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ブリキの心臓  作者:
サナ
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 サナは、オートマタだった。その皮膚は人工的につくられたもので、体には血と良く似た真っ赤な熱いオイルが流れている。転んで擦りむけば痛みを感じるし、人間と同じように考える事ができる。人間と同じものを食べ、飲み、成長して衰えることができる。しかしその胸に心臓はなく、そこにはただ丸い歯車が、まるで人間の心臓のようにコトン、コトンと一定の間隔で動き続けているのだった。

 サナは十四歳の人間の少年の形をしていた。サナが作られて一番最初に目覚めたのは、ミシマ・オートマタの作業場の地下にある、ほこりっぽい倉庫の中だ。初めてその両の目で見たのは、自分を作った人形師ミシマの薄汚れた革靴の艶。ミシマはサナの前で足をとめてしゃがみこむと、彼の顔をのぞき込みながら唇を動かした。

 サナはその映像だけは覚えている。しかしその時に聞こえた音を、言葉を、サナはすでに忘れてしまっていた。だからこの時のことを思い出そうとすると、サナの記憶の中のミシマは、サナが作られてから何度も彼に言ってきたことを、また繰り返すのだった。

『サナユキ、おまえは俺に作られたオートマタだ』

 サナはその時、まだ三歳の外見をしていた。そして時と共に、人間と同じように、現在の姿へとすくすくと成長していったのだ。


「ねえ、治る?ミロ、治る?」

 キャットのクロがブリキで出来た尻尾を軋ませながら、サナの靴をその前足でちょんちょんとつついた。サナはドライバーをもった手を休めることなく、器用にネジをまわしながら、そわそわしたキャットに答える。

「大丈夫だよ。ちょっと歯車がおかしな所に落っこちちゃっただけだから」

「本当に?」

 クロはかしゃん、と音をたてて瞬きをした。

 キャットはサナの住んでいる『町』で作られた動物型愛玩機械人形、サナと同じように、人間が人間のために作ったオートマタだ。それは猫とよく似た形をしていて、人間が可愛がりやすいように計算された愛らしい姿になっている。『町』でつくられたキャット達は、その多くが町の『外』の人間達に売られていくが、その三分の一がもう一度この町に帰ってくる。いや、いらないスクラップとして、捨てられてくる。

 クロも、そして今サナが修理しているミロも、そうしてこの『ガラクタ通り』に捨てられてきたキャットだった。町の大通りで薄汚れたブリキのキャットがうろつけば、たちまち役人に捕まって処分されてしまうから、多くの捨てられた動物型オートマタたちはこの裏路地を隠れ家にしている。野良のオートマタの数が犬型のドッグよりも、キャットの方が遥かに多いのは、ドッグは捨てられてからすぐに自分からスクラップになることを望むからだった。人間に忠誠を誓い、つくすことを目的に作られたドッグ達は、人間に捨てられてしまえば存在している意味をなくし絶望する。そしてみずからスクラップ工場へ行くか、または『ミシマ・オートマタ』のサナの元へやってきて、解体を依頼する。

 サナはこれまで何十体ものドッグたちをバラバラにしてきたが、キャットを解体したことはなかった。彼らは本物の猫のように、ドッグよりも自由奔放に生きる事をゆるされて作られているので、ミロやクロのように人間に捨てられてもしたたかに生きていくことができる。キャットがサナに依頼するのは、専ら彼達の『治療』だった。人間が町のドクターに診てもらうように、壊れたオートマタたちはサナに体内をいじってもらうのだ。

「ほら、できた」

 サナは満足げに息を吐くと、ミロの背中にある大きな蓋をカタンと閉じてネジでしっかりと止めた。しかしサナの膝の上でぴくりともしないミロに、クロはおろおろとした視線をサナに向けたままだ。サナはドライバーを工具箱にしまうと、これで最後の仕上げだというようにミロの尻尾をひっぱった。その瞬間、コトンコトンと歯車の回る小さな機械仕掛けの心臓の鼓動が、静かにサナの膝に伝わった。

 ミロがかしゃん、とブリキでできた瞼を開いて、作り物の目玉でクロを見つめた。

「ミロ!よかった」

 クロが尻尾をぴんと天に立てて、サナの足にすりよった。サナの膝にいるミロはきょとんとした顔でサナを見上げると、目の前にいるクロを不思議そうに見る。

「あれ、わたし、どうしちゃったの?」

「壊れちゃったんだよ。ほら、じゃれてて屋根から落っこちたでしょ?」

 クロの言葉に、白いキャットのミロは小さくうなずく。

「そう言われてみれば、そうだった気がするわ」

「サナ、ありがとう」

 クロはかつて人間から愛されていたであろう大きな目でサナを見上げながら言った。

「サナみたいな優秀なドクターがいてくれるおかげで、ぼくたちキャットは安心して暮せる」

「大げさだよ、修理くらいで」

「何言ってるのさ。キャットの間では、サナは神様のような存在だよ。その重い右手で、何体のキャットを救ってきたか、君は数えてはいないだろうけど」

 クロはそう言って、黄色い瞳でサナの右手を見つめた。

 サナの体は柔らかい人口の皮膚に覆われ、その見た目は完全に人間のそれだったが、唯一違っているのは利き手である右手だった。彼のその右手だけは、むき出しの金属で出来ている。

