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優弥と美姫と超能力と  作者: 一 一 
一章 入学と波乱と能力者と
13/24

12話 柚子とジルと


「さて、次は俺がやるか」

 腕を胸の前でクロスさせて肩の柔軟体操をしながら、好戦的な笑みを浮かべる柚子。いつの間にか制服を脱ぎ捨て、学校指定の体操服に着替えている。

 なかなか出てこなかった聡はブリシアッドから運び出され、優弥と隆也が壁際に横たえている。

 聡は未だ夢の中にいるようで、全身から脂汗が止まらない。単なる寝汗ではないだろう。悪夢にうなされている様子を見て、優弥と隆也は静かに合掌。彼ら以外聡を気にかけているものは一人もいなかった。

「オッ、じゃあオレが相手になってヤルよ。安心しな。オレ、女の子にはチョー優しいからサ!」

 柚子のやる気を見て取って、自ら対戦相手を名乗り出たジル。目線は柚子の顔から下に下がり、胸を経由してすらっとしたフトモモへ。自然、目尻が下がり、鼻の下が伸びる。

 言葉にも視線にも下心が満載で、柚子は嫌悪感を隠さない。

「……え~、お前かよ。ずっと胸とか尻とか見てくるスケベ野郎とやんのって、精神的にきついんだよなぁ。どうせ、手が滑ったとか理由つけて、痴漢でも働く口だろ?

 俺は生理的に受け付けないんだが、他に良さげなヤツはいなさそうだし、仕方ねぇか。お前でいいよ」

「ジル、あなたやっぱり……」

「ジルさん、それは流石に最低すぎます。今更ですけど、見損ないました……」

「おぉい! マテマテ! 何もしてネェうちからオレを犯罪者にスンナよ! つ~か、せめてかいちょ~とクレアはベンゴしてくれよ! ヤッパリとかイマサラってナンだよ~!」

 女性陣から一気に白い目で見られるジル。柚子、カンナ、クレアだけでなく、いつの間にか聡とクレアの試合を観て、周囲に集まってきていた女子生徒からも非難の色濃い視線を向けられている。

「ジル先輩、不潔です」

「同感ですね。個人的に指導してあげましょうか?」

「ミヤビもコトハセンセーもキビシイな、オイ!」

 野次馬の中から現れた博野親子。

 教師を呼びに行った雅の隣にいることから、監督役として琴葉が選ばれたようだ。

「博野先生。お忙しいところお時間を割いていただき、ありがとうございます」

「面倒をおかけします、お母様」

 二人を見かけたカンナが琴葉へ頭を下げる。彼女に倣って雅も続いてお辞儀した。

「ちょうど私の仕事がひと段落したところでしたし、他の先生方はまだお忙しいご様子でしたから、問題ありません。

 それと、博野雅さん? 学校では私のことは博野先生と呼びなさい。ここはあなたの家ではありません」

「……失礼しました。博野、先生」

 呼び方を注意された雅は俯いて自分の靴を睨み、下唇を噛む。

 そんな娘の様子には気づかず、琴葉は担当クラスの生徒たちへと歩み寄る。

「神田優弥さん。またややこしい問題に首を突っ込んだと聞きましたが?」

「はい、そうなりますね」

「経緯は簡単に伺っています。事実確認も済みました。行動そのものは立派ですが、あまり問題を起こさないように。ただでさえ、あなたの能力は他の能力者とは違って認識が難しく、方々(ほうぼう)から能力者であることへの疑問の声が上がっているのです。目立つ行動は、いずれ己の首を絞めることとなりますよ」

「……なるべく、善処します」

 琴葉の忠告に、優弥は歯切れの悪い言葉を返す。

 優弥の能力『霊感体質』は客観視が困難で、ひどく主観に頼った能力である。能力の確認はほぼ自己申告。客観的に分かる部分は、能力の副作用ともいえる身体能力の高さのみ。Dランクの優弥はそのアドバンテージも分かりづらい。

