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始動



 レイヴァンによる訓練は過酷を極めた。軽い気持ちで決めたわけではないのだが、彼らの話を受けた事を丈一郎は早くも後悔し始めていた。


 V-ルゼスタの中にある射撃場。しかし撃つのは丈一郎ではない、オートメーションで正確な狙いをつける3つのビームガンだ。丈一郎はひたすらそのビームを避ける訓練を始めて……もう一時間になる。


 「ふむ……こんなところか。さすがに驚くほどずば抜けた運動神経を持っているわけではないようだな」


 「そ、そんな実力があればインターハイとか出てますよ!」


 涼しい顔でそう評するレイヴァンに怒鳴り声混じりの反論をしながら、丈一郎はようやく飛び交うビームの止んだ射撃場に大の字に転がる。他にも基礎的な体力診断などをみっちりやったのでもうヘトヘトだった。


 「いや、一般的な体力がある事が大事なんだ。これからキミに渡す最重要機密の支給品にはね」


 ニヤリと笑みを浮かべるレイヴァンの横に、いかにも重要なものが入っていると言わんばかりの堅牢そうな金属の箱を持ってハルナがやってきた。


 「これが例の奴か」


 「ええ、丈一郎君のサイズに設定してあるわ」


 「よし」


 レイヴァンがその箱を開け、中から一本の輪になったチェーンを取り出した。中ほどには小指の爪ほどの小さなペンダントのようなものが光っている。


 「丈一郎君、コレを君に預けよう」


 「これは…ネックレスですか?」


 「まぁどこにつけていてもいいんだがな、とにかく肌身離さず持つようにしてくれ」


 そう言いながら上体を起こした丈一郎の首にレイヴァンがそのチェーンをゆっくりと掛ける。その手付きからも、ネックレスが重要な品である事が理解できた。


 ハルナもその後ろから近付いてきていつもの笑顔で、しかしその眼は真剣に丈一郎を見つめ口を開いた。


 「丈一郎君。これは新型のオーバーバトルギアコート。戦闘時に機動捜査官が装着する護身用の装備よ」


 「護身用の…装備?」


 どう見ても只の頼りないチェーンとペンダントでしかないネックレスをつまんで丈一郎はまじまじと眺める。シルバーに光るペンダント部分には中央にライトブルーの宝石のようなクリスタルが嵌めてあり、美しく輝いていた。


 「その中に超融電圧縮された……まぁ説明するより実際に見た方が早いわね。レイヴァン」


 ハルナに声を掛けられたレイヴァンが白い歯を見せて胸元から丈一郎が受け取ったものにそっくりなネックレスを見せる。ただ色だけが異なりレイヴァンのそれは真っ赤なメタリックカラーであった。


 レイヴァンはそのネックレスをシャツの下にしまい、それから二人から少し離れた位置に立った。目を閉じてスゥ……と精神統一するようにゆっくりと呼吸をする。たっぷり二秒、息を溜めると目を見開き勢い良く右腕を突き出した。


 (!)


 レイヴァンはそのままその腕を振り回し、身体を捻る。最後に両手を天に突き出して叫ぶように鋭く一言を放った。


 「『電装』!」


 やおら、服の下にあるペンダントが真っ赤に輝きだした。それに驚き見とれているうちにレイヴァンの身体の周りに真紅の光の粒子がキラキラと現れる。それがだんだんと増殖し、やがて目の前に紅の閃光が爆発するように広がった。


 「うお!」


 あまりの眩しさに腕を顔の前に回し光から目を守る。閃光は一瞬で静まり丈一郎がおそるおそる視線を前にやると、目の前に真っ赤なメタリックのプロテクターに全身を包んだレイヴァンが仁王立ちしていた。


 「す、すげえ……」


 「これが、オーバーバトルギアコート、我々の戦闘装備だ」


 誇らしげにレイヴァンはそう言った。間違いない。暗闇の中であったが、前に犬男を撃退したあの異形のシルエットそのままだった。丸いヘルメットに硬質の重厚なアーマー。腰にはゴツイ銃がホルスターにぶら下げられている。レイヴァンの優しく頼りがいのある顔はまったく見えず、悪人を威圧するようなキツイ視線の黒いゴーグルが印象的だ。


 「至近距離でダイナマイトが爆発しても完全に防御可能。マイクロサーボアシスターが各部に搭載されていて、ジャンプ力、パンチ力、その他もろもろの肉体能力が飛躍的に上昇。深海でも活動できる耐圧製に酸素供給システム。暗闇でも1km先までくっきりと見えるサーチスコープ。最大3km圏内のあらゆる音をキャッチして分析できるナロウサウンドセンサー……銀河連邦の技術が集約した超高性能戦闘用スーツよ」


 フフン、とハルナが(それほどでも無い)胸を反らして自慢気に解説する。丈一郎もその超技術の塊のメカニカルな装備に目が釘付けになった。


 「当然、みだりに装備する事は控えなければならない。あまりに高性能すぎて無関係の人間や物に危害を加えてしまう恐れもある。その辺りは熟慮の上判断しなければならないのだがな」


