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優弥と美姫と超能力と  作者: 一 一 
一章 入学と波乱と能力者と
17/24

16話 美姫と能力と


「……消し飛ばす? 貴方が、私を?」

 誰もが竦むほどの殺気を受けながら、カンナは変貌した優弥に応える。

「貴方、馬鹿でしょう。さっきの試合、貴方の完全敗北で終わったばかりじゃない。どうやってあれだけの怪我を治したのか知らないけど、口を慎まなければ寿命を縮めるのは貴方の方よ?」

 余裕を持って返したカンナの心中は、しかし表面上よりも穏やかではない。

(どういうこと? 立ち上がるどころか、指一本動かせない状態にしたのに、何故無傷で私を睨みつけられるの? それに、今までの彼とは雰囲気がまるで違う。多分、クレアみたいな能力による性格の変化なんかじゃない。まるで、別人……)

 腕と足の可動域にあたる関節を破壊し、さらには脊髄の神経まで焼ききったというのに、まるで何事もなかったかのように直立し、相対する優弥。

 それだけでなく、優弥の身に纏う空気が異なることにも気づいたカンナ。クレアのような性格の変化などではない。目の前の少年は、先ほどまでとは人を構成する根本的なものから違う存在である気がした。

 イレギュラーな出来事ではあるが、所詮はDランク。

 今にも首を切り落とされそうな殺気を身に受けながら、カンナが比較的落ち着いていられるのは、その事実だけが支柱であった。

「美姫さん! 美姫さんなんだろ!」

 緊迫した空気の中、外野で声を上げる柚子。こちらにも、余裕は感じられない。

「……ああ、久しぶりね、柚子。こうして直接話すのは何年ぶりかしら?

 でも、今はちょっと待ってて。私にはヤることがあるから」

 美姫という名に反応したのは優弥。

 柚子と話している間、声音は少し平静さを取り戻していたが、視線はカンナから外れない。

「美姫さん! そんなことしても、優弥にすべての責任がかかることを忘れたのかよ! 貴女は自分の力と立場、わかってんのか!」

「ええ。問題ないわ。すべて理解している。私だって、ユウ君に無関係な重荷を背負わせるなんて嫌だもの。

 でも、さっき柚子も言っていたでしょう? 人は誰しも、譲れないものがある、って。それを貶められたら、許せないのは当然だ、って。

 この女は、私の譲れないものを、平然と踏みにじった。到底許されることじゃないわ。私の琴線に触れることが、いかに愚かなことか、わからせる必要がある。そうは思わない? ユウ君なら、きっとわかってくれるから、事後承諾でもいいでしょうし」

「美姫さん!」

 必死に説得するも、柚子はもはや美姫と名乗る優弥が考えを改めることはないと確信していた。優弥の口から紡がれる言葉は頑なで、たとえ馴染みのある柚子でも、行動を止めることは不可能なくらいの意志を感じた。

 心の弱い者なら失神しそうなくらいの殺気を放ちながら、柚子との会話を切り上げ、意識をカンナへと戻す優弥。

「事情はわかった? あんたは私の逆鱗に触れた。だからこうしてあんたの目の前に、分かりやすい形で出てきてやったのよ。最悪、あんたを殺しても構わないくらいには、怒ってるんだけど?」

