8話 生徒会とオハナシと
秀は能力開発館の近くにいた数人の男子生徒に任せられ、保健室へ。雅に連行された優弥、柚子、隆也の三人が着いた先は生徒会室。
生徒会室というと、一般教室よりも少し小さめの教室が一般的。
だが、能大付属高校の生徒会室は扉の脇に電子パネルが設けられており、指紋認証と音声認証、網膜認証、さらに通常よりもはるかに長い暗証番号までかかった厳重なロックが施されている。
島外組である優弥と柚子は、驚くやら呆れるやらで二の句も出ない。
「1年IAクラス、生徒会書記、博野雅です」
『認証完了。ロックを解除します』
ちまちまと認証をすませ、最後の音声認証が終了すると鍵が開く音。
雅は無言で扉を開き、三人に入室するように目配せをする。
「あら? 雅さん、お客様かしら?」
「いえ、会長。彼らはただの容疑者です」
「何のだよ!」
雅の返答に間髪入れずにつっこむ隆也。妙に息がぴったりだった。
全員が生徒会室に入ると、すでに数人の生徒が椅子に腰掛けて何やら作業をしていた。
生徒会室に入って右側の机に座っていたのは男子生徒。
肩に掛かるくらいの、所々ワックスで立たせたらしい灰色の髪と、琥珀色の瞳をもつ。掘りの深い顔立ちは非常に整っていて、まるで俳優のような美男子。着崩した制服からのぞく体格は細く華奢だが、弱々しい感じはない。容姿が日本人離れしており、留学生だろうと想像できる。
逆に左側の奥の席には彼と同じくヨーロッパ系の女子生徒がいた。
肩甲骨あたりまで伸びた金髪と、サファイアのような青い瞳。日だまりの中にいるような、緩く和やかな笑顔が印象的。垂れがちな目元は本人の気性をそのまま物語っているよう。お嬢様という言葉がとても似合いそうな少女。
最後の一人は初めに口を開き、会長と呼ばれた女生徒。
「会長? 後藤カンナ先輩、でしたよね?」
「ええ。覚えていてもらえて光栄だわ」
疑問を口にした優弥に、カンナは品のある笑みを浮かべた。
『コラァ! うちのユウ君に色目を使うなぁ!』
愛想を振りまくカンナをお気に召さず喚く美姫。カンナの真ん前まで迫り、明らかなケンカ腰。キリキリと聞こえてきそうな歯ぎしりをしつつ、ガンをつけている。
当然、波風を立てないように優弥はスルーすることに。
「じゃあ、初めて見る人もいると思うし、改めて自己紹介しましょうか。
入学式で会ったのでしょうけど、私は後藤カンナ。三年生のIAクラスで、生徒会長を務めています。ちなみに、生徒同士の能力が関わった問題の解決も、生徒会と風紀委員に一任されているわ」
よろしくね、と笑顔を浮かべるカンナ。
結びの一言で生徒会室に呼ばれた理由を知り、優弥は納得する。優弥たちのいざこざは雅の判断により問題の対象にされた、ということ。
「次に、あなたたちから見て右の机にいるのがジル・レティツィア。イタリアからの留学生で、私と同じ三年生のIAクラス。生徒会では会計を任せているわ。ちょっと軽薄だけど、悪い人じゃないから」
「ケイハクってヒドくないっスか、かいちょ~?
あ、オレがジルね。イロイロあって、まだニホン語をうまく話せないけど、そこはカンベンしてくれよ。ヨロシクな、一年ボウズ。特に、うしろのオッパイ大きい娘とは、個人的に仲良くしてぇ~な!」
カンナが手で示したのは灰色の髪の男子生徒、ジル。片言の日本語でも、カンナの紹介通りかなり軽薄さがうかがえる。
柚子に向かって手を振る彼の手には、銀製の指輪がいくつも取り付けられていた。また、腕が揺れる度に首から下がった複数のネックレスが擦れあい、金属特有の音が聞こえる。
そして、早速のセクハラ発言に片眉を上げる柚子。拳を強く握り込む音とともに、小さく「……殺す」と呟く。強い嫌悪が込められた台詞に、聞かなければよかったと、一年ボウズ二名は背筋を震わせる。
「反対側の彼女はクレア・ジェイミソン。イギリスからの留学生で、あなたたちの一つ上の二年IAクラス。副会長をしてくれているの。いつもは優しいから、一人の先輩として頼ってちょうだい」