 故にこの一ヶ月で、能力者と自称しているだけの一般人ではないか? などと、一部の生徒たちから疑われていた。

 琴葉以下教師陣は入学時に受け取った資料と、受験時の面接内容から、優弥の能力を知っているからこそ疑ってはいない。が、優弥を問題視している生徒たちの対応を持て余し気味になっている。

 優弥に罪がないことを知っていながら、教師という立場から琴葉も注意の形を取らざるを得ない。また、教師たちに優弥がDランクであり、かばう対象でないという認識があることも、改善しない要因の一つ。

「あまり、期待はしないでおきます。それで? 私は誰の試合を審判をすればよいのですか?」

「まずは俺と変態だ。その後、優弥と会長が戦うことになってる」

「了解しました。では、天満柚子さんと変態さんはこちらへ来てください。後藤カンナさんと博野雅さんは、バーサスが行える空間の確保をしておいてください」

「はい」

「分かりました」

「おう」

「オレはヘンタイじゃないっス、センセー!」

 カンナ、雅、柚子、ジルの順で琴葉の言葉に従う。

 既に女の敵という、ありがたくないポジションを獲得したジルの主張は空気に溶け、彼の言葉を聞くものは少ない。

 カンナと雅は取り囲むように集まった生徒たちを誘導して散らす。能力開発館のフロアの一部を無人にし、長方形の角の部分になるように四機のブリシアッドを配置。カンナが壁に設置されたパネルを、雅がブリシアッドの一機の外部コンソールを操作していく。

「さて、彼女たちが準備している間に、現実世界でのバーサスのルールを確認します。

 基本的にはブリシアッド内のものと同じと考えていただいて結構ですが、VRを使わないバーサスでは当然怪我が残ります。最悪の場合、死亡するケースも考えられます。

 そこで今回、勝利条件は相手に十度の痛みを与えた場合、相手を気絶させた場合、相手が降参の意思表示を示した場合の三つに設定します。また、試合中に私の判断で中止させ、勝敗を決定する場合もあることをあらかじめ伝えておきます。

 バーサスのフィールドはこのフロア三分の一を使用します。周囲の安全のため、試合中は外に能力が漏れることがなく、中にいるプレイヤーがエリア外に出ることもできない特殊な障壁を展開し、その内部をフィールドとします。

 審判役である私もフィールド外にいますが、不可視になるわけでも、声が通らなくなるわけでもありませんので問題があればその都度知らせてください。

 万が一問題行動を起こし、審判の判断に逆らうようであれば、その場で拘束し厳しい罰則を課しますので、軽率な真似はしないように。

 また、格闘技の試合とは異なり休憩なしの一本勝負ですので、体力の配分には十分注意してください。

 以上が大まかなルールになりますが、何か質問はありますか?」

 ブリシアッドとの差異は現実に怪我を負うことに加え、降参が可能となり、移動可能範囲が制限されていること。ルールの違いはほぼない。

 優弥と柚子のための説明のようで、琴葉は二人にのみ視線を向ける。それに短い了承で応えた。

「リアルゲームプログラム、設定完了しました」

「私の方も、準備は整いました。先生」

 カンナがパネルから顔を上げ、琴葉に告げる。雅もコンソールの操作を終え、優弥たちの方へと歩いてきている。

「ありがとうございます。では、天満柚子さんと変態さんはブリシアッドの機体で囲ったエリアの内側で待機していてください」

「分かった」

「センセー! だから、オレはヘンタイじゃないッス!」

 琴葉の誘導で柚子とジルが無人の空間へと足を運ぶ。

 すると、ブリシアッドの機体を頂点とした四辺に、一瞬シャボン液のような虹色のエフェクトが発生。四方に無色透明な壁が出現する。情報系の能力を参考に、空気を高密度に圧縮、固定し、物質化させたもの。

「おお~、こりゃすげぇ!」

 柚子は興味本位で壁をつつくと堅い感触。ノックをするとちゃんと音もする。温度はないのか、熱くも冷たくもない。

「オ~イ! さっさと始めようゼ!」

 先に中央で待っていたジルが、フィールド壁に気を取られている柚子へと呼びかける。振り返ると、立体映像で柚子の逆三角錐で開始位置が示されていた。ジルの頭上にも同じものがあり、少し間が抜けて見える。