 はじめからではない。サナが作られたとき、右手はしっかりと人間と同じ形をしていた。しかし四年前、サナのその見た目が十歳になった時、ミシマがメンテナンスのために右手を付け替えたのだ。だが、サナに使われていた特殊な人工皮膚は、もう町では生産されていない。代わりにつけられたのは、町でそれこそ山の用に捨てられている、ブリキで出来た重い右手だった。慣れるのには時間がかかったが、今では前の手と変わらずに細かい作業まで難なくできるようになった。

 サナは何年も使っている大きな工具箱の金具をパチンと閉めると立ち上がった。クロとミロがサナを大きな瞳で見つめて鳴く。

「また来てくれる?」

「もちろん。じゃあ、またね」

 サナは重い工具箱を抱えると、日の差さないじめじめとしたガラクタ通りを歩き出した。足下には鉄くずがあふれ、道の脇には使われなくなった粗大ゴミが乱雑に置かれている。石畳や排水溝にはでらでらと光る機械油が漏れていて、サナの靴の裏を汚した。ガラクタ通りは『町のゴミ捨て場』と言われているだけあり、人の姿は無く、時折薄汚れたキャットがトタン屋根の上をコトコトと歩く音だけが大きく響いた。

 サナの視界の端で、二体のキャットが体を寄せ合って眠っているのが見えた。メスのキャットは左耳が欠け、オスの方は胴体が凹んでいる。まるでミロとクロのようだ、とサナは思いながらその脇を通り過ぎた。キャットはちらりとサナの方を見ただけで、何も言わずに再び目を閉じた。

 愛玩動物オートマタは、町で作られたどんなカラクリより人間じみている。人から捨てられたドッグの自殺とも思える行動や、クロとミロのお互いを大切に思うようないたわり合いがそれを顕著に現していた。それは彼らが、人間に愛情をそそぎ、そして注がれるようにと、人形師たちに作られているからだった。

 しかしサナにはそんな彼らの気持ちが分からなかった。サナは愛情を注がれるために、そして注ぐためにつくられているのではない。サナはミシマの役に立つようにと、自分以外の誰かの助けになるようにと、ただそれだけのために作られたオートマタだ。こうしてキャットの修理をするのも、そしてミシマの仕事を手伝うのも、サナにとってはオートマタとしてただの日常の一部、当たり前の行為だった。

 ガラクタ通りを抜けると、目の前を大きな自動車が黒い排気ガスを吐きながら通り過ぎていった。サナが住んでいるのは、町の西区、三丁目。ガラクタ通りから歩いて三分のひっそりした場所だった。小さな通りを挟んだ両側に、工房と店が立ち並んでいる。ガラクタ通りよりはいくらか小綺麗であるものの、日当りの悪さと空気の悪さ、そして石畳を流れる機械油と鉄くずは相変わらずだった。タナカ時計、オオキ楽器、モリタ・モーターサイクルの隣に、サナの住むミシマの店と作業場がある。ぼろぼろのトタン屋根の上、風化してすっかり朽ちている木の板の看板には、薄くなった文字で『人形屋 ミシマ・オートマタ』とかかれていた。

「あ、サナだ」

 モリタの店を通り過ぎた時、大きなバイクの影から高い声が聞こえてきてサナは足をとめた。タイヤの裏から、スパナをもったモモがひょっこりと顔を出している。くしゃくしゃした短い黒髪には寝癖がぴょこんと顔を出し、顔はバイクの修理のせいか黒く汚れている。

「おかえり、どこ行っていたの?」

「ミロが病気になっちゃって。治しに行ってきたんだ」

 モモは十歳の人間の女の子だった。捨て子だったモモは、このモリタ・モーターサイクルにもぐりこんでいたところを、店主のケイゴに見つかった。なんとか追い出そうとしても、モモは商品であるバイクから離れようとはしなかった。店の奥にある、年代物である大きな茶色いバイクにまたがって、『これで町の外に行く』と言ってはきかなかったのだ。

 結局、ケイゴはモモに雑用をさせて、帰る家のないモモをかくまっている。

「お、サナ、帰ったのか」

 店の奥から、汚れたツナギを来ているケイゴが顔をだした。短く刈り取った金髪に、耳には数え切れないほどのピアスが輝いている。ケイゴはまだ二十歳だったが、父親であるモリタが死んでから店主として店を切り盛りしていた。

「ミシマがお前の事探してたぜ。仕事を頼みたいってさ」

「わかった、ありがとう」

 サナはケイゴの言葉にうなずいて、すぐ隣のミシマ・オートマタの鉄製の扉を押し開けた。もう行っちゃうの、とモモが後ろで悲しそうに言うのが聞こえた。

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