「はい。私がクレアと申します。日本の高い能力者教育の内容を勉強すると同時に、私自身も能力者として日々精進しております。
まだまだ未熟な身ではありますが、私はみなさんよりも一年ほど先達ですから、お役に立てることもございましょう。その時は大船に乗っかかれたつもりで、私を頼ってくださいませ」
「クレア。大船に乗ったつもり、ね。逆に乗っかかれたら潰れるから」
「……あら?」
ジルよりも流暢な日本語で自己紹介をするクレア。楚々とした言葉遣いで、優雅に一礼を決める。妙な言い回しをカンナに注意された以外は完璧な淑女。小首を傾げる様子はとても愛嬌がある。
「そして、あなたたちを連れてきたのが博野雅さん。一年のIAクラスで、書記を任せているわ。中学からの成績を加味した人選だから、今後の活躍には期待しているの」
「ありがとうございます、会長。ご期待に添えるよう、がんばっていきたいと思っています」
「その殊勝な態度を俺たち低ランク組にも見せてくれたらいいのにな」
「一般生徒Aは黙っていてください」
「ひでぇ! 名前すらねぇのかよ!」
紹介を受けた雅は優弥たちには目線すら合わさず、あくまでカンナと相対している。
カンナとの扱いの違いに茶々を入れたのは隆也。しかし、雅は声音を冷たくして突き放すのみ。
上級生からは笑いが漏れている。もはや漫才扱いだった。
「今年の生徒会はこのメンバーで運営しているわ。場合によっては人数に変動があるかもしれないけど、固定メンバーはこの四人になるの。
それじゃあ、あなたたちのことも教えてちょうだい」
「分かりました。
僕は神田優弥と言います。新しくこの島で生活することになりました。クラスは一年FDクラスです」
「俺は新崎隆也っす。優弥と同じクラスで、今回呼ばれたことにはあまり関係ないっす」
「同じく、天満柚子。俺も優弥と同じで今年から島入りした。正直、いまいち事情が分かってねぇんだけど、とりあえずよろしく」
バトンを渡された優弥たちは各々短く自己紹介をした。
「うん、よろしくね。では雅さん、彼らを何故ここへ呼んだの?」
挨拶もそこそこに、経緯の確認を促したカンナに一つ頷きを返し、雅は口を開いた。
能力研究の授業後、能力開発館の使用申請を受けていたので見回りをし、お喋りなどで居残る生徒を帰していたこと。
上階から順に見回っていき、最後に一階を見ると優弥と隆也がいたので事情を説明し、帰ることを促したあと、二人の後ろで秀が気絶していたのを発見したこと。
何があったのかを問いただすために呼び止めると逃げようとしたため、三度の警告後に能力を使って拘束し、ここへ連れてきたこと。
「なので、私も詳しいことは知りません。ですが、この二人は私の制止の声を振り切り、逃亡しようとしました。何か今野先輩との間でやましいことがあったのだろうと判断し、ここへ連行してきたのです」
「なるほど。では、天満さんは何故ここへ?」
「彼女は彼らを迎えに来た友人であり、行動する機会も多いと推測しました。もし、今後彼らと同じような行動を起こされても困りますから、釘を差すつもりで連れてきました」
事実と私見を交えて淡々と報告をする雅。
完全な巻き添えを食った形となった柚子はというと、優弥と隆也を咎めるように白い目を向ける。バツの悪い顔で視線から逃れる二人。
「ということで、雅さんの主張は以上みたいだけど、神田さんと新崎さんに弁解することはある?」
終始相づちを打つだけだったカンナは雅から視線をはずし、優弥と隆也へと水を向けた。
「それが聞いてくださいよ会長! 実はですね……」
このままあらぬ誤解を受けたままではたまらないと思っていた隆也。これ幸いと舌を滑らかにして経緯を説明した。
「ってわけで、優弥がやったことは人助けなんすよ。そこを汲み取ってやってはくれませんか?」
(おい、優弥! お前、俺がいないときになんて面白そうなことを! この状況に巻き込まれたことよりも腹立つぞ!)
