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優弥と美姫と超能力と  作者: 一 一 
一章 入学と波乱と能力者と
16/24

15話 カンナと能力と


 柚子とジルの試合後、すぐに次の試合のセッティングが行われた。

「それでは、準備はいいですか?」

 琴葉は新たに作られたフィールドの中にいる優弥とカンナへ尋ねる。

「はい」

「僕も大丈夫です」

『いつでもいいわよ』

 リラックスした様子で肯定を返す二人と幽霊。

 カンナはAランクの余裕があるため、さほど不自然ではない。しかし、圧倒的弱者である優弥の自然体な様子は明らかな異常としてギャラリーは見ていた。

「なんであいつ、会長を前にしてあんなに余裕なんだ?」

「あの子、確か本土からきた子じゃない? 転校生っていう」

「会長の実力を知らねぇのか? ただの間抜けか? どっちにしろ、可哀想なやつ」

 人越島の学校での生徒会は普通の学校とは異なり、選挙などで選出されるわけではない。基準は能力関連科目の成績ただ一点のみ。学年すべてを総合した上で、必ず上位から五位以内の人間が選ばれる。

 つまり、学内で最強の実力を持つ証が生徒会長の肩書きであり、彼女を前にすれば誰もが萎縮するのが普通。

『よし。先にあいつらヤっちゃおうか!』

「うん。お姉ちゃんはまず落ち着こうか」

 笑顔で殺気立つ美姫の腕を掴み、今にも飛び出しそうな勢いに急制動をかける優弥。幽霊の身である美姫が殺気を放つと洒落にならない圧力があるが、慣れきった優弥にはいつものことと流されている。

「神田さん? 誰と話してるの?」

「あ、すいません。喧嘩っ早い身内が近くにいるもので」

 急な優弥の奇行に疑問符を浮かべるカンナ。慌てて取り繕うも、うまく回避できた様子はない。

(はぁ、また変な目で見られてるよ)

 優弥は心中で小さく愚痴る。自身の能力が『霊感体質』であることを嘆いたことはないが、奇異なものをみる視線は地味にストレスがたまる。ため息くらいは出ようもの。

(ふ~ん、これが独り言と演技? 何だかパントマイムみたいね)

 対して、優弥の能力そのものに疑問を抱いているカンナ。小さく目を細め、優弥が保有しているだろう能力について考察する。

 科学が発展した世界に、幽霊といったオカルトなど徹底的に排除される運命。誰も存在を確認できないものを、存在すると考えること自体ばかばかしい。

 非科学的な存在を平気で騙っている(と思い込んでいる)優弥に白い目を向けるカンナ。

(何にせよ、この試合ではっきりするでしょう)

 生徒会長としての責務という一面と、退屈な学校生活に新たな刺激を求める一面。二つの思惑が入り交じり、年下の少年へと相対する。

 優弥とカンナの眼前に移るカウントが一桁となり、弛緩していた空気が一変。少しずつ、緊張感が高まっていく。

「それでは、バーサスを承認します。試合を始めてください」

『バーサス、起動。試合開始』

 カウントがゼロになり、始まった最強と最弱の試合。

 両者未だにらみ合い、どちらも仕掛けようとはしない。

「どうしたの? クレアと同じく、先手は譲ってあげるわ。そちらからどうぞ」

 適度に力を抜いた様子で、能力を発動する気配を見せないカンナ。うっすらと笑みをかたどった表情からも、優弥を侮っていることは明白。

 対して、優弥は悠然と佇むカンナの姿を注意深く観察する。相手の言葉にはほとんど耳を貸さず、ただ筋肉の細かな動きだけに注目。仕掛けるべきタイミングと、相手の能力の警戒は最大限に保つ。

『今回はどうする? 私も手伝った方がいい?』

 さすがに通常よりも気を張り巡らせている美姫。優弥の背後でいつでも動けるように身構えている。

「…………そうだね。僕だけじゃ、多分後藤先輩には勝てないだろうから、お願いしてもいい?」

『任せなさい。サポートはきっちりしてあげるから』

「ありがとう。それじゃ、はじめは目と手と足でいくから。あとは状況を見ながら変えてくよ」

『了解』

 力強い同意の言葉を頼もしく思いながら、優弥は能力操作を行う。

 全身に及んだ『霊感体質』の能力を目、両手、両足に集中させる。争いに向かない能力でできる唯一の強化。ただし、『霊感体質』の性質上、美姫をはじめとした幽霊との接触も制限される。

