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脱出







 

 寅子を抱きしめたままの丈一郎は、真っ暗な穴の中であちこちに身体をぶつけながらようやく明るい空間に辿りついた。


 「あいたた……なんだってんだここは……」


 「一度ならず二度までも、人様の神聖な研究の場に踏み込んで文句を言うとは憎たらしい若造だな」


 予期せず聞き覚えのある声に丈一郎と寅子は立ち上がり臨戦態勢を取った。それほど広くない、まばらに実験器具が置いてある部屋の中央にはあの老科学者、パズニベーノと、屈強な体躯を黒い鎧に包んだ長身の男が立っている。鎧と同じく漆黒の仮面をかぶり表情はおろか正体も掴めない。


 「久しい、と言うほどでもないかな。ワシに用事があるようだからわざわざ呼んでやったが」


 「大した用事じゃねえよ、彼女の身体を元に戻してもらう」


 クックッ、と笑いながら杖の握り手を撫でるようにして、パズニベーノが答える。


 「そんな事を言われて戻すと思うか?その娘の改造はワシの実験の中でもかなり上等な結果でな。むしろ手元に置いておきたい。わざわざ連れて来てくれてありがとうと言いたいところだ」


 「ふざけんな!大体なぜ地球に棲み付いているんだ!」


 丈一郎は以前からの疑問をぶつけた。まともな返事があるとは思っていなかったが、パズニベーノは意外にも神妙な顔で語り出した。


 「我々『ビゲル・ゲフィズン』は母星を亡くした者の集まりだ。環境の良い星にはすでに他の生命体がおり、荒野に近しい星では我々とて生きてゆけぬ」


 「……」


 「我々とて平和に住める土地があれば他の星を荒らしたりせぬが、繁栄栄華のためには他に手は無い。貴様らとてより弱い同属や生物を食い物にして今の社会を作ったのだろう?我々が気を使って慎重に根回しをしてやっているのを感謝されこそすれ批難されるのは不本意じゃな」


 一瞬、老科学者の言い分も理解できないではないと思ってしまった丈一郎だが、その横で被害者である寅子が口を開いた。


 「それで人を誘拐して好き勝手改造したり……お父さんをこき使ったりするのを見逃せって言うの!?」


 「弱者は常に強者に奪われるものよ。貴様ら人間もそうなのであろう?」


 「それは詭弁だ!」


 丈一郎と寅子が気色ばんでパズニベーノに踏み込もうとした、が、二人の足は漆黒の男の威圧感に無意識のうちに阻まれてしまった。


 「口ばかり良く回るようだが」


 男が逆に前に出て腰に下げた鞘から片手用の長剣を抜く。刀身は真っ赤に染められており一目見ても禍々しい代物だ。


 「腕の方はどうなのだ?小僧共」


 挑発だ。丈一郎は冷静を保とうとした。男の立ち振る舞いと剣からは今までに見に覚えの無い《危険》を感じる。


 (ステイルスローもレイジングシューターも無い……どうする?)


 冷静になれ……丈一郎は心の中で繰り返しながら手を捜した。しかし逆に先手を打つ者がいた。


 「フッ!」


 丈一郎の背後へ引いていた寅子が、彼をスクリーンにして奇襲を仕掛ける。高く飛び上がり反転しながら回し蹴りで男の頭部に襲い掛かった。プロレスに詳しくない丈一郎もその技の名は知っていた。フライングニールキック。死角からの攻撃なら防御も間に合わないと踏んだのだろうが、男は驚きもせず無造作に剣を持っていない左手を振り上げた。


 「!?」


 難無く男が空中の寅子の足首を捕まえる。そして振り上げた時と同じくらい無造作に、寅子を壁の隅へ投げ捨てた。予想外の反撃をモロに受けて寅子が倒れ込む。


 「委員長!?」 


 「女を斬る趣味は無い。大人しくしていろ」


 丈一郎が寅子に声を掛けるが、気絶でもしたのかぐったりとして返事が無い。駆け寄ろうとする丈一郎の前に真紅の刃が振り下ろされる。


 「名前は」


 戦え、という事なのだろう。丈一郎は戦闘態勢を取りつつ静かに返事をした。


 「……銀河連邦警察・機動捜査官、ジェイガー」


 「抜け」


 命令に従うかのようにロッドを抜いた。視線は敵から外さずにロッドに指を走らせロッドを光でコーティングする。


 メットの中で滝のような汗が流れ落ちる。緊張で震えそうになる膝を叩きたくなったがそれは何とか我慢した。


 犬怪人の粗暴とも寅子の獣性とも違う、理性の上に帯びる殺意とそれを実現する自信が鎧の男からひしひしと感じられた。どれだけ戦いを繰り返せばこのようなオーラを纏うことができるというのだろうか。


「『ビゲル・ゲフィズン』将軍、カーンゲウ」


 血のような赤い残光を引いて剣が掲げられた。気が付けばパズベニーノも巻き込まれないように後ろに下がっている。


 「いくぞ」


 あくまで軽く、という感じで振り下ろされた剣は受けたロッドをへし折るのではないかと思うほど強く丈一郎の手に衝撃を与えた。


 (それでも、まだ本気じゃないって言うんだろう!)


