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優弥と美姫と超能力と  作者: 一 一 
一章 入学と波乱と能力者と
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4話 クラスメイトと学校と

「ごめん、柚子ちゃん。待った?」

「おう、来たか。そんな待ってねぇよ。じゃ、行こうぜ」

『高校の初授業ね。私も、そんな時代があったなぁ』

 寮の外で待っていた柚子に軽く謝罪し、着替えを済ませた優弥は三人で登校する。

 人越島は元無人島。しかし、学園都市として開発された島は、すでに都市としての機能を十分果たし、賑わいを見せている。

 島の中心に大学以下教育機関を密集させ、周囲を囲むようにして雑多な娯楽施設や高層マンションのような学生寮、スーパーマーケットなどが建ち並ぶ。

 学生寮の家賃やグレードは外側に行くにつれて安価になり、島人口は首都近郊のドーナツ化現象に類似している。優弥たちも学校から遠くて安い寮を選んだため、朝は早めだ。

 島内の主たる移動手段は徒歩か自転車かバスの三択。利用者のほとんどが学生であり、基本はバス。登下校時はバスの本数も交通量も激増する。

 しかし、優弥たちは車道を走るバスを横目に、走って登校していた。

「俺たちは肉体系の能力持ちなんだし、走っていったところでそこまで疲れないだろ。いい運動になるし、金も浮く。一石二鳥だ」

「柚子、ちゃんは、大丈夫、でも、僕は、かなり、きつい、けどね」

「お~い! 遅れてるぞ、優弥!」

「ま、まって!」

『頑張って、ユウ君! 柚子はちょっと遠慮しろ~!』

 最初短距離走のペースで並走していた二人だが、徐々に柚子が優弥を追い越し、すでに数十メートル以上の差が生まれている。

 息も絶え絶えな優弥とは対照的に、柚子はまだまだ速度を上げる余裕すらあった。

 柚子は肉体系に属する能力者に多い、身体能力を強化する部類の能力を持つ。

 同じランク、同じ肉体系とは言え、優弥は身体能力そのものを上げる能力ではない。差が生じるのは無理もない。

「うっし。到着」

「はぁーっ! はぁーっ! はぁーっ!」

『ユウ君、しっかりして~!』

 横目に映る学生寮が次第に大きくなり、スーパーやゲームセンターを通り過ぎ、高層マンションのような学生寮の脇を駆け抜けた先。優弥と柚子は能大付属校の校門前にいた。

 キラリと光る汗を拭う柚子。まるでジョギングの後のような爽やかさ。

 隣には恥も外聞もなく四つん這いになり、息も絶え絶えな優弥。肺から漏れる息は荒々しい。今にも朝食を吐きだしそうなほど憔悴している。

 美姫はグロッキー寸前の優弥の背をさすって介抱。ただ、本人の必死さが優弥にしか伝わらない。

「はっ、はっ、ふぅ~、ついた、ね」

「おいおい。こんな軽い運動くらいで大げさだぞ、優弥」

 何とか呼吸が整って立ち上がった優弥に、柚子の張り手が背中に飛ぶ。

「っ! げほっ! ごほっ! がふっ!」

『止めて、柚子! これ以上ユウ君を追いつめないでぇ!』

 たまらずむせた優弥に、美姫は絶叫して訴える。もちろん、美姫の叫びは誰にも届かなかった。


 数分を要してようやく復活した優弥。

 一度近くのトイレで汗まみれの服を着替え、制服姿。

 あらかじめ走って登校すると柚子から聞かされていたため、優弥は学校指定の体操服で走っていた。現在着用している制服は鞄の中に詰めてあった。ちなみに、柚子はずっと制服で走っていたが。

「わりぃ、わりぃ。優弥がそんなに持久力がないとは思わなくてな」

「やらせる前に気づいてよ。柚子ちゃんほどストイックに鍛えてるわけじゃないんだからさ。まあ、体力を上げるにはいいかもしれないけど」

『ユウ君、ダメ! そのセリフは死亡フラグよ!』

「だろ? これから毎日走ろうぜ」

「毎日だと、僕は自分のペースで走るけど、いい? 一緒に登校する意味なくなるよ?」

「……あ~、じゃあたまに俺のペースに合わせてくれたらいい。それならいいよな?」

「あはは、了解」

『なっ! 自分で立てたフラグを自分で折るなんて! ユウ君、恐ろしい子っ!』

 騒がしい美姫をスルーし、優弥と柚子は教室へ入った。

 どうやらまだ誰も登校してきていないらしく、静寂が三人を歓迎する。

「席はどこでもよかったんだっけ?」

「らしいな。適当に座ってようぜ」

 能大付属高校の教室は大学の講義室を小さくしたような構造で、一人一人にイスや机が支給されていない。階段状になったフロアに、五人が一度に座れる長机が二列×五つずつ並ぶ。