 そう言いながら、レイヴァンは胸部アーマーの端に並べられたボタンをいくつか押した。すぐに音も無く、砂の像が崩れてゆくようにレイヴァンが纏っていたメタリックのアーマーが光の粒子に戻り消えてゆく。


 「レイヴァンは最初の実戦で悪者一人捕まえるのに車三台に電信柱四本、マンホールの蓋一枚を破壊したのよね」


 笑いを堪えるようにハルナがそう言うと、レイヴァンも照れたように頭を掻いた。


 「いや、あの時は俺も必死でな。とにかく丈一郎君。君にも同じ装備を使ってもらう。俺の物より一般人用にマイルドに調整されたもので、特別な特訓をしなくても装着できるがそれでも強力な装備には違いない。君の常識的な判断力は信頼しているが、装着には充分に配慮してくれたまえ」


 「わ、わかりました……あの、一回着てみたいんですが」


 「もちろんいいぞ。しかし、その前にポージングの練習からだな」


 「ポージング……ですか?」


 まさかあの装着前の謎の動作のことだろうか、と訝しんでいるとハルナがレイヴァンの陰から申し訳無さそうにこちらを見ているのに気が付いた。


 「そうだ、慣れない内はちょっと恥ずかしいかもしれないが、これは先達から代々伝わる伝統、だからな」


 (伝統かよ……)


 一気に銀河連邦警察が胡散臭く思えてきた。そんな丈一郎の表情に気付いたのだろう。慌ててレイヴァンが付け足す。


 「いや!効率的な面もあるんだ。まずオーバーバトルギアコートの装着は結構身体に負担がかかる。本来なら柔軟体操でもしたいところなのだが、そんな時間は無い。その為最低限間接を慣らすような動きを短時間でするわけだ」


 「はぁ……やらないと、マズいですかね」


 「緊急時にははしょる事もままあるが……先程も言った通り、装着にはTPOを充分に考慮しその上で決断する訳だが、一度装着すると決めれば、迷わず勇気を持ってコレを身に着け戦わなければならない。その気合と闘争心、集中力を高める為に効果があると私は考えている。人それぞれかもしれないが」


 (なるほど)


 そういうレイヴァンの説明には納得するものがあった。剣道でも空手でも試合の前には必ず『礼』の動作があるが、あれがあると無いとでは試合の集中力が全く違う。相撲の取り組みの前の『八卦良い』のようなものだろう。それにしては大げさ……というかまるで子供番組のヒーローみたいな動作が気になるが。


 「ポージングは、私が昨晩寝ずに考えてきた!さぁ特訓しよう」


 「え!……あ、ありがとう、ございます」


 余計なお世話だ!と言いたくなるのをぐっと堪えて丈一郎は感謝の言葉を捻り出した。


 その後みっちり二時間、レイヴァンによる装着ポーズの厳しい特訓が行われた。












 加賀家のキッチンは小柄な母に合わせたため、少し狭い。天井の安い作りの換気扇が時折ガタガタ音を立てながら元気に回っている。


 やっとコツを掴んできた野菜炒めを作りながら、丈一郎は凝り固まった首をほぐす様に回した。


 (散々な一日だった……)


 レイヴァンの指導は厳しく、やれキレが悪いだの角度が違うだのもっと速くだの、100回は軽く繰り返させられたのではないだろうか。ケガに寝不足とコンディションの悪い中あれだけ身体を酷使させられればいい加減具合も悪くなる。


 「お兄ちゃん晩御飯何―?……ってまた野菜炒めなのー?」


 「仕方ないだろ、野菜余ってるし、俺はコレしかまともに作れねえんだから」


 階段を下りてきたと思ったら、晩飯のメニューに苦情を言う梨依菜に丈一郎はそう答えた。風呂上がりの妹が着ている、小学生の頃から愛用の黄色いクマの柄が入ったパジャマはもうぱつんぱつんでキツそうだ。買い換えるにも、加賀家の経済事情の困窮さからままならぬのが兄として、また家族唯一の男として心苦しい。


 (銀河連邦警察の仕事で給料貰ったら、パジャマくらい買ってやろう……)


 父が捜査中に行方不明になって以来、当然のように加賀一家の生活は苦しくなった。父の上司の計らいで休職扱いの給料を受け取ることができているが、なにせまだ若かった父のこと、基本給も少なければ貯金もマイホームの頭金に消えたばかりでスズメの涙という言葉がふさわしいほどしか残っていなかった。


 英会話に長けていた母が毎日のように家庭教師やセミナーの講師として収入を得る為に出稼ぎのような事をしているが、子供二人の養育費は厳しく丈一郎も中学からアルバイトで兄妹の小遣いや洋服代を稼ぐ必要があった。


 その事を特に不服に思ったことは無いが、父の後を追って刑事を目指していた丈一郎の進学がほぼ絶望的になった事だけが心残りだった。それでも、自分の夢よりは学者になりたいという妹・梨依菜の夢を尊重したいと考えた丈一郎は妹の学費の為に少しずつ母と協力して貯金をしている。それも思うようには貯まらずもどかしい思いをさせられていた。