 現在、優弥には美姫の姿は見えているが、能力の耳への影響がなくなったため美姫の声は聞こえない。また、能力がかかった腕か足以外では触れることもできなくなった。

 その代償で得た微弱な身体能力の増強を宿し、駆けだした。

 まっすぐにカンナの元へと向かう優弥。スピードはなかなかのものだが、柚子に比べるとどうしても劣る。

「ただの突貫? 無策で飛び込むなんて、神田さんらしくないわね」

 意外そうな声を上げ、ようやくそれらしい構えをとるカンナ。とはいえ、格闘技の観点からすると隙だらけで形だけの構え。優弥から見ればどこにでも打ち込めるほど、脇が甘い。

 しかし、優弥は警戒を解かずに拳を握り、真正面からカンナの胴を狙う。

「はっ!」

「……きゃっ!」

 フェイントも何もない、牽制のつもりで放った一撃は、そのままカンナの腹を捉えた。

 防御を一切しなかったことを訝しみながらも、拳を戻した優弥は続けて右足で中段蹴りを見舞う。

「せい!」

 体をくの字に曲げ、余りに無防備なカンナに避ける術はない。

『ユウ君!』

 しかし、必中の蹴りはカンナではなく、美姫からの干渉により静止。カンナに足が届く前に、美姫が能力を纏った優弥の蹴りを体で受け止め、動きを止めている。

 一瞬疑問が浮かんだ優弥だが、すぐに美姫の意図に気づく。

 優弥の蹴りを受け止めた美姫の体が発光。

 厳密には美姫がいる空間に光が凝縮。

 美姫が受け止めてくれなければ、得体の知れない光に足を突っ込んでいた。

「けほっ、けほっ! か弱い女の子相手に、容赦ないわね」

 前かがみにせき込むカンナの声に反応し、一旦距離を置くためバックステップで退避する優弥。

 そこで、優弥はカンナの周囲にいくつも漂う光の玉の存在に気づいた。

「……光? 後藤先輩は光を操作する能力者ですか?」

 はじめは能力発動の過程で生まれた光だと考えていた優弥は、しばらく経っても消失しない光玉たちを観察して否定する。

「あら? 神田さんは知らなかったの? 私の能力は有名だから、みんな知っているものだと思っていたわ」

 ようやく上体を起こしたカンナ。未だ腹部に手を当てている様子から、痛みが引いたわけではないらしい。

「神田さんが言った通り、私の能力は『無限光源ビリオン・レイズ』っていう名前で、簡潔に言えば光を操れるの。照明の電気代が節約できる、とても便利な能力よ」

「いや、まあ便利なのでしょうが、その例えはどうかと思います」

『ボケたの? 素なの? どっちかわかんないわ』

 自慢げに胸を張るカンナに、どのような反応を返せばいいのか困惑する優弥と美姫。クレアしかり、ジルしかり。生徒会のメンバーは少しずつズレた人間が集まるのだろうと、心の内で納得するに留める。

「それよりも、神田さんは不思議な動きができるのね。あそこまで力の入った蹴りを寸止めできるんだから。蹴り足を振り抜いていれば、そのまま片足を焼き切れたんだけど」

 いかにも残念そうに、しかし気軽にぞっとすることを口にしたカンナ。

 光量はさほどではない、ぼんやりと光る球体に、一体いかほどの熱量が込められているのか。触れただけで肉体が焼失するレベルとなると、一度たりとて攻撃を受けるわけにはいかなくなった優弥。

 背筋を冷たい汗が流れ落ちる。美姫の判断がなければ、先ほどの聡同様、いいようになぶられて終わりだっただろう。

「先手は譲ってあげたんだから、今度はこちらからいかせてもらうわ。こちらも加減はするけど、せいぜい死なないように気をつけてね」

 満面の笑顔で私刑宣告を下す。

『右に跳んで!』

 すると、カンナの周囲を漂っていた光玉が一際輝きを増し、予兆もなく光線が射出された。それは、『八雷太鼓』の雷よりも速く、暴力的で、精確に、優弥の体を射抜こうと迫る。

「ぐっ!」

 自分だけでは対応できないと判断した優弥。即座に耳にも能力を薄く集中させ、美姫の指示を仰ぐ。光の射線が放たれる前に読み切った美姫の言葉通りにその場を跳び退き、なんとか回避に成功する。

