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ブリキの心臓  作者:
サナ
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 ミシマ・オートマタの店内には、ずらりと機械人形が並んでいる。ブリキでできた小さな人形機械人形から、ミロやクロのような動物型愛玩機械人形、そしてサナのような大きさの実用機械人形まで。しかし、サナのような完全に人と同じ見た目をしているリアル・オートマタは一体もない。

 サナが作られてからすぐに、町の外で決められた法律でリアル・オートマタの製造は禁止された。人間そっくりのオートマタ、その生きていない機械を人と扱うのか、それとも物としてあつかうのか。禁止された理由はそういった『りんりてき』問題のせいだと、ミシマは言っていた。しかしオートマタであるサナには、そういった人間の問題はよく理解できなかった。

 人形達に埋もれるようにしてある小ぢんまりしたカウンターを抜けて、サナは小さな鉄製の扉をあけた。その奥が、ミシマの作業場になっている。鉄を打つカン、カンという鋭い音が、今も奥から響いていた。壁には無数の設計図が張り巡らされ、コンクリートの床には切断された鋭い切り口の鉄がばらばらと落ちている。大きな作業台の前に、背の高い、大きな人影がサナに背中を向けて鉄に向かっていた。

「ミシマ」

 サナはその背中に声をかけた。ミシマがハンマーを振るう手をとめて、こちらを見た。肩まで伸びた、軽くウェーブのかかった漆黒の髪。骨張っているが、広くしっかりした肩。ミシマは細く鋭い瞳でサナを睨むように見つめたが、再びサナに背中を向けると、凹凸を確かめるように軍手をはめた手で鉄を撫でながらぼそりとつぶやいた。

「…仕事だ。カウンターの下に箱がある。サクライのところにもっていってくれ」

「わかった」

 サナはうなずくと、ミシマの仕事の邪魔をしないようにさっさと作業場を出て行った。

 カウンターの下をのぞくと、ミシマの言っていたとおり、サナがやっと両腕で抱えられるほどの大きさの木箱が置いてあった。中をのぞくと、梱包材にくるまれた小さなオートマタが透けて見えた。女の子と、小さな犬が土台に乗っている。実用型ではない、見て楽しむだけの簡単な仕掛けが施された観賞用オートマタのようだ。サナは商品がきちんと梱包材にくるまれているのを確かめると、重い木箱を抱えて再び通りにでた。

 この町は中心にいけば行くほどに整備され、美しい石造りの建物が増えていく。サナが大通りに続く道を進むほどに、ぼろぼろのトタン屋根の家や工場が減っていくと同時に、頑丈なレンガ造りの屋敷や店が姿を現した。ベランダには色とりどりの花が咲き乱れ、むせかえる排気ガスの中に甘い香りをまき散らしている。歩道にはアンティークショップが連なり、ショーウィンドウには町中で作られている美しい工芸品が集められて並んでいた。ミシマの置物型オートマタも、どこかのショップに並んでいるはずだ。

 サナはたくさんのオートマタ達とすれちがった。四角柱を重ね合わせて人間の体を再現している、無機質な手足と胴体。無表情で、赤錆がついた鉄くずの顔。彼らはガタガタと音立てながら、大きな荷物を運び歩いていた。サナは彼らと同じ存在だった。ただ、その見た目のレベルが違うだけだ。

 大通りに出ると一気に視界が開けた。路面電車の線路が見え、町中の地区の方向を示す看板があちらこちらに設置されている。そして、町の中心にある大きな『中央広場』と、どんな建物よりも高くそびえ立つ町のシンボルである『カラクリ時計塔』が姿を現した。

 サクライの店は、中央広場をぐるりと囲んでいる大きな店の中のひとつだった。ミシマ・オートマタが軽く十件入りそうなほどの、巨大な屋敷だ。しかしそこにたどり着く前に、カラクリ時計塔の下に大きな丸いシルエットの人物を見つけて、サナはあっと声をもらした。