 元々、<伊勢屋>のバイトだけでは足りないと感じていたので追加収入が得られるのはありがたいのだが、それでも仕事は選びたかった……と丈一郎は嘆息した。


 「ハルナさん、いくらくらいくれるのかな……」


 結構まとまったバイト代を用意できるとは聞いていたが、具体的な金額はまだ聞けていない。身体を張って怪人と戦うのだからそれなりにはもらいたいなぁ……と考えたが、同じように協力していると思われるコロンボ田中氏の服装を考えればあまり期待できないのかもしれない。


 「なんか言った?お兄ちゃん」


 「いや、独り言だ……母さん今日帰って来るんだよな?」


 うん、と言って梨依菜が携帯を見る。


 「さっきメール来たよ。8時頃帰るって」


 丈一郎は、自作の野菜炒めの味見をしながら頷いた。悪くない出来だ。


 「そっか、じゃあ母さんが帰ってきてから食おう」


 「いいけど、今度は野菜炒めじゃないのが食べたいなぁ」


 せっかく上手く作れるようになったのに別の料理を希望されると凹むものだな、と丈一郎は世間の主婦の悩みを身に沁みて知るのだった。














 深遠の宇宙を思わせる漆黒の闇の中、唯一禍々しい赤い灯火のみがその場を照らしていた。


 その赤い光にうっすらと照らされて男……あの巨大な黒い犬の怪人へと変貌を遂げた中年がゆっくりと歩を進める。その歩みが遅いのは暗闇で視界が不自由だからではない。目の前から感じる、暴風のように浴びせられる凶暴なまでの威圧感に本能がおびえている為だ。


 男は、やがて立ち止まり片膝を着き頭を垂れた。目の前には、はっきりとは見えないが何人かの強大な力を持つ男女が数名、そしてそれらを遥かに超える存在感と、心臓をがっしりと握り締められるような、強者のみが持ちうる『恐怖』のオーラを漂わせる『影』かが存在していた。


 (きっとティラノサウルスに見つかった草食恐竜の子供ってのは、今の俺と同じ気分を味わったんだろうな)


 男は全身を覆う『恐怖』に思わず失禁してしまいそうになるのを、僅かなプライドで耐えながら言葉を待った。


 しばしの静寂の後、空気を濁らせるかのような澱んだ口調の言葉が響いた。


 「……傷は癒えたか?ネイキッドーベルよ……」


 「はっ!」


 それが『彼ら』によって強靭な肉体と共に与えられた男の名前であった。


 「貴様の悦楽に邪魔が入ったのは……災難であった……が、貴様にその肉体を与えたのも……このような日の為……」


 (このような……?コイツらはあの変な男の存在を知っていたのか)


 元々人並みの勘の良さと分析力しか持ち合わせていない男には、未だ『彼ら』の実態は測りし得る物ではなかった。自らの歪んだ性癖の満足の為に力を使おうとしか考えていなかったせいでもある。


 「……詳しくは、デルエル-ヘステアに学べ……我が与えたその力、存分に尽くせよ……」


 「ハァッ!」


 男は正面に鎮座する『恐怖』の存在の威圧感に従えられるように恭しく頭を下げた。


 (なんだか知らねぇが……こんな連中に敵う訳がねぇ……地球の科学力じゃあよ……)


 強者にはすべからく従う、それが彼の信条だった。元より命令さえ聞いていれば自分の快楽の時間は保証されるのだ。反逆する理由もない。


 男は負け犬らしい自問自答を終え、ゆっくりと立ち上がり『彼ら』に背を向けた。









 丈一郎が翌日学校に向かうと、丁度校門の前で水天宮寅子とばったり出くわした。


 「お、おはよう委員長」


 「おはよう加賀君……昨日は、あ、ありがとう……」


 恥ずかしそうにもじもじとそう言うのを見て、昨日の一件を思い出す。レイヴァンの激しい特訓で寅子の足の事をすっかり失念していた事を反省した。


 「い、いや!……足、大丈夫か?」


 「うん、まだ湿布貼っているけど……あと何日かしたら走ったり出来るようになるって先生が」


 包帯を巻いた足首を見せながらニッコリと可愛らしい笑顔を見せる寅子に丈一郎もほっとする。


 「そっか、よかった。委員長小さいのに、あんな仕事頼むとか地理の福田もホントひでぇよなー」


 「あまり小さいとか言わないでくれる……?これでも気にしてるんだから」


 寅子がすこしむくれた。大人しい文学少女、といった外見でありながらしっかりと自分の意見は通す性格のアンバランスさが、寅子の魅力だなと丈一郎はクラスメートが話しているのを聞いた事がある。その話に内心同意しながら丈一郎はあわてて両手を振った。


 「悪い悪い!また何か重いもの運ぶ時は手伝うからさ、呼んでくれよ」


 「ありがとう」


 丈一郎はそう言って下駄箱の方へスタスタと向かっていった。寅子はその後姿を見送り、それからポケットの携帯を取り出し昨日から何度読んだかわからない位見たメールを呼び出す。


 「……今日、か……」


 その表情は先程丈一郎に見せたものとはうって変わって、追い詰められた者特有の暗い覚悟を秘めたものになっていた。







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