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錯綜





 深夜の海岸。


月夜に輝く波打ち際から唐突にその若い男が姿を現した。


 強化された肉体は驚くほど長く息を持たせる事が出来、しかも深い海の水圧にも耐えた。


 それで勝手に肉体をいじくりまわされた恨みを忘れたわけではないが、男は今まで感じた事の無い素晴らしい力に身震いした。


 自然と余裕のある強者特有の笑みが口端を歪ませる。


 夜空を仰ぐ。


 ふと自分の中に力だけではない、猛烈な欲求が溢れ出しているのを自覚する。今までは抱いたことも無かった……いや無意識に押し込めていたのだろうか。今やその欲求は抑えられないほど膨れ上がり脳細胞を支配してゆく。


 人間の身体のままであったなら困難を極めるであろう事も、今の男であれば容易に叶えられる。躊躇する必要も無い。


 男はゆっくりと夜の街へ歩き出していった。









 いつもの学校。いつもの休み時間。


 まもなく授業が始まる頃合だが、丈一郎に梅芳やその他の級友達は例のボクシングゲームの攻略談義に夢中であった。


 「だから4面のボスが三十秒でパワーアップする前に連打で片付けちまえばいいんじゃないのか?」


 「っても三十秒でノーミス250コンボだぞ?ウメ出来んのかよ」


 「出来るかよ!そうなるとパワーアップ後の10枚殴りを六回だっけ?そっちでどうにかしないとな、丈は三回まで抜いたんだっけ?」


 「ああ、でも四回目まで息が持たなくてなぁ、いっその事……」


 予鈴が鳴っているにも関わらず教卓辺りでだべっている丈一郎達にシビレを切らせて、怒り肩で委員長の寅子が近付いてきた。


 (あ、ヤバ)


 丈一郎はもう見慣れた寅子の怒りの表情に話を済ませようとしたのだが、機を先して寅子が男子の輪の中に入ってくる。


 「ちょっと、もうベル鳴ってるんだけど」


 「ああ、委員長。もうちょっとで話し終わるから」


 「そういう問題じゃなくて……」


 呑気そうにヘラヘラと言う梅芳に寅子の怒りのボルテージが一段上がる。


 「まぁまぁ、まだ先生来てないじゃん」


 「そうそう、あまりカリカリしてるとカルシウムが足りなくなって背が伸びなくなるよ。それにグラマーなボディの人って優しい人の方がなりやすいとかナントカ……」


 (やめろアホ!)


 寅子の右腕が無言で振り上げられた。丈一郎は思わずその殺気立った気配に、迂闊な事を口にした級友を突き飛ばし間に入る。


 「!」


 怒りに満ちた高速の平手打ちが目の前の丈一郎の頬にヒットした、直後。


 ゴォッ。


 とあまり間近では聞いた事の無い、ジェットエンジンのような音を立てて丈一郎が真横にすっ飛んだ。クラスの全員がまばたきも忘れ見ているその前で、気絶したままの丈一郎はそのまま窓を突き破り三階から校庭に落下していった。









 「よく死ななかったわね」


 すっかり担ぎ込まれ馴れたV-ルゼスタのサブメディカルルームのベッドで寝ている丈一郎に、呆れた顔でハルナがそう言った。


 「……俺もそう思います」


 丈一郎はそう答えて、横の椅子でショボンとしている寅子に目をやった。


 寅子は落下した丈一郎を回収すると、責任持って病院へ搬送すると担任に伝えそのまま丈一郎をV-ルゼスタまで運んだ。首にはゴツイギプスが嵌められている。他にも右上腕部と左脛部に骨折、ガラスによる頭皮裂傷、打撲八箇所、脳震盪、左親指爪損失、左上犬歯欠損と散々な有様だ。


 「まぁ生きていればそれなりに治せるから、そんなに気にしなくてもいいわよ」


 ハルナが他人事のように寅子にいつものウィンクをした。


 (治りゃいいってもんでもないんじゃねえか?……)