 優弥たちは教卓に向かい合うように扇形に配置された机の、廊下側の前から二つ目の席に座った。

 クラス教室は国語、数学と言った通常教科やホームルームを受ける。能大付属校の主目的である能力関連教科は別に設けられた特別教室で受けることになっている。

 能大付属校は通常科目よりも能力関連科目の方に重点を置いており、通常教科を多少おろそかにしていても、倫理指導を含めた能力関連科目を真面目に受けていれば進級、内部進学は容易。

 理由は、自身の能力への理解と制御の体得が、能力者の現状において一番の課題であることだから。それに尽きる。

 能力者の存在が世間に広まり、まだ半世紀も経っていない。いまだ能力を持たない人々への理解を完全には得られず、社会にも完全に馴染めていない状態であるのが現実。

 非能力者を刺激しないためにも、自分に宿った能力の知識を得、完全に支配下に置くこと。それが、数的弱者である能力者の必須社会的スキルとなっている。

 そのため、生徒たちの主な評価は能力関連科目における勤勉さーー姿勢と結果が主となっているのだ。

「能力についての理解や制御、っつってもな。俺たちはもう親父に散々しごかれたよな。俺たちはまず能力のオン、オフからやらされたし」

「でも、無駄じゃないと思うよ。柚子ちゃんは早くに能力そのものの制御に成功していたけど、僕の能力は特殊すぎてまだまだムラがあるし、そもそも完全な制御は難しいから。

 先生との訓練は考察よりも実技に比重が傾いていたし、自分の能力について考える時間がもらえるのは、やっぱりありがたいよ」

「ふ~ん。特殊な能力ってのも大変だな、優弥」

「イヤなことばかりじゃないけどね。この能力のおかげで、僕はお姉ちゃんとずっと一緒にいられるから」

『ゆ、ユウくぅぅぅぅん!』

 入学冊子を開いて時間を潰していた三人。

 優弥のセリフで感極まった美姫が鼻血を吹き出して空中で倒れている以外は何事もなく、始業ベルの鳴る十分前にようやく他のクラスメイトが登校してきた。

「ちーっす……、って優弥? もう来てたのか? やけに早いな」

 顔を見せたのは式で優弥と親しくなった隆也。

 眠たげな目は元々糸のように細く垂れていて、あまり人に警戒心を与えない。染めたような赤茶色の髪は癖毛なのか、弱めのウェーブがかかっている。

 制服は着崩しているものの、だらしなさがギリギリ伝わらない様相。右耳だけに着けられた、銀色のリング状のピアスがユラユラ揺れている。

 身長は男子高校生の平均くらい。柚子よりは少し低いが、それでも優弥よりは高く、優弥の隣に座っても頭一つ分くらいは高い。

「おはよう、新崎君。昨日は大丈夫だった?」

「平気、平気。中学の頃から教育的指導(アレ)には慣れてるから、次の日には回復してるよ。伊達に肉体系の能力者じゃねぇ、ってな」

「そっか。ちょっと心配だったんだけど、昨日は入寮手続きとか急ぎの用事があったから声をかけられなかったんだ。ゴメンね」

「別にいいって。俺は気にしてねぇから。

 それより、優弥の隣にいるカワイイ女子がこっちをすげぇ睨んでくるんだけど、説明してくれないか? めっちゃ恐ぇんだけど」

 隆也の指摘で反対側へと視線を向ける優弥。

 そこには表情で胡散臭いと語る柚子のしかめっ面。

「あの~、柚子ちゃん?」

「優弥、このなれなれしいやつ、誰?」

「昨日ちょっと説明したでしょ? 入学式で少し話をした新崎君。最初クラスメイトとは知らなかったんだけどね」

「新崎隆也だ。よろしく。えっと……」

「天満柚子」

「よろしくな、天満」

 自己紹介をし、握手を求める隆也。しかし、柚子はそれに応える気がないのか、一向に手を重ねない。

「え~っと、俺の右手が寂しいんだけど?」

「知るか。俺は優弥と違って簡単に他人を信用しない。よろしくするかどうかは、俺がお前を見極めた後で決める」

 非友好的態度を崩さない柚子に、隆也のスマイルがひきつる。優弥の前で固まっていた手は、ゆっくりと戻っていった。

 気まずい空気の中間で、優弥は苦笑いを浮かべる。

(ゴメンね、新崎君。柚子ちゃんは最初だけ警戒心が強いから、ちょっとの間はつき合いづらいと思うけど、根はとても正直でいい子なんだ)

