潜入(後)
「な……なんだ……?」
倉庫の地下に非合法に建設された地下豆腐工場、そこでモヴァイターの監視の中、連日豆腐作りに従事させられていた<豆腐の水宮>主人、水天宮満夫は、地上から響く振動に気付き天井を仰いだ。地震ではない、何か多数の人間が暴れているような音、それにかすかに爆発音のようなものも聞こえる。
「おい、何が起きているんだ!」
水天宮は作業の手を止め監視員に訊いたが帰ってきたのは痛烈な電磁ムチの一撃であった。
「ぐぅ!」
「お前には関係無い、黙って今日の生産ノルマをこなせ!いつもより遅れているぞ!」
(ち、畜生……!)
数日前に、この奇妙な男達に誘拐されて以来、この工場に放り込まれて豆腐を作らされる日々が続いていた。迂闊にも脱出の隙を伺って、娘に脱出の手伝いを頼むメールを送ったことがバレてしまい、その娘もこのふざけた集団に捕まってしまったらしい。お陰で水天宮は逃げる事もままならず、言う通りに豆腐を作る仕事を強制させられていた。
(なんだってんだ……コイツら、あきらかに地球人とは思えねぇ技術を持ってやがる……そのくせ豆腐なんかを作らせて、どうしようっていうんだ)
毒を混ぜて集荷でもするのかとも考えたが、作った豆腐は水天宮氏の前でしっかりパックした挙句、ご丁寧に賞味期限までプリントされていた。自分が一から十まで生産工程を確認しているが、毒や不純物が混入している形跡は無い。100%、自慢のいつも店で売っている豆腐そのものだ。
(寅子……お前は無事なのか……?すまん、父ちゃんのせいでこんな事に……)
苦しみながら作業を続ける水天宮の前で、こちらをじっと監視していた仮面の男の体がぐらり、と揺れた。ドサリと音を立てて倒れた仮面の背後の通路からひょっこりと、頑強な肉体を持つクセ毛の男と、レインコートを着た中年の妙な組み合わせの二人が顔を覗かせる。
「どうやらビンゴのようだ」
クセ毛の男、レイヴァンが満足そうにニッコリと笑って手刀を納めつつ工場に入ってきた。コロンボもその後に続き工場を見回す。
「驚いたな、本格的な豆腐工場じゃないか……お前さん、なんでこんなに豆腐作らされているんだ?」
その話しぶりに、仮面の連中とは仲間ではないと判断した水天宮がキレ気味に帽子を床に叩きつける。
「こっちが聞きてぇや!いきなり人をさらって朝から晩までひたすら豆腐を作らせやがってよ!」
「……それは、貴方の毎日の仕事ではないのですか?」
レイヴァンが冷静に尋ねたが、水天宮の怒りは治まるはずも無い。
「それとコレとは話が別だ!で、なんだ、助けに来てくれたのか?しかし、ここには娘が……」
急に弱気な顔になる水天宮の手を握り、レイヴァンは力強く頷いた。
「わかっています。娘さんも必ず救出します。ここは我々と共に来て下さい」
「おおっ!ありがとう、ありがとう!」
涙ながらにレイヴァンにしがみつく水天宮を見やりながら、コロンボは慎重にコートの下から愛用の拳銃を抜いた。丈一郎の陽動のおかげでこの工場の周りの警備は薄くなっているが、やがてこちらにも追っ手が来るだろう。
「まずは、脱出だな」
レイヴァンも水天宮をひきはがしながらコロンボに頷いて見せた。
モヴァイターを三十人も殴り続け、いい加減丈一郎も疲れてきたし、飽きてもきた。
(レイヴァンさん達……まだか?)
