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優弥と美姫と超能力と  作者: 一 一 
一章 入学と波乱と能力者と
15/24

14話 能力と常時発動型と


「何で俺の負けなんだよ! ルール通り、あいつを気絶させただろうが!」

 対戦相手を倒した柚子の、当然の抗議。完全に意識を失っているジルがショートソードとともに数人の生徒に運ばれていく様子を背景に、真っ先に琴葉へと突っかかっていった。

「確かに、天満柚子さんはジル・レティツィアさんを気絶させ、勝利条件は満たしています」

 ヒートアップする柚子とは対照的に、琴葉はことさら冷静に告げる。

「だったら!」

「しかし、わずかな差であなたの敗北条件が満たされていました。私が設定したダメージ以上の痛みを十回、あなたはその身に受けました。それは覆しようのない事実です」

 身に覚えがないのか、柚子は眉をひそめて納得のいかない表情を崩さない。

「あなたが直接攻撃を受けたのは四度です。が、あなたはジル・レティツィアさんを気絶させた一撃の時、腕に痛みを覚えましたね?」

「はぁ? 覚えちゃいねぇよ」

「さらに、ジル・レティツィアさんへの攻撃の中で、剣で防がれたことでダメージを負ったのが二度」

「あ~、そんなこともあったような……」

「最後に、天満柚子さん自身の能力による肉体への過負荷が原因のダメージが三度、ブリシアッドが感知しました。具体的には相手との距離を一瞬で移動した時、最後から二番目にジル・レティツィアさんの顔面を殴った時、最後の一撃の前に胸ぐらを掴んで持ち上げた時です」

 実は現実に能力を駆使する試合でも、フィールドを形成したブリシアッドは活躍していた。事前にスキャンしていたプレイヤーの健常時の生体データを元に、カメラやセンサーから体温や脈拍数、発汗、表情などから総合的に判断し、プレイヤーのダメージの有無を観測。それらのデータは随時審判である琴葉に送られていた。

 結果、柚子がDランク離れした能力行使をしだしてから、明らかにダメージと判断できる身体反応が見られたのだ。事実、琴葉が指摘した高速移動のときは両足に、残りの二つは腕に、かなりの負荷が肉体にあった。

 平気そうな顔をしている柚子だが、実際は全身を筋肉断裂に似た激しい鈍痛が襲っており、一般人なら一歩も動けないほどである。

「合計十度の痛覚刺激が、ジル・レティツィアさんが完全に気を失う前に感知されましたので、ルールに従いますとあなたの敗北となるわけです。理解できましたか?」

「理解できても納得いかねぇー!」

 未だ抗議の姿勢を崩さない柚子の肩に、少しばかり小さめな学ランがかけられた。琴葉は二人の様子を見送ると静かにその場を後にする。

「柚子ちゃん、お疲れさま」

「……優弥?」

 視線を横へ移すと、とても優しい表情で笑いかけている優弥の姿。それはまるで妹を励ます兄のような、すべてを受け入れ包んでくれる表情だった。

 その表情を見て、柚子はようやく負けたという事実が腑に落ちた。同時に気まずさで視線を逸らす。

「俺、負けたんだな」

 あれだけ啖呵を切っておいて、結果は敗北。恥ずかしいやら情けないやら。どうにも優弥に合わせる顔がないと顔を背ける柚子。

「うん。試合には負けたね」

 落ち込んでいる雰囲気にもかまわず、優弥は柚子に事実を突きつける。落ちていた肩が、さらに一段下がる。

「でも、柚子ちゃんは生きてる」

 しかし、付け加えられた一言で柚子は再び優弥へと顔を向ける。自分よりも少し小さな体躯の幼なじみは、怪我に配慮してかさらに密着して寄り添い、肩を貸してくれた。

「学校の授業で、って考えると大げさかもしれないけどね。

 柚子ちゃんは覚えてる?

『この世界における能力者同士の闘いにおいて、負けることは死ぬことだ。特に、お前たち肉体系は能力者内でも弱者になる。どれだけ力の差があっても、ボロボロになったとしても、』」