「サクライさん」

「おお、サナ」

 サクライが赤ら顔をくるりとこっちに向けながら顔をほころばせた。したたる汗を、青いギンガムチェックのハンカチでぬぐっている。

 サクライは、町の『中』と『外』をつなぐ商人だ。かっぷくの良い体に、いつもカーキ色のトレンチコートとキャスケットをかぶっている。

「待っていたんだ。商品はそれかね?」

「はい。お屋敷まで運びます」

「それは助かる」

 サクライはほっとしたように言って、屋敷へと向かった。サナは機械人形らしくなにも言わずに、彼の後に続いた。

 サクライの屋敷には町中の生産品が集められてストックされていた。外からの注文に合う品を屋敷内のストックから探す事もあれば、今回のようにあたらしくオーダーすることもある。屋敷の中は、無数の木箱や段ボールであふれかえり、ほこりっぽかった。薄暗い室内に、アーチ状の窓から差し込む昼の日差しが木箱の山を照らしている。

 ごみごみした積み荷に追いやられるようにして隅に設置されたテーブルの上に、サナは商品を置いた。待っていたとばかりに、サクライは木箱の中身をのぞいた。

「さすがだな、ミシマは」

 ほれぼれするような声でサクライは言って、オートマタを梱包材から取り出した。サナの頭二個分ほどの、観賞用の機械人形だ。楕円形の台の上、優しく微笑む少女と、穏やかな顔をした犬がポーズをとっている。サクライがいそいそと、オートマタにゼンマイを差し込んでギリギリとまわした。するとゼンマイバネと歯車が回るカタカタという音ともに、少女と犬がくるくると動き始めた。

 まるで命をふきこまれたかのように、少女と子犬は楕円形のステージを走り回った。少女の細かい表情や目のうごき、風をうけてなびく犬の耳。少女の笑い声と、犬の嬉しそうな息づかいが今にも聞こえてきそうだ。

「あのぶっきらぼうな男に、どうやったらこんなに美しくて愛らしい人形が作れるのか…まったく才能とは不思議なもんだね」

 満足げにそう言って、サクライは動きがとまったオートマタを再び梱包した。明日にでも町の外にいる依頼主に届けられるという。サクライはサナがもってきた証明書にサインを書き込みながら、ぶつぶつと続けた。

「まあ、ミシマにはこんな観賞用の機械人形をつくることなど朝飯前なんだろう。なんせ、君みたいなリアル・オートマタをこの世に生み出しているんだから。どうやったらこんなに人間に近い人形ができるのか…商人の俺にはわからんが、相当な技術だろうに。しかし、残念だね、町の外の法律でリアル・オートマタの製造が禁止されちまって…サナも、仲間ができなくて寂しいんじゃないのか?」

「ぼくには、よくわかりません」

 サナは短く答えた。サクライはちらりとサナを見ると、ふっと笑った。

「そりゃそうだな、お前はオートマタだ。まったく、見た目がこんなんだから、こっちもお前を人間みたいに扱っちまうよ。だから外は、この法律を作ったんだろうな」

 サクライは小さくため息をつくと、サナにサインを手渡した。

 その時、陽気な音楽が中央広場の方から聞こえて、サナとサクライは窓の外をみた。広場の中央にそびえ立つカラクリ時計塔が、午後の十二時をこの町に知らせていた。この角度からだと十分に時計塔の全体は見えないが、文字盤の上にある小窓から、少女と少年の機械人形がにこやかにあらわれて、楽器を弾きながらくるくると踊りだした。少年はアコーディオンを、少女はバイオリンをもっている。