「わりぃ、わりぃ。物珍しくてな」

「ま、オレも一年前は同じだったし、無理ねぇヨ。こんだけ高度なギジュツを惜しげもなく使ったガッコウなんて、ニホンくらいじゃネェか?」

 小走りで位置に着いた柚子。その様子をどこか懐かしそうに見ていたジルは小さく微笑んだ。ジルも柚子と同様の反応を示したことがあるのだろう。

「二人とも、準備はよろしいですか?」

「ああ」

「いつでもイイゼ」

 最終調整をパネル操作で行っていた琴葉が中の二人に声をかける。

 短く答えた柚子とジルは緩んだ空気を引き締める。

「制限時間は特にありません。それと、改めて念を押しますが、くれぐれも相手を死に至らしめないよう注意してください。

 では、バーサスを承認します。始めてください」

『バーサス、起動。試合開始』

 柚子とジルの間に立体映像で文字が表示され、バーサスが開始された。

「先手必勝!」

 すぐさま地を蹴りだした柚子。さほど離れていなかったため、数歩でジルの懐に入った。

「オワァ!」

 顔面に向けて放たれた左ストレート。ギリギリで反応できたジルはかろうじて避ける。着崩した制服からネックレスが飛び出した。

「そら、二発目!」

 柚子は避けられたと見るや素早く腕を引き戻し、右足のハイキック。狙いはジルの左側頭部。

 大きな動きでバランスを崩していたジルに、蹴りを避ける暇はない。柚子の動きを目で追えてはいるようだが、体が反応できていない。

 鈍い打撃音とともに、ジルの体が右へと仰け反る。

「……いっつ!」

 しかし、ダメージを負ったのは真逆、柚子の蹴り足の方だった。シューズ越しに伝わる硬質な感触。ジルに接触した部分がわずかに熱を帯び、じわりと痛覚を刺激する。

 弾かれた足を引き戻し、後ろへ跳んでジルと距離を取る柚子。

 そこで、自分の蹴撃を受け止めたものを確認した。

「剣、か?」

 いつ出現したのか。

 ジルの隣には無骨なショートソード。全長は一メートル三十センチほど。幅は広めで、装飾は皆無。色は統一され、白一色。

 ジルは頭上に上げた左手で逆手に柄を持ち、右手を剣の側面に添え、片手剣を盾のようにして柚子の攻撃を防いだ格好のまま固まっている。

「ッブネ~! マジで当たるかと思ッタ!」

 硬直が解けたジルは焦った様子を隠さず、心臓に手を当てて深呼吸。余裕がなかったのに嘘は見受けられない。

「初めて見たな。そいつが情報創造系の能力、物質創造か」

 情報創造系。情報系は生み出す力とされ、創造系は特に新たなアイデアや発想を生む、ひらめきを極大化させたものが一般的。

 主に新技術の開発や制作に携わる技術者が多い能力で、その大多数に戦闘系の能力がない。ライセンスやVR技術も彼らの尽力があってこそ、現代に完成できた代物である。

 しかし、少数だが情報創造系の中でも戦闘方面に傾倒した能力も存在する。

 それがジルが行ったような、特殊な武具の生成。

 大気、体内、所持物などから必要な金属元素を集めて材料とし、脳内で組み上げた設計図通りに物質を形作る。そして、任意の座標軸に出現位置を設定して、武具の顕現は完了する。

 ジルの場合、所持物の金属元素を用いて剣を生成していた。外から見える範囲で、首のネックレスや耳のピアスが消失しているのが証拠。

 ジルは試合開始後すぐに武具の設計図を組み立て、柚子の攻撃を避けつつ蹴りの盾になるようにショートソードを出現させた。

 創造系はランクが上がるごとに武具の生成スピードが早くなる。妨害を受けつつ、ジルが能力発動までに要した時間は数秒。それは情報創造系Aランクの平均能力行使時間が約十秒であることを加味しても、驚異的な速度。

