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KillEye  作者: 来海 莉穂
序章 サリエルの目
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Ⅰ <邪視> サリエルの目


 人間は幼い頃、特に思春期に自分という存在が限りなくイレギュラーな存在であるかのような錯覚をする時期が来るという。特別視をすることにより他者との大きな違いを持つことに対してのカタルシスを、中二病と呼ぶケースが多数だろう。


 恐らく普通に何の不平不満なく思春期という時期を生活していれば、こういった悪性高い一種の病を患わせることなく過ごさずに終えるだろう。そのような人間が世間体でいう一般人に属するのだろうが、何らかのきっかけというものが引き金となり、成人を迎えても尚病を患ったまま社会人として、各々の活躍の場で生きることになる者も少なくないだろう。


 そのような研究を実際にする人間もいるほど、世間ではもう珍しい存在ではない。実際に一般人と分類される人間と中二病を患った人間を同じ空間に閉じ込めると、一般人から見ればちょっと変わっている不思議な人という存在で中二病の患者を認知するようだ。


 この事象については、あくまでも中二病を患った側の人間としての思考からの分析であり、やや主観的な要素があるかもしれない。


 しかし本当に特殊な能力を生まれながらにして所有してしまった少女の軌跡を辿るにあたり、冴えない研究員のフリをした、大舞台の外で劇を見る第三者として勝手に分析をし、彼女が中二病ではないということを証明したいと思ったのである。

自分の存在を、この舞台の外という場所を認知する人物など恐らく居ないだろうが、せめてもの彼女という存在についての誤解を招かないための注釈をさせてもらった。外野としての役目はこの辺りで引き上げさせていただくので、存分に舞台を堪能していただきたいと思う。


 自分という存在がどの程度「普通」なのか、と考える人は少ないと思う。仮に「普通」なのであれば、プラスかマイナスの極端に行く自由さえ兼ね備えている。

 それはあくまでもプラスとマイナスの中間地点を「普通」とした場合に限るが、未成年の自分が見てきた狭い世界の中では優劣というのは過剰に、かつ極端なほどに、まるで善悪をつけるようにその判断は下されているように思う。


 そう考えている私という存在は、恐らく同世代の人間以上に、物事を深く考えすぎているのかもしれない。こういった考えというのは大抵育った環境が大きく影響すると思うが、自他共に認める異常な環境で育った以上、「普通」という基準から多少外れていることは間違いないと思う。


 だからこそ限りなく客観視した際における「普通」という基準に近づくことを追求したのである。身なりだけでなく、発言や一つの仕草をとっても「普通」だと言われるように出来る限りのことを精一杯「普通」にしてきた。


 だからこそ今、本当に自分が描いた理想に近づいているのだと思う。「普通」を追求するというのは、恐らく永遠に終わらない旅なのだろうが、それでも着実に進んではいるのであろうと信じている。

 こればかりは、最終判断を主観でどうにか出来るものではないゆえ、悪い言い方をするなら「思い込み」という表現をするのが適切だろう。


 「思い込み」の時点で察しがつくだろうが、これまでの、率直に数値化して齢十六という短い生涯が「普通」ではないことは改めて言葉にする必要性はないはずだ。


 何年経っても異常のまま治らない私の一部が、私の追求する「普通」に辿り着く道のりを大幅に遠回りにさせている原因といっても過言ではない。

 それほどまでに、この一部というものが非常に大きな、目障りと言ってもいい程の存在であるのだ。目障りという表現をするのも不適切な箇所かもしれないが、その元凶というのがこの「目」であった。

 顔というパーツの中でも、この部位は口ほどにものを言うという言葉があるほど、存在は確かに大きいかもしれない。色や形状も個性が各々にあることはそうだが、私の目というのは極めて異質であった。


 左右の色が違うオッドアイであるのかと聞かれたが、そうではない。ならば形状が、と思うかもしれないが、これも異常というわけではない。まぶたは二重で、大きさこそ小さくもなく、むしろ力強さを感じさせるとも言われる。


