7話 もめ事と厄介事と
能力研究の授業も終わり、用事もなくなった優弥と美姫。
帰宅の流れになり、柚子と隆也を探していると、なにやら不穏な空気を感じ取った。
「俺の言うことを聞け!」
「イヤです! 離してください!」
聞こえてくるのは男女の声。
両者の声音は穏やかとは程遠い。
「誰かが言い争ってるのかな? どうしたんだろ?」
『ケンカじゃない? 行ってみる?』
出口へと向いた足を百八十度変え、優弥は声がする方へと歩を進める。美姫は先行して浮遊し、頭上から状況を見下ろした。
『ユウ君から見てそのまま真っ直ぐ。野次馬がぽっかり空いたところに件の二人が言い争ってるわ。男の方がナンパして、断られたから逆上、って感じね』
「うわ、格好悪いね。っと、僕も見えてきた」
確認後に傍へと戻ってきた美姫とともに人の壁を縫い、少し開けた空間へと飛び出した優弥。
美姫の報告通り、一組の男女がなおも言い争いを続けている。
男の方は身長が百八十程度と、少し高め。線が細く、容姿はそれなりに整っている。学年章を確認すると二年生。体つきから情報系の能力者だと予想できる。
男に言い寄られている女子は優弥と同じくらいの背丈。ところどころ白髪の混じった黒色のボブカットが印象的な、とてもかわいらしい少女。学年章は一年でDクラスを示している。優弥は初めて見る少女なので、情報系の能力者と判断。
「せっかくBランクの能力者である俺が付き合ってやる、って言ってんのに、なにが『ごめんなさい』だ、あぁ? Dランクのくせに、反発してんじゃねぇぞ!」
「イヤなものはイヤなんです! 離してください! 離して!」
さらなる女子の拒絶に、男子は憤りを濃くする。
掴み上げた腕に込めた力を強くし、女の子を強引に引き寄せた。
「きゃっ! やめて!」
「うるせぇ! 大人しく……!」
「あの~、もうその辺にしておいたらどうですか?」
剣呑な雰囲気で女の子を連れ去ろうとした男を止めたのは優弥。
周囲の野次馬が離れ、優弥の存在が際だつ。
男が優弥を睨みつけた。
「あぁ? 何だテメェ!」
「あなたたちの事情は知りませんが、暴力はいけませんよ、見苦しい。彼女、痛がってますし、ついでに嫌がってます」
『きゃ~! ユウ君、格好いい~!』
途中から美姫の黄色い声が投げかけられた。優弥はこのやり取りが一気に三文芝居のように感じられた。自然と、肩の力が抜ける。
「うるせぇ! こいつの事情なんて知るかよ! こいつは俺の女にするって決めたんだから、こいつは俺のモンだ! 邪魔すんじゃねぇよ!」
「……横暴ですね。あなたの言い分が意味不明なの、気づいてます? 彼女はモノではありません。あなたも人間としての知性を持つのなら、彼女の意思も尊重すべきです」
『いけ、いけ、ユウ君! ガンバレ、ガンバレ、ユウ君! わ~!』
「なんだと? てめぇ、そんなに死にてぇのか?」
「……あ、あなた程度の器の人間に、僕を倒せると思っているんですか?」
『はっ! でも待って私。ここでユウ君が格好よすぎたら、あの女との親密度が急上昇して、恋愛フラグに発展する可能性がっ!
