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優弥と美姫と超能力と  作者: 一 一 
一章 入学と波乱と能力者と
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5話 不良とタイマンと


「そうだけど。優弥たちに何か用か、間宮(まみや)?」

 隆也の肯定に男子生徒ーー間宮(さとる)は視線を鋭くする。

 四人の中で一際大きな体。岩のようにごつく、厳つい顔。太い眉に乱雑に跳ねた焦げ茶色の短髪は他人を威圧するよう。

 体格はとてもたくましく、かなり筋肉質。一目見て肉体系の能力者だという推察が可能な人物。制服の腕部分はまくり上げられ、のぞく腕は毛深い。見た目からまるで熊かゴリラのような男だった。

「そうだ。そこの新入り、俺と勝負しろ」

 身長差もあり、聡に見下されている優弥は頭上に疑問符を、柚子は薄く喜色を浮かべた。

「おい、間宮。優弥も天満も、まだこの島に来て一週間も経ってないんだぞ? いきなり喧嘩売るってどうなんだよ?」

 隆也も疑問を浮かべているが、優弥のそれよりも呆れの感情が強い。

「強さを確かめるためだ。この島じゃ力がすべてだ。FDの頭を張ってる俺より強いかどうか、確かめるのもリーダーの務めだろう」

「おいおい、まだそんなことにこだわってんのか? 自分がDランクで、ほとんどの能力者には勝てねぇからって周りに当たり散らした結果が、リーダー的な立場だろうが。優弥たちは関係ねぇだろ?」

「クラスの強者である俺が決めたルールだ。新崎も俺より弱い。指図するな」

 どうやらクラスメイトの一人だろうと当たりをつけた優弥。とりあえず口出しはしないで静観。

 柚子はというと、勝負という言葉に目を輝かせ、まだかまだかとソワソワしている。

『ちょっと、アンタんとこのガキ、どうなってんのよ! いきなりうちのユウ君に喧嘩売って! 何様のつもり!』

 美姫は啖呵を切った聡の守護霊らしき幽霊にクレームを付けていた。深々ときれいに頭を下げている聡の守護霊に、謝罪することへの慣れが見て取れる。

「ふざけんな! てめぇの身勝手な屁理屈を優弥たちに押しつけんなよ!」

 不遜な物言いの聡にいらつき、声を荒げる隆也。島の外にいた優弥と柚子を、平和な環境で育った能力者だと思っていた。隆也は二人をかばおうとする。

「いや? 俺は構わねぇぞ? むしろやらせろ。ちょうど暴れたかったところだしよ」

 しかし、一人にはその気遣いが全く伝わっていなかった。

 驚いた隆也は柚子を見る。

 彼女は好戦的に瞳を輝かせ、すでにストレッチまで始めている。誰が見ても戦闘準備。やる気満々である。

「おいおい、天満! お前何言って……」

「無駄だよ、新崎君。柚子ちゃんは見ての通りバトルマニアだから」

『うんうん、忠告するだけ喉が疲れるだけだよ、少年』

 擁護した相手に目論見を外され、動揺が大きい隆也。

 さすがにつき合いが長いためか。肩を叩いて隆也を慰める優弥と、同調する美姫。止めることなどせず、柚子に対して理解の色濃く頷くだけ。

 喧嘩腰ではなく、純粋に争いを好んでいるように見える柚子の様子に虚を突かれたのか。聡は片眉を上げ、怪訝な表情。

「長髪の女は……まあいい。そっちの小さい男。お前にも拒否権はない。いいな」

「あ~、うん。わかったよ。間宮君」

 他人事のような反応だったためだろう。優弥は聡に釘を刺される。

 あわよくば柚子に気を取られて忘れてくれるかと思った優弥。しかし、そううまくはいかないらしい。

「でも、どうやって勝負するの? ブリシアッドは僕たちだけじゃ使えないんだよね?」

「新崎が教師を呼んでくる」

「俺かよ!」

 文句を言うも、聡の威嚇に怯み、渋々パシリになった隆也。

 数分後、連れてきたのは表情に乏しいながらも不機嫌丸だしのFD担任、琴葉。

「……あなたですか、間宮聡。中学校の先生方から話は聞いています。今回は名目上自習だと言うことでブリシアッドの使用を認めますが、今後無闇に私闘を行うようでしたら授業外のブリシアッドの使用を禁止しますよ? 子供の喧嘩に学校の備品を使わないでください」