「……ふぅん。私の光線を避けれるんだ? 未熟な雷ならまだしも、私の力は光速。いつまで避けられるかしらね?」

『後ろ! 左! 屈んで! バック転! 着地後に右!』

「ふっ! くっ! はっ! だっ! てぇっ!」

 若干の驚愕を浮かべながら優弥を眺め、口を動かしている間も光線の放射を止めないカンナ。

 一度光線が発射されれば光玉は消えるが、消えたところで新たに光玉が生み出されるため、攻撃の手が緩まる様子はない。

 美姫の指示も止まることを知らず、優弥も常に動きっぱなしになる。

 かろうじて被弾はしていないが、それも時間の問題だとわかる。点数上は有利だが、戦況は優弥の圧倒的不利だった。


~~・~~・~~・~~・~~


「肉体系の能力者にとっちゃ最悪な能力だな。遠距離、無音、高速、高威力か。普段の俺なら接近はできても、勝つことはほぼ無理だな。攻撃が通る気がしねぇ」

 アクロバティックな回避を繰り返している優弥と、消えては現れる複数の光の砲台から休みなく光線を放つカンナの戦局を眺めながら、難しい顔をする柚子。

「いや、当たり前だろ。会長に勝てる相手がこの高校にいない以上、勝てると思う方がおかしいって」

「諦めが早すぎるぞ、隆也。この世に絶対はねぇ。観察してりゃ、あの女にも隙はあるはずだろ。どっちの味方だよ、お前」

 はじめからカンナの勝利を疑わない隆也に呆れた視線を送る柚子。

「バカだな。天満は会長の能力を知らないからそんなことがいえんだよ。会長の『無限光源』は見ての通り、光を操る能力だ。うちの学校のIAクラスにも、光を操る能力を使うやつは何人かいるが、会長のそれと比べればどうしても見劣りしちまう」

「どういうことだ?」

「会長の『無限光源』は手数の多さと能力の自由度が脅威だ。他の光を操る能力の攻撃は一発の威力がでかい代わり、ある程度力を溜める必要があるらしくて、一定時間光を集中し続けなきゃならねぇ。それに、連射性もすこぶる悪い。待機できる弾が一発か二発くらいしかねぇし。

 だが、見りゃわかるように、会長の能力は光を打ち出す砲台をいくつも設置できる。一発の威力は低いが、光玉を一カ所に集めて一斉総射することで短所を補える。能力学者も、『無限光源』は光を操る能力の系統完成型(マスター・タイプ)の一つ、っていってたしな」

 情報操作系の能力として、自然現象を操る能力は世間で広く知られ、かつ強力なものばかり。同系統の能力ではランクが高い方が強力ではあるが、同ランクの能力同士だと能力の質で長所と短所が異なる。

 それは光を操る能力に限らず、他の能力にも当てはまり、それぞれ確認されている能力の中には系統完成型と呼ばれるものが存在する。

『無限光源』のような系統完成型と呼ばれる能力は、その能力が有する短所のほとんどを克服し、長所がより強く強調される。同系統の能力でも一際抜きんでた性能を持ち、必然的に他の能力も圧倒する力を持つ。

「ふぅん。なるほどな。そりゃ、確かに普通の能力者じゃ太刀打ちできないだろうな」

「……なんだよ? 引っかかる言い方だな、天満」

 一通り隆也の説明を聞いていた柚子は含みを持たせつつ頷く。ずっと優弥とカンナの一方的な攻防を見つめている柚子に、隆也は不満そうに口を尖らせる。

「別に? そのままの意味だよ。普通の能力者じゃ、あの女には勝てないのは認める。だが、優弥はただの能力者じゃない。優弥と付き合いが長い俺も、優弥自身も、能力の全部を把握できていない、特異な能力だ。だが、少なくとも今持てる全力を出した優弥に勝てる能力者は、誰一人としていない。それは純然たる事実だ。

 ま、それを披露するなんて滅多なことじゃないけどな」

 隆也は柚子を凝視する。

 柚子の言葉には私情が含まれておらず、言葉通り優弥の能力が最強であると、事実のように語る。

「おいおい、優弥はランクDだぞ? 言っちゃ何だが、最弱の能力者で、それも戦うには全く向いてない能力だ。普通に考えれば、優弥の能力の方が誰にも勝てない能力なんじゃないか?」

 客観的にも、隆也の意思も、優弥の能力にそこまで強力なものは存在しない。

 それを伝えたところ、柚子は初めて隆也に視線を送り、不敵に笑う。

「確かに、優弥だけ(・・)じゃ弱いかもしれないが、優弥には天下無敵の守護霊様がついてんだよ」

「守護霊? 一体どういう、」

「お、おい! なんだありゃ!」

 柚子の言葉の真意を尋ねる前に、隆也は観戦者からあがった驚愕の声につられ、再び友人が闘うフィールドへと視線を向けた。


~~・~~・~~・~~・~~


「私の『無限光源』を避け続けられるのは素直に賞賛するけど、逃げるだけじゃ勝てないわよ?」

「そんなっ! 無茶をっ! 言われてもっ!」

『次は体を反らせて! そのままバック転! 着地したらしゃがんで!』

 余裕のあるカンナの挑発と、美姫の指示を同時に聞きながら、優弥は切羽詰まった様子で応える。

 美姫による的確な先読みのおかげか、光の雨を数分間もしのいでいる優弥。しかし、無駄を極力省いているとはいえ、一つ一つの動作がかなり無理をした動きになりつつあり、体力の消耗が激しい。カンナの光線にやられるのも時間の問題。