中止、中止! ダメよユウ君! これ以上がんばったら、モブキャラA子エンドになっちゃうわ!』
(お姉ちゃん、うるさい)
優弥は現在の率直な思いを内心で呟く。
何とか気を取り直して緊迫した空気を維持している優弥を余所に、一人にしか聞こえない美姫の副音声が優弥の気迫を殺いでいく。
シリアスなどクソ食らえ。
いつでもどこでもマイペースが美姫なのである。
「……ぶっ殺す!」
「きゃっ!」
簡単に優弥の挑発に乗った男。
女子の腕を掴んだまま能力を発動させる。
男の身体に纏うは紫電。
「静電気の増大……情報操作系の電気使いかな?」
相手の能力を冷静に分析しつつ、優弥は目を鋭く細め、適度に全身の力を抜く。
「おい、優弥! 何やってんだ!」
一触即発の空気の中、人の囲いからさらに一人の人物が飛び出す。焦った声をあげたのは隆也。
「新崎君? 見ての通り、ケンカかな?」
「かな? じゃねぇよ! その人は今野秀先輩! 情報操作系の電気使い、Bランクの中でも上位の実力を持つ『八雷太鼓』っていう能力者だ! 下手すりゃ、マジで殺されるぞ!」
視線を電気をまとう男、秀に向けたまま隆也の声に耳を傾ける優弥。
「Bランク、ですか。中途半端ですね。高ランクということだけで増長するのは結構ですが、能力者云々の前に、人として恥ずかしくないんですか?」
『ユウ君に賛成。あいつ、羞恥心とかないのかしら?』
「だまれぇ!」
隆也の忠告も無視し、優弥はさらなる挑発を重ねる。心配して飛び出した隆也は口を開閉して言葉も出ない。
自身の力を否定されるような発言を受けた秀は激昂。
帯電させていた電気を収束。行き場を探す電光が放つ破裂音。耳に痛いその音が連鎖的にはぜ、館内を駆け巡る。加減などない熱量を有した雷玉がいくつも出現する。
「やばいっ! みんな、逃げろ!」
秀の本気を感じ取った野次馬たちは一斉に出口へ殺到。人数はそこまで多くなかったためか、退避はスムーズに行われ、残ったのは優弥、隆也、秀、被害者女子の四名。
ターゲットにされた優弥は、逆に秀へと足を一歩踏み出す。
「新崎君。そういえばこのまま僕らが闘っても、ここが壊れたりしないの?」
「は? そりゃ、大抵の能力に耐えれるように設計されてるらしいから大丈夫だろうけど、心配するところそこじゃねぇだろ!」
視点のズレた優弥の心配につっこむ隆也。
抜けた会話をしている間も球体の電光は強く、激しさを増す。
目を潰さんばかりの光と対峙してなお、優弥の瞳はブレなく秀を捕らえたまま。
「食らえ!」
死刑宣告のように、秀は高々と上げた腕を振り下ろす。
指示を受け、エネルギーを蓄えた八つの雷球が一際輝き、一斉に射出された。
「うわっ!」
カアァン! という短く乾いた音が束ねられた電撃から発生し、視認不可能な速度で壁まで到達する。
あまりに大きい鼓膜を揺さぶる音と凄まじい光量に圧倒され、顔を手で覆い、仰け反る隆也。
電撃使いが凶悪だとされる理由が、他を凌駕する威力と速度。いくら威力を抑えたところで、ほとんどの場合たった一撃受けてしまえば身動きすらできなくなってしまう。
当然、被爆時の致死率も高い。
「ゆうっ、……や?」
雷撃の余波が過ぎた後、優弥の身を案じた隆也が声を上げる。
が、すぐに頭上へ疑問符が浮かんだ。
「な、に?」
次いで、秀も驚愕の表情を浮かべた。無意識のうちに少女を掴んでいた腕を解放してしまうほど。
「どうしました? そんなに意外でしたか?」
四つの眼球が収めた映像は、平然とした顔で立つ少女のような少年。わずかに右足を後方に引いて体を横へとずらし、雷の槍の通り道を作った立ち姿のまま、秀を見つめ続けている。
全身を黒ずませて倒れる、痙攣して気絶する、などといった二人の予想は覆され、彼の服には焦げ目すらない。
導かれる答えは一つ。
「俺の雷を、避けた、のか?」
音速を超える実体のない凶器を、身のこなしだけでやり過ごせたということ。
優弥は一歩踏みだし、口を開いた。