 少年の体が、サナにはどこかぎこちなくみえた。アコーディオンをもつ手が、がくがくと震えている。

「ああ、そうだ」

 サクライが思い出したように言って、サナの肩に手をおいた。

「サナ、時計塔の人形の修理を頼めないか?」

「時計塔の?」

「ああ、あの少年の人形の動き、おかしいだろ?昨日からなんだよ。ミシマは五日ごとにゼンマイの巻き上げのために時計塔にくるが、それまであと三日あるからな。町長に、近いうちになおしてくれる人間を探しくれって頼まれていたんだ。もちろん作り手であるミシマに頼むのが一番だが…お前でもできるんじゃないか?」

「たぶん、できるとは思いますけど…」

「ああ、良かった。じゃあ頼むよ」

 サナの返事にほっとした表情で、サクライはサナに時計塔の鍵を手渡した。


 中央広場のカラクリ時計塔の機械人形を作ったのは、若い頃のミシマだと聞いていた。あれを作ったのは、彼がまだ十八歳の頃だったという。

 かつてのミシマは、町の住人から『いかれた人形師』として有名だったとサナは噂で知っていた。生きた人間には興味がない。どんな権力や金よりも、機械人形を愛していた。だから、妻と子供に逃げられたのだと。

 ミシマとはもう何年も一緒にいるが、サナが彼について知っていることは少なかった。彼は無愛想で、そして仕事以外のことはめったに喋らない。妻や子がいたらしいが、家族がいたと分かるようなものはミシマ・オートマタには何一つなかったし、そしてサナはあえて聞く気もなかったし、またミシマも、自分の話をすることはなかった。ただ、サナ自身もそこまで喋る事が得意ではなかったから、無口なミシマと過ごすのは心地よかった。

 サナは時計塔に取り付けられた鉄製の扉の鍵穴に、サクライから受けとった重々しい鍵を差した。ガチャンという音とともに、耳障りな音をたててドアが開く。時計塔の中は薄暗く、じめじめしていた。金属の手すりがついた階段が、くるくると回転しながら上へ上へと続いている。工具箱はもってきていないが、作業用に着ているエプロンの中には最低限の道具は入っていた。これで治る程度の『病気』ならばいいけれど、とサナは思いながら、果てしなく続く階段を上り始めた。

 半分ほどの高さまでくると、申し訳程度の明り取りとして設置されたアーチ状の窓から、茶色い町並が見渡せた。この町は城郭都市だ。サナが今いるカラクリ時計塔を中心に、町は巨大な円形の市壁に囲われ、許可無く壁の外に出る事はできない。無数に取り付けられた煙突から漏れだす黒い煙だけが、そんな決まりとは何の関係もなく、もうもうと立ち上っては町の外へと流れ出していた。

 中央広場を取り囲む、レンガ造りの美しい屋敷の屋根。それを中心に、放射状に広がっていく町並みは、町はずれにそびえ立つ壁に近づくほどに寂れていく。そのほとんどが鉄板やトタンを打ち付けただけの粗末な造りだ。赤錆で覆われた工場や店の屋根は不規則に並べられ、隙間無くぎっしりと市壁の中にしきつめられている。その群衆をかき分けるように、大通りや路地裏がうねうねと枝分かれをしながら、まるで川のように町に張り巡らされている。そこを通る人や自動車は、さながら町の血管の中を流れていく血のようだ。

 その時、カンカンという鋭い鐘の音とともに、路面電車が中央広場に入ってきた。時計塔のすぐ横に、駅が設置されているのだ。くすんだ赤と黄色の電車は、大きな音を立てながら中央広場に滑り込み、やがて時計塔の真下へと、サナの視界の外に停車して見えなくなった。

 町の外へ出るためには、この路面電車に乗らなければならない。この電車の切符を手にするということそのものが、壁の外に出る許可を得たということになるのだ。モモは、いつかこの路面電車に乗って外に行くのだと、毎日のように言っていた。しかしその切符はこの町で売っているどんな生産品よりも高額だ。モリタ・モーターバイクの賃金で、彼女が電車に乗って外に出られる確率がどれほどなのか。サナには想像もつかなかった。