 なんとか攻勢にでなければならない、と優弥に焦りが生まれる。

「ふふふ。辛そうね。でも、神田さんにはまだ余裕がありそうだし、難易度を上げてみましょうか?」

「はあっ、はあっ、っ! 嘘、でしょ!」

 息が上がっている優弥を楽しそうに眺め、カンナは左手を前方に掲げた。

 すると、今までカンナの背後からしか出現しなかった光玉の位置に変化が訪れる。残っていたすべてが光の銃弾と化して消滅した後、新たな砲台は優弥を半球状にとり囲むようにいくつも現れた。

「ほぼ全包囲に配置した光のレーザーよ。神田さんは、どう対処するのかしら?」

 いかにも楽しそうに微笑むカンナ。状況が状況でなければ、優弥にも天使の微笑に見えたかもしれない。しかし、絞首台の縄に首をかけられたような状態では、凄絶な悪魔の笑みにも見えてしまう。

『ユウ君、()よ!』

 カンナの表情に気圧されて一瞬動きを止めた優弥に、背後からの美姫の声が届いた。

 振り返ると、美姫は腰を深めに落とし、曲がった膝の前で手を組んでいた。

 美姫の意図を即座に読みとり、優弥は能力で底上げされた身体能力を駆使し、美姫の元へと走った。

「ふふふっ。さあ、神田さんはどうするの?」

 カンナは掲げた左手を緩慢な動作で銃の形に変形し、優弥の背中に照準を合わせる。

「ごめん、お姉ちゃん! 任せたよ!」

『任された!』

 一言謝罪を述べ、優弥は大きく一歩を踏み出し、美姫へ向かって突貫。地面すれすれを跳躍する優弥は空中で体勢を変え、ちょうど美姫が組んでいた両手に右足を乗せた。

「……ばん」

 同時に、カンナは細い銃口を跳ねさせた。

 刹那、優弥をドーム上に包囲していた光玉から一斉にレーザーが射出。標的は、包囲網のほぼ中心にいる優弥。

「はああっ!」

『えええいっ!』

 すべての光線が優弥を貫こうとした時、優弥と美姫は気合いの声を発し、行動に移った。

「……へぇ」

 カンナは思わず、感嘆の声を上げた。

 ドーム状に展開した光玉同士の間に存在したわずかな隙間へ向けて、優弥は美姫の手を足場に蹴りあげる。美姫は方向を調整して優弥の力を殺さないように打ち上げた。

 その結果、人間一人がぎりぎり入るだけの安全な空間に滑り込むようにして上昇した優弥は、無数の凶弾からの逃亡に成功する。

「これでも当たらないんだ。でも、上に逃げたのは悪手だったわね。空中じゃ何もできないでしょう?」

「くぅ!」

 光弾の網を抜けた先、優弥を出迎えたのは周囲に出現した十数個の光球。それらは同時に明滅し、今にも光線を吐き出す様相を見せる。

『ユウ君、もっと上(・・・・)へ!』

 しかし、優弥の身体が光線で貫かれる前に、優弥の左足に固い感触が生まれた。

「っだあ!」

 先ほど地上から優弥を打ち上げたはずの美姫の声を、すぐ真下から聞こえたことにも優弥は戸惑うことなく、美姫の指示に従う。

 左足に生じた足場のようなものを踏み切り、優弥は更に跳躍。ほぼ間を置かずに射出された光熱の包容は、足下を紙一重の距離で過ぎ去った。

「……っ!」

「お、おい! なんだありゃ!」

 確実に優弥を捉えたと思っていたカンナは息を呑む。バーサスを観戦していた生徒からも、驚嘆の声。

 ほとんどの者から見れば、優弥は何もない空中でさらにジャンプしたように映った。が、空を飛ぶのではなく足場を作る肉体系の能力というのは現在確認されておらず、生徒たちから戸惑いの色が伺える。

(た、助かった)