「ちっ!」

 どうやら中学から問題児だったらしい聡。しっかり琴葉に注意を受けて盛大な舌打ち。肯定も否定もしない聡に反省する色はない。

 不機嫌の度合いが更に増した琴葉。

「それで? ブリシアッドを使うのは間宮聡と、あなたたちですか?」

「はい。そうなりますね」

「頼むぜ、センセイ」

「入学早々、面倒くさいことに巻き込まれましたね。願わくば、あなたたちが今後も騒動の中心にならないように祈りますよ」

 優弥と柚子を認めて苦言を漏らし、琴葉は一番近くの電子パネルを操作し始めた。

 待つことしばし。

 タッチパネルの電子音が止み、日焼けマシーンのようなカプセル状の機械が二台、床を割ってせり出してきた。

 縦は約三メートル、横は約二メートル、高さは一メートル五十程。全体的に丸みのあるフォルムで、塗装は銀一色。あまりに無機質な印象のため、棺桶のようにも見える。

 機体の上部を開くと内側にはモニター。画面には内部から操作する場合の手順を映し出してくれる。また、仮想空間内部の設定などもモニターを見ながら行える。

 内部にはウォーターベッド。体が沈み込み、寝心地は非常に良好。

 頭側には脳波を読みとるヘッドセット。伸縮性に富んだ素材を使用しているらしく、どんなサイズでもフィットする仕様。

 内部側面には操作パネルや、空中にレーザーで描いたキーボードを指で触れると認識してくれる、空間認識キーボードの投影機などが設置されている。

 また、外側の装置下部にもコンソールがあり、外にいる人間でも操作可能になっている。

「へぇ~。意外とでけぇな」

「肉体系の能力者は基本的に男性で、大柄な方が多いのです。彼らへの配慮のため、すべての筐体の内部は広く設計されています。

 そこの間宮聡など、外見は典型的な肉体系の能力者ですね。女性の天満柚子さん、小柄な神田優弥さんが少数派といえます」

 物珍しそうな柚子へ律儀に説明を加えた琴葉。感嘆の息を吐きながらブリシアッドの外装を触りまくる。

「小さい男。まずはお前からだ。入れ」

 聡は柚子の玩具になっている方のブリシアッドを指さし、優弥を促した。自分はさっさともう一機の上部を開き、靴を脱いでフタを閉めた。

「では、神田優弥さん。こちらに寝てください。天満柚子さんは少し離れてください。それと、ブリシアッドの中に入るときは、彼と同じように靴は脱いでいただきます。

 二人は初めてブリシアッドを扱うでしょうから、今回の操作は私が行います。が、操作はいずれ覚えてください。中に入ったら、ヘッドセットをつけて待っていてください」

「はい、お願いします」

 優弥は指示通りに靴を脱ぎ、ブリシアッドに入り横たわる。

 そして、開いたフタを閉じて脇にあったヘッドセットを装着した。

 しばらくするとモニターに膨大な文字が現れては流れていき、最終確認画面のみが表示された。

『仮想空間へ移行します。よろしいですか?

 →はい いいえ』

「では、ブリシアッドを起動します。おやすみなさい」

 決定をどのようにすればいいのか迷っていた優弥。しかし、外からかけられた声とともに選択肢は消え、徐々に意識をまどろませていった。


 次に目を覚ますと、優弥は真っ白な空間にいた。

 地面も白。

 空も白。

 地平線の彼方も、若干暗くなっているが白。

 ステージ設定を行っていないためだろう。ただ広く、障害物など何もない。何日もこの空間にいれば気が触れそうだ。VRだと知っていなければ半狂乱状態に陥っても無理はない。

 と、優弥が周囲を観察している最中。

 ポーン、という電子音の後、聡が十メートルほど離れた場所に出現。

「準備はいいか?」

「準備って、すぐ始めるの? 僕はルールもわからないんだけど?」

 聡は優弥を見つけるなり構えを取る。喧嘩で培った我流の構えなので、格闘技を習った優弥から見れば素人のそれ。

 しかし、勝負を始めると言っても優弥はルールを知らない。どうすれば勝ち、負けるのか。どのようなことが許され、許されないのか。

 自習とは言え授業の一環である以上、ある程度のルールはあるはずと踏む優弥。

『それは私の方から説明します。間宮聡。あなたは神田優弥さんが外からの入学であることさえお忘れですか? 構えを解きなさい』

 優弥の疑問は、突如空中に現れたスクリーンに映る琴葉が応える。ついでにたしなめられた聡。一瞬動きを止めて渋々腕をおろす。

『あなたたちが行うプログラムはバーサスと呼ばれるものです。肉体系の能力者が使える対戦プログラムは他にも存在しますが、今は割愛させていただきます。

 バーサスのルールは簡単。手段を問わず、一体一で対戦相手に攻撃行動を行い、仮想空間から追い出すことが勝利条件です。禁止事項は特にありません。

 具体的な条件ですが、あらかじめ設定した以上の仮想肉体(アバター)へのダメージをブリシアッドが検知する、もしくはこちらが設定する攻撃の接触回数以上の攻撃を仮想肉体に受けると敗北となります。