 実力の差にさらに汗が吹き出る。ロッドで剣を振り払い丈一郎は左手側に回り込む。これで多少は剣が振りにくくなり有利になる……。


 (!)

 しかし、浅はかだな、と言わんばかりに右側から剣が襲ってきた。カーンゲウが丈一郎の動きを読み反転してきたのだ。辛うじてロッドを立てて刃を受け流す。青白いスパークが二人の鎧を派手に照らした。


 「くっ!」


 「機転はいいがすぐに仕掛けるべきだったな」


 出来の悪い生徒に教える教師のような、あるいは独り言でも言うような口ぶりでカーンゲウがそう言いながら痛烈な攻撃を繰り返す。斬り、突き、角度も速さも一撃ごとに変化し、丈一郎はもはや反射神経の限界でそれらを防ぎ続けた。全身の装甲板に無数の刀傷が刻まれる。一撃も致命傷が無かったのは奇跡に近い。


 (奴の武器はあの剣だけ……スパークブロウを当てさえすれば!)


 防戦一方になりながらも丈一郎は必死に逆転の一手を探った。


 その思考と疲労が丈一郎のロッドを鈍らせた。紅の刃が丈一郎の左肩を痛烈に打つ。


 「ぐああああっ!」


 装甲板が弾け飛んだ。貫通はしていないが生身の身体に裂傷が走り鮮血が流れる。痛みに思わず丈一郎は悲鳴を上げ肩口を押さえた。


 「惜しいが、この辺で遊びはお終いだな」


 カーンゲウが言うほど感傷も無く淡々とした声で処刑宣言を放った。ゆっくりと歩み寄り剣を振り上げる。丈一郎は俯きしゃがみこんだままカーンゲウの最後の一撃を待った。


 (覚悟を決めたか)


 潔し、と僅かに丈一郎に敬意を払い、迷い無くカーンゲウは剣をその首に振り下ろした、その時。


 「!」


 丈一郎の手に握られたロッドが一際強く輝き、放電に包まれた。俯いていた頭が上を仰ぎ将軍を睨む。その視線には諦めの感情など微塵も無かった。敢然とした決意と共に、丈一郎が吠える。


 「ジェイガー・スパークブロウ!」


 カウンターだ。丈一郎の全力の一撃が足元からカーンゲウを襲う。至近距離からの必殺技にカーンゲウも意表を突かれ一瞬、剣を止め輝くロッドを避けるため後退する。


 それで、カーンゲウは丈一郎の反撃を避けられるはずだった。


 (かかった!!)


 丈一郎は右腕の全筋肉をフル稼働し、ロッドの軌道を変える。輝く光杖が狙うのは、カーンゲウではなくその手に握られた、長剣。


 バリィィィィィ……ン……。


 カーンゲウの握っていた長剣が、ガラス細工が砕けるような音を立てて中央付近で粉砕された。分断された剣先がぐさりと床に突き刺さる。


 「なんと……!?」


 完全に予想外の反撃を受けカーンゲウが驚きの声を漏らした。


 (ざまあみやがれ……これでこっちが有利……!?)


 形勢逆転したと思いながら手元を見た丈一郎もまた驚きで動きが止まる。長剣を砕いたロッドは根元から捻じ曲がりコートした光の粒子も消え去っている。とても武器として使える状態ではない。


 (クソッ!)