「珍しいダロ? 『剣創造(ソード・クリエイト)』っつうヒネリのない名前と能力だケド、タイテイのヤツは驚いてくれるんだゼ。さて、じゃあここでモンダイだ。オレが生み出したコイツの能力、一体イクツあると思う?」

 そして、創造系の武器生成能力の最大の特徴は、生み出した武器にあらかじめ複数の能力が付与されていること。

 すべてに共通して付与されている能力は『肉体強化(ビルド・アップ)』。

 情報系の能力者は総じて体力、筋力などが低い。下手をすれば一般人よりも身体機能が低いものさえいる。彼らが素の力で金属製の武具を振るうのはもちろん、持ち上げることさえ難しい。

 そのような所有者の弊害をなくすため、創造系の能力で生まれた武具は、持つだけで肉体系の能力者のような強化が得られるようになっている。

 それに加え、創造系の能力者はランクが高くなるほど、より多くの能力を武具に組み込むことができる。

 ただし、制約も多い。

 創造系の能力者は付与する能力をこと細かく理解している必要があり、オリジナルと比べるとどうしても劣化してしまう。

 ジルの場合、自身の能力強度はAランクでも、武具に込められる能力の強度は最高でもBランクまで。

 さらに、能力で生み出せる武具の数は一本、多くても二本とストック数が少ない。いくら情報系の能力者といえど、能力を込めた武具の設計図は膨大な情報量を持ち、脳内に多くを留められないため。

 また、一度設計した武具情報は消去できず、やり直しがきかない。

 ともあれ、創造系の武具作成能力の強みは、多彩な能力の複数同時行使。能力を一種類しか持たない他の能力者にはない、能力で可能な範囲の広さが最大の利点といえる。

「さぁてな。答え合わせはいらねぇぜ。俺が実際に確かめるからよ!」

 獰猛に口元を上げ、一度体勢を低くした柚子。地面を蹴り出すエネルギーが増幅され、ジルへと急接近。鳩尾を狙って右のアッパーが突き出される。

「ハズレ!」

 剣の恩恵と『剣創造』で体が多少身軽になったことにより、今度は反応しきって見せたジル。背後へと跳躍し、柚子の腕が伸びきった位置よりわずかに後ろに着地。

 次いで、順手に握りなおしたショートソードを左腕一本で振りかぶり、袈裟掛けに斬りかかる。

 攻撃が空振りしたと見るや、柚子は即座に腕を引き戻し、繰り出された斬撃を右前方へ屈んでやり過ごす。お返しとばかりに、しゃがんだときに残った左足をジルに向けて床スレスレに旋回。足払いをかける。

「おっとと!」

 とっさに柄を手放したジルは真上に跳び、柚子の足が去ったあと右手でショートソードを確保し、右足から着地。地面に這うようにうずくまる柚子に左足で蹴りを放った。

 顔前に迫るシューズのつま先を確認し、柚子は接地した両手足に力をため、獣じみた動きで右へ跳躍。一回転した体を一度右手で支え、片手でバック転。両足を地面に置き、半身になって構えを取る。

「なかなか当たんねぇな。あんたの身体強化、おそらくBランクと同程度、ってところか」

「オォ、正解だ! っつか、そんなスバラシく魅惑的なオッパイの持ち主であるキミが、そんなに動いたら色々マズくね? こう、ポヨポヨとした動きとかサァ?」

「相変わらず下品なヤツだな。昨日のセクハラもまだ覚えてんだぞ。顔面ボコボコにしてやろうか?」

「コエェ、コエェ! このイケメンフェイスを傷つけられないようにしねぇとナ!」

(……自分で言うなっつーの!)

 この場にいたすべての人間の心の声が一致した。

「サテ、それじゃあ今度はオレから行かせてもらうゼ!」

 ずっと受け手側だったジルが先に踏み出し、走りながらショートソードを真横に振りかぶる。

「ヘアッ!」

 気合いの声とともに、真一文字に引かれる剣閃。

 柚子には十分反応できる速度で迫る。が、反応できたからこそ、柚子に一瞬迷いが生まれる。

(この剣筋、わずかだが俺には届かない距離だぞ? どういうことだ?)