最後に襲い掛かってきた一人にコブラツイストを掛けて黙らせる。倉庫内に再び静寂が戻った……が、丈一郎は緊張を解かなかった。
背後から忍び寄る殺気にゆっくりと振り向く。
「随分と人の敷地で派手に暴れてくれたのう……」
予期していた通り、そこには例の老人、パズニベーノと、既に変身を終えて妖艶な肢体を露わにしている寅子が立っている。
「今度こそお前の装備を頂くぞ、行け!アバズレ…」
ギロッと虎のマスクの下から寅子がパズニベーノを睨みつけたらしい。老人はビクッと肩をすくめてから咳払いをした。
「もとい、行け!ハレンチックタイガー!」
瞬間、丈一郎の目にも止まらない速さで、ローリングソバットがパズベニーノを吹き飛ばした。哀れ老人はホコリだらけの倉庫の床をゴロゴロと転がっていく。
漫才のようなやり取りを見ても、丈一郎は戦闘態勢を取る事は忘れていない(呆れてはいる)。寅子の跳躍。闇の中に白銀の装甲と白い肌が舞う。
「どうして来たの!?」
巨大な剛爪と共に放たれた批判するような声は、間違いなく水天宮寅子のものだった。丈一郎は視神経と筋肉を研ぎ澄まし、寅子の突きを手首の内側から弾きつつ攻撃をかわした。
「お父さんが、捕まっているから、ッ!こんな、事を!?」
二発、三発と突きをかわし、さらに高速のローキックをジャンプで避けながら丈一郎は問いただす。寅子は攻撃の構えを解かず、ただ小さく頷きを見せたようだった。
丈一郎は悪いと思いながら、追い詰められた位置関係を逆転させる為にも攻勢に転じた。大きく飛び上がり寅子の肩口目掛けてキックを放つ。下手をすれば異常な切れ味を持つ爪にカウンターを貰いかねないが、戦い慣れていない寅子はそれをギリギリで避けるのが限界のようだ。
(怪我をさせないように攻めれば、時間は稼げる!)
着地と共に素早く寅子の背後に回りこみ、羽交い絞めを仕掛けながら耳元で小声で囁いた。
「今、仲間が君のお父さんを助ける為に潜入している!だから…」
「本当!?」
同じように小さく驚きの声を返す寅子に、早口で丈一郎も答える。
「ああ、だからここは俺に合わせて時間稼ぎを……」
「それは、いいけどっ、そんなに胸、掴まないでっ!」
仮面の下の頬を染めて寅子が文句を言う。必死で気が付かなかったが、丈一郎の両手はこれ以上なく寅子の豊かに育った胸を締め付けていた。
(これは……確実に梨依菜以上!でも普段の委員長はそんな……)
丈一郎とて年頃の男子高校生。青く盛んな性欲の前に我を失いそんな事を考えていると、雷の如く鋭いエルボーがバトルギアコートのマスクに突き刺さった。丈一郎はなす術もなく吹っ飛ばされ地に伏す。
「ぐ、うおおおおおお……」
生身で喰らえば鼻血どころではすまなかっただろう。ヘルメットの中で表示されるダメージ管理モニターには、頭部の装甲にヒビが入った事を示している。
丈一郎が視線を上げ寅子を見ると、結構マジで怒っているようだった。
(そんな露出度高い格好しなけりゃいいのに)
などとある意味勝手な文句を言おうとしたが、その前に寅子が素早く踏み込んできた。五メートル以上の距離が二歩足らずで詰められ、美しい脚線美を持つ脚が振り下ろされる。丈一郎は慌てて地面を両手両脚で弾き飛ばすようにしてその蹴撃を避けた。どう見ても手加減しているような技ではない。
「何かいやらしいこと考えてたんでしょ!」
「いや!委員長、待って、待って!!」
「加賀君のバカ!エッチ!ヘンタイ!」
まるで竜巻だ。ピンクと白の装甲が渦を巻くようにして何発も回し蹴りが放たれる。丈一郎は完全に反撃の隙を見つけられず、天災の前に慌てふためく動物のように逃げ惑った。
(時間稼ぎに付き合ってって頼んだじゃん!)
怒りを伴った打撃の嵐に丈一郎はまたも壁際に追い詰められた。そこにパズニベーノの高笑いが響く。
「フォフォフォ、銀河連邦の手の者も随分質が落ちた様だの。いや、我輩の発明の前では何人も平伏すしかあるまいが」
いつの間にかコンテナの上から老人、パズニベーノが見下すように立っていた。満足そうな顔でアゴを撫でている。
「どうした?逃げているだけではまたやられてしまうぞ?」
挑発的な老人に、丈一郎は返事の代わりに銃口を向けた。
(怪人の仲間なら、死にはしないだろう!)
警察の仕事であれば、犯人の射殺は避けねばならないが丈一郎も我慢の限界を迎えていた。コイツがいなければ寅子や露出狂のように怪人に改造される被害者を出すことも止められる。仮に死んでも知った事か!と悪の博士に対し丈一郎は引き鉄を絞った。
「レイジングシューター!」
イエローの光が勢い良く迸り、闇を裂いてパズニベーノに突き進む。光線が小さな老人の身体を貫く、と思われた瞬間。
ギィン!