 不自然な二段ジャンプを披露した優弥は、直下を通った光の線を見下ろす。

 そこには、半透明な体にいくつも穴を空けつつ、優弥を押し上げた姿で静止している美姫の姿があった。

『へ~んだ! こちとらあらゆる物理法則から外れた幽霊なのよ! 慣れれば光を超えた速度の移動だってできるんだから!』

 優弥と美姫が行ったことは至極単純。優弥を打ち上げた美姫は、すぐさま地上から一瞬で移動し、空中にいる優弥の足を再び手の上に乗せ、バレーのレシーブのようにしてさらに上空へ押し上げたのだ。

 幽霊という存在は動きが鈍く、存在そのものが不安定なイメージがあるが、優弥の『霊感体質』に映る幽霊たちはその印象を覆す。

 まず、死人であるにも関わらず生き生きとした幽霊が多い。生前と何ら変わりない振る舞いをする。ホラー映画に見られるような理性のない幽霊は、むしろ少数派。総じてテンションが高いことも特徴。

 また、美姫が言うように幽霊たちにはあらゆる物理法則が通用しない。美姫曰く、コツは必要だが、まるでそこに地面があるように空中を移動することも、寝転がることも、相対性理論を無視した瞬間移動さえもできる、とのこと。

 さらに、当然ながらどれだけ頑張っても物質や生物に直接干渉することはできない。例外は、幽霊に干渉できる能力を持つ優弥だけ。

 このように、幽霊の特徴を並べることはできるが、いまだ定義できない存在であることに変わりはない。今のところ、死後肉体から漏れ出た魂の一部、もしくはすべてが形作った不定形なもの、というほかない。

『ユウ君! 空中にいる間は私が足場をフォローするわ! だから、あの上から目線の生意気な女をぶっ飛ばしちゃって!』

「わかった!」

 美姫の力強い言葉に頷き、優弥は眼下でこちらを睨んでいるカンナを見据える。

「……ついに化けの皮が剥がれた、って所かしら? おそらく、肉体付加系の能力には違いないのでしょうけど、空中に飛ぶのではなく、跳ぶ能力だなんて、聞いたことがないわね。興味深い」

 目を細め、思案するカンナの声は小さく、優弥に届くことはない。

「まあ、どのような能力であろうと所詮は肉体系に分類される劣化能力。私に勝つことなんて、天地がひっくり返ろうとあり得ないわ!」

 こちらへ向かって自由落下を始めた優弥を仰ぎ、カンナは追撃を開始する。

 右手を指揮棒のように振るい、優弥の進路を塞ぐ位置に数個の光玉を配置。間を置かず、すべての玉から極細の光の槍が放たれる。

『右側面をガード!』

「……っぐ!」

 美姫の声が響いた直後、優弥の右腕に重い衝撃が走った。

 とっさの回避が不可能と判断した美姫は、優弥の体を蹴り飛ばすことで強制的に光線の的から外したのだ。

 少女の外見からは想像もつかない重さの蹴りに、ガードが間に合ったはずの優弥の口からは苦悶の声がこぼれる。

「っ! また、無茶な動きをするわね!」

 またしても予想外の動きで光線を退けた優弥に、ほんのわずかだが動揺するカンナ。

 見ようによっては、情報操作系の風を操る能力で自分を吹き飛ばしたようにも見えた、優弥の不自然な動き。それが、カンナが優弥の能力の推測を困難にさせる。

『ごめんね、ユウ君。でも、あんまり余裕はないから、次行くわよ』

 しびれる腕をごまかすように一度強く握り込み、優弥は飛ばされた先にいる美姫の声に耳を傾ける。

「うん。お願い、お姉ちゃん」

 目線はカンナに固定したまま。美姫は能力を集中させている優弥の足裏を自分の足と重ね、カンナに照準を合わせて優弥を送り出す。直後、数本のレーザーが虚空を焼いた。

「Dランク風情が、ちょこまかと!」

 空中を自在に駆け巡り、ことごとく避けられる光線。バーサスが始まって十数分、いまだ優弥の体に光による穴は穿たれていない。ただ、いまだカンナは優弥の接近を許してはおらず、優位なのは変わりない。

 とはいえ、どのような相手であれ、ここまで自身の攻撃が当たらなかったことはなく、カンナにも焦りの色が浮かぶ。

(本気を出していないとはいえ、このままじゃまずいかしら? でも、Dランク相手に本気を出すなんて、私のプライドが許さない)

 Aランクであることをあまり鼻にかけないカンナだが、人越島で育った学生であることに変わりはない。自分の能力強度と実力には絶対の自信を持ち、圧倒的強者である自分が格下相手に本気を出すなど、恥以外の何者でもない。