 威圧感がさらに増し、体が重くなることを感じられるくらいのプレッシャーがカンナを襲う。

「……貴方が何を言っているのか、理解できないわ。みき? って誰のことを言っているの?」

「察しの悪いガキね。あんたも情報系の能力者なんでしょ? もっと頭使いなさい」

 優弥の豹変に戸惑いつつ尋ねたカンナの問いに対して、返ってきた答えは辛辣な言葉。

 向けられたむき出しの敵意を一瞬忘れ、カンナは眉をひそめて不快を露わにする。

 しかし、目の前の存在はそれすらも馬鹿にしたように一つ鼻を鳴らし、右手を自分の胸に押しつけた。

「この姿だから理解できないんでしょ? じゃあ、あんたみたいな馬鹿でも理解できるように、わかりやすい形にしてあげるわよ」

 さらに不快指数を上げたカンナへ、嘲笑を浮かべる優弥。

 直後、優弥の体に変化が出始めた。

 茶色がかった髪は漆黒に塗りつぶされ、首にかかるくらいだった髪の毛が肩胛骨あたりまで伸びていく。

 目がつり上がり気味になること以外は顔の造形はそのままに、体つきにも変化がおとずれた。線の細い肉体がさらに細く、肉感が増し、全体的に丸みを帯びたフォルムとなる。

 何より大きな変化が、シャツを押し上げる膨らみ。誰が見ても明らかに、それは女性の乳房であった。

 さらに、服装も徐々に変化し、男子の制服であるシャツとズボンがカンナと同じ女子の制服へと変わっていく。

「……うそ」

 目の前の少年が女性と化していく様を、呆然と見つめるカンナ。能力が関係していることは間違いない。しかし、このような現象を引き起こす能力など、カンナは聞いたことがなかった。

 まして、治療がほぼ不可能な傷さえ治療する能力をも有しているなど、一人につき一つしか能力を持てないという原則を無視している。

 彼、もとい彼女は、能力者としてあり得ないことを実行している。

「ふう。これで満足? それじゃあ、一応自己紹介でもしましょうか?」

 体の変化が収まり、目元に垂れた髪を後ろへ流す。

 そこにいたのは、外見だけなら紛れもなく能大付属高校の生徒。

 優弥と全く同じ容姿でありながら、纏う空気がかけ離れている、冷たい視線を放つ少女。

「私は美姫。この子、神田優弥の守護霊であり、能力者(・・・)よ」

 この子、と指したのは自身の体。

 こうして、優弥の肉体を変質させ、美姫は現世に再び舞い戻った。

「……貴方が神田さんとは別人だと言うことは、わかったわ。しかし、私たちの試合はあくまで学校の中で行われた授業の一環。貴女は知らないかもしれないけど、学校のルールで能力を用いた私闘は禁じられているの。

 だから、部外者である貴女が私に手を出せば、神田さんの学内での立場がますます危うくなるわよ?」

 能大付属校は制御が未熟な能力者を育成するための機関であり、限られた状況でしか能力の使用を認められていない。授業や緊急事態を除き、いかなる理由であっても島内での能力の私的利用は許可されない。

 もしも能力の無断使用を行った場合、未成年であっても重い罰則が下されることが多い。いまだ能力者についての理解が浅く、一般人の心情を尊重した結果、能力者に対する法律の目はとても厳しくなっていた。

「問題ないわ。これも授業の一環にしてあげるから」

「何を……?」

 疑問の声を上げたカンナだが、台詞は最後まで続かなかった。

『バーサスプログラム、承認。カウントダウン、開始』

 カンナを遮るように告げたのは、機械音声。

 最初は聞き間違いだと思ったカンナも、目の前に出現した立体映像の数字が減少していく様を見て、表情を険しくする。

「誰がブリシアッドを起動したの? すぐに取り消しなさい!」

 カンナに対する裏切りに近い暴挙に苛立ち声を荒げ、壁のパネルを操作している人物へ眼光を飛ばす。

 そこには見慣れた生徒会の後輩である女子生徒の後ろ姿。彼女が自分に敵対するとは思っていないため、設定の解除をしているのだろうと推測するカンナ。

「雅さん、どうしたの? 早く、」

「無理です、会長! 止まりません!」

 パネル操作に何秒もかかっていた雅に焦れ、催促の言葉が出たところで、雅から切羽詰まった余裕のない声が返された。

「止まらない? どういうこと?」

「私からの操作が一切拒絶されています! 外部からのハッキングだと思われますが、逆探知もカウンタープログラムも強制終了も、全く起動しません! これは、最高権限アカウントが乗っ取られているようです! 制御不能です!」

 悲鳴じみた雅の説明に、カンナは顔から血の気が引くのを感じる。

 日本の能力研究開発大学の関連施設に用いられている設備には、情報系の能力者があらゆるセキュリティを施している。それこそ、国家機密よりも厳重な防護、対策、反撃プログラムがいくつも仕込まれている。