『そうそう。柚子ってば、最初はいつも必要以上に警戒してるけど、すぐに打ち解けるのよね。警戒心が高いんだか低いんだか』

 小声でフォローを入れる優弥と、どこから取り出したのか鼻に詰め物をして合いの手を入れる美姫。隆也は頬の筋肉がひきつった状態で、そっぽを向いてしまった柚子から優弥へシフトする。

(本当か? ぶっちゃけ、仲良く慣れる気が微塵もしねぇんだけど? 口調も男っぽいし、デレのないツンデレを相手にするのってキツくね?)

(うぅ~、ゴメンね)

 なぜか優弥が謝り、隆也は困惑する一方。とりあえず長い付き合いになりそうな優弥の言を信じ、諦めずに柚子と接していこうと決める。

 一方、コソコソと小声で話す二人の様子を面白くなさそうに流し目を送る柚子。

 能力者であることと本人の気質のため、優弥同様友人と言えば優弥しかできなかった彼女。優弥と同じように気兼ねしない友人を欲してはいた。もちろん、優弥が親しくしている隆也は、見た目ほど悪い人間には思えず、柚子自身もすぐに仲良くなれると思ってはいた。

 だが、柚子がより求めているのは優弥と隆也のような、同性の友人。何気ないその条件がつくと、柚子の場合は難易度が格段に上がる。

 一つは柚子には女らしさが自覚するほどなく、同姓への受けが悪いこと。もう一つは、肉体系の能力者の男女比は男性に偏っていて、そもそも同性と接する機会が少ないこと。

 男勝りな肉体系の能力者とはいえ柚子も女の子。男友達よりも女友達が欲しいと思うのも、簡単に同性の友人を得た優弥に嫉妬してしまったのも、無理もないことといえる。

 環境的に仕方ないとはいえ、優弥が柚子にとっての高い壁を難なく越えてしまった様を見せつけられるのは、どうにも面白く感じない。

 それに、今までずっと一緒だった優弥をとられたような気もして、それもまた気に食わないと思ってしまう。

 結果、柚子は心の折り合いがつけられず、つっけんどんな対応になってしまった。

 柚子から不機嫌であるという重圧を感じる中、どのように仲を取り持とうか考えていた優弥の耳に、始業ベルが鳴り響く。

 同時に扉を開けてきた担任の琴葉。とりあえず思考を停止し、優弥は柚子と隆也の問題を持ち越すことにした。


「最初の授業は、初めて能大付属校に通う神田優弥さん、天満柚子さんのために、知っておくべき能力者の歴史と倫理授業の説明を行いたいと思います」

 朝のホームルームが終わってすぐに始まった一時限目の授業。担任の琴葉がそのまま授業を行う。

 ちなみに、この学校では情報系の能力を持つ教師がクラス担任を持ち、通常教科を全部教えるため、教科担任がいない。体育以外の全教科を担任がこなすこととなる。

 なぜそういうシステムなのか。それは教師一人一人に全教科を教えられる能力があること。そして、通常教科は人数が多い低ランクの、特に肉体系のクラスほど出席率が低く、担任だけでも対応できるから。実際、能力者の教師数が少ない現状、仕方のない措置ともいえる。

 科目は現代社会。今回のみ授業内容は能力者関連のもの。これも、人越島の常識に慣れていない優弥と柚子に対しての、学校側の配慮である。

「能力者が公になったのは、現在この高校の能力指導長で、超能力の研究もしておられます、博野政史先生の肉親である博野雅崇(まさたか)教授が一人の能力者を発見したのが始まりです。

 それ以前にも能力者らしき人物はいたそうですが、本格的に彼らの力について研究する人はいませんでした。何故なら、ほとんどの能力者が超能力の研究について非協力的であり、非能力者を避けて生活する傾向があったからです」