 今回、バーサスを初めて体感する神田優弥さん、天満柚子さんに配慮し、十度の攻撃的接触を受けた側の負けという回数制限を採用します。どのような手段でも構いませんから、相手を十回、叩きのめしてください。

 万が一、ブリシアッドの使用中にシステム上の不備が発生した場合、私が速やかに接続を中止させますので、ご安心を。

 以上で説明は終了します。質問はありますか?』

 一息の説明を聞き終え、優弥は首を横に振る。

『では、試合開始位置を表示します。両者はそちらへ移動してください』

 スクリーンとともに琴葉の顔が消えると、優弥の視界に緑色の逆ピラミッド型の矢印が表示された。

 優弥には見えないが、聡にも位置表示の矢印が示されたのだろう。無言で開始位置に着く。

『それでは、準備はいいですか?』

 優弥も位置に着くと、今度は音声だけで琴葉から声がかかる。

 聡は小さく首肯。

 優弥は「はい」と一言。

『では、バーサス戦を承認します。テンカウントの後、試合を開始してください』

 再び途切れる琴葉の音声。

 そして、優弥と聡の間に大きな数字が出現。

 十からカウントされていく。

 優弥は自然体のまま。

 聡は先ほどの構えをとり、時を待つ。

『プレイヤー1、『霊感体質』神田優弥。プレイヤー2、『筋鎧(マスル・メイル)』間宮聡。バーサス、起動。試合開始』

 琴葉ではない女性の機械音声が流れ、数字がゼロになる。

「行くぞ!」

 先に飛び出したのは聡。能力のためか、筋肉が肥大化した足で駆け出す速度はそれなりに速い。彼我の距離はみるみる縮む。

 迫りくる熊のような男を前に、優弥はそれでも動きを見せなかった。

「うらぁ!」

 さらに距離を詰めた聡は足と同様右腕を肥大化させ、優弥に殴りかかった。大木の幹のように太くなった腕が、拳が、杭のように打ち出される。

「……うっぐ!」

 そして、優弥は無抵抗のまま聡の拳を受け止めた。

 聡の拳は隙だらけだった頬を見事に捉え、抵抗を見せなかった優弥を吹き飛ばす。

 能力によって上乗せされた腕力により、バウンドを繰り返しながら数メートルを転がっていく。

「いっつつ……。でも、現実より痛覚は弱まってるみたいだ」

 腫れ上がった頬をさすりつつ、身を起こす優弥。

 視界の斜め上に出現したウインドウには『被ダメージ、五』と表示されていた。受け身はとっていたはずだが、バウンドのときに受けた衝撃もダメージとして換算されている。

 早くも優弥の持ち点は半分となった。

「それに、さっきの感覚。これは、相当不利だね、お姉ちゃん」

 自然と美姫へと声をかけるも、優弥に応えるものはいない。

「…………あれ?」

 改めて周囲を見回すと、美姫の姿は影も形もない。

 優弥の能力は常に発動状態にある。意図的に能力を使わないようにする以外で、霊が見えなくなる、ということはない。だが、優弥は能力行使を止めた覚えがない。

 よって、姿が見えなければ存在しないということ。

「そうか。よくよく考えればここは僕と間宮君の脳が見ている幻のような世界なんだから、お姉ちゃんが入ってこれないのは当然じゃないか」

 優弥が行くところはどんなところでもくっついていた美姫。

 しかし、仮想空間は脳の知覚に依存した閉じられた世界であり、現実に存在する場所ではない。

 幽霊の定義は優弥の能力によって認知される意識体という位置づけでしかない。

 彼らにはVRの世界へ入るために必要な、物質そのものという意味での脳がない。

 おそらく電気信号のやりとりで生まれた世界に干渉することは不可能なのだろうと、優弥は推測した。

「あはは、この状況、もしかしなくても大ピンチじゃない?」

 乾いた笑いを漏らし、一筋の冷や汗を流して、距離が離れた自身に追い縋る聡の姿を優弥は眺める。

 いくつかの条件により、聡に勝てる気がしない優弥。かといって、大人しく負けるのも納得できない。

 とにかく、優弥は今後も使うだろうVR内での動きを把握するため、聡を見据えて駆けだした。


 結果。

「ダメだった。一回も当てられなかったね」

『ユウくぅ~ん!』

 ただの一度も聡にダメージを与えられず、優弥の完全敗北で終わった。試合中ずっとソワソワしていた美姫はたまらず優弥に抱きつく。