「自然現象の雷ならさすがに避けられませんが、あなたの能力とて所詮人の意思を介した紛い物に過ぎません。能力の性質やリアルタイムの動き、能力者の視線の先、能力発動のタイミング予測などができれば、雷撃自体を目で追えずとも回避は可能です」
つまり、秀の所作を目で追いきれば容易だという優弥。
淡々と語る内容は二人の理解を許さない。
来ると分かっていても、成す術なく蹂躙する暴力であったはずの、秀の能力。
しかし、秀の目の前にいる名も知らぬ少年は、能力における絶対の自信を呆気なく打ち砕いた。
「くっ、くるなぁ!」
得体の知れない存在を前にし、秀は心の奥底から色濃い恐怖が沸き上がり、取り乱して電撃を乱射する。
「うわっ! あぶねぇ!」
狙いなど定めず、四方八方にばらまかれた細い雷糸の一本が隆也の頬をかすめ、流れ弾に当たる懸念から体を床へ投げ出した。
頭上を幾筋もの電撃が飛び交う中、隆也の視界には対峙する二人の人間がいる。
一人はまるで空想上の怪物を相手にしているかのような、余裕のない表情の秀。暴虐を振りまく強者であるはずの彼は、まるで癇癪を起こした子どものように能力を振るう。
一人は放電の嵐の中、柳のように揺れつつ歩く優弥。目線を決して秀から逸らさず、極度の集中状態のためか無表情。触れれば折れてしまいそうな身体に、無数の雷線は触れることができない。
「くそっ、何なんだよ、お前!」
未知の恐怖から大声を上げ、秀は力を溜めた一際大きな雷を生み出す。発射の寸前で横に飛んだ優弥の脇を過ぎ、虚空の大気を焦がして消える。
天井付近から紫電の雨を降らせる。着弾点の隙間を縫うように、ユラユラ進む優弥には届かない。
優弥の周囲を閉じこめるように雷の玉による輪が出現、円の内側を焼き焦がすように雷玉から雷弾が放たれ集う。優弥は大きく踏み込んで垂直に上へと飛び上がり、足下に集った電撃は互いを相殺。
ことごとくかわされる不可避の雷撃。秀が能力を無差別に撃とうが、狙いすまして放とうが、優弥は意に介さず間隙を見つけ、足を止めない。
そして、あと数歩で腕を伸ばせば互いに触れられる距離まで接近を許す。
「来るな! 俺に、近づくなぁ!」
直後、秀の体表から閃光が弾ける。
自身を中心にして、数メートルの範囲に輝く雷の鎧を纏い、全てを焦がさんと蹂躙する。
「ふっ!」
秀の鎧の範囲にいた優弥はとっさにバックステップ。鼻先数ミリのところを電気の余波がはぜるも、やはり届かない。
あっさりと消えた能力による守護のベールをかいくぐり、優弥は一息に秀の懐に潜り込んだ。
「なっ!」
能力によるフラッシュが消えた途端、息の温度が分かるくらいの距離まで詰められた秀。反射的に後ろへと仰け反った。
「しばらく眠っていてもらいます、よ!」
優弥は右手で秀の服の襟を巻き付けるように握り、そのまま前方へ強く押し込む。同時に左足を今野の股の間をくぐらせ、軸足だった右足を刈り取るように払った。
「うわっ!」
重心を崩され、バランスがとれなくなった秀は簡単に背後へと投げ出される。目まぐるしく流れる景色は優弥から天井へと移り、奇妙な浮遊感に襲われた。
体勢が崩れた秀を見据える優弥。足払いをかけた左足を後方へ下げ、腰を落として重心を固定。そして、左腕は右腕とは逆の方向へ、弓につがえる矢のごとく引き絞っている。
「ふっ!」
短く、鋭い呼気。
刹那、襟首を巻き付けた右腕を引き戻し、秀の頭を引き寄せる。優弥の瞳は秀の顎に収束し、左手の掌底は吸い込まれるように視線の先を打ち抜いた。
「ぐぅぼぉ!」
喉の奥から排出された、くぐもった悲鳴を上げた秀。
優弥の右手が服から離れ、拘束が解けた身体は掌底の勢いのまま宙を舞う。
一撃で白目を向いて気絶し、受け身もとれなかったため盛大な音を立てて床に倒れ込んだ。
「最後の防御ですが、あなたの雷は瞬間の攻撃力は絶大で、攻めには有効でしょうが、持続がきかないため長期の守りには弱い。己の力を知り、最適の対処ができなければ、せっかくの能力も台無しですよ?