 能大付属高校のブリシアッドにも当然組み込まれており、どれだけ優秀な情報系の能力者であっても、ハッキングには数日を有し、また成功しても数分と保たずにはじかれてしまう、と言われている。

 その堅固な守りを、外部からこれほどタイミング良く破るなど不可能。

「…………まさか、貴女の仕業、なの?」

 つまり、一瞬で全てのプログラムをやり過ごし、ブリシアッドのシステムのコントロールを奪ったとしか考えられない。

 理屈で導き出された答えに、カンナは納得できない。

 何のツールも用いずに、ただ立っているだけの能力者がしでかしたなど、認められるはずがなかった。

「ええ。そこまで難しい作業じゃなかったし。安心しなさい。全部終わったら、私が改竄した分のプログラムは元に戻してあげるから」

 現在も雅がハッキングに対抗して操作を行っているにも関わらず、状況が変わらないところを見ると、リアルタイムで雅からの命令を封殺されていると予想がつく。

 だというのに、美姫は平然と肯定した。それは、雅の相手をしながらカンナと話すだけでなく、バーサスで闘う余裕すら残していることを示唆している。

 カンナは初めて、自分以外の能力者に畏怖を抱いた。

 しかし、時は無情にも刻まれていき、カウントがゼロとなる。

『バーサス、起動。試合開始』

「さあ、覚悟はいい?」

「くっ!」

 バーサスが始まったと同時に駆けだした美姫。

 得体の知れない相手との戦いに後込み、とっさにバックステップをとったカンナ。

「来ないでっ!」

 拒絶の意志とともに、カンナの右腕が美姫へと向けられる。

 すると、優弥の時とは比べものにならないくらいの数の光玉が美姫を覆い尽くす。わずかな隙間さえ見あたらず、下手をすれば肉体の塵すら残らないほどの密度で、光線の砲台が並べられた。

 それらが、タイムラグもなく一斉総射。

 圧倒的な光の渦に飲み込まれ、フィールドの外まで目映い閃光が溢れ出す。

「うわっ!」

 誰もが目を庇い、視覚の暴力が過ぎ去るのを待つ。

 瞼の裏に焼き付いた白い景色が徐々に薄まっていき、ようやく目を開けられるくらいの光量にまで収まったとき、

「そんな……」

 消え入りそうなカンナの声が、館内を伝播した。

「バカな……」

 生徒の一人が驚愕を露わにフィールドを凝視する。それをきっかけに、全員の視線が同じ方向へと注がれる。

 彼らの目に映った人影は二人。

 明らかに狼狽し、一歩背後へ後退したカンナと。

 カンナと同じように、右腕を前方へ掲げていた美姫。

 光線による被害を受けた様子はない。全くの無傷であった。

「目がチカチカするわね、まったく」

 美姫は観客である生徒たちと似た苦情を漏らすのみ。カンナの能力を脅威に感じている様子は露ほどもない。

「どうやって……」

「ん?」

「どうやって防いだっていうのよ!」

 自分が出せる全力の攻撃を防がれたカンナは、半ば恐慌状態に陥っていた。

 同年代の能力者に負けたことがなかったカンナにとって、ここまで圧倒的な力の差を感じたことはない。それ故、今の自分では越えられない壁を前にして、恐怖が精神を磨耗していく。

「簡単よ。こうしたの」

 美姫はおもむろに右手の人差し指をカンナに向ける。

「……っ!」

「うわっ!」

 すると、一筋の線がカンナの頬をかすめ、フィールドの防護壁を貫通。一人の男子生徒の足元を射抜き、爪痕を残した。

「あんたもよく知ってるでしょう? 何せ、物心ついたときから慣れ親しんだもののはずだしね」

 美姫の背後にはいつの間にかいくつかの光玉が浮いていた。そのうちの一つが、役目を終えたように消えていく。

 カンナが後ろを確認し、男子が尻餅をついて倒れている近くの床へ視線を落とす。何か高熱量のものが通ったような、小さく丸い焦げ跡。

 確かにカンナは美姫の発動した能力を、嫌というほど知っていた。

「『無限、光源』……」

 紛れもなく、カンナが保有する能力がもたらした効果そのもの。

 しかも、あらゆる能力を無効化するはずの防護壁を貫いたところを見るに、カンナの能力よりも強力であることは明白。ジルのような情報創造系による能力の劣化コピーとは比べものにならない。