「大丈夫か、優弥? ブリシアッドは無害にできてるけど、時々VR内の痛みを引きずるやつとかいるから、無理するなよ」

「平気。痛みはぜんぜん無いよ」

 ブリシアッドから出た優弥は美姫を離し、しきりに体を動かしている。軽いストレッチのようなものだが、全身くまなく解していた。

「おい、優弥。あの無様な姿は何だ? せめて一発くらい入れろよな」

 心配そうな隆也とは違い、柚子からは辛辣な言葉が飛び出た。憮然とした表情で腕を組んでいる。

「おいおい、天満! あんだけボコられたダチに、それはねぇんじゃねぇか?」

「言い訳をしてもいい?」

「……聞くだけ聞いてやる」

「ありがとう。

 まず僕の場合、能力の制限がすごいね。いつもやってる操作(・・)もできないし、お姉ちゃんもいなかった。能力の行使に、あまり融通が利かないみたいだよ。

 あと、仮想肉体、だっけ? 思い通りに動くのはいいけど、思考から反応が遅すぎる。とっさの反応に弱すぎて、僕の得意分野で闘えなかった」

「どれくらいかかった?」

「体感時間で、長いと一秒前後。VRから出た後は気をつけた方がいいよ。すごく気持ち悪いから」

「マジかよ……? そこまで行くと欠陥だぞ?」

 優弥をかばった隆也は無視。柚子はVRに関する考察を聞いて呆れ返っている。

「わりぃな、キツく言い過ぎた。それだけのハンデじゃあ、俺でもかなりキツイわ」

 慰めるように小さな肩を叩く柚子。表情はうってかわって同情一色。かなり不利な試合を強制された優弥に、不憫な目を向けている。

「ううん、別に気にしてないから。それに、柚子ちゃんもやらなきゃダメみたいだよ?」

 返す優弥も同じく同情をにじませた苦笑い。何せ、優弥が通った道を柚子もすぐに辿ることになるのだから。

『女! 何をしている! さっさとブリシアッドを起動しろ!』

 スクリーンに映ったVR内の映像。聡がイライラしながらこちらへと指さしている。

 期待に満ちていた柚子の表情は、煩わしさに塗りつぶされている。VRはもう柚子の興味の対象からは除外されてしまった。全力を出せない状況での試合はやる価値を見いだせないのだろう。

「天満柚子さん、どうしますか?」

「……やるよ。やればいいんだろ」

 琴葉に再確認を受け、肩を落とす。

 煩雑だ、と顔に書いたまま、柚子はブリシアッドへと入り、仮想空間を映し出すスクリーンに出現した。

 お互い出現位置を確認し、優弥と同じルールで戦う旨を説明される。

 柚子は話半分で正拳突きをしたり、虚空に蹴りを打ち出したり、とにかく体を動かしていた。

「やっぱり、柚子ちゃんも動きにくそうだね。反応がいちいち遅れるから、無理もないけど」

「なあ? そんなに違うか? 俺はずっとブリシアッドを使ってきたが、気持ち悪いってほど違和感はなかったはずだぞ?」

「違和感だらけだよ。例えるなら、宇宙空間か、呼吸ができる水中にいる感じに近いかな?

 もともと僕と柚子ちゃんは、能力者であり警察官でもある先生に、武術を学んでたんだ。能力の制御も兼ねてね。

 肉体系の能力者だと、鍛えれば鍛えるだけ動体視力や反射神経も強化されるじゃない? だから、思考から肉体が反応する速度差が気持ち悪くて」

「へぇ、そうなのか? 特に体を鍛えることなんてしなかったから、知らなかったな。ちなみに、優弥の得意分野って何だ? さっき天満と話してただろ?」

「僕は腕力があまりないから、合気道とか柔道を基本とした、投げたり締めたりって戦い方がほとんどだよ。ちなみに、柚子ちゃんは僕とは正反対で、空手が基本の殴り合いが得意なんだ」

 優弥の示すスクリーンには、聡に果敢に立ち向かう柚子の姿があった。

 集中しているためか、動きの違和感が気に入らないのか。ずっとしかめっ面で拳を敵へと突き出し、それ以上に相手の攻撃に当たってしまう。

「柚子ちゃんは、いわゆる拳闘術の先の先。僕は、いわゆる柔術の後の先。

 柚子ちゃんはまだ自分から攻めるスタイルだから闘えてるけど、僕はカウンターが主体だからね。動かしたい瞬間に体が一秒も硬直してたら棒立ちになっちゃって、サンドバッグ状態にしかならないよ。

