接を極められた三人目が情けない悲鳴を上げた。とても悪の組織の戦闘員とは思えない無様さだ。


 「……何なんだ、こんな変な仮面つけやがって!」


 強気になった丈一郎はもがいている三人目の仮面に手をかけ、一気に剥ぎ取った。


 (!)


 予想外の顔に丈一郎は息を飲んだ。


 「よ、横田のオッチャン……!?」


 「じょ、丈ちゃん……!」


 仮面の下から現れたのは、二年前に『神隠し』に遭って以来行方不明のはずだった、近所で自転車屋を営んでいた横田氏だった。生まれて初めて父親に自転車を買ってもらって以来、パンクだ故障だと何かと世話になってきた。


 思わず技を解き、よろよろと丈一郎が後ずさりする。


 モヴァイター三号、もとい横田氏は苦々しい、すまなそうな表情で丈一郎を見つめていた。


 「まさか……そんな、じゃあ他の人も……!」


 他のモヴァイターも、すっかり戦意を喪失してオドオドしている。やがて横田氏を含む三人がリーダー格を見ると、リーダー格はバッ、と手を挙げ、それに呼応するように全員が公園の奥、住宅地の横の林の方へ駆け出していった。


 「ま、待ってくれ!」


 仮面を片手に丈一郎が声を掛けたが、四人は振り返りもせず駆け去ってしまった。


 (ば、バカな……じゃあ今まで『神隠し』になった人は……)


 丈一郎が自然と脳内に浮かんだ仮説に愕然としている前で、しゃがみこんでいた露出狂がゆっくりと立ち上がった。


 「クソ共が……何の役にも立たねぇ癖にデカイ口叩きやがって…!」


 再び怒りの形相を見せながら丈一郎の方へ近寄ってくる。丈一郎もまた思考を一旦止め、仮面を投げ捨てて構えを取った。


 「俺様直々に八つ裂きにしてやる!『ビゲルゾーン』!」


 露出狂が叫び声と共に両腕を天に掲げた。その両腕に嵌められていた真っ黒な腕輪から、紫色の陽炎のような波紋が幾重にも放出されてゆく。


 「な、なんだ……!?」


 それを見た丈一郎の視界に異変が起きた。景色がドス黒いフィルターがかかったように汚れてゆき、やがてその景色がグニャグニャとマーブル状に歪み出す……。


 「ハハハハァ!!この世とのお別れだぜぇ!!」


 高笑いを上げる露出狂の姿はもう歪みきった景色にまぎれて見えない。激しい頭痛と眩暈に襲われたかと思えば、足元の感覚さえ失われてゆく。激しい濁流にもまれているかのように、丈一郎は不快感の中であえいだ。


 『いけない!丈一郎君、オーバーバトルギアコートを!』


 渡されたウォッチからハルナの無線が響いた。


 「こ、これは…一体…!?」


 『説明してるヒマが無いわ!お願い!このままじゃ丈一郎君がバラバラになっちゃう!』


 丈一郎は必死な口調のハルナの声に頷き、不自由な空間で一生懸命レイヴァン直伝の動作をトレースした。腕を頭上に掲げ、叫ぶ。


 「『電装』!!」







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