6話 優弥と能力と
入学式から約一ヶ月が過ぎた。
五月の連休も終わり、気だるげな空気がわずかに漂う。
しかし、ここは教室ではなく、能力開発館。
そして、揃った顔ぶれは雑多な年齢層の若者たち。
本日は土曜日。かなりの人数がここに集められたのは、能大付属の全校が共通授業である能力研究が開講されているため。
「能力研究の授業を受けるのは二回目だけど、すごい人だね。空席ばっかりのうちのクラスも来てるみたいだし」
『進級、進学に必須な授業だからね~。この学校、非能力者には受けがよろしくないけど、大学を卒業すると世界的な評価が高いみたいだし。ゴロツキでも箔をつけたいんでしょう』
優弥と美姫は感心しながら周囲の様子を伺う。
これまでの授業、ほとんどががらんどうであるFDクラス。しかし、この日は珍しく能力開発館にはクラスの面子が勢ぞろい。
ガヤガヤと騒がしい喧噪。
ただ、FDは相当な爪弾き者扱いらしい。優弥、柚子、隆也以外はひとかたまりになっている。FDの中心は聡が取り仕切っていた。柚子と隆也は別グループに分かれて談笑している。
「それにしても、能力研究って能力の種類をかなり細分化して、自分と似た能力を持つ人たちと情報を共有する授業だよね? うちのクラスの人たち、能力の種類もバラバラだと思うのに、一カ所にいていいのかな?」
『さぁ? 参加することに意義があるんじゃない? 現に教師は誰も注意しないし』
能力研究の授業は能力者同士の交流の場。それ以上に自身の能力について深い理解を得られる貴重な場でもある。
能力の種類は肉体系と情報系の二つ。また、その下にはそれぞれ二つの能力区分が存在する。
肉体系は増強系と付加系。情報系は創造系と操作系。正式には肉体増強系、肉体付加系、情報創造系、情報操作系、と区分されている。
肉体増強系は文字通り、身体能力を向上する能力を指す。それは、肉体系の能力の副作用である高い基礎運動能力を、さらに強化するもの。間宮聡の『筋鎧』がこの分類に当たる。
肉体付加系は本来備わった人間の身体、および身体能力に何らかの機能を追加する能力を指す。柚子の『力点収束』、優弥の『霊感体質』などが該当する。
情報創造系はVR技術に代表されるような新技術の構想、開発、制作などを行える。また、脳に思い描いた物体を具現化させる者もいる。
情報操作系は主に火、水、風といった自然現象、重力などの物理法則を操ることが可能な能力。檜間正一郎の『瞬火花』、正一郎を無力化した刑事の『薄風刃』、博野琴葉のFDクラスを黙らせた重力を操る『過負荷領域』などが情報操作系の能力である。
上記四区分も能力系統を統括したものであり、実際保有する能力の効果はそれぞれ違う。
情報操作系でも、『瞬火花』と『薄風刃』とでは、能力への理解も、訓練方法も、何もかも変わってくる。
また、同じ火を操る能力でも、正一郎のような爆発を起こすようなものもあれば、火炎放射のように炎をまき散らすものもあり、癖が全く違うものもいる。
当然、全生徒に対応した能力持ちの教師を集めることなど不可能。細分化された能力の種類はそれほど膨大なのである。
そんな教師への負担を減らす為に考案されたのがこの授業。
自分の能力と同じ、あるいは近い能力者同士で情報交換を行い、己の能力の向上、可能性、有用性などを議論する。生徒はもちろん、教師もこれに参加している。
同時に、年上の者が年下の者を導き、年代を超えた交流を持たせることも狙いの一つ。
能力の方向性を知り、どう活かすかを考察する。能力関連科目の基礎となる授業が能力研究である。
「それにしても、二回目も見事にあぶれちゃったね。どうしよっか?」
『あら? 私は今のままで構わないけど? だってユウ君と長い間おしゃべりできるんだし』
現在、優弥は一人で美姫と話をしている。
もっと言うと、周囲数メートルは生徒がいない。
優弥を中心にぽっかりと空いた無人空間。
円の外側には生徒たちでひしめき合っているというのに。
『それに、ユウ君と類似した能力者が全然いないんだから、誰かと相談なんてできないじゃない?』
「そうだよね……。まさか『霊感体質』に近い能力を持つ人が、僕以外にいないなんて思わなかったしなぁ」
