プロローグ
広く広く、どこまでも広がる青空を、ただ、見つめる。
それが、彼の習慣だった。
その瞳はまるで吸い寄せられるように青空を映し込んでいたが、それは傍目には、暇そうな青年がぬぼっと突っ立っているという認識をされただろう。彼はひょろりと縦に長い背中を丸めていたから、余計である。
乾いた冷たい風が身体を丸めさせる季節ではあるが、彼のその猫背は普段からのものだ。
若白髪の目立つその青年は、閑静な住宅街の中の道をのそのそと歩いていた。
青空に惹かれるように出てきて、そのまま散歩に入ったのである。
特に当てもなく気まぐれに、ぶらぶらと、彼は小さな公園に入っていく。
主な利用者である子どもたちは学校に行っている時間なので、他に人影はない。
寒い、と言わずもがななことをぼそりと呟いて、彼は寂しい風情のブランコにちょんと腰を下ろした。
ギィ、と軋む音がする。
なおも空を見上げつつ、今日の青もいいなァ、と彼は心の中でしみじみと呟いた。
風は冷たいが、青空に白い雲がぽかりぽかりと浮かび、陽射しは心地良い、そんな午後だ。
昼寝の誘惑も捨て難かったのだが、外に出てきたのはやはり正解だった。
これで甘い物があれば最高だ。
と思えば、彼はポケットから当然のようにクッキーの入った袋を取り出す。
袋を開けると甘い匂いが広がって、それだけで幸せな気分になった。
ぼりぼりとクッキーを口の中に入れて噛み砕く。このサクサク感と絶妙な甘さ……。
満足感を噛みしめていると、後ろでがさがさ、と音がした。
何だろうかと振り返ってみる。
植え込みの中で、何かが動いているようだった。
「…………」
どっこらしょと立ち上がって、彼は好奇心のまま植え込みを覗いてみる。
ぴぃぴぃ、と高い泣き声が悲鳴のように上がっていた。
「あー……」
ぶつかったかどうかして、高いところから落ちてしまったのだろうか。
小さな鳥が、羽の付け根辺りから血を流して、もがいていた。
「うーむ」
少し困ったように首を傾けて、考えたのは一瞬。
彼は這いつくばるように手を伸ばして、小鳥を手のひらに掬った。
その怪我は深く、例え病院に連れて行っても助からないように見えた。
けれど彼は、左手に乗せた小鳥の上に、右手をかざして告げる。
「……もっと飛びたいなら、飛びな」
特に優しくもない、冷たくもない、言葉。
死にいこうとしている相手に向かって言う内容ではない。
しかし――。
不思議なことが、起こった。
みるみるうちに、小鳥のその傷が、消えていったのだ。
目を疑うかのような光景の中で、彼は平然とそのままでいた。
まるで怪我などなかったかのように、小鳥はやがてもがくのを止め、その足で立つ。
ぴ、と驚いたように手のひらの上で小鳥が立ち尽くしたのは一瞬。
次の瞬間には、空高く舞い上がっていた。
「おー……」
それを目で追って、彼は太陽の光に目を細めた。
高く高く、鳥は飛んでいく。
青空の中を。
「いいなァ」
青年は、切望するようにぽつりと零した。