「私はこれと同じ威力の光線をぶつけただけ。まあ、こんなことしなくても防げたんだけど、そっちの方が面白いでしょう?」

 信じられない台詞を聞き、呆然としながらカンナは美姫へと視線を戻す。

 カンナの能力を防ぐ程度のことなら、いくらでも手段はある、と告げた美姫。それは、美姫の能力に呑まれつつあったカンナにとって、自身が勝つ見込みを失わせた決定的な言葉も同義。

「今更怖じ気づいたところで、もはや手遅れよ。私を本気で怒らせたこと、たっぷり後悔しなさい」


~~・~~・~~・~~・~~


 誰もがついていけない展開の中、一番早く行動したのは柚子。

「おい、センセイ!」

 生徒の変貌。最上位の能力者を圧倒する最下位の能力者。そして、安全圏にいた生徒へ被害が及ぶ可能性。

 明らかな異常事態に固まってしまっている琴葉。柚子の呼びかけにようやく自分を取り戻し、されど動揺を瞳に宿したまま応えた。

「天満柚子さん、これは、神田優弥さんは……?」

「詳しい話は後だ! このままじゃ会長だけじゃなく、最悪ここにいる生徒もヤバイ! とりあえず、野次馬をなるべく遠くへ避難させろ! 被害を最小限に抑えるんだよ!」

 混乱しきりの琴葉に、焦燥をにじませて指示をとばす柚子。

「え、えぇ。わかりました……」

「おいおい、どうしたって言うんだよ天満!」

「どういうことですの? それに、美姫と名乗った、彼女? は一体何者なのです?」

 何とか柚子の指示に従い、周囲の生徒を誘導する琴葉と入れ違いに、隆也とクレアが柚子に詰め寄る。現状を把握できているのが柚子だけだと気づいたため。

「聞いてたろ! あの人は神田美姫さん、優弥とは別人だよ! 優弥の守護霊で、さっき隆也には言ったが、俺が知る限り最強の能力者だ! あの人は身内以外には容赦ないから、会長以外にも危害が及ぶ可能性がある! お前らも、あの二人からなるべく離れとけ!」

「いや、意味わかんねぇよ。守護霊って、要は幽霊だろ? 優弥から聞く限り、幽霊って俺らには干渉できないって話じゃなかったのか? いくら能力者だっつっても、死人に何ができるんだよ?」

「ユーレイ? ゴーストのことでしょうか?」

 いまいちピンとこない隆也とクレアは首を傾げる。

「残念ながら、優弥の能力『霊感体質』なら、限定的にそれを可能にするんだよ。優弥の能力の本質は、簡単に言えば実体を持たない幽霊に、現世へ干渉する力を与える能力だ。

 そして、能力操作によりその力を最大限に高めることで、死んだはずの人間を普通の人間と同じ次元に合わせることができる。意識があるかどうかはわからないが、今の優弥は能力を全力解放し続けている状態だ。

 その優弥の体の主導権は美姫さんが握っている。そして、優弥の能力と体を媒介にして、美姫さんは本来の能力も使用可能になっているんだよ」

「そうすると、優弥さんの能力で人に干渉する力を得た美姫さんの能力によって、優弥さんの傷は癒え、優弥さんの体は美姫さんの容姿へと変化し、会長と同じ能力を操作している、ということでしょうか?」

「何だそりゃ? デタラメじゃねぇか! 美姫って人の能力って何なんだよ?」

「それは……」

 隆也の当然の疑問に、一瞬躊躇を見せた柚子。

 だが、二人には気づかれないほどのもの、即座に柚子は口を開く。

「美姫さんの能力は情報操作系の能力で『万象改変(マテリアル・ハック)』って名前だ。能力強度は世界最高のSランク。この学校の誰よりも、いや、下手すりゃ世界中の誰よりも強い能力者だよ」