 授業を聞いているのは優弥、柚子、隆也の三人。優弥は真面目にノートを取る。柚子は座学が苦手なため、隆也はすでに知っている知識であるため、退屈そうに話を聞いている。美姫は優弥の背後で空中に腰かけ、大人しくしていた。

 教卓に立つ琴葉は教科書を持たず、話すべき内容がすべて頭の中に入っているため、淡々と授業を進めている。

「しかし、博野雅崇教授は何とかその能力者と交渉し、およそ三十年前に超能力の研究を開始。当初は教授個人で行っていた研究で、様々なデータを取り、実験を繰り返して、第二世代と呼ばれる人工的な能力者たちを排出することに成功しました。

 ちなみに、研究に協力した能力者の様な、生来の資質があった能力者は本当に突然変異で生まれたとされ、第一世代の能力者とも呼ばれています。

 人工的な能力者が生まれたことを機に、能力者の存在は世界中で注目されるようになります」

 優弥は開いた教科書の中でこちらを見つめている男性の写真を確認する。

 博野雅崇。入学式で挨拶をしていた医者風の男と似た風貌の男が、睨むように目元を細めている。親子であるということで容姿は確かに似ているが、雰囲気は政史とは全く異なっている。

 政史には周りに安心感を与える空気があったが、雅崇には逆に触れる人間を傷つけるような、とても近寄り難い空気を放っているように見える。写真越しでも分かるくらい、偏屈そうなイメージが強い。

 また、写真に写っている雅崇は今年に還暦を迎えるとは思えないほど若々しく、政史の兄と紹介されても違和感がなかった。

「博野雅崇教授は能力研究の一環として、自身にも能力者へと肉体を変質させる実験を行い、肉体系に分類される能力を宿しました。その後、世界中の資産家や政治家、一流スポーツ選手等といった富裕層の人間が能力者へ至ることを希望し、次第に能力者は数を増やしていきます。

 また、第二世代の能力者の子どもも能力者になることが判明し、現在も行われている能力者の人工授精ビジネスが誕生しました。能力者は超能力を抜きにしても一般人よりもはるかに優秀であり、国家としても能力者の数が増えることは有益として、国を挙げての施策となりました」

 人工授精ビジネスは能力者の精子、または卵子を能力者から買い取り、顧客の遺伝子と受精させて子どもを作り、利益を得る。

 雅崇が富裕層相手に行っていた実験とは違い、安全で確実な方法であるとされ、かつ一般家庭をターゲットにしたために料金設定も比較的安価。また、少子化対策にも繋がるとして国からの補助金もそれなりの額が支給されることになり、徐々に広がっていった。

「第二世代の遺伝子を受け継いだ子どもは第三世代の能力者と呼ばれています。現在この学校に通っているほとんどの能力者が、この第三世代の能力者と言うことになります。

 当初は間接的な不妊治療や少子化対策としてメディアに大きく取り上げられ、マスコミも好意的に捉えられるような印象操作を行っていました。

 しかし、どう良いように取り繕おうが、無理矢理能力者を作り上げる人工受精ビジネスは一部の人間に大きな反発を生みました。特に宗教関係者がデモ活動を行うなど、一時期治安が安定しない時もありました。

 それでも、市場から人工授精ビジネスのマーケットは消滅せず、世界中の先進国で受け入れられて、能力者たちは数を増やしています」

 黒板にチョークで要点を書き込みつつ、琴葉は淀みなく説明を続けていく。

「そして、超能力者の認知が広まり、共同生活をするようになったとき、ある事件が起こりました。能力者が一般人と口論になり、能力を使って相手を死亡させてしまったのです。

 この事件により、能力を持たない一般人たちは能力者たちに抱いていた劣等感を恐怖心に変えて彼らを忌避するようになり、能力者を排斥しようとする運動が盛んになりました。

 これらの活動を重く見た政府は、能力者の行動を規制する新たな法律『能力者特別規制法』を作りました。さらに、世論の意見に押され、能力者の指導と隔離を行うために無人島を開発し、能力者の大半をそちらへ移住させました。それが後の人越島になります。

 また、反能力者運動が大きくなった頃、何者かが博野雅崇教授の研究所を襲撃しました。結果、教授に協力していた第一世代の能力者は死亡、研究のために残されたデータもすべて消去されてしまいました。