能力開発館には溢れんばかりの人で埋め尽くされている。
彼らは必ずいくつかのグループに分かれており、集まって議論している。グループは自身の能力について話し合い、理解を示し、悩む。
孤立しているのは、優弥一人。
つまり、霊を知覚することができる能力は、優弥しか保有していないということ。
「仕方がないね。雑談だけじゃあれだし、僕の能力について考えてみようか、お姉ちゃん」
『ユウ君の能力は奇跡の力よ!』
「え? いや、そんなこと聞いてないけど」
『それ以外ないわ! 私が言うんだもの! 間違いない!』
「もしもし? お姉ちゃん? それって、能力の分析じゃなくて、ただの個人的感想だよね?」
『みなさ~ん! 聞いてくださ~い! うちのユウ君は奇跡の子なんですよ~!』
「ちょっ! やめて! 周りの幽霊さんたちを集めないで! あとその文句めちゃくちゃ恥ずかしいから!」
能力開発館には全階合わせて一万人以上の人間がいる。
優弥のいる一階は約四千人。
だが、優弥と美姫の視界にはそれに倍する人数の人間が存在した。
半分は生徒、半分は幽霊だ。
幽霊の内訳はほとんどが美姫と同じ守護霊で、館内の空中を行ったり来たり、好き勝手している。
その約四千体の幽霊が、美姫が騒ぐと一斉に優弥たちに注目し、集まりだした。
『へぇ~? その子が奇跡の子? 普通の能力者にしか見えないけどねぇ?』
『なになに? 面白いこと?』
『うるさい女子じゃのう。一体何事か?』
『はははははははははははは!』
まさに喧々囂々。優弥に興味を示す者、無邪気に寄ってくる者、美姫を窘めるもの、もはや訳の分からない者。優弥を中心に、次から次へと集結してくる幽霊たち。
一斉に発言するものだから、優弥の鼓膜が限界を迎えつつある。
「あ~、もう! ちょっと静かにしてください!」
たまらず大声を上げる優弥。
そして、水を打ったような静寂。
誰もが発言をやめた。
「僕は奇跡の子なんかじゃありません! 誤解しないでください! 面白いこともないですし、うちのお姉ちゃんが失礼しました! あとあなた! 意味不明な笑いは控えてください! 正直気持ち悪いんです!」
『え? その子……』
『ぼくらの姿も、声も、わかるの?』
『なんと……』
『はははは?』
優弥は宙に浮かぶ一体一体を指さしながら訂正、謝罪、指摘を繰り返していく。
ざわめく幽霊たち。先ほどよりも声量が抑えられているため、優弥の耳には優しい。
一息に叫んだ優弥は肩で息をしている。
そんな彼に、近づく影。
「神田優弥さん」
冷たい視線。光るメガネ。底冷えのする声音。
恐る恐るといった具合に振り向く優弥。
予想通り、そこにいたのはきっちりスーツの琴葉。
「は、はい? なんですか?」
「さっきから独り言を呟いたり、いきなり大声を上げたり、周囲からは理解不能な奇行ばかりで他の生徒が迷惑しています。低学年の生徒が怯えていますから、あなたの方が静かにしてください。できなければ、出ていきなさい」
指摘され、初めて優弥は周囲の人間に視線を配る。
周囲の目線は一様にこちらへと集まり、特に幼少の生徒の瞳には恐怖に近い感情が浮かぶ。
(あちゃ~、またやっちゃった……)
自分の過ちに気づき、優弥は顔を手で覆い、天を仰ぐ。
優弥の視点では幽霊たちと会話していただけだが、周囲の人間は幽霊の知覚が不可能。
よって、優弥の能力を知らない人間からすれば、優弥は宙に向かって大声を上げる変人でしかない。
現に変質者を見るような目もそこかしこに存在した。
能力研究の授業は、今回で二回目。実は一度目の授業でも同じ失態を犯していた優弥。前回と顔ぶれが違うため、反応も大体同じ。
客観的に見れば不審者や精神異常者の挙動。子どもたちが不安に覚えるのも無理はない。
「え~っと、みなさん、すみません。お騒がせしました」
頭を直角に曲げ、最敬礼。素直に謝罪した優弥。
「気をつけなさい、神田優弥さん。ただでさえ、ここ一ヶ月の能力開発や、前回の能力実技の授業での成績が最低値なのですから。あなたの場合、能力単位はこの場で補わなければならないんですよ」
頭を上げ、曖昧に笑う優弥に厳しく言い放つ琴葉。