 剣の長さから鑑みて、柚子まではあと一歩分リーチが足りない。柚子がそのまま動かなければ、剣は目の前を通り過ぎるだけ。大きな隙を生み出す行為でしかない。

 ジルが目測を誤った、と柚子は考えたが、情報系の能力者が平時にそんなミスをするとは思えないと即座に判断。

 数瞬の思考後、柚子はジルのショートソードが空気を切断する寸前でバックステップ。さらに距離を取るという選択に出た。

「……なっ!」

 完全に避けきれたはずの攻撃。

 しかし、ジルの片手剣が振りきられたとき、柚子の体操服にわずかな感触を残し、一筋の裂け目が生まれた。明らかに鋭利な刃物によりつけられたものだとわかる。

「オオっと、よく避けたな! 安心シナ、今は見えないトコロは人体を斬れねぇ設定にしてっカラサ!」

「ちっ、それも能力か!」

 二つ目の能力は情報系の風操作『風纏刃(アド・スラスト)』。剣の周囲に風をまとわせ、不可視の刃を形成。攻撃可能範囲を延長させられる。

 一般的な風使いのように遠距離から攻撃できないものの、その分無音での発動を可能としたため、能力を使用したことをより悟られ難くなっている。

 もし柚子が退避せず、ジルが殺す気でかかっていたら、今頃柚子の胴体は二つに分かたれていただろう。

「見えない攻撃ほど、厄介なもんは、ねぇな、クソ!」

「アッハッハッハァ! ガンバって避けるナァ、オッパイちゃん!」

 攻守が逆転し、ジルの太刀筋を回避することに専念する柚子。能力によりどこまで有効範囲が延長されているか分からないため、ショートソードの切っ先を見極め、描く軌跡の外へと逃げる。

 隙をうかがって攻めようにも、剣技の合間にジルの拳や足も牽制で繰り出され、思うように自分の間合いに入れない。

 しばらくジルの動きを観察していた柚子は、上段から垂直に襲ってくる剣を前にし、意を決する。

「うぐっ!」

 左肩に鈍い衝撃。肩口が裂け、半袖の体操服がさらに短くなる。

「モラッタ!」

 不可視の剣を受けてひるんだ柚子を好機とし、ジルはショートソードを肩から引いて水平に構え、胸の谷間めがけて突きを放つ。

「がっ……はぁ!」

 柚子の肺から空気が一気に漏れ出る。まるで木刀での突きを受けたような感触を体に残し、周辺の着衣は縦に切れる。

 刺突の衝撃で後方へと吹き飛び、一度大きくバウンドして背中から倒れ込む。受け身はとれたが、ダメージは大きい。すぐに立ち上がることができないでいた。

「これで二点失点ダゼ?」

「……はあっ、…………あんたに、言わなくても、分かってら」

 膝に手をつきながら、ヨロヨロと立ち上がった柚子。息が途切れ途切れになりつつ、ジルの挑発に応じた。

「強がりカイ? キミってホント、オッパイだけじゃなくて気も大きい……オホッ!」

『ウオオオオオオオッ!』

『きゃあああっ!』

 柚子が再び構えをとると、ジルが奇妙な声を上げ、フィールド外の男子が色めきたった。逆に、女子生徒からはところどころ悲鳴があがる。

「あん?」

「天満さん! 服! 服!」

 訝しむ表情だった柚子に、外部から焦りの色が強いカンナの声が響く。視線を下げると、体操服の中心が十字に開き、胸を固定していたサラシまで切断されていた。

 結果、窮屈な拘束から解放された柚子の胸は一際膨れ、服の裂け目から谷間が覗き、下手をすればこぼれてしまいそうなほど存在感を醸し出す。体操服が一転、とても扇情的なコスチュームに変化。