 丈一郎がバレない様に心の中で溜息をつく。


 「それにしても……寅子ちゃんだっけ。前からそんな怪力系女子だったの?」


 「ち、違います!アイツらに改造されてからです!……普段は抑えられているんですけど、気を抜くとすごい力が出ちゃって……」


 泣きそうになりながら寅子はそう言った。家でもコップやドアノブを壊してしまったと、丈一郎はこっそり聞いている。あと父親とケンカした時にひっぱたいてしばらく寝違えたみたいに父親の首の角度がおかしくなってしまった事も。


 「私の体……元に戻らないんでしょうか……」


 寅子の怪力の原因は、どう考えても『ビゲル・ゲフィズン』の科学者。パズニベーノの改造手術の影響に間違いなかった。ハルナは寅子の細胞をいくつか採取し銀河連邦警察の鑑識課に送って調査を依頼したが、その構成は高度かつ複雑で素体である寅子に後遺症の無いように元の状態に戻すためには研究時間が必要だという返答が帰ってきたのみである。


 「医療研究班の方でワクチンを作ってもらっているけど……難行してるみたいでね、もうしばらく時間をくれないかな」


 「はい……」


 申し訳無さそうに言うハルナに寅子もうなだれながら頷いた。あまりに雰囲気が暗くなってきたので丈一郎が明るく言う。


 「ま、まぁホラ!普段は制御できてるしさ、変身だってコントロールできてるんでしょ?周りから見たら今まで通りの委員長だよ」


 「でも……寝てる時とかに無意識で変身しちゃうこともあって……朝起きたらパジャマが滅茶苦茶になってる事も……」


 丈一郎はその光景を想像してうっかり唾を飲み込んでしまった。


 「そ、そうなんだ。でも委員長の変身した姿はさ、カッコいいし何より大人っぽいというかセクシーというかスイマセンもう言いませんから殴らないで下さい」


 うなだれたまま寅子の右腕が高々と上げられたのを見て丈一郎が毛布を被る。


 「丈一郎君はああいうのが好きなんだ、ふーん、へー……」


 「最低ですよね……」


 女性二人から酷く冷ややかな視線をもらい丈一郎は縮み上がった。贔屓目に見てもからかっていると言う様子は皆無である。


 (ちょっとしたジョークじゃねーかよ……)


 毛布に包まってミノムシみたいになっている丈一郎をよそに二人は話を続けた。


 「と、言うわけで寅子ちゃんにはコレをあげましょう」


 「これは?」


 ハルナは寅子の腕に、丈一郎に渡したものに似た通信機能付きのリストウォッチを手渡した。デザインはほぼ同じだが、バンド部分が少し分厚くなっている。


 「丈一郎君に渡した通信機と同じものなんだけどね……寅子ちゃんの変身ってどうも血圧の上昇が関係してるらしくて。でこのバンドには興奮を抑えるα波増幅装置と血圧を下げる薬を投与する小さい注射針が付いてるの」


 (老人向けの健康器具みたいだな)


 と聞いている丈一郎は思ったが黙っておいた。


 「手首にキズは付かないようになっているけど、ちょっと痛みはあるの。でもよっぽど意識的に変身しようと思わなければ抑えられると思うわ……使ってくれる?」


 「は、はい!ありがとうございます!」


 喜んでリストウォッチを巻いた寅子に、ハルナも満足そうに笑顔を見せた。そこに、いつものようにコロンボ田中氏がスライドドアを開けて入ってきた。


 「やぁ丈一郎君……どうした、今日は随分と重傷だな。そんなに激しい訓練だったのか?」


 「いや、これは……」


 返答に困っている丈一郎の横で、ハルナがいつもの小言を言う。


 「田中さん、いつも言ってますけどね、何回言ったら……」


 「あー、スマン。しかし『ビゲル』絡みと思われる事件がまた発生してな」


 三人の間に緊張が走る。コロンボは愛用のボロいカバンからまたワープロ出力の資料と何枚かの写真を取り出した。


 「隣町での事件だ。成分不明のガスで突然眠らされてある物が盗まれるという事件が多発していてな、被害者は老若男女問わず既に十三件……どうも怪しい怪人が絡んでいるらしい」