まぁ、もう聞こえていないでしょうけど」
『っきゃあぁ~! ユウ君、カッコイ~!』
完全に伸びている秀にダメ出しをした優弥に、ずっと見守っていた美姫がついに耐えきれなくなって嬌声を上げる。
緊張感を一気に食いつぶされ、ずっこけてしまった優弥を責める人はいないだろう。
「すげぇ……、すげぇ、すげぇ、すっげぇ!」
優弥が大げさに騒ぐ美姫の相手をしていると、一部始終を見ていた隆也が立ち上がる。彼の目も、色濃い興奮で染められていた。
「あ、新崎君も大丈夫だった?」
「すげぇよ、優弥! 俺は平気だけど、すげぇって! なんて言えばわかんねぇけど、とにかくお前すげぇ!」
「し、新崎君、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか! 肉体系のDランクが、情報系のBランクを、倒したんだぞ! しかも圧勝! そんな事実、直接見てないと誰も信用しねぇって!」
『そうよ! アンタ分かってんじゃない! うちのユウ君はすごいのよ! それはもう、世界一すごいのよ!』
具体的な何かを示さず、すごい、を連呼する二人の熱狂ぶりに後ずさる優弥。さすがに躁状態の人間二人を相手にするのは難しいらしく、困ったように愛想笑いを浮かべるしかできない。
「あれ? そういえば、あの子はどこいったんだろう?」
フーリガンもかくやといった美姫と隆也に詰め寄られていた優弥が、もう一人の不在に気づく。
秀に言い寄られていたはずの女子。彼女の姿はどこにもいない。
『別にいいじゃない。あんな女なんかいなくても、私がずう~っとユウ君の傍に』
「ああ金井深結か? あいつだったら、今野が油断した隙にさっさと逃げ出してだぞ。優弥が一発目の雷を避けた時だったな」
「へぇ。あの子、金井さん、っていうんだ」
「名前も知らねぇやつ助けようとしたのかよ!」
驚愕をあらわにする隆也。
最低ランクがBランクの能力者に楯突くことは、アリが戦車に挑むようなもの。せめて顔見知りであると考えるのは普通だった。
「何もない空間に話しかけるような人間に、すぐに知り合いができると思う?」
「あ~、それもそうか」
誰しもが納得の理由。
ちなみに、隆也はすでに優弥の能力の詳細を知らされている。実際に幽霊の類を見てはいないが、あまりにも当然のように説明されたので、そんなものかと呑み込んでいる。
「さて、この人どうしよう? 保健室に連れていく?」
優弥の指を指す先は完全に気絶している秀。しばらく起きあがる様子もない。
「ほっとけ、ほっとけ。自業自得だ」
『そうそう。ユウ君に喧嘩売ったバカでしょ? 放置でいいわよ』
隆也も美姫も情けをかける気は微塵もない。二人シンクロして、寄ってきた犬を遠ざけるような仕草で手を払う。
「う~ん、でもそのままにしておくわけにも……」
「あなたたち! そこで何をしているのですか!」
秀の処遇を決めあぐねいていた優弥を遮り、別の人物の声が上がる。
三人は一斉に声の主がいる館の出入り口を振り返った。
「げっ! 雅!」
「みやび?」
『だれ?』
クエスチョンが飛び交う優弥と美姫を余所に、雅と呼ばれた少女は三人へと近づいていく。
いつも何かにいらだっているようなつり上がり気味の眉。呼応するように鋭くなっている目元。左目の泣きボクロと、セミロングの明るい茶髪が印象的。
柚子より少し低いくらいの、しかし優弥よりも高い身長の少女。スカートから伸びる足は長い。ただ、胸の膨らみは控えめで、スレンダー体型といえる。
顔立ちは純日本人のそれで、顔のパーツだけなら大和撫子のような美少女。雰囲気から気の強さがにじみ出ているため、第一印象は取っつきにくそうな女の子。それは現在、眉間に寄った皺のために更なる険のこもった表情から、より一層強調されている。
また、違う意味で目を引くのが制服に着けられた腕章。そこには「生徒会書記」と書かれていた。
「もう能力研究の授業は終わったでしょう! 今から能力開発館はIAクラスの優先使用が認められています! それ以外の生徒は直ちに帰宅しなさい!」
怒気が込められ、畳み掛けるように言い放つ雅。決して小さくない気迫に、優弥も隆也も引き気味にたじろぐ。
「わかった、わかったよ! ほら、優弥。行こうぜ」
「え? でも、この人は?」
「何ですか? まだ誰かいるのですか?」
隆也がそのまま去ろうとすることに優弥が戸惑っていると、耳ざとくもう一人の存在を知った雅は優弥たちの背後へ視線を向ける。
「ちっ! 優弥、逃げるぞ!」
「え? え?」
『突然どうしたのよ?』