 実力至上主義で育まれた矜持が、カンナに理性によるブレーキをかける。

『どうするの? このままじゃジリ貧よ?』

「そう、なんだけど、今は、避けるのが、精一杯!」

 対し、『無限光源』の気配が読めてきた優弥は、ようやく話ができるほどの余裕が生まれる。しかし、もはや獣じみた動きにしか見えない動作で光線を回避し続けたことにより、優弥の体には相当な負荷がかかっている。

 能力の集中でごまかしてはいるものの、いずれボロが出ることは優弥も美姫も気づいていた。

 体力という概念が存在しない美姫は平素と変わらない表情。肉体を酷使し続けている優弥は苦しげに歪む顔を隠しきれない。

 肉体の限界は近い。

「一か八か、突っ込んでみるのも、悪くないかもね。どうせ、今の僕じゃ、お姉ちゃんの、補助を受けても、後藤先輩には、勝てないみたいだし」

『……すっごく悔しいけど、そうみたいね。ユウ君がいいなら、最後に一矢報いてみる?』

「うん!」

 首をわずかに逸らし、顔の横をレーザーが通り過ぎる。髪の毛が焦げる音と臭いを感じつつ、美姫の補助で生まれた足場に力を込める。

「だあっ!」

 そして、収縮したバネが解放されるがごとく、カンナへと向かって一直線に跳躍。重力の力も借り、まるで隕石のように地上の標的を目指し、風を切る。

 対空放火に専念していたカンナは、優弥の突撃に目を丸くし、わずかに口角を上げた。

『……! ユウ君!』

「やあっ!」

 大声を上げ、優弥に注意喚起する美姫。

 しかし、美姫がカンナの態度の違和感に気づいたときには遅く、まったく動く様子のないカンナへ向かって優弥は着弾した。

「……え?」

 久方ぶりに地面へ降り立った優弥から、小さく疑問の呟きが漏れる。

 確かにカンナを捉えたはずの拳。

 だが、あまりにも手応えのなさすぎる感触に、優弥は困惑する。

「…………チェックメイトよ、神田さん」

 瞬間、いくつもの光が優弥の目を焼き、隙ができて動かない四肢を貫いた。

「っぐぁ!」

 低く、呻くような悲鳴。

 優弥の周囲に発生し、無情にも放たれた光は優弥の肩、肘、膝、股関節を精確に撃ち抜き、優弥の足掻きを完全に封殺した。

『ユウ君!』

 地べたに這い蹲るような姿の優弥に、金切り声に近い声を上げる美姫。とっさに近寄り、優弥の体を支えようとするが、能力が及ばない部分を触れたところで、美姫の腕はすり抜けるだけ。

「少々手こずったけど、思った以上に楽しめたわ。神田さん、ありがとう」

 優弥は顔を上げる。

 優弥の正面に屈み込んで、とても魅力的に微笑むカンナの姿がそこにあった。

「どうして、僕の攻撃を、避けられたんですか?」

 肉体を貫かれた痛みと、限界に近い動きを強制された優弥。荒い息を整える暇も惜しみ、優雅にこちらを見下ろすカンナへ問いかけた。

「簡単よ。神田さんは光の屈折は知ってるでしょう? 島の外では中学校の理科で習うと聞いたのだけれど。それの原理に近いことをしただけ」

 屈折とは光、音波などの波動が異なる媒質の境界で進行方向を変える現象のこと。

 例えば、棒を水の中につけると水面側に少し曲がって見える。それは、大気中に走っていた光が水面に当たると、わずかに方向を変えて進み、見える位置が異なる現象、つまり屈折が起こっているため。

「屈折……、つまり、後藤先輩は、能力を使って、蜃気楼のような、現象を起こし、僕の視覚を、騙していた、ということですか?」

 蜃気楼は密度の異なる大気の中で光が屈折し、見えない位置にある風景や物体が見えたりする現象。本来は光が密度の高い、冷たい空気の方へ進むという性質により発生する自然現象の一つ。

 しかし、カンナは光を操る能力者。空気の層をあえて作らなくとも、光が進む方向を調節するだけで、蜃気楼に似た現象を起こすことはたやすい。

 とは言うものの、無意識に脳が処理している光を操作することは、Aランクの能力者でも難しい。何せ、視覚的にわかりやすい光球などと違い、自然に発せられる光は弱く、操作に繊細さが求められる。相当精緻な能力のコントロール技術が求められる。