「『万象改変』? 聞いたことねぇな」

「いや、それよりもSランクという話は本当ですか?!」

 隆也は聞き覚えもなく、どのような効果か想像できない能力に首を傾げ、クレアはSランクという言葉に食いつく。

「『万象改変』は、攻略法がわからんくらい強力な能力だよ。『万象改変』は文字通り、あらゆる事象に干渉して別の物質、あるいは事象に変換する能力だ。

 変換前の物質との関連性は必要なく、鉄や鉛から金を創ることもできる。生き物も例外じゃない。ウサギに能力を使って牛にすることも、現実には存在しないドラゴンにだって、生物情報を改変できる。

 優弥の肉体を美姫さんのそれへ変えたのも、ブリシアッドのプログラムに進入してハッキングしたのも、会長の『無限光源』に似た能力を操っているのも、すべて『万物改変』でやってたことだ。

 美姫さんの前では全てのものが等しく『物質』になる。そして、人間さえ『物質』の範疇に入ってしまっている。能力者といえど美姫さんを止められるのは、それこそ優弥みたいな身内くらいなもんだ」

 付け加えるならば、『万象改変』は物質だけではなく、概念まで適用される。いわゆる法則や原理と呼ばれるもの。

 例えばニュートンが発見した万有引力の法則。重力の存在を証明したそれだが、『万象改変』を発現させると力の割合や内容を変化させられる。つまり、琴葉や雅の能力と同じ現象を引き起こせる。

 ただし、美姫の場合引き起こす現象の幅は恐ろしく広い。

 普段かかっている重力を何倍にも増幅したり、あるいは軽減させたり。地面へと向かう力の向きを水平や垂直に変化させたり。はたまた、万有引力の法則を一時的に解消した空間ができる代わりに、剣や槍などの物質を創ることさえ可能。

 美姫の能力は能力強度とも合わさって、自分が望むあらゆる結果を実現可能。万能であるとされる『神』と呼ばれる存在に最も近しい能力といえる。

「それと、Sランクというのは事実だ。美姫さんは能力者の存在が明らかになったときに見つかった、第一世代の能力者。俺たちみたいに、能力者の研究の成果で人為的に作られた第二世代以降の能力者じゃなく、突然変異で生まれた純粋な異能力者だよ」

「そう、なのですか……」

「んな、めちゃくちゃな……」

 柚子の説明に絶句するしかない二人。

 能力者は世代と呼ばれるものでも区分されている。Sランクしかいない第一世代、第一世代の遺伝子から人工的に作られたとされる、第一世代の子供にあたる第二世代、さらにその子供である第三世代、と続く。

 現在の能大付属高校に通う生徒のほとんどは第三世代。

 そして、第一世代は突然変異で生まれた、始まりの能力者。彼らの力はランクに示されているとおり、他の追随を許さない強力な能力を持つものばかり。美姫はその第一世代の能力者。

 美姫には誰にも勝てないという台詞に、隆也もようやく腑に落ちる。優弥と似た姿をした少女が、とんでもない化け物だということを分からされたから。

「わかったら、もっとここから離れるぞ。能力を無効化する防護壁なんて、美姫さんの前じゃ紙よりも薄いもんでしかない。そのうち俺らも流れ弾に当たっちまうぞ」

 柚子に急かされ、隆也とクレアもフィールドから遠ざかろうとした。

「うわっ!」

「くっ!」

「きゃっ!」

 そのとき、再び大きな閃光が館内を包み込み、三人の足を止めた。


~~・~~・~~・~~・~~


 目の前に突如現れた化け物に対して、どれくらい抵抗を試みたのか。

 未知の存在との戦闘により、すでに時間の感覚が狂っているカンナ。野生動物に近い本能に従い、いくつ射出されたか知れない光線を、それでも撃ち出すことをやめない。

 学生同士の訓練では不必要なほど、明確な殺意を持った攻撃。一撃一撃が急所を狙い、一度でも受けると確実に死に至らしめるだろう光の雨。

 しかし、カンナは能力を止めない。止められない。

「何なの……、何なのよ貴女はっ!」

 大量の脂汗を流し、必殺の一撃が牽制程度にしか効果がないことに歯噛みしつつ、カンナは化け物に吼える。

「キャンキャンとウルサいわね。口より先に手を動かしなさいよ」

「っくぅ!」

 不愉快そうな美姫の声音と同時、拮抗していた光の雨がカンナ側へと押される。たまらず苦悶の声を漏らし、応戦する手数を増やすも、カンナは少しずつしか押し返すことができない。

