Ⅰ <邪視> 第一章 世界の扉 2
遊具から離れた場所にぽつんと置かれたベンチに腰かけ、周囲の人の影を確認する。今朝は何か居たような気配がしたが、今はそんなことはない。
秘められたその力を封じている眼帯に指を掛け、一呼吸置きゆっくりと外した。かたく閉じた目を開き、足元に咲いた花に目を向ける。誇らしく咲いていた花は一瞬のチクリと刺すような私の目の痛みと共に、散るよりも無残な姿となってしまった。
相変わらずこの右目は異常である。いや、これがこの目の正常なのかもしれないと考えると、この先の人生というものとどう接していけばいいのか分からなくなる。社会において片目しか使えないのはハンディキャップになるのではと、不安がまた一つ増えた。
ふと思考という静寂の間を引き裂くクラクションの甲高い音が響き渡った。
乗用車の先にいたのは塾帰りの学童が怖気づいた表情で立ちすくんでいた。車のタイヤに目を合わせると、先程の花とは比べ物にならないほどの貫かれるような強い痛みと共にタイヤが全て破裂、ボディは学童の歩く道と反対の車線を超え、横転した。
幸い学童は無事で、怪我もなさそうである。ドライバーは一体どのような状態なのか確認できないが横転したところからも無傷はまずあり得ないだろう。
車両事故によって命を一つ救ったが、狭い路地で対向車もない状態での突然の事故の発生はあまりにも不自然である。タイヤが破裂して横転などあまりにも突然すぎる事態であった。
私は眼帯を付け直し、逃げるようにその場を離れた。公園から遠ざかり、事故現場も見えない距離まで遠ざかる。無意識に息を殺し、通り過ぎていく町並みも人の顔色もうかがう暇さえないまま、ただ流れる風のように私は帰路を辿った。
※
「見たか……今の……あっさり『壊した』……」
「やっぱり思った通り、いえ期待以上だわ。これであいつも動くはずよ」
「『KillEye』か?」
「ええ、楽しみだわ。元最強組織、これを聞いて黙っているとは思えない」
「ああ、間違いない。この情報は良い餌だ」
公園の対面に位置するアパートの屋上、そこに黒いフードの二人組は居た。天野雪梅の姿を監視し、情報を収集する姿は、一瞬の強い風と共にいつの間にか景色に呑まれるように消えてしまった。
明らかに現世のものとは非なる空気をそこに漂わせていたはずなのに、何事もなかったかのように人々が眺める日常の風景へ戻っていた。
声色から少年と少女であろうこと以外、この世界ではその存在の価値がいかなるものなのか見いだせない。ただどこからともなく現われては彼女を監視し、いつの間にか消えるだけなのだ。