「ご明察。ついでに、本当の私の姿は屈折を邪魔しない程度に光を遮断させて、極力神田さんの視覚に映らないようにしておいたわ」

 加えて、優弥の視界から自らの姿を消すためにも能力を使用していたとなると、カンナの能力に関する技量の高さが窺える。

「なるほど。こうも簡単に、騙されたのは、そういうことですか。ちなみに、蜃気楼を起こした、タイミングを伺っても?」

「私の全包囲射撃をかいくぐるため、神田さんが私に背を向けたあの時よ。単なる保険のつもりだったんだけど、役に立つとは思わなかったわ。

 それと、言っとくけど私は『無限光源(ビリオン・レイズ)』の名が示すとおり、本来は攻撃に特化した能力なのよ。絶えず動き回る神田さんだけを照準にした光の屈折みたいなメンドクサい作業、簡単なんかじゃないんだからね」

 そう言い、憮然とした表情を浮かべるカンナ。簡単ではない、と言いつつ両手両足で四本の針に糸を同時に通すような作業を、メンドクサいで済ますことができる学生は、世界を見回してもそうはいない。

「さて、神田さんの疑問に答えて上げたんだから、私からの質問にも答えてもらおうかしら」

「何で、しょうか?」

 すでに勝敗は決した。優弥も抵抗することなくカンナの言葉に従う。

「貴方の能力よ。『霊感体質』なんて能力はブラフで、本当は別の能力を持っている。違う?」

 カンナの質問に、優弥は顔を大きくしかめる。

「違いません、よ。僕の能力は、『霊感体質』です。それ以外に、ありません」

「それをどう信じろと言うの? ランクと比べれば、貴方の実力が高いことは認めるわ。でも、貴方が能力を使ったと思われる行動を見る限り、決して報告通りの能力とは言い難く、そもそも幽霊だなんて非科学的な存在を受け入れろと言うのが難しい。

 なら、貴方は何らかの理由で本来の能力に関する情報を秘匿し、この学校へ転入したと考える方が自然よ。貴方でも理解できるでしょう?」

『何ですってぇ! この女、私たちに喧嘩売ってんの! 非科学的だろうが何だろうが、私たちはちゃんとここに存在してるのよ! あんたなんかに否定される筋合いはないわ!』

 カンナの言に憤慨し、いきり立つ美姫。己の存在を全否定されるようなことを言われたのだ。さもありなん。

 しかし、残念ながら美姫が一番伝えたい言葉は、伝えたい相手に届くことはなく、敗者として地に臥す優弥にしか聞こえていない。

「僕の能力が、理解されにくいことは、十分、わかっています。しかし、僕は、能力を詐称したことは、ありません。それに、僕の能力は、先生方もきちんと把握しています。後藤先輩に、糾弾される謂われは、ありません」

 美姫の思いを受け止め、真剣な眼差しでカンナを見上げる優弥。一言一句伝えることはかなわなくとも、美姫の代弁者として、彼女が抱いている気持ちを伝える。

 幽霊は存在する、と。

「……と、神田さんは言っていますが、本当なんでしょうか、博野先生?」

 カンナが視線を送ったのは審判役でもある琴葉。

「……事実です。どのような方法で確認したかは公表できませんが、確かに神田優弥さんの能力は『霊感体質』であることに間違いはありません。

 後藤カンナさんの考えるように、不正を犯して人越島に進入してきたわけではなく、正規の手続きを踏んで転入してきた生徒に過ぎません。彼の能力について疑問点があれば、あとで私に聞きに来てくださっても結構です」