「今の能力者の実力って、こんなもの? よくこの程度でユウ君を馬鹿にできたものね」

「な、んですって!」

 涼しい顔のまま、美姫は緩やかな歩調でカンナとの距離を詰めながら、彼女の能力を鼻で笑う。

「確かに、あんたの能力はそこそこ制御されている。屈折を利用した蜃気楼とか、光学迷彩とかは能力操作だったしね。

 ただ、この学校を今まで見てきた中で、他の連中に比べればマシな方だけど、なまじ能力が他よりも強いからか、能力の使い方に工夫がほとんど感じられない。能力の使い方の基礎を固めるだけで、本当の限界を知らない。それがあんたの欠点よ」

 まるで教師のようにカンナの能力の評価をしながら、右手を無造作に振る。

「例えば、攻撃に転じることができる程度の力を込めた、能力の並列行使」

「ぐっ!」

 直後、何もない空間からカンナの右腕が撃ち抜かれた。

 光線の弾幕がなくなったわけではないので、集中を切らすわけにもいかず、カンナは能力の展開を持続させたまま被害箇所を確認する。

 白い肌には見事に小さな穴が空き、高熱量の光が傷口を焼いたためか出血はそれほどない。

 傷としては大したことはないが、どこから狙撃されたのかカンナはわからなかった。

「あんたの光線と、可視光線の遮断を併用したのよ。光を操作する能力は音が発生せず、攻撃に転用すれば視認しても回避することが難しい。その上、光自体を目で認識できなかったら回避はおろか、防御すらほぼ不可能。これだけで、あんたの能力はさらに極悪な兵器になるわ」

 美姫は攻撃用の光線から発生する、網膜を刺激する光が、カンナの瞳へ進入することを阻害し、カンナに気づかれることなく腕を撃ち抜いた。要するに、美姫は光線に光学迷彩を施したのだ。

「他には、軌道変更」

「つぅ! ぐぁ!」

 今度はカンナの両足に光線が飛来。右のふくらはぎと左の太ももをほぼ同時に貫く。両足をやられたことで、カンナは痛みに耐えるようにうずくまった。

 カンナの視界の端で一瞬だけ捉えたのは、左右に大きく外側へと向かっていた二本の光線が弾幕の外から角度を変え、こちらへと迫ってきた光景。

「操作難度は上がるけど、直線しか進まない光線の角度を途中で変更させたり、あるいは曲線を描くような軌道で射出できれば、戦術の幅は広がるでしょう?」

 こんな風にね、と美姫の言葉が続き、新たに三本の光線がカンナの横を通り過ぎた。

「……っ、きゃあああっ!」

 そして、カンナの背後でそれぞれカーブを描いた光線は進路を変え、片膝でたっていたカンナの左腕、わき腹、左肩に命中。

「例えば能力者と争う中、ただ精確に的を狙うだけなら、どんな能力者でもすぐにできる。大切なのは、戦闘のような強い緊張状態でも、自分ができることを最大限に活かせる制御力よ。能力だけじゃなく、自身の感情や思考力も含めてね。

 それを身につけるためには、訓練で自分が操作できる範囲を広げ、自分と能力が持つ限界に近づけることを意識し、鍛錬を欠かさないことが何よりも重要。多少の能力操作は知っているようだけど、あんたはそれを怠っていた。だから、私にこんなにも簡単にあしらわれて、膝をついている。

 能力はランクだけじゃなく、当人の扱い方次第で最強にも屑にもなる。あんたたちが重要視しているランク差なんて、案外容易に覆すことができるのよ。ユウ君や柚子がやってみせたように、ね」