「審判の判断により、一度中断します! 天満柚子さん、すぐに着替えなさい!」

 滅多に声を荒げない琴葉でさえもほとんど叫ぶように指示。

「エ~! そりゃないよ~! せっかくイイ眺めになったってのにサ~!」

「そうだ! そうだ! このまま続行だ!」

「よくやってくれた! ジル先輩サイコー!」

 悪びれた様子のないジル。追随して外野の男子生徒からも同調した野次が飛ぶ。

「何を言っているのですか! 女性を辱めておいて、よくそんなことが言えたものですね!」

「最低よ、男子ども!」

「死ね!」

 反省の色のないジルに怒鳴ったのは雅。こちらは女性陣一丸となって男子生徒を糾弾しまくる。

「まずいって! 優弥、お前も止めろよ! 幼なじみのピンチだぞ!」

 女子たちの視線を恐れてか、柚子の仕返しを恐れてか。隆也はフィールドの方を手で隠しながら、隣にいた優弥へ望みを託す。

「そうだね。止めなきゃマズイ」

 一方、この場で一番冷静に柚子たちを眺めていた優弥は、大声で制止の声を上げる。

「カンナ先輩! エリアの壁を解かないでください!」

 琴葉の注意を聞いてすぐ、フィールドを覆う壁を取り除くため、電子パネルを操作していたカンナへと向かって。

「……えぇ?」

 思わぬ人物から止められ、あと一行程でフィールド壁の解除が完了する状態でカンナは動きを止め、優弥を困惑顔で見返した。

「おぉい! お前、ジル先輩の味方かよ!」

「最低です! 汚らわしい!」

 何となく裏切られたと感じた隆也は鋭いつっこみを、雅からは罵声が送られる。

 しかし、優弥は表情を変えない。

「ホォラ! カンダの許可も出たし、別にそのままでもイイじゃ、」

 完全に外へと顔を向けていたジルは、左肩に突き刺さった何かに言葉の途中を遮られる。

「へ?」

 遅れて感じる痛みに顔をしかめるのも忘れ、ジルは呆然と無防備に立ち尽くす。

 何が起こったか理解できないという顔で、反射的に左肩を押さえようと手ぶらの右手を動かす。

 と。視界に飛び込んできた細い足とシューズ。軌道は顔面に一直線。

「ウオワァ!」

 瞬時に左手のショートソードで防御したジル。

「……ブッ!」

 足刀と剣が交わった瞬間、ジルの剣が悲鳴を上げた。

 小さなひびが入り、蜘蛛の巣状に広がり、簡単に砕け散る。

 遮るものがなくなった蹴り足は、寸分違わずジルの鼻っ柱を捉え、フィールドの壁際まで吹き飛ばした。

「ガハァ!」

 何とか空中で体勢を整え、首からぶつかることを逃れたジル。直撃を受けた鼻は真っ赤に染まり、二筋の血が流れる。

 ショートソードをたやすく破壊した蹴りが直撃したにもかかわらず、この程度ですんだのは『肉体強化』の恩恵。普通に受けていたらもっとひどい怪我を負っていただろう。

「蹴り二発、だ。これでイーブンだよな?」

 鼻を押さえながらジルが顔を上げると、そこには先ほどと何ら変わりない様子でこちらを見下ろし、蹴りを放ったままのポーズで見下ろす柚子の姿。

 蹴飛ばされる前にジルがいた位置で悠然と立ち、油断すれば見えてしまいそうになる胸は隠しもしない。

「て、天満? お前、そのままやるつもりか?」

 優弥と柚子を除き、全員が呆気にとられて数秒の沈黙が降りた。

 意を決し、静寂を破ったのは隆也。

「はぁ? まだお互い二発ずつしか削れてねぇじゃねぇか。何で止めるんだよ?」

 小さくか細い隆也の疑問の声。周囲に音がない状態ではそれで十分柚子に伝わった。

 が、意味までは伝わらなかったようで、ジルから視線を外さない柚子は見当外れな返事をする。

「そうではなく、服をどうにかしないとダメでしょう! 恥ずかしくないのですか!」

 トンチンカンな発言に焦れた雅が再び注意する。周りの女子生徒からも同意の声が上がった。