 まあ、僕がその戦い方にこだわりすぎたから、あれだけ一方的にやられちゃったんだと思うけどね」

 先ほど優弥が成す術もなく倒されてしまった、一番の原因が反応の遅れ。動きを目で捉えられても、体が動かなければ意味がない。

 見た目通り、肉体系の能力者同士でも非力な優弥。相手を投げようと思えば純粋な腕力よりも、相手の体重や力を利用する方が効率がいい。それには相手の呼吸と自分の呼吸を合わせることが重要。

 しかし、身体の自由が利かないのでそれが敵わない。せっかくの技術も宝の持ち腐れとなる。

『あぁ~、もう、鬱陶しい!』

 仮想空間で柚子が吼える。

 優弥と隆也は視線をスクリーンに戻した。


 柚子は苦戦を強いられていた。

 優弥の指摘通り、思い通りに動かない身体。

 優弥同様、柚子の能力にかかった制限。

 考える前に体を動かすタイプの柚子にとって、余計なことに気を取られて仕方がない仮想空間内の戦闘はフラストレーションが溜まる一方だった。

「ふん、そんなものか? お前も大したことはないな」

 普段ならかかることもない安い挑発にも、簡単に流されそうになる。

 優弥と柚子から見て、聡は戦いにおいてド素人もいいところ。ただ能力にかまけて拳をふるうだけ。技術など何もなく、能力によって膨張した腕の大振りな一撃をまき散らすのみ。

 子どもの駄々と大差ない攻撃に押されている。その事実が、柚子の武術を修めた者としてのプライドを傷つけていく。

(くそっ! あんな素人に負けてたまるか!)

 激情に支配されないように、一度大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる柚子。

 聡の能力『筋鎧』は肉体系の中でも、筋肉を増やして力を増大させる。特定の部位だけでなく、全身に効果を発揮できるタイプ。また、筋肉を堅く膨らませることで、相手からの攻撃への防御にもなっている。

 能力を使用したときに、身体の一部が膨張しているため、注意すべき部位は分かりやすい。さらに、肥大しすぎた筋肉が邪魔をして動きを阻害しており、攻撃速度もそこまで早くはない。

 一方、柚子の能力『力点収束(ベクトル・アクセル)』は見た目の変化はないまま、力学的な『力』だけを操作、増幅させる能力。

 例えば拳で殴るエネルギーを針の先端ほどの面積に集中させるような、力が加わる面積を小さくして圧力を増加することが可能。簡単にいえば拳で殴るか、釘を仕込んだ拳で殴るかの違いが生じる。

 また、拳で殴る分のエネルギーを変換し、極端な例を出すとダンプカーに衝突する位のエネルギーへと膨らませる、といったことも可能。つまり、運動エネルギーの大きさそのものを増加させられる。

 熟練した使い手である柚子なら、力の伝導にまで干渉でき、力の衝撃を与えたい部分に直接ぶつけることもできる。例えば、皮膚に衝撃を残さず、内蔵だけにダメージを負わせる、といったこと。

 そのため、直接筋肉には影響を与えていないので、身体的な頑丈さは全く変わらない。また、柚子は優弥と同じく能力が常に発動するタイプであり、ランクもD。能力の恩恵は、成人男性のプロアスリートと同レベルの力しか発揮できない。

 要するに、攻防一体型の聡とは異なり、柚子は攻撃力一点特化の能力といえる。さらには、ブリシアッド内で生じた制限により、意図的な圧力の変化も、エネルギーの増幅も、衝撃の操作もできない。

 それはほとんど一般人と変わらない身体能力で相手をすることと同じ。能力の恩恵を全く受けていないため。

 すでにいくつかの攻防が過ぎ、残りのライフは柚子が三、聡が七。

 柚子の圧倒的不利である。

(このままじゃ埒があかねぇか。俺の身体が反応するまでに一秒かかるんなら、一秒先の動作を予測して身体を動かしゃいいよな。そうすりゃ誤差が小さくなるはずだ。……うし!)

