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 アスタリスク先生の研究室にいたのは、私とアスタリスク先生だけではなかった。もう一人、とっても影が薄い少年がいたのだ。


「おやおや。捕まってしまいましたか」


「っ放せよ!」


「いけませんよ。女性に乱暴を働いては。それに、ルール違反だ。ジャックくん」


 先生は薬缶からお湯を注いで群青のマグカップに薬草茶を入れながら言った。私の渾身の力で捕まえている腕を振りほどこうとしていた少年は、アスタリスク先生の言葉に静かになる。


 私は彼の手を引いて、アスタリスク先生と私の椅子の側に椅子を置いて座らせた。アスタリスク先生もその椅子の前にマグカップを置く。


「さあ、観念してお茶をどうぞ。君は捕まってしまったのですから」


「………チッ」


 ブスッとした顔をしていた少年だが、仕方がなくといった様子でマグカップに手をつけた。


 そして場が落ち着いた頃に、アスタリスク先生が口火を切った。


「ベルリナくん、よく気がつきましたね。私でもジャックくんを見つけることは難しいのですが」


 秘訣はなんですか、と聞かれた。私は種明かしをすべく、マグカップを置いた。


「昨日先生が教えてくれたじゃないですか。『明るい人』に見つからない術を持っている人って。私、考えたんです」


 先生の言う『明るい人』は、私の【明所恐怖症】を捩った物言いで、存在値の高い人であることは分かる。だからその後だ。


 見つからない術。


 存在値の高い人は大体能力が高い。そんな人から逃れられる人も、普通なら同じぐらいそんな存在値の高い人なのだろう。

 だが、アスタリスク先生が私にヒントをくれると言うことは、私と対面しても大丈夫な存在値しかないはずだ。


 それならば、その人は、特殊なギフトかスキルのようなものを持っているのだと考えられる。―――それはまるで、透明になるような。


 そこで思い出したのが、アスタリスク先生が最後に淹れていた薬草茶。先生は、客人に淹れたてのお茶しか出さないと知っている。だが、先生の所に訪れる人は少ないし、時間を特定するなど不可能だ。

 だから、―――もしもあの研究室に既に客人がいたのなら?


 私はそう考えた。

 そしてダメ元で、新しいヒントを貰えたら良いな、ぐらいの気持ちで研究室に訪れたのだが。


「まさかの、ビンゴです」


「ベルリナくんはよく見ているねえ」


「マジかよ……先生のせいじゃねえか」


 のほほんとしたアスタリスク先生とは対照的に、少年は頭を抱えて項垂れていた。


「それで秘訣、なんですけどね?その前に自己紹介とかしても良いですか?」


「もちろんどうぞ」


「ありがとうございます。

 私はベルリナ・スクローです。年は16歳。第三学年の生徒です。【明所恐怖症】というギフト持ちですが、意味は分かりますか?」


「分かる。………昨日聞いたから。

 あと、俺はジャック・オクレール。あんたと同じ第三学年だ」


 昨日いたのか。私は予想が当たったことを悟る。オクレールくんが今使っているマグカップと、昨日先生が使っていたマグカップは同じものだから。予想が当たると少し嬉しくて満足だ。


「同い年ですか……」


「なにか文句あるのか」


「いえ」


 そんなやり取りをして、会話を続ける。

 ガキっぽくて同い年に見えないとか言わないよ。


「……んで?俺を見つける秘訣はなんだか教えてくれるって言ったよな?」


 がっと腕をくんでふんぞり返り、足を投げ出した少年は、貴族だろうにそうは見えない所作だ。偉そうなところは間違ってないのかもしれないけど。


「ええ。私も初めて見たのですごく驚いたんですけど、あなたは不思議です。……いえ、異常……?」


「………異常、か」


 オクレールくんは自嘲するように笑った。その表情に隠された昏さに、私は言葉選びを間違えてしまったかと考えたが、私は自体これがどういうことか分かっていなかった。


「………あのですね、私は存在値が低すぎる人って、アスタリスク先生しか知らないんですけど……先生ですら存在値が10もあります。でもあなたは、7もない」


「それはおかしいの?先生が10ならおかしくないんじゃないのか」


「いいえ。普通は20前後です。15ないと隠密ができる程度には影が薄い人間です」


 そう言えば、二人してうーんと唸った。


「そんなにおかしかったのか…。目立たなくてすごく便利だったんだけど、もっと存在値あげた方がいいのかなあ……」


 アスタリスク先生髭もない顎をさすりながらはそんなことを呟いていた。……あの、存在値の変化ってそこまで多様にできるんですか。1か0みたいな感じなんだと思ってました。


 のんびりと呟いていたアスタリスク先生とは対照的に、オクレールくんはそれどうしたら良いんだよ、と考え込んでいる。


「それに、オクレールくんが変わっているのは、存在値が激しく上下することです」


 存在値何てものは、成長とともに緩やかに変化するものだ。まかり間違っても0から7に上がったりするものではない。いや、0というのも違う。最初私の目に彼の存在値は写らなかった。


「存在値がないものって、何でしょうね」


 私は思わずそう呟いていた。彼のことがさっぱり分からなかった。


「私はずっと、存在値がないものは、すなわち存在しないものだと思っていました。この世にあるもの全てに存在値があると思っていた。でも………アスタリスク先生がオクレールくんの方へ目を遣るまで、そこには何もありませんでした」


「それが何?」


「そして、アスタリスク先生が目を遣った瞬間にオクレールくんの存在値が1になりました。私がオクレールくんを認識できて、7に上がりました」


 アスタリスク先生もオクレールくんも首を傾げていて、このおかしさを分かっていないみたいだった。けれどそれも仕方がないと思う。私と違って存在値を認識したことのない人だから。


「とにかく、それはおかしいことなんです。認識するまで存在値がないというのは」


 でもそれが私を助けてくれる。私は鮮やかに笑ってオクレールくんに頼んだ。


「オクレールくんのその体質、私にも影響させることはできませんか?」


「嫌だ。出来ない。それにできたとしてもしない」


「優しくない返事ですね。ここは同学年のよしみで」


 すげなく袖にされてしまい、私は苦笑いをする。だが、オクレールくんの態度は軟化しない。


「じゃあ、取引というのはどう?私は君の能力のことを誰にも話さない。その代わり、君は私の手助けを一時的にしてくれればいい」


 こういう脅しは好きではないが、命が懸かっている。手段を選ぶ私でない。


「そうだね。最初に私の父に話そうか。父なら陛下の懐刀として君をきっちりと教育してくれるでしょう。次は父を通じて王太子殿下。殿下は君をよく使ってくれるに違いない。次代の王として、地盤を固めるために」


「なっ………ふざけるなよ!」


 オクレールくんが立ち上がって私に掴みかかろうとした。けれどアスタリスク先生がそれを止める。

 もし私が言った通りに行動すれば、彼は血に塗れた道を歩むのだろう。否応なしに。


 まさか当て付けのようにそんなことをするつもりはないが、それぐらいしてでも従ってもらいたい。


 私は目に力を入れて、オクレールくんと対峙した。

ありがとうございました

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