「ったく、たかだか服一枚破れたくらいで騒々しいな。恥ずかしくないか、だと? そりゃ当然、俺だって女の端くれだ。恥ずいに決まってんだろうが」

 呆れたように言葉を紡ぎながら服の裂け目に手を入れ、両断されたサラシを引っ張りだす。胸が激しく揺れ、男子の視線が集まるが、気にもとめていない。

 とても恥ずかしがっているようには見えない柚子。邪魔になった布を床に放り、再び構えをとる。

「けどな、女であるよりも先に、戦いの場に身を置く武人としての自負が、俺にとってはずっと重要だ。

 いちいち服が破けてんのを気にして隙だらけになって、果たし合いに負けることにでもなってみろ。それこそ俺の人生最大の恥だ。

 どのような戦いの場において、武道を修めた者として、師に、同窓に、そして自分に恥ずかしくない戦いをする。それが俺の人生訓だと決めた。その他は、今んところ二の次で構わねぇよ」

 柚子の瞳に揺らぎはなく、純然たる闘争心が宿り、映すのは敵の姿だけ。静かに己の信念を語る勇姿は気高く、男女問わず視線を集める。

「……では、そのまま続けるのですね?」

「愚問だ」

 確認するように琴葉が声をかけるも、一言で切って捨てる。

 いつの間にか、館内は別種の静けさに包まれていた。空気を支配した一人の少女は、自分の舞台を阻害する余計な野暮を排除する。

 ただ、今この身は相手との戦いのためだけに。

 隙だらけなジルに相対し、されど柚子には油断も驕りもない。

 それが彼女なりの対戦相手に対する礼節であり、彼女自身の矜持である。

「ほらね。柚子ちゃんはそういう女の子だよ。壁を排除してたら、ジル先輩が外の生徒に突っ込んでたかもしれないよ?」

『壁際には結構生徒がいるし、あの勢いだったら何人か怪我を負ってたかもしれないわね。あの女の行動を止めて正解よ、ユウ君』

 柚子の思考を理解していた優弥と美姫。それぞれ落ち着いて状況を見ていた。優弥の目に、他の男子のような情欲の色は一度として浮かんでいない。

 家族同然に育った幼なじみとして、同じ師を持つ友であり好敵手として、少女の小さな戦場を、ただ見守り続けている。

「優弥……」

 隆也はすでに柚子たちを見てはいなかった。

 幼少から歩みをともにしていた二人。確かに見えた優弥と柚子の絆。彼らに違う人物が投影される。

 視線は無意識に、柚子を注視する雅へと移る。

(俺たちも、ランクなんてなければ、こいつらみたいになれたのか?)

 今ではこちらを見ようともしない幼なじみを眺め、思考に意識を沈ませていく隆也。疑問に答えてくれる声は、ない。

「……ッテェ。オマエ、不意打ちってヒキョウだろ」

「セクハラ野郎にはちょうどいいお灸だったろ? それに、俺がポロリを恥ずかしがって動かなくなるって勝手に決めつけ、油断しきってたあんたも悪いさ。

 まだこの戦いは序盤なんだぜ? よそ見してる暇なんてねぇだろ? それに、二回目に蹴っ飛ばした後、勝負を終わらせてやることもできたんだぜ? わざわざ待っててやったんだ。それでチャラにしろよな」

 流れ続ける鼻血を拭いながら、先ほど砕けた剣の破片を材料に新たに剣を創り出して正眼に構えるジル。おちゃらけた気配はない。容赦も手加減も捨て、対等な能力者として柚子を認めた。

 一方不敵に笑い、挑発するように手招きをする柚子。空気の変化を敏感に感じ取り、ジルの先手を誘っている

 小手調べは終わり。

 これからが、お互いが対等な本当の勝負。

「オレをホンキにさせたこと、コウカイすんなヨ!」

「上等!」

 二人の視線が交差する。

 校内における頂点と底辺の戦い、第二幕が始まる。


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