 そのため、現在はあまり能力者の研究は進んでおらず、能力の類型を調査することしかできていません。私たちにもいつ研究の依頼がくるか分かりませんので、そのときはなるべく協力するようにしてください」

『……ふぅん。そんな風に教えてるわけ、ね』

 黙って琴葉の説明を聞いていた美姫が、ふと小さく声を漏らす。どこか感情を押し殺したような声に、優弥は疑問に思う。

 背後の少女へと振り返ろうとした優弥だったが、再び口を開いた琴葉の姿を見て、行動には移さなかった。

「以上が能力者の誕生以降の概略になります。詳しい内容はまた授業で説明しますので、今はこのくらいにとどめておきます。

 では、続いて倫理指導について説明をします」

「あ、あの、ちょっと質問をしてもいいですか?」

「授業後に個人的に受け付けます。授業中は基本的にノートを取るように。それとも、今すぐに聞かなければならないことでしょうか?」

「いえ、そうではないので、授業を続けてください」

 あまりにも一方的な授業に困惑し、優弥は挙手して琴葉の進行を止める。しかし、にべもなく断られ、別段どうしても聞いておきたいこともなかったため、あっさりと引き下がった。

「では、倫理指導について説明します。とはいっても、非能力者と生活をともにしていた神田優弥さんと天満柚子さんには、ほとんどが当たり前のような事柄を聞くことになります」

「と、いいますと?」

「倫理指導とは、簡単に言えば、能力者特別規制法が制定されたために規定された、非能力者との注意すべき接し方を学ぶ授業です」

 琴葉は教卓と生徒側の机との間にあるスペースに移動し、隆也へと視線を向けた。

「新崎隆也さん、少し協力してください」

「俺っすか? まあ、このメンツなら俺か……」

 指名を受けた隆也は席を立ち、琴葉の正面に来るように向かい合う。優弥、柚子、美姫は二人の横顔を眺める。

「さて、ここでは私が能力者、新崎隆也さんが非能力者と仮定して話を進めます。倫理指導では主に能力者特別規制法の内容から、様々なシーンでの適切な対応を学び、覚えることが必要です。

 今日は具体的なシーンをいくつか示して、授業のイメージをつかんでいただきます」

 そう言うと、琴葉は小声で隆也といくつかやりとりをした後、少し距離を取って再び向かい合った。

「まず、非能力者が能力者に対して言いがかりをつけてきた場合です」

 琴葉たちは歩いて近づき、隆也の肩がぶつかった。すると、隆也が怒ったようなジェスチャーをして、右手にペンを持って威嚇する。

「新崎隆也さんが持っているものは、ナイフなどの武器だと思ってください。能力者側は武器になるような物は持っていません。当然、能力者はライセンスを所得していて、国からの身分は保障されています。さて、どのように対処するのが適切でしょうか?」

 琴葉は首の黒い機械を示してライセンスの存在を明らかにし、優弥たちに問いかける。

 先に口を開いたのは柚子。

「どうって、そりゃあ攻撃できる能力があれば、倒しちまえばいいだろ? 相手は武器まで用意して準備万端なんだし、正当防衛が成立するはずだ。攻撃用の能力がなけりゃ、逃げるか助けを呼ぶか、だな」

 自分ならどうするかを前提に考えた柚子。顎に手を当てて思案しつつ、自分を納得させるように何度か頷きを見せる。

「いや、それじゃだめだよ。能力者は非能力者相手に能力を使っちゃいけないのが原則だから。それが正当防衛でも、相手が武器を持っていても、関係ないはず。

 この場合、能力者は情報系の能力者だった場合、能力を使わずに相手を無力化する、その場から逃げ出す、周囲の人間に助けを求める、とかが適切じゃないかな? もし、僕らのような肉体系の能力者だった場合、相手を無力化するっていう手段も使えないから、実質二択だね」

 他方、優弥は以前聞いたことのある能力者特別規制法の内容を思い出しつつ、対応の仕方を答える。

「神田優弥さんが正解です。確かに、天満柚子さんの対処法は能力者特別規制法が制定される前では可能でしたが、現在能力者の行動は著しく制限がかけられ、社会的にとても弱い立場にあります。

 そして、模範解答では助けを求めることも視野に入れていますが、現状能力者を助けてくれるような非能力者はごく少数であり、能力者そのものの数も未だ少ないため、現実的には逃げの一択になります。

