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遭遇(後)



 (痛ぇ……)


 痛みにゆっくりと意識が戻ってくる。丈一郎がボンヤリと目を開くと、見覚えの無い真っ白な天井が目に入った。


 (……?)


 不思議な天井だった。蛍光灯や照明の類が無い。天井自体が部屋を照らすように光を放っているようだ。部屋を見回しても窓は無い。5メートル平方ほどの清潔感のある部屋、スライド式なのか取っ手の無いドアが一つ。見たことも無い最先端の機械、辛うじて医療機器とわかるものが壁に備え付けられている。


 寝ているベッドもまた、ハイテク……と言うかとにかく老人介護用の自動で起き上がるベッドをさらに進化させたような、とにかくすごい科学で作りましたと主張しているモノだった。枕元と足元に液晶画面やらタッチパネルやらメーターやらが付けてあり、どうみてもその辺にある普通の病院にいるわけでは無いことが朦朧とする丈一郎の脳味噌にも理解できた。


 一通り状況を把握すると、丈一郎は意識を失う前、何が起きたかをゆっくりと思い出してきた。


 「犬男に……変な探偵みたいなオッサン、それから…銀河なんちゃらとか……っ痛ゥ!」


 頭の痛みに顔をしかめて額を押さえたところでこの部屋唯一のドアがシャッと軽やかな音を立てて開いた。普段デパートなどで見る自動ドアよりも遥かにスムーズで速い。丈一郎がそのドアの挙動に驚いているとその向こう、廊下か通路のような所から一人の女性が入ってきた。


 「あら、目が覚めたのね。元気?」


 「え?ああ、そんなに……」


 調子は良くない、とまでは言えずに丈一郎はその女性を凝視した。年の頃は二十代半ばだろうか。ウェーブのかかったオレンジの髪をボブカットにしている。瞳の端はやや吊り上がっているものの丸みを帯びて愛嬌がある形をしている。知的でもあるが猫のような愛らしさもあり非常に魅力的な美貌だが、それよりも目を引くのは着ている服だった。全身タイツのようにボディラインにぴったりした作りで、その表面は金属のようにツルツルして光を弾いている。白とブルーのツートンカラーでシンプルにデザインされているが、それがまた奇妙さを際立たせている。


 女性はツカツカとヒールを鳴らしながらベッドの丈一郎に近付いてきた。呆れた、というか少し不愉快そうな顔をして。


 「高校生だからってオンナの身体をそんなにジロジロ見るもんじゃないわよ」


 「あ、いや、スイマセン!」


 その髪の色や着ている物の異質さに目を奪われたわけで、スリーサイズを測っていたわけではないのだが丈一郎は律儀に目を逸らした。


 「外傷は塞いだし……元気もあるみたいね。どこか痛む?」


 聞きたい事が山ほどあるが、質問がまとまらない丈一郎はひとまずその女性の問いに答えることにした。


 「頭が……あと少し体のあちこちが痛むくらいで」


 「体のは打ち身ね。若いからすぐ治るわ。脳波も異常無いけどしばらくは痛むかもね。この薬を毎食後二錠ずつ飲んで下さい」


 ポーチから取り出した薬局で貰うような錠剤を渡され、丈一郎ははぁ……と生返事をする。


 「ここは、どこですか?それに、アナタは……あと聞きたい事が」


 全く何も解らない、という丈一郎の顔を見て、女性は初めて笑顔でウィンクしてみせた。


 「ワタシはハルナよ、よろしくね、加賀丈一郎君」


 「そして私がコロンボだ」


 ハルナ、と名乗った女性の入ってきたドアが再び開き、見覚えのあるレインコートの中年が入ってきた。丈一郎の危機を救った中年の男だ。


 身長は猫背のせいもあるがハルナや丈一郎よりやや低い。顔の彫りは深く日本人離れしている。四十代くらいに見えたが、五十代かもしれない。カーキ色の着古したコートがこのハイテクな部屋に大変似合っていなかった。


 丈一郎が、どうも、とおずおずと頭を下げる横でハルナはくるりと振り返り、多少苛立ちを含めた口調でそのコロンボと名乗った男性に冷たい一言を放った。


 「田中さん、艦内をフラフラ歩き回るのは止めて下さいと言ってますよね」


 「つれないなハルナさん。私も彼が心配でね……あとここではコロンボ、と呼んでくれないかね」


 「いやです」


 他人が聞いてもはっきりとわかる嫌悪の混じった冷たい返事にコロンボだか田中だかがうなだれる。とりつくしまもないとはこの事だな、と丈一郎は自分の立場も忘れて少しその中年に同情してしまった。


 「……館内?ここは病院じゃ……」


 「いいえ、艦内。ここは銀河連邦警察所属艦、次元航行機動宇宙戦闘艦V‐ルゼスタのサブメディカルルームよ」


 「銀河……れんぽうけいさつ?」


 その言葉は気絶する前にも聞いた。あのメタリックな人影が大声で名乗っていた光景を思い出す。


 しかしどう聞いてもおよそ日本の、いや地球でまともに活動している組織の名前には聞こえなかった。良くて怪しげな政治活動団体かアングラな研究団体、悪ければ……。


 「ええと、もしかして宇宙人さん……とかですか」


 まっさかーという軽い否定の言葉などを期待しつつ、丈一郎は恐る恐る尋ねた。犬男の件から考えれば、宇宙人だってありえなくは無い話だが、そうそうそんな非日常的な存在と出くわしたりしないだろう……と自分に都合のいい解釈をして(そうしなければ脳がパンクしてしまいそうだった)。


 が、ハルナと名乗る女性はこちらを見てニヤリと含みのある笑みを向けた。丈一郎の胸一杯にイヤな予感が満ちる。


 「当たらずとも……って感じ。察しがいいのね」


 面倒な説明が省けそうだわ、と嬉しそうに言う彼女の後ろで自称コロンボも感心したように頷いて見せた。


 「さすが、最近の若者は柔軟な思考が出来るようだ」


 (マジなのかよ……)


 丈一郎はかぶりを振ろうとして、首が痛むので止めた。代わりに溜息をついてから覚悟を決めてハルナの方を向く。


 「ええと、ハルナ、さん。事情を知りたいのですが……」


 「いいわ、でもここじゃ何だし、お茶でも飲みながらにしましょう。長い話になるからね」


 ハルナはまた丈一郎にウィンクした。彼女のクセなのだろう。明るい口調と笑顔は、普段の生活で見るのならとても魅力的に見えるものだったが、今の丈一郎にはこれから訪れるだろう厄介事の前触れに見えて仕方なかった。



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