 苛立ち紛れに床に叩きつけるようにしてロッドをも投げ捨てる。これで本当に武器は何も無くなってしまった。格闘戦でこの男に勝てるだろうか。先程の寅子の奇襲をいなした動きを見ても、丈一郎の勝機は1%もあるか危ういものだろう。


 (どうする……ここで無理に戦っても……)


 自分が負ければ寅子もまた囚われの身になり洗脳を受けるだろう。それだけはなんとしても避けなければならない。逡巡する丈一郎の耳に唐突にサイレンが響いた。


 「何だ!?」


 サイレンはパズニベーノの研究所の異常を知らせるもののようだ。慌てて壁の端末に駆け寄る老科学者が激怒しながらにカーンゲウを振り返った。


 「館内環境システムに破損が出た!あのデクノボウがしくじったんじゃ!研究所を浮上させなければならん!」

 が、それを聞いてか聞かずかカーンゲウは高笑いを上げた。


 「フッ……ハハハハハ!ジェイガーとか言ったな!」


 「……」


 意図がつかめず丈一郎は返事の代わりに拳を上げて戦意を見せた。


 「今日は見逃してやる、鍛えなおして来い!また相手をしてやろう」


 そう言って踵を返しパズベニーノの方へ向かう。老科学者も忌々し気に丈一郎を睨みつけ部屋を出てゆく。


 やがて二人が退室し、サイレンだけが響く部屋で僅かな時間呆然とした丈一郎は、壁際で気を失っている寅子の事を思い出し駆け寄った。意識は無いが呼吸はしている。まずは脱出してV-ルゼスタに急いで連れて行くしかない。


 丈一郎は寅子を慎重に抱え上げ、カーンゲウが消えた扉を見つめてから搬出口へと駆け出していった。










 「遅いぞ!」


 『ドルランザー』に戻った時にはレイヴァンが起動準備を始めていた。コーキングとワイヤーで拘束された機体を強力なエンジンパワーで引き剥がしている。


 「すいません!」


 急いで丈一郎は寅子を抱えながら後部シートに座る。コクピットハッチを閉じながらレイヴァンに声を掛けた。


 「OKです!」


 「よし、脱出だ!」


 研究所は既に浮上を始めていた。離脱した『ドルランザー』はすぐに水面へと浮上しV-ルゼスタに通信を繋ぐ。


 「ハルナ!敵の研究所が離脱を始めた!このまま逃がしたくは無い。コンバットフォームだ!」


 「了解!」


 人気の無い海岸に『ドルランザー』を接岸させたレイヴァンは、丈一郎達にここで待っているんだと言いコクピットから飛び出した。V-ルゼスタからグリーンの光が降り注ぎ、レイヴァンの身体を急速に引き上げてゆく。


 (どうするんだ……?)


 パズニベーノの研究所は大量の海水を押し上げながらその姿を海上へ現した。そのまま、正に巨大な白いホタテ貝といったシルエットの建造物がプロペラもジェットエンジンも使わずに上空へ浮かび始める。


 「す、すごい……」


 丈一郎の腕の中で寅子が目を覚ました。驚きの光景に目を丸くしている。真っ白な毛に包まれた猫耳がぱたぱたと丈一郎の二の腕を打った。


 「委員長、大丈夫?」


 「う、うん……あちこち痛むけど、なんとか……加賀君、V-ルゼスタが!」


 寅子の指の先、正確には長い爪の先に雲を割って降下してきたV-ルゼスタの巨大な姿があった。いかにもSF映画に出る宇宙船といった形だが、そのシルエットが大きく変貌し始める。


 翼が収納され、後部から太い脚部が引き出された。艦首が開き巨大な艦砲が全身から展開される。V-ルゼスタはあっという間に異形の人型巨大兵器と姿を変えてしまった。


 中空に浮かぶ巨大なシルエットに二人は圧倒され言葉を失った。その前で、前触れ無く全身に並ぶ大小の砲門から眩いビームが一斉に研究所へと発射される。


 「うわっ」


 ビームが外壁を焼き次々と爆発が起きる。夕暮れの駿河湾は季節外れの花火大会のような様相を見せた。強固な外壁が砕け散りながら崩落して行き、やがて大半の外殻部を失った研究所が傾き海面へと落下を始める。その中なら小さなロケットが急スピードで天空へ消えていくのに丈一郎が気付くと同時に、残骸となった研究所は巨大な水柱を立てて海底へと沈没していった。


 「沈んじゃったね……」


 呆然と腕の中で呟くように言う寅子に、丈一郎は謝った。


 「うん……ごめんね、元に戻す手がかりが得られなくて……」


 「ううん、仕方ないよ。またアイツを捕まえれば大丈夫」


 そう言って寅子は丈一郎の首に手を回し、胸元に身体をうずめるようにした。泣いているの?と聞こうとしたがそうでは無いようだった。丈一郎は黙って寅子を抱き寄せるようにした。


 V‐ルゼスタがその巨大な姿を宇宙船に戻しつつ雲の中へ消えていく。


 僅かに洋上に残っていた夕陽もまたギリギリまでその二人を照らしていたが、名残惜しそうに沈んでいった。




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