 痛みの許容量を超えたためにカンナ側の光線は勢いを失い、美姫の光線によってすべて制圧されていた。

 一際大きな輝きと、何人かの悲鳴とともに、二人の間を隔てていた光の壁は取り払われ、美姫の歩みを止めるものはない。

「ぐぅ……、ならば、どうして、同じ能力の光線なのに、貴女の能力の方が強いの……?」

「簡単よ。それも能力操作での工夫の一つ」

 手を伸ばせば届く距離までカンナへと近づいたところで、光玉を一つ生み出す美姫。光玉は徐々に小さな楕円形へと凝縮されていく。

「あんたの能力は光を発射台である光球からそのまま光線状に引き延ばしただけ。対して、私は形状を銃弾に近いものに変えて、さらにあんたに接触する先端にほぼ全てのエネルギーを凝縮させてんのよ」

 ちなみに、美姫の光の銃弾も光線のように見えていたのは、光の残滓が尾を引き、線のように見えただけ。さながら小さな彗星のようなもの。

 今カンナに見せているのは、説明のために能力の操作を分かりやすいようにしている。だが、美姫はずっとその操作を一瞬で行っていた。しかも、無数に生み出した光線一つ一つに。

 それは、生来高い能力操作技術を持つAランクの能力者をもってしても簡単には成し得ないほど、複雑な能力制御が必要になる。何気ない風に能力を操る美姫に、強い畏怖の視線が混じるのは必然。

「ついでに、発射の時に回転を加えて、本当の銃みたいに撃ちだしてるの。それだけで、ある程度威力は上乗せできる」

 そうして、美姫は作り出した銃弾を目に見えてわかるように高速に回転させ、カンナの右肩に撃ち込んだ。

「……いぎぃ!」

「人間相手だと見た目の結果はさほど変わらないけど、同じ能力との撃ち合いの時も有利になれたし、障害物越しでも威力の減衰を極力抑えることができる。まあ、この周りにある壁をぶち抜いたのは光線の威力じゃなく、私の能力で干渉したからだけどね。

 能力の集中はユウ君や柚子もやってたでしょう? 原理としてはそれと同じよ」

 光線の形状変化や集中は、優弥や柚子が行っていた能力操作の技術と同じもの。付け加えると、任意発動型の能力者は能力を意識で操作するためか、無意識で発動している常時発動型よりも、能力に手を加えることは難しくない。

 美姫が能力に施したことは、訓練さえすればどんな能力にも応用できる。無論、操作の規模により難易度は高くなり、能力の基礎制御を完璧にこなすことを前提としている。そのため、学生の間にそこまで手を伸ばすことができる者は稀。

「あんたが天性で得た能力は、確かに他人よりも強力かもしれない。でも、もしユウ君と柚子があんたと同じランクの能力者で、あんたの相手がユウ君か柚子だったとしても、同じ結果になっていたでしょうね。

 能力者のランクは先天的な要素によって決まるけど、その後の技術は本人の努力で決まる。それを怠っていたあんたに、ユウ君を貶める資格なんてないわ」

 背筋が凍りそうなほど冷めた目でカンナを見下ろす美姫。

 さらに一歩カンナへ近づき、その場で屈んだ美姫は制服の襟を右手で掴む。

「……ぐうっ」

 そして、華奢な腕からは想像できない力がカンナを襲い、容易に持ち上げられてしまう。美姫が『万象改変』により、肉体強化系に類似した能力を使った。

 四肢の激痛に息苦しさが加わり、先ほどよりも表情を苦悶で染めるカンナ。抗議の声を上げようにも、掴まれた服により喉が圧迫されているため、苦しげなうめき声にしかならない。

「私はそれについても怒ってる。でもね、私がそれ以上に許せないのは、あんたがユウ君の能力を馬鹿にしたこと。ユウ君の能力のことを何も知らないくせに、表層を知っただけで『くだらない』と断じたこと。

 あんたは知らないでしょうけど、ユウ君の能力のおかげで救われた人がどれだけいると思ってるの? どれだけの人間がユウ君に感謝していると思っているの?