「『生きていればそれはお前らの勝ちだ。それはつまり、自分を負かした相手をぶちのめすチャンスがまだあるってことだからな』、か。親父の、俺らの師匠の言葉だったよな」

 それはかつて耳にした、優弥と柚子の師が発した言葉。いつかの稽古で、柚子がどうしても師匠との組み手で勝てず、へそを曲げてしまったときに投げかけられた言葉だ。

 優弥は暗に、柚子は本当の意味で負けていない、と伝えた。

「うん。少しは元気でた?」

 自分を支えながら歩く優弥を、柚子はちらりとのぞき込む。

 柚子が唯一、弱さを見せることができる少年。見た目は華奢で中性的なのに、自身を支える肉体は鍛えられており、普段あまり感じない男性を窺うことができる。

 他人にさらしたくない服装、歩くのも辛い体、勝負に負けたことも重なり疲弊した精神。すべてにおいて気遣ってくれた優弥。自然と顔が赤くなり、感謝の言葉が口をつく。

「…………あぁ。わりぃな、優弥」

「いつものことでしょ?」

 気恥ずかしさを感じながら、優弥の手を借りて移動する柚子。すると、隆也が近づいてきた。

「おい、天満! 大丈夫か?」

「平気だ、って言いたいとこだけど、あんまり大丈夫じゃねぇかな」

 フラフラと歩く柚子を心配そうに見つめる。

「ったく! なんて無茶しやがる! あんな動き、Dランクにゃできないはずだろ! ボロボロになって当然だっつの!」

 声を荒げて説教をする隆也の表情は、内容と裏腹に柚子の身を案じるもの。

 心配をかけたことを察した柚子。努めていつも通りを装い、何ともないと笑って見せた。

「バッカ。こんなもん、島に来る前から日常茶飯事だよ。俺だって肉体系の能力者なんだし、回復は早ぇから気にすんな」

『そういう問題じゃないでしょ、全く』

 柚子の空元気に呆れ返った声を上げる美姫。優弥も口にはしないものの、心中で同意する。

「……天満がそういうなら、もう俺からは何も言わねぇよ。何やってあんな力を出したのかわかんねぇけど、負担がでけぇんだろ?」

「まぁな。俺の場合、能力を使った場所の筋組織の断裂に加えて、全身の筋肉痛に精神の疲弊を考えれば、半日くらいは能力を使うのは控えた方がいい、ってくらいだな。優弥に比べりゃ軽い代償だよ、っと」

 三人は話しながら壁際まで移動した。そして、優弥はゆっくりと柚子を壁にもたれさせ、座らせる。

「サンキュな、優弥」

「どういたしまして」

 柚子が優弥の学ランの前を閉じているのを見ながら、彼女の隣に優弥が、続いて隆也が腰を下ろす。

「なぁ、その口振りからして、優弥も天満みたいなことができるのか?」

「うん。といっても、僕の場合柚子ちゃんみたいな直接的な能力の底上げとは少し違うから、目に見えてわかる効果はせいぜい身体能力の向上くらいだけどね」

「ふ~ん、そうなのか?」

「そのお話、私にも詳しく聞かせていただけませんか?」

 雑談になりかけたところで、優弥は誰かに声をかけられる。

 声の主を確かめると、担任の琴葉であった。

「博野先生?」

「何か用か?」

「天満柚子さん、先ほどのあなたの能力はランクのキャパシティを大きく逸脱していました。教師であり、能力を研究する人間の一人として、あなたが行使した能力の実態を知る必要があります」

 抑揚の少ない琴葉の声が、余計に平坦となり機械音じみて聞こえる。それに、優弥と柚子は同時に首を傾げた。

「別に構いませんけど、大した内容ではありませんよ?」

「それに、センセたちみたいな任意発動型の能力者が聞いても勝手が違うから、多分直接得することはねぇぞ?」

「構いません。教えてください」

 感情の起伏が少ない琴葉にしてはやけに食い下がってくる。表面上ではわからないが、常よりも気分が高揚しているのは確からしい。

「わかりました。説明します。

 まず、柚子ちゃんがさっきの試合で見せたものはただの技術であり、能力強度をごまかしていたわけではないことを断っておきます。それを承知していただかないと、話が進みませんので」

「わかっています」

 そのように前置きをしてから、優弥は続けた。

「では始めに、先生は能力の発動方法が二種類あることはご存知ですよね?」

「はい。能力者のほとんどがそうである任意発動型と、神田優弥さん、天満柚子さん、新崎隆也さんなど、ごく少数のDランク能力者が該当する常時発動型の二つになりますね」

 任意発動型は、能力者の意思やキーワードなどで能力が発動するタイプ。能力者の九割以上はこちらのタイプで、能力者の意図なしに発動することは、暴走という形を除いてほとんどない。

 逆に、常時発動型は名の通り、四六時中能力が発現している能力者を指す。能力者が特に意識しなくても能力が発動しており、このタイプの能力者は総じて能力強度が最低ランクであることが特徴。

「はいはい! 質問! なんで常時発動型はランクが低いんだ?」

「能力を使用するエネルギーが分散しちゃうからだよ。どれだけ強力な能力を持っていても、能力が常に垂れ流し状態だったら、高パフォーマンスな能力行使はできないからね」

「ゲームなんかで例えると、任意発動型がアクションスキルで、常時発動型がパッシブスキルってところか。アクションスキルはMPとかを使って大ダメージを与えられるが、パッシブスキルは筋力を5ポイント上昇みたいに、地味で補助的なのが多いだろ? それと同じだ」