 非能力者に危害を加えなければ能力を使っても問題ありませんので、逃げることが最前の一手ですね」

 優弥の答えに小さく首肯でさらに説明を加える琴葉。不服そうに眉間を寄せたのは柚子。自分の答えが不正解だったことに対してではなく、能力者がとれる選択肢の少なさに辟易していた。

「ちっ! 状況だけ見りゃ向こうが悪いのに、前提の問題でこっちが悪者かよ。納得いかねぇな」

「それは仕方がありません。数では能力者が劣り、やろうと思えば簡単に人間を殺す力を能力者が持つのも事実。非能力者からしてみれば、強固な首輪をつけていないと、隣に立たせたくない存在なのでしょう」

 人として理不尽にすぎる処遇に悪態をつく柚子。能力者特別規制法が制定された理由の一端を説明する琴葉にも、不満がありありと伝わるため息がこぼれる。

「おいおい、こんなのまだマシな方だぞ? 能力者特別規制法の理不尽さは、また倫理指導の授業で教えてもらえると思うぜ?」

 非能力者役を終えた隆也は、おどけたように笑ってみせた。

 そのとき、ちょうど授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「そうだ。お前らってまだこの島に来てそんなに経ってないだろ?」

 放課後、通常授業だけを消化し、優弥たちは帰り支度をしていた。結局今日は三人しか登校して来ず、授業中は琴葉を含めて四人しか教室にいなかった。

「うん。入学式の早朝に船を降りたから、実質今日で二日目かな」

「分かるところだけだが、俺がこの学校を案内しようか? 知ってるところっつったら、能力関連の授業で使う場所だけだけどよ」

「新崎君も一年生なのに、なんでこの学校の教室の位置が分かるの?」

「能力関係の授業で来たことがあるんだよ。幼稚園から大学までの生徒全員がそろう授業があってな。そんときに高校か大学、どちらかの特別教室を使うんだ。他のやつも、そこの位置だけは知ってるよ」

 雑談に花を咲かせる優弥と隆也。

 気を使わないでいい友人関係。それは外の世界では得難いものであった。隆也のような能力者(どうるい)と出会えただけでも、優弥は人越島に来て良かったと思っている。

「じゃあ、お願いしようかな。柚子ちゃんも来るよね?」

「ああ。興味はあるな」

「決まりだな。そんなに時間はとらせねぇよ。早速行こうぜ」

 鞄を肩に担いだ隆也。それに(なら)って優弥たちも教室を出る。

「そういえばうちのクラスってさ、学級崩壊でもしてるの? 最後まで僕らしかいなかったけど」

「ん~、まあそれに近いな。なんせ能力科目だけ受けときゃ進学できるんだし。通常科目とか出席する気なし、ってやつが大半だ。通常教科の中じゃ、倫理指導がある日はまだ人数が多いはずだぜ。

 特にFDクラス(うち)は早い段階で自分はバカだって開き直ったやつばかりだからな。今更勉強なんてする気も起きねぇんじゃねぇか?」

 校舎内を歩きながら優弥と隆也はクラスについて話し合っていた。

 優弥の懸念はもっともで、今日はホームルームで学校生活の諸注意と、授業は各教科の基礎か授業計画くらいしかなかった。しかし、出席していたのは三人だけ。

 担任の琴葉もきっちりと仕事をこなしてはいたが、そこまでやる気など起きなかったらしい。授業後のホームルームは事務連絡がかかれたプリントを配布し、説明もなくすぐに出ていってしまった。