 思うが早いか。柚子は戦闘用の思考をさらに研ぎ澄ませる。

 優先させるのは順に、動きの先読み、痛撃、ついでに回避。

 優弥の動きを思い出し、参考にする。自分からけしかけるにしても、先読みを行ってから攻撃するのなら、優弥の戦い方が有利と判断。

 算段は整った。

 あとは勝つだけ。

「ふっ!」

 柚子は右足で地面を踏み切り、蹴り抜く。

 能力が自動で働き、地面を蹴る運動エネルギーを増加。

 向かう先は数十メートル先の聡。距離感を測る要素が聡以外に存在しないため、目測である。

「ふん、今更何をしたところで、……遅い!」

 勝利を確信した様子の聡。埋まっていく柚子との相対距離。

 しかし、黙って柚子の到着を待つ理由もない。聡も丸太のような両足で駆け出す。

「シッ!」

 聡から漏れる気合いの声。

 柚子は数秒で聡の射程範囲に入り、相手の一挙手一投足に意識を収束させる。

 筋肉の動きや視線から、相手が取るだろう動きを予測。

 聡の右肩がわずかに動き、左足は地面を噛んで筋肉が収縮する。

 敵の瞳の線上には己の鳩尾。

 朧気に見えてきた聡の行動に合わせ、柚子は頭の中で身体を操作する。

 刹那。伸びてくる聡の剛腕。

 拳はまっすぐに胴体の中心へと吸い込まれていく。

 あと少しで自分の間合いに入るというところで、柚子が一秒前に下した命令は体にさらに力を込め、足を強く踏み込ませる。

「……なっ!」

 驚愕の声を上げたのは歪な肉体の聡。

 鋼鉄にも迫る硬度となった凶器の腕が突き刺さる寸前。

 垂直に浮き上がる柚子の身体。

 真下で轟音が空しく過ぎ去る。

 折り畳まれた足を動かし、さらに跳躍。

 踏み台にしたのは、肉製の巨木から生えた幹が如き腕。

 跳躍高度は己の身長を超え、目を丸くした巨漢の頭上へ。

 上昇が止まるとき、天に掲げられた細い足。

 不敵に笑む。

「食らえぇ!」

 野獣じみた叫声。

 柚子の身体は重力を思い出し、落下。

 同時に振り降ろされる断頭台を彷彿とさせる鉄槌。

 空気を切断する勢いを阻むものはなく、無防備な頭蓋に着弾する。

「んぎっ!」

 くぐもった声を上げた聡。

 脳天に直撃したかかと落としの勢いに逆らえず、顔から地面へと沈み込む。

 ブリシアッド内は痛覚が軽減されているが、その事実を無視するように聡の脳は悲鳴を上げる。

『被ダメージ、二』

 首から上を粉砕されるような痛みに呻きつつ、聡の視界の端に淡々とメッセージが表示される。

 残りは五回。

 耳元で、軽やかな着地の音。

「立てよ」

 倒れた聡の襟首を掴み、柚子の二倍以上はあるはずの重さを持つ上半身がわずかに持ち上がる。聡の両膝は地に着いたまま、首だけを上に上げさせられ、何とも情けない姿をさらしている。

 大樹のような聡のそれと比べると、枯れ枝のような一本の白い細腕。持ち主は美貌の少女。

 超重量を支えてなお凛と佇む姿は非現実に過ぎ、戦士の健闘を称える戦女神にも、戦士の命を手折る悪鬼にも見える。

「さっきまでの勢いはどうした? っらぁ!」

「がはぁ!」

 柚子は手を離し、自分へ向かって倒れてこようとした聡の腹へ膝蹴り。

 あまりの衝撃に聡は思わず左手で腹をかばい、右手を地面につく。大きく息を吸い込み、咳込もうとした直後、追撃の回し蹴り。遠心力を味方につけたかかとが聡のこめかみに衝突。支えにしていた右手から力が抜け、その場へ倒れ込んだ。

 急所へ二度も攻撃を叩き込まれた聡。頭への一撃で昏倒しかける意識を必死につなぎ止め、涙混じりの視界に映ったのは『被ダメージ、二』の文字。

(冗談じゃない!)

 聡は心の中で罵声を上げる。今まで相手に与えたダメージとの釣り合いが全くとれていない故の、声なき叫び。

 すでに柚子へと与えた七度の攻撃は掠った程度のダメージでしかなく、聡が受けたようなクリーンヒットなど一度としてなかった。そうでなければ、柚子とて軽やかな体術などできはしない。