 壊れそうだった『心』をユウ君に救ってもらった一人として、あんたの言葉はとても許容できるものじゃないわ」

 持ち上げられているカンナの制服に、より深く多い皺が刻まれる。首にかかる圧迫感が強くなり、カンナは思わず低く喉を鳴らす。

 美姫の瞳は冷酷な色を宿したまま。

「半端な力をひけらかすだけの無能が、私の大切なものを愚弄するな!」

 濃密な殺気を混ぜた怒声を叩きつけ、美姫は新たに能力を解放した。

「……ぃぎゃああああぁぁぁぁ!」

 まるで、聞いている者でさえ身が引き裂かれるような絶叫を上げるカンナ。

 血飛沫が踊り狂い、鮮血が床を染め上げる。

 カンナの両腕には幾つもの鉄杭により肉を穿たれ、両足には鉛の銃弾が飛び交い肉体を構成する細胞を削り取る。

 余りに凄惨な光景に、嘔吐し出すものさえいる。

 かろうじてカンナの胴体と四肢は繋がっているものの、もはや回復の余地など残されていないことは明白であった。

「止めなさい、神田美姫! もう試合は終わりました! これ以上の攻撃は危険行為と見なし、神田優弥を罰しますよ!」

 カンナの手足を再起不能にした時点で、すでにバーサスの勝敗は決している。同時にシステムのコントロールを取り戻し、雅の操作でブリシアッドによる壁も取り払われる。

 しかし、美姫がカンナを解放する気配はない。琴葉の警告に耳を貸している様子もない。

「ユウ君の時は何もしようとしなかったくせに、この女だと止めるわけ? それは都合がよすぎるとは思わないの?」

「……っ!」

 視線がかみ合ったのは一度。

 それだけで、美姫の威圧に呑み込まれた琴葉。だけでなく、美姫を止めるために準備していた『過負荷領域』も拡散させられてしまう。

 自分程度の能力者ではどうしようもできないと悟ってしまったため、琴葉はこれ以上の抵抗もできなくなった。

「化け物が! いい気になんなよ!」

 カンナを助ける機会をうかがっていたクレア。言葉遣いを荒げつつ美姫の講釈を活かし、能力で生み出した氷の茨に螺旋を描かせ、大きく鋭いランスを生成。さらに高速回転を加え、美姫へ向かって射出した。

「すぐに応用したのは流石だと言っておくわ。でも、甘い」

 空気を凍らせ、引っかくような音をまき散らす氷のドリル。

 しかし、美姫に到達する前にクレアと同じような茨状の氷が数本出現。円錐の形をした回転中のランスの、茨と茨の隙間を縫うように氷の槍が突き刺ささり、これ以上の進行を阻害した。

 見た目にも凶悪なそれを、美姫は一瞥もくれることなく無効化する。

「初めてにしてはなかなかセンスはいいけど、そんなに隙間だらけじゃこんな止められ方もされるわよ?」

「くっ!」

 慣れない能力操作に集中力を注いだため、能力によるこれ以上の追撃ができないクレア。悔しさに歯を食いしばり、ついには視線を合わそうともしなかった美姫を睨むことしかできない。

「おい、優弥! もう止めろって! これ以上は見てられねぇよ!」

「……確か、ユウ君のお友達で、新崎とかいったっけ? 私は美姫よ。ユウ君とは別の存在。今ユウ君にお願いするのは、筋違いよ」

 隆也の制止の声も、呆気なく切り捨てる美姫。Aランクの人間でさえ太刀打ちできない相手に向かうこともできず、ただ拳を握りしめる。

「美姫さん! このままじゃ、会長が死んじまうぞ! そうなると、すべての責任が優弥にかかっちまうんだぞ!」

 本当にカンナを殺しかねないと察した柚子は美姫を説得するため、一歩前へ出る。

 だが、柚子も理解している。全快の時でさえ軽くあしらわれてしまうのに、能力も使えず、消耗した状態で美姫に挑むなど、愚かでしかないと。

 それでも、優弥に全ての責がかかってしまうこの状況で、黙って美姫の暴挙を見過ごすことなどできなかった。

 そんな柚子の願いも虚しく、柚子の台詞に応えない美姫。自由な左手を掲げてカンナの頭へとあてがう。

「美姫さん!」

 か細い息がかかる左手でカンナの頭を掴み、美姫は能力を発動する。

「がっ……あぁ……」

 そして、かろうじて繋がっていたカンナの意識は、深い闇へと落とされていった。

 後に残ったのは、耳鳴りがするほどに静かな沈黙だけだった。


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