パズニベーノの前に複雑な幾何学模様を描く無数の光が奔り、丈一郎の光線は耳障りな高音と共に弾かれた。光線は天井に向かい易々と大穴を明けて夜空に消えてゆく。
驚きで目を見開いた丈一郎に老人は勝ち誇った表情を向けた。
「ふん、私をネイキッドーベルやモヴァイターと同じように考えてもらっては困るな……それに私が死ねば、その娘が元に戻る方法も失われるぞ?止めを刺せ!ええと……タイガー!」
威張った割には、寅子の怒りに触れるのが怖いのか、パズニベーノがいい加減な命令を下す。寅子もゆっくりと腰を落とし爪を構え、獰猛な野獣のように機を伺うようにした。屋根に空いた穴から月光が降り注ぎ、彼女は恐ろしくも美しい白虎の化身に見える。
(委員長も、俺達の作戦に合わせてくれるはずだ……よな?)
その時、ヘルメット内部の通信スピーカーにコール音が響いた。同時に寅子の爪が銀の弧を描き袈裟懸けに振り下ろされる。
来た!
「ジェイガー・ロッド!」
丈一郎はロッドを抜き、輝く光の粒子コートを掛ける。ロッドでその爪を打ち払いながら通信回線を開くとレイヴァンの声が荒い息遣いと共に届いた。
『すまないジェイガー!待たせた。水天宮氏は我々が救出し、安全な所へ退避させた。君も脱出してくれ!』
「わかりました!」
作戦は達成した。しかし寅子を置いて自分だけ脱出する事は丈一郎には出来なかった、何とかして寅子も助けなければ。いい加減息も上がってきた身体を叱咤して、連続で振り回される爪を光杖で弾きながら寅子に叫んだ。
「委員長、お父さんの救出に成功した、もう戦わなくてもいい、俺と一緒に来てくれ!」
ぴた、と寅子の動きが止まる。が、低い攻撃態勢は解かれない。
「本当なの……?でも……」
「本当だ、俺を信じてくれ!」
『ジェイガー、外部スピーカーをリンクしてくれ!』
(!)
レイヴァンの指示に反射的にヘルメットのボタンを押す。側頭部の装甲が僅かに開き、スピーカーが露出した。
『寅子、父さんだ!この人たちの言う事は本当だ、言う通りに逃げるんだ!』
レイヴァンよりもさらに慌てた男性の声がスピーカーから倉庫内に響き渡った。これが寅子の父親の声だろう。寅子は信じられない、といったように口元に手を当てる。
「チィッ!小ざかしいことを!」
コンテナの上のパズニベーノが小型の銃を抜き寅子に向けるのを見て、丈一郎はその間に立ちはだかった。
キィン、キィン!と甲高い音を立ててバトルギアコートが攻撃を弾く。足元に転がったのは弾丸ではなく、液体の付いた細い針のようなものだった。
(麻酔銃か!?……!)
コンテナの方に再び視線を向けた時には、パズニベーノは白衣を翻し姿をくらませていく寸前だった。
「フン、タダで帰れるとは思うなよ!」
「ま、待て!」
反射的に追いかけようとしたが、目の前のコンテナがいきなり燃え出した。もくもくと立ち昇る黒煙に目を奪われていると、他のコンテナも同じように火に包まれ始める。
「委員長……!」
「で、でも、私の体……元に戻すには……」
どうしたらいいかわからない子供のようにブルブルと震えている寅子の両肩を、丈一郎はがっしりと掴んだ。
「必ず委員長の体は元通りに戻す!俺が協力するから、今は……このままじゃ二人とも焼け死んじまう!」
丈一郎の必死の説得にようやく寅子も頷き、二人は倉庫の壁を蹴破って脱出した。レイヴァンとコロンボが丈一郎達の元へ駆け寄ってくる。二人がお互いの無事を確認して振り返ると八番倉庫はコンテナの炎上に耐えられず火だるまになり始めていた。
「大丈夫か!?」
緊張した面持ちで問うレイヴァンに、『電装』を解除してへたり込みながら頷く丈一郎。その横で頭部装甲をはね上げて素顔を晒した寅子と、父の満夫が抱き合って再会を喜んでいる。
「お父さん!……よかった、無事で……私……」
「すまんかった、お父さんのせいで……でも生きていてくれてよかった……俺は、それだけで……」
丈一郎は泣き崩れる親娘の姿に『ビゲル・ゲフィズン』の脅威を実感し、燃える倉庫を険しい眼差しで睨みつけた。