 たった数合の攻防で並んだポイント。

 一見同じ条件のようだが、聡には柚子の残り三点があまりにも遠い。

「随分大人しくなったもんだな」

 吐き捨てるような声が降ってきた。

 そこで聡はようやく思い出す。

 自分と対戦相手の距離は、いまだゼロに等しいということ。

 つまり、柚子の脅威からは逃れられておらず、安全地帯ではないこと。

「うっ、ああああぁぁぁぁ!」

 自身を圧倒する、同ランクの能力者。

 ほとんど避けてきた、格上の実力者との戦い。

 聡はずっと逃げ続けていたために忘れかけていたもの、絶望的なまでの恐怖を、久方ぶりに覚えた。

 半ば忘我状態となった聡は、悪あがきのように能力で変質した右腕を横薙ぎに振るう。

「往生際が、悪い!」

 コツを掴んだのか。聡の攻撃にすぐさま反応して見せた柚子。

 真横から迫る肉の棍棒へ、彼女は真っ向から蹴りで応酬。

 肉体同士が奏でる音とは思えない、大きく鈍い重低音が仮想空間を震わせた。

「ぎっ、がああぁぁ!」

『被ダメージ、一』

 まるで骨を砕き、神経を抉るような激痛が聡を襲う。現実の肉体ではなく、痛覚が鈍化されているとは思えない苦痛。

 柚子の能力は体の内部へ直接干渉することが可能。だが、今回は能力によるものではなく、柚子の技量のみで衝撃を肉体の内側に浸透させるように迎撃していた。

 自覚できるほど情けない悲鳴。

 何も考えられない。

 一刻も早く、目の前の女を排除しなければ、殺される。

 死の影すら幻視した聡はガムシャラに能力を発動。

 無事だった左腕に余力を残さずつぎ込む。

 顔、背中、足、全身至る所から流れる脂汗。

 次はない。

 これで決着をつけなければ。

 決死の覚悟を抱く。

「死ねえぇぇぇぇ!」

 正面から射出された巨大な拳。

「てめぇが死ね!」

 迎え打つは洗練された小さな拳。

 そして、接触。

『被ダメージ、一』

 聡の視野の端、最後通告が表示される。自身のライフは残り一つ。

「うおおお!」

 聡の左腕の中を走る電流のような鋭痛。

 衝突のインパクトが体内で収束し、神経の一本一本を刺激する。

 発散された力の奔流が、内側から筋肉の装甲をはじき飛ばしてもおかしくないほどうねり、荒れ狂う。

「……ちっ」

 打ち出した拳の先で、舌打ちが一つ。

「…………は? な?」

 すると、確かに感じていた柚子の拳の感触が消える。

 理解が追いつかず、左腕の能力を解除。

 悪魔のように見えた少女の姿は、ない。

 そして、見慣れた画面表示を聡の眼前で踊る。

『天満柚子、累積ダメージ十。あなたが勝利しました』

 白が支配した世界を、呆然と立ち尽くす聡。

 勝負は呆気なく終わり、勝った実感などない。

 耳元で鳴るファンファーレに毒気を抜かれ、腰が抜けた聡は尻餅をつく。

 当分、その場を動けそうになかった。


「お疲れ、柚子ちゃん。負けちゃったね」

『惜しかったわね』

「ああ、くそっ! あのVRめ、融通が利かなさすぎるぞ!」

 あと一歩のところで勝利を逃した柚子。ブリシアッドから起き出し、優弥に愚痴をこぼしていた。

「まあ、ブリシアッドは詳細なバトル設定ができる一方で、判定がルール遵守の杓子定規になっちまうからな。試合に負けて、勝負に勝った、ってことだ。それで我慢しろよ」

 試合の様子を観察していた隆也も加わり、柚子を宥めている。

 なぜ柚子が負けたのか。

 それは、琴葉が設定した『攻撃的接触』という部分が原因。

 残り三点を残した柚子は、このルールに則り、聡の拳を足と拳で迎撃ーー接触したことで二点を失う。

 そして、残りの一点は形勢が柚子に傾く前。聡の拳を回避したときに喪失していた。

 あのとき、柚子はかかと落としを決めるため、相手の攻撃手段だった腕を足場にした。つまり『相手の攻撃に接触』したと判断された。

 そのため、ダメージが皆無であるにもかかわらず、柚子は点数を失ってしまっていたのだ。

「でも、ダメージカウントって随時表示されるから、危なくなったら気づくよね?」

「あいつを叩きのめすのに夢中で気づかなかったんだよ!」

『脳筋ね~。試合中に熱くなりすぎるのが、今回は裏目に出たってわけか』

「まだお前らのことよく知らねぇけど、天満らしいっちゃ、天満らしいかもな」

 素朴な優弥の疑問に、叫びながら返す柚子。頬がほんのり赤く染まっている。不注意であった自覚はあるようだ。やれやれ、と肩をすくめる美姫。隆也は微笑ましそうに小さな笑みをこぼす。