 優弥と柚子はプリントに一通り目を通した後で、隆也の学校案内を受けている。

「いわゆる不良クラス、ってか? 一昔前の学園ドラマじゃあるまいし、よくあんな状況になったもんだな?」

「仕方ねぇよ。俺らはガキの頃から能力だけが評価の全部を占めた価値観の中にいたんだ。

 他の要素なんていらない、とにかく能力を伸ばせ。そんな教育を受けてきて、なおかつお前らはDランクの出来損ないだ、なんて突きつけられたら腐っちまうのは当然だって」

 柚子の呆れた視線に、隆也は肩を竦めるにとどめる。

 外で生活していた優弥たちには能力など差別の対象程度の認識しかなかった。

 しかし、人越島ではそれが至上の価値となる。

 高ランクであるだけで優遇され、低ランクであるだけで蔑まれる。気持ちのいいほどランク主義、ならびに実力主義の世界であった。

「そんなわけで、Dランクの能力者、特に頭が悪い肉体系は俗に言う不良ばっかだ。いきがるだけで弱いやつばっかだけど。

 情報系だと性格がひねくれるだけで、まだマシらしいけどな」

「でも、新崎君は普通だよね。いい意味でだけど」

「まあ、俺の場合ちょっと特殊だな。両親ともに能力者じゃねぇんだよ。ほとんどのやつは片親が能力者で、能力者ばかり見て育っていくんだけど、俺は妹と二人で暮らしてる。んで、結構な頻度で両親とテレビ電話とかで話して、能力だけがそいつの価値じゃない、って教えられたからな。妹は中学で情報系のAランクだけど、割と仲はいい方だぞ」

 雑談をしながら校舎を見て回り、一巡したところで下足箱へと向かう隆也。

「能力の授業を受けるところって、外にあるの?」

「ああ。能力開発館っていうんだが、外にある。そこで能力研究、能力開発、能力実技の授業は行われる」

『その三つが能力関連科目ってやつね。そのまんまじゃない』

 案内されたのは体育館のような大きな建物。グランドを挟み、校舎と本当の体育館からはかなりの距離を開けて建っていた。

 大きさは市民体育館より一回りくらい、縦にも横にも大きい。巨大な建物を前にし、何ともいえない威圧感や圧迫感を覚える。

 入り口正面の掲示板に『土足厳禁』と大きな字で貼られ、優弥たちは所持していたシューズに履き変える。

 下足場の左右には階段があったが、隆也はそのまま正面のスライド式のドアを開けた。

「ここが能力開発館だ」

「……っていわれても」

「普通より広いだけで、ただの体育館と変わんねぇじゃねぇか?」

 フロアの内装は至って平凡な体育館。入学式の会場だった普通の体育館と大差ない。

 違いは、体育で使うような器具を納める倉庫はなく、バスケットゴールがなく、コートのラインがない。

 また、外観よりも天井が低く、壁にはいくつか電子パネルが設置されており、前方には巨大なスクリーンが存在した。

「見た目はな。能力開発館は三階まであって、どこもこんな感じだ。ただ、ここはそのまま体を動かす場所じゃねぇ。

 優弥と天満はヴァーチャルリアリティって知ってるか?」

「知ってるよ。今は家庭用ゲーム機とかがあるけど、主に医療や航空、軍事方面に使われてる体感型シミュレーションシステムでしょ? 確か機器の名前は『ヴァードソッド』っていったかな?」

「ああ、あのヘッドギアみたいなゲームな。あれってモロに使用者の技量が問われるから、ゲームっつうより疑似観光用のソフトの方が人気が高いって聞いたぞ?」

「外ではそれが使われてんのか。人越島じゃちょっと違うデバイスが使われてる。『ブリシアッド』っつうベッド型のデバイスで、情報系の技術開発の人たちにいわせれば、かなり安全なVR機器なんだと」

 VR、ヴァーチャルリアリティはかつて創作物の中でしか存在しなかった技術だ。脳の電気信号を機械で読みとり、意図的な情報を脳に流すことで別の世界にいるかのように錯覚させる。

 かつては途方もない技術であり、再現などまだまだ先だと考えられていた。

 しかし、能力者が出現してから文明レベルが飛躍的に上昇。夢だといわれていた空想科学の産物が次々と生み出され、世界に広がっていった。

 VR機器もその中の一つ。優弥が知るものと隆也が知るものの種類が違うのは、効果が同じでも結果を導く内容が異なるから。

 世界中で愛されているVR機、『ヴァードソッド』は使用者に見せる仮想現実が全てパソコンによってプログラム操作、管理がされている。

 体を動かす信号をキャッチして肉体に伝わらないようにし、五感への信号は機械から流し、脳をだます。それにより、プログラムされた情景を感じることができる。

 処理速度や膨大な情報量による脳への負担などの問題で、特に開発が期待されているVRのオンラインゲームはまだ存在していない。

 ヴァードソッドの問題点は、本来あるべき電気信号の流れを阻害し、知覚を人工的な操作に依存していることから、長時間の使用は脳に悪影響を与えるとされていること。使用制限がプログラムされており、使用後四時間で強制終了する仕組みになっている。