 重いため息の後、琴葉はカンナの考えているだろうことを否定し、優弥の主張を肯定する。

「へぇ、そうなんですか……」

 さすがに教師である琴葉に指摘されれば折れざるを得ない。カンナは今までの推測をすべて破棄し、一言呟いた。

「なんだ、つまらない」

 優弥に対する興味が急速に冷めていくのを感じるカンナ。

 珍しい性質を持った能力ではあるが、言ってしまえばただそれだけ。

「面白い人だと思ったけど、私の思い違いだったみたいね。そんなくだらない能力のために時間を費やしたと思うと、嫌気が差すわ」

『……何ですって?』

「…………ごとう、せんぱい?」

 カンナは今まで浮かべていた表情を消し、侮蔑を込めた瞳を優弥に向ける。

 優しげな先輩といった印象を、手のひらをひっくり返したように激変させたカンナに、優弥も戸惑う。

「気安く私の名前を呼ばないで。最低ランクの癖に」

 ぴしゃりと言い放ったカンナは、もう優弥と視線を合わせることもなく立ち上がる。

「暇潰しとしてはそこそこ楽しめたけど、もういいわ。運が良ければ、後遺症も残らないんじゃない?」

「え?」

 背を向け、立ち去り際にカンナは不穏なことを口走る。

 途端、優弥の背中や腰に今までの比ではないほどの激痛が生じた。

「あっ、があああああぁぁぁぁぁ!」

「優弥っ!」

「優弥ぁ!」

 獣のような悲鳴を上げる優弥。

 フィールドの外から様子を見守っていた柚子や隆也も、思わず優弥の名を叫ぶ。

 フィールドの外にいた者が見た光景。

 それは、カンナの光線が優弥の背中をとらえ、脊椎を焼き溶かした、残酷なもの。

 優弥の前には立体映像で敗者宣言が下されるが、優弥が気にしていられるはずもなく、歯を食いしばっているうちに空気に溶けて消える。

「うるさいわね。ついでに喉も焼いてやろうかしら?」

 優弥の絶叫に顔をしかめ、振り返るカンナ。

「っ! やめろ! やりすぎだっ! おい、誰かあの女を止めろよ!」

 いまだ残ったままのフィールドの壁を叩きながら、顔を青くした柚子は周囲の人間に助けを求める。

「どうして?」

「やられる方が悪いだろ?」

「っつうか、会長に勝負を挑む時点でこうなることは想像してしかるべきだろ? 全部あいつの自己責任だよ」

 しかし、柚子に返された言葉は信じられないものだった。

「おい、冗談だろ? 人が一人死ぬかもしれねぇのに、なんでお前らはそんな冷静なんだよ!」

 ずっと本土で育ってきた柚子の倫理観が崩れていく。同時に、隆也までもが苦渋の色を浮かべなお、カンナを止めようとはしないことに衝撃を覚えていた。

「天満柚子さん。これがこの島のルールです。能力者に弱者はいらない。それで潰される程度の才能なら、元々ない方がいい。それが、この島の不文律です。

 心配はいりません。生きてさえいれば、神田優弥さんにも希望があります」

 まるで聞き分けのない幼子を諭すように、しかしフィールドをなかなか解かない琴葉。

 高ランクの能力者が低ランクの能力者をいたぶることはよくあること。むしろ、才能のある能力者たちの心理的圧力を軽減させるという名目で、学校側も黙認するほど。

 このまま私刑が続くのであれば、フィールドは解かずに被害を最小限に抑えるのが的確な判断だと考えている。

 そんな島特有の常識は、必然的に転入生にはすぐさま理解できるものではない。

 教師である琴葉は、この島に来た希有な転入生が現在の優弥のような末路をたどっている例を幾度か見てきた。

 幸か不幸か、命を落としたものさえいないが、四肢の一部あるいは全欠損、半身麻痺、脳障害など、今後の人生に障害となりうるものを背負わされた者が大半。

 ランクの高い治癒を使える情報操作系の能力者が養護教諭として配置されているが、治癒であって再生はできない。あまりにも酷い怪我の場合、完璧な治療はできない。

 直接的な被害を被らなかった場合も、あまりにも残酷な光景に耐えきれないものは多く、人越島の教師は彼らの心のケアも多少行うよう指導されていた。

 だが、それでも柚子は彼らの考えを理解できなかった。

「なに、いってんだよ?」

「……天満柚子さん?」

「なんで、優弥が死ぬって話になってんだよ?」

 そう、柚子が抱いた危惧と、それ以外の人物が抱いた危惧が、まるっきり別だったため。

「いいから、誰か早くあの女を逃がせっていってんだ! お前ら、あいつを、後藤カンナ(・・・・・)を見殺しにする気か!」

 必死な柚子の叫びの意味を全員が理解してすぐ。

「……なっ!」

 カンナの短い驚愕がその場に響いた。

 つられて、全員がフィールドに残ったカンナを注視する。

「ああ、もう、くそっ! 遅かった!」

 柚子の焦った声も、今は誰にも届かない。

 能力開発館に、静寂が落ちる。

 いつのまにか、断末魔のような叫び声すら、なくなっていた。

「おい、クソガキ」

 凍り付いた空気の中、ひときわ大きく聞こえる優弥の声。

 しかし、その声音は先ほどまでの優弥とは違い、ドス黒い憤怒が視覚的に見えてきそうなほど、低い。

「あまり調子に乗ってると、魂ごと消し飛ばすわよ?」

 カンナの、柚子の、隆也の、琴葉の、その場にいる全員の視線を一身に受けた少年は、射殺さんばかりの殺気を視線に込めてカンナへと向ける。

 何事もなかったかのように直立して、攻撃が受けた形跡すらない無傷な体を、御し切れない感情で震わせて。

 カンナを睨む優弥の目は鋭く、まるで別人のようだった。


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