能力開発とは、能力研究と同様、能力に関する授業の一つ。
能力の使い方を、実際に使用することで理解を深めることをコンセプトとし、主に能力研究で話し合った自分の能力の可能性を模索する授業。座学である能力研究とは正反対。
週に一度行われ、全学年が曜日とランク別に分かれて受けることとなっている。Aクラスは月曜日、Bクラスは火曜日、Cクラスは木曜日、Dクラスは金曜日となっている。
また、能力実技とは生徒同士が能力を用いて対戦することにより、制御や感覚を体で覚えさせる授業。
簡単にいえば、優弥と柚子が聡と行ったような対戦を生徒間で行うこと。こちらは能力研究と同じく月に一度行われ、学年別で実施される。一年、二年、三年と能力実技を行う日は別。
一日すべての時間を消費するため、一人一度は誰かと対戦することとなる。
相手は完全にランダムで、ほとんどの場合実力的に対等な相手が選ばれる。が、Aランク対Dランクという無茶な対戦カードもたまに実現する。
さて、ここで優弥の成績について説明する。
優弥はこの一ヶ月でこれらの授業を受け、全くと言っていいほど成果を出していない。
理由は、この二つの授業では、必ずブリシアッドを使用しなければならないこと。
能力開発ではブリシアッド内で能力がほとんど使えなかったために、授業内容を行うことがそもそも不可能。
能力実技ではそれに加えて動作の遅れが対戦における致命的な弱点となったため、全戦全敗。
よって、優弥の成績は最低と判断された。
「このままでは卒業どころか、進学も危うい、という自分の立場をもう一度よく理解してください。では」
琴葉のお小言が終了し、次第に視線の集中砲火は散り散りになっていった。が、優弥の居心地の悪さは変わらない。ちらほらと陰口まで聞こえてきそうな心情。
「もう、お姉ちゃんのせいでまた恥かいちゃったよ」
『あはは、ごめんね?』
恨みがましい視線を美姫に送る優弥。すると、ごまかし笑いを浮かべて両手を合わせて謝罪ポーズ。
よく見ると、優弥が声をかけた幽霊たちもばつの悪そうな顔をしている。
『えっと、ごめんなさいね、君。私たち、迷惑かけちゃったみたいね』
『ごめんなさい』
『すまぬな、小僧。恨むならそこな小娘を恨め』
『ははっ、ははははっ』
「いえ、僕の自業自得ですから。それと、さっきから笑ってばかりのあなた、もう喋らなくていいです」
一体を除き、謝罪をしてくれる幽霊たちに頭を下げていく優弥。また不審に思われないよう、動作はなるべく小さくするのも忘れない。
『しかし、本当に私たちが見えてるのね。不思議だわ』
「不思議、といわれても、それが僕の能力ですから」
二十代くらいの女性の幽霊が優弥の身体をペタペタと触る。
『へぇ~、触れるだけじゃなくて、ちゃんと人肌も感じるんだ? おもしろ~い』
「え、えっと」
『ちょっと! うちのユウ君に気安く触らないでよ!』
『きゃっ! 何よ、ケチね』
困り顔で触られ続けた優弥。女性の行動は途中で美姫が遮った。
『お兄ちゃんはぼくらに触ることもできるの?』
「できるよ。ほら」
小学生くらいの男の子の霊の頭を、優弥は撫でた。
髪を梳くように優しく撫でられる、久しい感触。男の子は目を丸くしながらも、すぐに気持ちよさそうに細めた。
『ほんに面妖な力じゃの。生きた人間と会話が成立するなど久方ぶりじゃ』
「でしょうね。僕でよければ、またお話をお聞かせ願えませんか?」
『ほほ、まだ礼儀を知っとる小僧じゃの。それに比べ、わしの守護対象ときたら……』
白髪で長い髭を蓄えた老人は自分の憑く人間に対してグチを始めた。
『はは……』
「会話をする気があるなら、ちゃんと言葉を使ってください」
輝く白い歯とボディビルダー並みに盛り上がる筋肉を惜しげもなくさらし、笑い声をあげながらポーズを取る三十代の男性に、優弥は間髪入れずにつっこみを送った。
その後も群がってくる幽霊たちの対応に追われ、優弥は能力の分析などできなかった。ちなみに、前回も似たような展開に終わっている。
「はぁ、僕の能力研究はいつになったら進むんだろう?」
『さ、さぁ?』
思わずこぼした優弥の一言に、結果的に授業の妨害をした張本人は彼から視線を逸らすしかできなかった。