(成り行きだったんだから勘弁してよ)
戦闘狂のキライがある柚子が小声で優弥に突っかかった。
もし柚子がその場にいたら、率先して秀を殴り飛ばしていただろうことを想像。優弥は彼女の不在だったことを心底安堵した。柚子が介入していれば、秀は今頃気絶だけではすまなかっただろう。
「う~ん……、にわかには信じられないわね」
隆也の訴えを静かに聞いていたカンナ。思案気な表情で目を閉じ、右手の人差し指をこめかみに当てる。
「会長、彼らの主張を真に受けてはいけません。嘘をつくにしても、もっとマシな嘘をつけばいいものを。被害者だという女子生徒もいませんでしたし、あろうことかDランクの優男が、能力を使用したBランクの今野先輩を倒したなどありえません。
大方、今野先輩が油断していたところを襲い、高ランクの能力者を倒したと嘯いているのでしょう。よくいるバカな輩の一人です、相手にするだけ無駄ですよ。
今すぐ制裁を施しましょう」
一息にまくし立てる雅。優弥たちを睨みつけ、反論を認めないと暗に示す。
「ちょっと待てよ! 俺らがそんな嘘ついてどうするっていうんだよ! ずっと島暮らしだった他のやつらならいざ知らず、優弥はまだ島の価値観に染まりきっていない本土出身の能力者だぞ! 偉ぶろうとする動機が薄いだろうが!」
頭から虚偽だと決めつける雅の発言に腹が立った隆也は反論する。
「あなたが彼を唆せばいい話。もう入学して一ヶ月が過ぎました。島の価値観に触れ、無能力者である彼が自身の地位の確立を目論見、邪な考えを抱いても不思議ではありません。
第一、初回の能力実技で、能力も使わず、ただその場に突っ立っていて全戦全敗を喫したと有名な彼が、どうやって今野先輩を無力化させたというのです?」
「それは、優弥が武術を学んでいたから、それで……」
「だとしても。そんなものが、二つものランク差を覆せるほどの要素足り得るのですか? たとえあなたの話が真実だとしても、何故ブリシアッドではボロ雑巾のような敗北をしているのですか?」
「……優弥は、ブリシアッドじゃ反応が遅いからって……」
「己の弱さの言い訳にしか聞こえませんね」
正論。隆也は口ごもるしかできない。
能力の有無は素手と機関銃、一つのランクの違いは機関銃と戦車に例えられるほど、理不尽なまでに個人の力に差が生じる。
現在ではスポーツだと認識されている武術を学んでいる、という主張では能力者を圧倒できる要素とはとても言えない。
「新崎さんの主張も聞き入れたいとは思うけど、ここまで荒唐無稽な話だと、流石に、はいそうですか、とはいかないわね。
神田さん。あなたからは何か言いたいことはある?」
眉間にしわを寄せて、優弥に水を向けたカンナ。少し悩む素振りを見せ、優弥は片手を上げる。
「では、一つ聞きたいことがあります」
「何かしら?」
「上位ランクの能力者を倒したことが、何故そこまで問題になるのですか? 生活には慣れてきましたが、この島の常識にはまだ疎いので、理解できかねるのですけど」
「ああ、俺もそう思ってた。別にランクが高い能力者、っつっても人間なんだし、負けることもあるだろ?」
『そうだ、そうだ! もっと言ってやりなさい!』
優弥の疑問に、柚子も賛同して重ねて尋ね、美姫は野次る。能力者と一般人との問題にはある程度明るい二人も、能力者同士の軋轢には慣れておらず、首をひねる。
「そうね。まれに低ランク能力者が高ランク能力者を下すことはあるわ。その場合、雅さんの指摘する通り、低ランク能力者が変に偉ぶって問題を起こしやすくなることが多くなるわね。
でも、今回の話で私が問題に思っているのはそこじゃなくて、神田さんが『能力を使わずに』Bランクの能力者を倒した、っていうことなの」
あまりピンとこないのか、優弥と柚子は疑問を顔に浮かべたまま。
「神田さんはDランクの能力者で、それは一般人よりも多少優れた身体能力しか持たない。一方、加害者とされている人物は雷という自然現象を使う能力者で、Bランクの中でも成績が上位の実力者。
そんな彼を能力なしで無力化した。それはつまり、加害者がDランクの能力者に負けてしまうほど弱い、という認識が生まれることになる。
また、閉鎖した島ではそのことがすぐ広まってしまう。それによって生じる弊害が何か、分かる?」
カンナの話を聞いていくうちに、優弥の瞳に理解の色が浮かぶ。
「今野先輩は今後、この島で肩身の狭い思いをするでしょうね。精神制御の未熟な時期にある学生には最悪の環境となるでしょう」
「その通り。年下や低ランク能力者には侮られ、Bランクの能力者には弱者として敬遠され、Aランクの能力者には前以上に相手にされない。彼も人間だから、相当なストレスにさらされると考えられるわ。
神田さんの言う通り、能力の制御には精神の安定も重要な要素になるから、そんな環境に長くいると、能力を暴走させてもおかしくなくなる。Bランク認定された能力の暴走なら、被害は甚大になるでしょうね」
能力者はストレスなどの原因で理性のタガがはずれると、檜間正一郎のように破壊衝動に囚われ、無差別に能力を行使するようになるケースが多い。