 隆也の質問に、優弥と柚子が説明を加える。

 任意発動型は能力の瞬発力が高く、常時発動型は能力の持久力が高い。現在能力に定められているランクや能力強度の判断基準は、主に能力の瞬間における最大出力を指している。故に、常時発動型の能力者は低ランクしかいない。

「ってか、隆也も常時発動型なんだろ? 普通わかるんじゃね?」

「いや、俺の能力ってかなり微妙だから、あまり深く考えたことねぇんだわ」

 もっともな疑問を述べた柚子に、隆也は苦笑で返す。

 隆也の能力は『快食快便(イート・フリー)』と呼ばれ、消化器系の内臓が強化される肉体増強系の能力。

 食中りになる確率がかなり低く、胃ガン、腸炎などの消化器系の病気や、便秘に下痢などとも無縁。ついでに余剰カロリーや過度な栄養素をそのまま排出する健康管理機能も備えており、食生活をかなり健全に送ることが可能。

 故に、エネルギーの摂取が制限されているため、素の筋力を鍛えるのにはあまり向かないものの、能力のおかげで決して肥満体型にはならない。

 優弥同様、隆也も外見からは分かりやすい能力ではない。が、世の女性にはかなりうらやまれる能力である。

「とにかく、話の流れからすると、天満柚子さんが使っていた異常な能力行使は、常時発動型の能力者でないと扱えないものである、ということでしょうか?」

 琴葉が脱線した話の筋を戻す。腕を組んだまま、右手人差し指が早いリズムを刻み、苛つきを隠せないでいる。

「はい、そうです。僕たちは常時発動している能力を意識的に抑え込み、必要なときに、必要な分、必要な箇所にだけ、能力を使えるように訓練しました。要するに、任意発動型の能力者と同じ行使方法を取れるんです。僕らはそれを単に能力操作と呼んでいます」

「だから能力固有の特性ではなく技術である、という訳ですか?」

「まあな。情報操作系の能力の有効範囲指定とか、肉体強化系の強化部位の選択なんかと、そう変わんねぇよ」

 優弥と柚子は軽く話しているが、常時発動型の能力を制御することは至難の業。常時発動型の能力を操作するとはつまり、無意識な行動を意識して行うことと同じ。

 例えるならば、自分の意志で発汗を抑制したり、心臓の鼓動を止めたり、脊髄反射運動を意識的に行うことと、ほとんど差はない。

「ただ、常時発動型の能力者がそれを行うと、少なくない副作用が生じます」

「それが今の天満柚子さんの状態ですか」

「はい。常時全身に巡らせていた能力を一カ所に集中して発動できれば、能力はとても強くなります。

 しかし、元々の肉体性能はDランクのままなので、いくら強力な能力行使が可能でも、肉体がついていきません。肉体系の能力者だと、能力操作後は体がボロボロになる場合がほとんどですね。情報系は、能力操作を使える知り合いがいないため、ちょっとわかりかねますが、反動もそれなりに大きいと思われます。

 さらに、能力の使いすぎによる精神的負荷も重く、脳が一時的に能力の使用を拒絶することもあります。能力操作の使用時間や能力の内容にもよりますが、少なくとも数時間は能力が使えなくなりますね」

 つまり、能力操作は常時発動型の能力者にとって諸刃の剣。また、能力操作で能力の使用を意識的に止めただけでも体の負担になるため、ここぞと言うときにしか使えない。

「なあ、じゃあ一応常時発動型の俺も使えるようになんのか?」

「うん。直接戦闘に向かない能力でも、基礎能力は上げられるから普段よりは確実に優位になるよ。でも、完全に体得するのにすごい時間がかかるけどね」

「ちなみにどれくらい?」

「優弥で一年。俺で五年はかかった。小学生の頃の話だけどな」

「それは、柚子が不器用なのか、優弥がすげぇのかわかんねぇな」

「アホ言え。優弥が異常なんだよ。俺なんか能力操作のコツを掴むのに二年はかかったっつうのに」

「あはは……」

『うちのユウ君は天才だから当然よ!』

 いつの間にか雑談となって、説明は自然とお開きになった。

 神妙に話を聞いていた琴葉は一言礼を言ってその場を後にする。

(研究者としては面白い内容ですが、ランク至上主義の人越島にとっては面白くない内容でしたね。このことを公開するか秘匿するかは、あの人に聞いてみましょうか)

 顎に右手を添え、考え込む動作で次の試合の準備を進める。

 ふと、琴葉は優弥と柚子へ視線を向ける。

「しかし、彼らは実に面白い。研究のしがいがありそうですね。いずれ、研究への協力をお願いすることもあるでしょう」

 雑談で盛り上がって笑う彼らとは真逆の、冷徹な笑みを浮かべた琴葉。すぐに表情はいつも通り無表情に戻り、生徒たちに指示を飛ばした。


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