急に慌て出す隆也。状況についてこれない優弥は隆也に腕を引かれるままに小走りになり、置いて行かれないよう美姫も後を着いていく。
「なっ! 今野先輩!」
どうやら顔見知りであったらしい雅は、秀の無様な姿を見て悲鳴じみた声を上げる。優弥たちと入れ違いに傍に駆け寄り、肩を叩いたり揺すったりするが目を覚ます様子は皆無。
「お! いたいた。お~い、優弥に隆也! 遅ぇぞ、今まで何やってたんだぁ?」
再び入り口から現れた人影。
それはいつまで経っても出てこない二人を怪訝に思い、わざわざ引き返してきた柚子。いつも優弥と一緒にいた隆也にも慣れ、すでに名前で呼ぶくらいには気を許している。
柚子は状況を何も知らないため、手を振りながら二人に声をかける。
「げっ! 天満、お前タイミング悪すぎだ!」
「あん? 何だよ、せっかく迎えにきてやったのに」
「さっきから何がどういうこと?」
『私にも分かんない。ユウ君の友達はあの子が苦手みたいね』
隆也が焦りをさらに濃くしたり、柚子があまりの言いぐさに顔をしかめたり、優弥と美姫が事態の理解に努めていたり、何やら混迷しだした時。
「そこの無能な男二人! 待ちなさい!」
雅から大声での制止がかかった。
「やっべ! 逃げろ、お前ら!」
「は? なんで?」
逃亡を促す隆也。
新参者の柚子、当然の疑問。
「いいから! あいつ、クソめんどくせえやつなんだよ! なんたって……」
「止まりなさい! 止まらないと、生徒会権限で拘束しますよ! あと、誰がクソめんどくさいやつですか!」
「生徒会権限?」
『ただの学校の生徒代表に、何の権限があるっていうのよ?』
重ねて足を止めるよう要求する雅。
しかし、隆也は止まる様子がなく、腕を取られている優弥は停止することができない。
「待てと、言っているでしょう!」
再三に渡る警告の後、雅の怒声が館内を響き渡る。
なおも走り続ける二人を視界に収め、雅は右手をかざした。
「警告はしましたからね! では、沈みなさい!」
そして、雅の能力が優弥と隆也を捕らえた。
「いっ! ちっくしょ!」
「わっ! うわわわわ!」
初めは手足に違和感。
次に走っていた足が止まる。
最後に両者同時に両膝を着いて四つん這いになった。
一瞬のうちに重石を着けられたような、抵抗できない重量が四肢に加わる。
まるで強力な磁石で引きつけられたように、地面から離れない手足。優弥は懸命にもがくも、接地した部分はぴくりとも動いてくれなかった。
「何やってんだよ、お前ら?」
呆れた調子のする柚子の声が上から降ってくる。が、優弥と隆也は柚子に応えることができない。
「これは、情報操作系の、重力操作の能力?」
動かない両手足を眺め、優弥は独り言のようにつぶやく。
「……優弥、正解。こいつは『過重力場』っていう、重力操作の一種だ。手首と足首に重力による重石をかけられてるみたいだ。能力強度はA。雅の能力だよ」
「へぇ、詳しいんだね?」
「あいつとはちょっとした腐れ縁があるからな……」
諦観で満たされた雰囲気で隆也は優弥に答えた。
すると、能力の影響を受けず、意味不明と顔に描いてある柚子と、能力で優弥たちを捕縛した雅が近寄ってきた。
「ってか、優弥も隆也も、何やらかしたんだ?」
「それを今から聞くところです。今野先輩は何かと問題を起こすことが多いですが、今回の件は事件性ありとして、二人には話を聞かせていただきます。
あなたも彼らの知人ですか? なら、私とともについてきなさい」
「えぇ~、俺もぉ?」
納得のいかない表情の柚子を尻目に、不遜な態度の雅は優弥と隆也の首根っこをつかんで立たせ、歩くように催促する。能力による拘束は解けたようで、体は自由を取り戻していた。
「分かりました。大人しくしますから、もうあんなことしないでくださいよ」
「それはあなたたちの態度次第です。私の顔を見るとすぐに逃げようとする無能力者は特に気をつけなさい」
「はいはい、分かりましたよ、博野雅生徒会書記殿」
辛辣な言葉を浴びせられた隆也は肩をすくめて見せる。反省の色はなさそうだ。
「ひろの? うちのクラスの担任と同じ名字だな?」
「あれ? 本当だ。そういえば、能力指導長? とかいう教授の人も博野っていったっけ?」
ぽろっと出てきた雅の本名に、柚子は頭を捻る。優弥も賛同し、首を傾けた。
「そりゃそうだ。雅は博野教授と、琴葉先生の実の娘なんだからな」
「……は?」
「……そうなの?」
柚子と優弥、二人の驚きの声が重なる。
優弥たちのやりとりを聞いているのかいないのか。三者の視線を背中に受けつつも、雅は我関せずと先導する足を止めなかった。