 もう一つは、主に能力者たちの教育に使われているVR機、『ブリシアッド』。簡潔に説明すれば睡眠導入機能で夢を見せ、その内容を操作することで仮想現実を生み出すVR機だ。

 脳内の信号を読みとることは同じだが、使用者の脳は軽い休眠状態にある。つまり、覚醒状態で行われるのではなく、使用者は浅い眠りについていることがヴァードソッドとの相違点だ。

 夢は時に驚くほど鮮明な情景を人間に感じさせる。それを利用し、仮想現実の演算処理の一部を脳に行わせるよう誘導し、機械での干渉はVR機使用中の記憶を脳に留めるなど、必要最小限に抑える。

 そうすることで脳への負担は減り、より安全なシミュレーションが可能となる。

「この能力開発館は床の下にブリシアッドが隠してあって、ちらほら見えるパネルで操作して出すんだ。ベッド型だから場所の関係で数は限られるけど、結構な人数が一度で使用できたはずだ。

 能力制御の一環として組み手みたいなこともやらされるんだが、そういうときは地下に埋もれたケーブルで筐体(きょうたい)同士が繋がってて、仮想現実を共有させるんだと」

「組み手だと? なんで体育でもないのに授業で試合なんかやらされるんだよ?」

 隆也の説明に疑問を抱いた柚子が声を上げる。

「俺ら肉体系は身体能力を上げる能力がほとんどだろ? それを制御するには実際に体を動かす感覚が一番だ、ってよ。んでもって、同じランク内でも競争意識が向上心を養うためには必要だから、勝ち負けを決める競技が豊富なんだよ。

 肉体系はほとんどが格闘技の試合みたいな体を動かすものを。情報系は能力の試合もやるが、チェスとか将棋とか、頭を使うゲームも選べるらしい」

「ふ~ん。通常授業で競争が難しいから、せめて能力関連科目でそれをつけさせようとした、ってとこかな」

『能力の練度は変わるだろうけど、ランクが上がるわけでもないのに、頑張るのね~。ランク至上主義の癖に。

 まあ競争をしなかったら、生徒たちが自分の能力に関しても真剣に取り組まず、将来的に問題を起こす可能性も高まるだろうから、当然といえば当然ね』

 続く隆也の補足説明に納得の声をあげる優弥と、分析を加える美姫。

 それから、物珍しさからキョロキョロと見回す島外組。優弥はゆっくり歩きながら全体を見回し、美姫は幽霊のアドバンテージを活用して床や壁をすり抜けながら観察、柚子は電子パネルに興味津々。

「なぁ~! これって俺ら生徒は動かせねぇのかぁ?」

「動かせないことはないけど、暗証番号が設定されてるだろ? それ、クソ長い暗証番号の上、一日ごとに切り替わるんだよ。

 生徒たちにも分かるように学校のホームページで公開されてるけど、一日に一度だけかつ一瞬だけしか映さないわ、覚えきれる量じゃないわで、まず俺らは使えねぇよ。情報系のやつらは簡単に使えるんだけどな。

 自習で使いたかったら担任に頼むのが妥当だな」

「え~! 何でそんなめんどくせぇんだよ! つまんねぇの」

 タッチパネルをあれこれいじっていた柚子。隆也の使えない発言に、本当に残念そうにしながら離れていく。

 他を見ていても、時折名残惜しそうにタッチパネルを見ていた柚子。どうやらブリシアッドを使ってみたかったようだ。

「う~ん、パネルを操作できないと面白いものは少ないね」

「俺も飽きた。学校の備品だし、使ったことのなかったVRが使い放題だと思ったのに……」

『本当に床下にいっぱいベッドみたいな機械があったわね。床が開閉式になってて、パネルを操作したらせり上がってくる仕組みみたい。無駄にお金かけてそうね』

 間もなく三人は口々に感想をこぼし、隆也の元まで集合した。

「ま、今はかなり殺風景だからな。本格的に授業が始まったら使う機会も増えるし、それまで我慢しろよ」

 微妙なリアクションの二人を宥めつつ、隆也は優弥たちを外へと促す。

「ん? あいつ……」

 能力開発館を出ようとした隆也だったが、こちらへ向かってくる生徒に目を向け、足を止めた。

「おい。そいつらが新入りか、新崎?」

 まっすぐ入り口まで向かってきた男子生徒は、隆也に声をかけながらも、視線は優弥と柚子に向けていた。


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