 すると、半ば放心していた聡も接続を切り、ブリシアッドの上部を持ち上げて機械から出てきた。

「では、私はこれで失礼します」

 二人がブリシアッドから降りたことを確認し、琴葉はパネルを操作して筐体を床下へと戻し、早々にその場を立ち去った。

「じゃあ、俺たちも行こうぜ。疲れたし」

「だね。帰ろっか」

「あんま何もしてねぇけど、俺も疲れた……」

『まったく、とんだ災難だったわね。誰かさんのおかげで』

 背伸びをして筋を伸ばし、軽い体操をしてから柚子が優弥の肩をたたく。隆也も同意を示し、美姫は聡を白い目で一瞥した。

「待て!」

 そのまま帰宅の流れになっていた空気をぶち壊したのは、またしても聡。

「何だよ? まだ俺たちに突っかかる気か? お前も満足しただろ?」

 いかにも不機嫌です、という表情で口を開いたのは柚子。

「たしか天満、だったな。お前じゃない。

 用があるのはそこの小さい男、神田、お前だ」

「僕?」

 突然の指名に困惑する優弥。

「天満は、はっきり言って俺より強かった。それは認めよう。

 だが、神田は俺よりも弱い。というより、FDクラスの中でも一番弱い。バーサスでは新崎より弱いだろう」

「そうだろうね。でも、それがどうかした?」

「弱者は俺の舎弟になるのがルールだ。それを肝に銘じておけ」

 目の瞬きを返すのみの優弥に構わず、聡は言いたいことを言い切って、先に能力開発館を出ていった。

 若干早足だったのは見間違いではない。柚子への恐怖心がそうさせるのかもしれない。

「間宮のやつ、またくだらねぇことを」

「全くだ。俺に勝てねぇやつが優弥をパシリにするなんて、とんだお笑い草だぜ」

 隆也は暴力で他人を屈服させようとする聡の考えを。

 柚子は優弥を手下にしたつもりでいる聡の馬鹿さ加減を。

 双方意味は違えど、バッサリ切って捨てる。

「え? 優弥って柚子より強いのか?」

 柚子の発言に疑問を覚えた隆也は思わず訊く。

 無理もない。先ほど優弥は聡に手も足も出ず、あっという間に負けてしまったのだ。善戦を果たした柚子よりも強いとは微塵も思えない。

「じゃあ、優弥の実力、ちょっと見せてやろうか? おい、優弥ぁ!」

 すると、柚子はいきなり優弥を呼んだ。

 隆也は柚子の意図が分からず、首を傾けた。

「え? な……」

 聡の発言で美姫とひと悶着あったらしい優弥。

 視線を虚空に向けていたが柚子の呼びかけに応え、二人へと振り返る。

 瞬間、柚子がその場から消える。

「は?」

 隆也は間抜けな声を上げてしまった。

 理解の追いつかない現象を目の前にして、声をあげることしかできなかった、という方が正しいか。

「……に? 柚子ちゃん、いきなりどうしたの?」

 隆也が目にした光景。

 少し離れたところにいたいつも通りの様子の優弥と、隆也の隣にいたはずの柚子。

 消えた柚子はすぐに見つけられた。

 優弥に右腕と襟をとられ、地面に投げ飛ばされたのだと推測される状態で。

「ああ、わりぃわりぃ。何でもねぇよ」

「あのね、柚子ちゃんは何でもないのに背後から殴りかかってくるわけ?」

「別にいいだろ。俺も背負い投げ食らって、お互い怪我なかったんだし」

「わざと投げられたんでしょ? いつもなら投げの途中で腕を抜いて逃げるくせに」

 二人の言葉から、一瞬で移動した柚子が優弥の死角から拳を突き出し、それに反応して見せた優弥が柚子の袖と襟を取って投げ飛ばしたのだと察せられる。

 隆也の知覚外で行われた、一瞬の攻防。

 唖然とする隆也を余所に、二人は平然と会話を続けている。

 説明されなければ理解できない世界に触れ、隆也は口元をひきつらせる。

 柚子が暗に示した分かりやすい優弥の強さの証明。少なくとも柚子と同等以上の格闘技術を持っていることが分かる。

 そして、先ほどの柚子の動きは、ブリシアッドの中でも見せていなかった、本当の実力の片鱗。そんな刹那の動作に反応し、簡単にいなした優弥も、柚子と同等以上の力を秘めていると判断するのは難しくない。

 隆也は二人を弱いと決めつけていた少し前の自分が恥ずかしくなる。同時に、己のはるか先を行く優弥と柚子に羨望の眼差しを送っていた。


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