 「怪しい怪人って、日本語がおかしいですよ」


 真面目に仕事をしているコロンボに対し、ハルナが冷たいツッコミを入れた。


 「気をつけよう……レイヴァン君は?」


 「北方銀星団雲の近くで悪さしているっていう海賊の本拠地のガサ入れに連れて行かれたわ。うまく行けば明後日の夜には帰ってくるでしょうけど」


 「じゃあ彼が帰ってくるまでは地道に調査をするか……今回は安さんにも手伝ってもらって、犯人らしい人物の目星は付いているが、怪我人の丈一郎君を連れて下手に乗り込んで取り逃がしても困るしな」


 丈一郎は恐縮そうに首をすくめた。


 「すいません。すぐ治るらしいんで。で、コロンボさん、盗まれたものって何ですか?」


 「メガネだ」


 「メガネ?」


 意味が良くわからないという三人に、コロンボも両手の平を上に向け、俺にもさっぱりだというジェスチャーを返した。











 パズニベーノは不機嫌だった。


 せっかく怪人やモヴァイターの体調を維持する大事な健康食(豆腐)工場の工場長を奪還されたのもあるが、これは自分の不始末でもある。パズニベーノは自分のミスで部下や物に当り散らすような人物ではなかった。


 が、部下の不始末には人一倍厳しい。


 「で、なんだと?よく聞こえんかったからもう一回言ってみろ」


 確実に聞こえているだろうそのもの言いに、白衣を着た三人のモヴァイターが震え上がり背筋を伸ばした。右端の一人が視線を上司に合わせず、天井を見ながら半ばやけっぱちに大声を上げる。


 「ハァッ!我々の不始末で被験体三号が逃走してしまいましたァッ!」


 「…………」


 パズニベーノもまた三人の部下と眼を合わせようとしない。今改めて報告をした、地球人で一番最初に『ビゲル・ゲフィズン』に拉致されパズニベーノの助手になるべく洗脳を受けた男にはわかっていた。この偏屈なマッドサイエンティストは今冷静なのではなく、怒りをなんとか抑え込み自分達の処遇を決めるために、正常な脳の部分をキープしようとしているのだと。


 それがむしろストレスとなり余計にパズニベーノの怒りが蓄積されるのだが。


 「被験体三号と言えば『あの』ガスを仕込んだ肥満体か……洗脳処理も済んでいない。殺傷性能は皆無だが、お前達、奴がコントロールできないまま外に出ればどんなトラブルが起きるかわかっててそういうフザけた報告をしているのだろうな?」


 「…………」


 静かな物言いに今度は三人が言葉を失う。


 「で、実際逃がした時監視についていたのはどいつだ?」


 報告をした右端と中央のモヴァイターが残る左端の一人を黙って指差した。差された一人があわてて隣二人を見やる。


 「お、お前ら、これは連帯責任だって……!」


 「貴様か……」


 パズニベーノはゆっくりと立ち上がり、猛毒を持つコブラのような目で左端のモヴァイターを睨みつけた。それは最早出来の悪い部下を見る目ではなく、もっと残忍な視線となっていた。


 「次の実験はお前を使ってやろう、カバ……とか言ったか。あのユーモラスな生き物と一緒にしてやる。複雑で成功する見込みがあまり無いから始めなかったが丁度良い。なに、失敗したらアフリカにでも送ってやるから安心したまえ」


 左端の一人が顔面を蒼白にして(仮面の下なのでわからないが)みっともない動きで回れ右をし、研究室から逃げ出そうとしたが、その足元の床に穴がばっくりと開く方が早かった。


 「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ………」


 奈落まで続いているのかと思わせるほど遠く、悲鳴を上げながら落ちてゆくモヴァイターを見送ってパズニベーノはその床の穴を元通り塞いだ。それからその横で固まっている残る二人に怒鳴りつける。


 「何をしている!三号を探し出せ!お前達も実験に回されたいのか!」


 その怒号を聞き終える前に二人のモヴァイターは実験室から脱兎の如く駆け出していた。





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