 時計塔のてっぺんは、薄暗い階段と違って、半透明の文字盤から差し込んでくる日差しで明るい。大きな歯車が、振り子にあわせてカツン、カツンと時を刻んでいる。その斜め上にある板の上に、さっきまで陽気に音楽を鳴らしていた人形がいた。向き合ったまま止まった少年と少女のカラクリ人形は、まるで死んでいるかのようにじっと動かない。

 サナはさらに梯子をのぼって人形の修理にとりかかった。ドライバーで少年の体についた蓋をあけて内部をみてみれば、なんてことはない、壊れたミロと同じように、左腕の歯車がうまくかみ合っていないだけだった。サナは慣れた手つきで歯車が正しく自分の役目を果たすように調整をした。おそらくこれで明日の十二時、少年は再びミシマに設定された通りに陽気に手を動かすだろう。

 サナは工具をエプロンの中にしまうと、梯子を降りて薄暗い階段へともどった。腹がぐう、と音をたてて空腹を知らせる。サナには人間のありとあらゆる生理現象が再現されていた。店に帰れば、ミシマが昼飯を用意してくれているだろう。

 階段を降りる度に、鉄の板がブーツのかかとにあたってカツン、カツンと鋭い音をたてた。階段を降りる音がまるで振り子のようだとサナは静かに思いながら、ぼんやりと時計塔内部の壁をみつめた。

 その時だった。上から三つ目の踊り場に、来る時には気づかなかった一つの扉をみつけて、サナはふと足をとめた。

 赤錆のついた鉄製の扉。銀色のドアノブに埃がかぶっている。ゼンマイの巻き上げにくるミシマくらいしか出入りをしない時計塔だ。一体なんのための部屋なのか、サナには想像もつかなかった。サナは少しだけ躊躇った後、そっとドアノブを押して、部屋を覗き込んだ。

 小さな、倉庫のような部屋だ。錆びた鉄くずや工具、梯子や木箱が床にちらばっている。鼻を刺激するカビと埃のにおい。小さな四角い窓から、一筋の光が差し込んでいる。

 その光に照らされて、一人の少女が座っていた。

 その少女を見た瞬間、サナの胸にある歯車がコトンと大きく鳴った。まるで故障し、狂ったように、その振動は大きく、そして早くなる。少女は木箱にもたれかかるようにして座り、目を閉じている。眠っているようだ。長い黒髪に、白い肌。うっすら紅色がさしている陶器のような頬に、長い睫毛の影が落ちている。

 サナは両の目をいっぱいに見開いて、その少女をみつめた。ゆっくりと部屋に入って、少女の前にひざまずく。暖かい日差しに照らされたその少女は、ミシマが作る天使の人形に似ていた。その人形は、人間達から美しい、ともてはやされていた。サナはぼんやりと思った。この少女も、きっと、美しいのだ。

 サナはゆっくり少女に手をのばした。そしてその瞬間、鋭い痛みを指先に感じて、サナは小さく声をあげた。

 どうやら床に落ちていた針金に引っかかって、肌を切ってしまったようだ。切り裂かれた左手の人差し指の腹から、真っ赤なオイルがぷくりと漏れだした。その血と良く似た赤色は、まるで少女の唇の色を凝縮させて濃くしたような鮮やかさだった。サナは口にたまった液体をこくりと嚥下して、少女の唇を見つめた。

 ふっくらした桃色。無意識に、左手が少女の顔へと伸びていく。サナの視界で、自分の手が小さく震えているのが見えた。

 サナはオイルが流れている人差し指で、そっと少女の唇にふれた。ぷるりとした弾力のある感触。それは、人間の肌の感触だった。桃色の唇に、サナの手から溢れ出している真っ赤なオイルがついた。それはまるで大人の女がつける口紅のように、まだ幼い顔立ちが残る彼女の美しさを引き立たせた。

 その瞬間、サナの目の前で、少女がゆっくりと瞼をあげた。

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