さらに、能力者が能力を制御できず、自身の限界以上の能力を暴発させることがある。それが、能力の暴走。
肉体系の能力だと鎮圧は比較的容易だが、情報系となると自然災害と同等以上の被害が生じることが多い。もちろん、能力強度が高いほど事態の収拾は難しくなる。
今回想定される状況はいじめ問題と類似しているが、日本では能力者を受け入れる教育機関が人越島にしか存在しないため、逃げ道である本州への転校が不可能。
まして、秀の能力の危険性を鑑みて、退学などもさせられない。国外の能力者養成学校へ転出させるのも、能力者を貴重な戦力の一つとしている政府が許可を出すとは考えづらい。
このまま放置すると、ものの見事に秀が能力の暴走を引き起こす環境が整ってしまう。
「さらに話を大きくさせると、この事実が外部に漏れてしまうと、能力者は大したことがない存在だ、という認識を一般人に与えてしまう危険性があるわ。能力を持たない自分たちとほぼ同じ、Dランクの能力者でも倒せるのなら、自分たちでも倒せる、ってね。
そうなると、過激な考えの持ち主だったら能力者の根絶をさらに強く主張しかねない。話が進んでいくと、どちらかが全滅するまで続く世界大戦にまで発展する可能性が出てくるわ。
まあ、そこまでいくと拡大解釈しすぎかもしれないけど」
「現在の世界情勢を鑑みた場合、可能性としては否定できない、と?」
苦笑しながらも、カンナは優弥の確認に首肯を返す。
能力者と一般人との間に存在する溝は決定的なまでに深く、ほぼ修復不可能と言っていいレベルにある。むしろ、今まで大きな戦争もなく日常を過ごせたのが奇跡といえるほど、脆い地盤の上に今日の平和がある。
どんな些細な事柄であっても、非能力者側に有利に働く可能性のある情報はシャットアウトしたいというのが、全世界の能力者の共通認識。無論、優弥と秀のいざこざも、戦争の引き金の一端となりえることに違いない。
「それは、大問題ですね」
「ええ、困ったわ」
『…………』
思ったよりも深刻な状況かもしれないと知り、表情を曇らせる優弥。反して、口では困っているとしながらも、どこか楽しそうに見えるカンナ。美姫は二人のやりとりを黙って見ていた。
「会長、彼らの戯れ言に耳を貸す必要はありません。
会長の予測は、もしすべてが『真実』であったら、という仮定の話に過ぎません。苦し紛れの虚偽報告をした今回の事案については考慮する必要はないでしょう」
痺れを切らした雅が進言し、不快感を露わにしながら優弥たちを睨む。
「ちょっと待てよ、雅! さっきから戯れ言だ、虚偽だって、頭っから決めつけるようなことばかり言いやがって! てめぇ、何様のつもりだ!」
あまりにも遠慮会釈のない敵意丸出しの雅の態度に、とうとう堪忍袋の緒が切れる隆也。
「Dランクの癖に、私を呼び捨てにしないでください。不愉快です」
「んだとぉ!」
隆也の言葉は柳に風。雅は気にした風もなく毒を吐く。火に油を注がれた隆也は今にも掴みかからんとする勢いで雅に詰め寄った。
「はい、そこまで」
騒ぎになる一歩手前で止めたのはカンナ。
二度ほど大きく手を打ち、室内の視線を一身に集める。
「雅さん。毎回同じ注意をしているけど、低ランクの能力者をイタズラにあおるような真似は慎みなさい。でなければ、いつか足下をすくわれることになるわ。
それに、新崎さんも。雅さんとの間に何かあったのかもしれないけど、無闇に反抗するのは危険よ。それは君自身が一番分かってるはずだけど?」
「ご忠告は受け止めます。しかし、最後の一言は蛇足に過ぎないと愚考します」
「……分かりましたよ」
ある意味素直な後輩二人。口に出すか出さないかは別として、あからさまに納得した様子はない。
「僕が心配することじゃないかもしれませんけど、学校の授業でもっと精神訓練をさせた方がいいんじゃないですか?」
「だな。この有様じゃ、ちょっとしたことで全生徒が暴走するんじゃねぇ?」
話題の中心であるはずの優弥は冷静。雅の毒にも、高ランク能力者に囲まれた現状にも、全く動じている気配はない。それは柚子も同じ。
何故か島の外からきたDランクよりも、島で育った能力者の方が幼いように思えてくる。
能力者として教育され、外からきた優弥たちの見本となるべくはずの生徒の、何とも幼稚で情けない姿に、嘆息するカンナ。
「まあ、その話は追々ね。今は神田さんの問題だけど……」
それた話題を元に戻し、思案顔を作って小さく唸るカンナ。仕草がどこか子どもっぽく、クレアとはまた違った愛嬌がある。
「加害者って言う彼の話も聞きたいし、とりあえず現段階では保留にしようかな。日曜日だけど、神田さんと新崎さんは明日また生徒会室に顔を出してきてちょうだい。天満さんはどうする?」
「面白そうだから、俺も明日こいつらと一緒に来るよ」
「じゃあ三人で、午前九時くらいを目安にここの扉の前で待ってて。どうするかは、またそのときに決めましょう」
問題を先送りにして解散宣言をするカンナ。
用のなくなった優弥、隆也、柚子の三人は部屋から辞した。