 ならばどこに異常があるのだろうか、と思うのが「普通」なのであろうが、その特性に気付いてしまった以上、自分自身が最も困るほどの問題である。それほどまでにこの目とは異質な存在であるのだ。


 私の目、とはいえ右目だけなのだが、この目は視界に入りこんだものの存在を否定するかのように壊すのである。


 超能力的なものに近いのだと自分で解釈しているのだが、左右のうちなぜか右目に映るものだけが破壊の対象となるようで、突如音もなくグラスをガラスの破片へと変えてしまったり、自分の手から謎の出血があったり、またある時は車が炎上したりと、その損傷の程度も異なるといった具合である。


 自覚してからもうじき十年弱になるのだが、未だにこれについては異常のまま、良くも悪くも謎のままなのである。

 その異常というものに対して心持ちだけでも変えようと毎日眼帯をつけている、というのが私の中で最も異常なものなのである。


 せめてもの気づかいの効果が期待値以上というわけではないが、眼帯をつけてからはだいぶ「普通」の生活を送っていると思う。

 それほどこの目が危険なのかもしれないと考えるとやはり自分の中で解決できる問題ではないのだが、あまりにも奇怪なもののため話せるような人間もいないままなのである。


 困った時の神頼みという理由で、厄払いに神社へ参った際も「特異をもたらす怨霊がいるように見えない」と神主に告げられたこともあり、この右目については人間の力の及ばない非科学的、かつ非現実でもない、というよりも曖昧な定義すらない「怪異」でしかないのだと認識せざるをえないのだ。


 時折この目が役に立てばと思う時があるが、心霊現象などが人間の役に立つことがあるだろうか、と考えるとこの目が役に立つこと自体、奇跡に匹敵するのではないのだろうかと思う。天地が逆さになるぐらいの可能性しかないだろう。


 ただ、多少夢を見るくらいで罰が当たるような世の中ではない。0に限りなく近いその可能性というものに、今はほんの少しだけ期待をしているのだ。

 「普通」を追求する傍ら、こんなことを考えているというのも矛盾が生じているような気がするのだが、人間が絶対にありえないようなことをイメージするようなものである。

 空から札束が舞い降りる幻想などがその類ではないだろうか。その程度の夢と同じレベルでもあるものが、自分の目に宿っているこの忌々しい破壊の力は、私の求める「普通」の弊害でしかない。

 むしろ、逆方向へと誘う質の悪さに頭を抱えている。


 もしこの目が必要なら、人にあげられるものならあげてしまいたい。どんな手段でも、どんな場所でも、どれほどの費用がかかっても、私が「普通」に暮らせるならば、この目を欲する人に差し上げたい。


 この声がどこまで聞こえるか分からないが、必要としてくれている人にその声を届けたい。そう思い遠く広い青空を見上げて眼帯を外し、青空の果てに向けて声にならない祈りを、閉じた瞳の奥から捧げるように小さく呟いた。


 このような力を必要としている人に、どうか届きますようにと。


 

 「いまの声、聞こえた?」

 「いや全然。なんて聞こえた?」


 木陰に潜む黒い影が二つ、彼女の姿を遠目に見ていた。声のトーンからかすかに幼さの残る少年と少女であろうが、影のような黒いマントのようなものから表情が垣間見えることはなく、ただ、二人の存在がそこにあることを示すのみである。


 それも彼女の姿の丁度死角となる位置からまるで何かを掴もうとするかのようにひっそりと息を殺すかのような状態で待機していた。


 「目、必要ならば、あげたいって」

 「贅沢な悩みだな……。邪視(じゃし)をあげたいだなんて。理解に苦しむ」

 「サリエルの目の少女、高値がつきそうね。絶対ヤツは動くわ。間違いなく、ね」


 楽しげに笑う少女の声が消え、次第に影が消え、そこには温もり一つ残るものはなかった。

 木々が茂る公園の、ごくありふれた風景である。だがこの忍び寄る影こそ、物語の幕開けの一端にすぎないと、広がる空をあおぐ彼女はいまだ気付かずにいた。



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