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優弥と美姫と超能力と  作者: 一 一 
一章 入学と波乱と能力者と
11/24

10話 呼び出しの日とハプニングと


 翌日の朝。

「んむ、んむ、んむ」

「ああ、もう、柚子ちゃん。口の周りにケチャップが付いてるよ」

「むーっ!」

『あぁーっ! 柚子のやつ、うらやましーっ!』

 優弥の部屋では相変わらずの騒がしい朝食風景。

 今日の朝食はオムライス。寝ぼけ眼の柚子は子ども握りのスプーンを口に運ぶ度口元を赤く汚し、優弥は甲斐甲斐しくティッシュで口周りを拭き取っていく。

 その様子を見ていた美姫は羞恥プレイ? むしろご褒美です! とばかりに柚子を羨ましがっている。

 入学式の日からずっと、柚子は優弥の部屋で朝食を摂っている。ついでに、着替えもずっと優弥の部屋で済ませていた。

 当然、女子が男子寮に入り浸るのはどうか、と一時期問題になった。ただ、優弥の年齢に似合わない父性と柚子の漢らしさが寮長に認められ、優弥の部屋に限り柚子は公認で出入り自由となっている。

 優弥としては大きな問題にならなくてホッとしたような、柚子の世話が日常化してきて悩むような、複雑な感情を抱いている。

「「『ごちそうさま』」」

 賑やかな食事も終わり、優弥は空になった食器を手早く洗っていく。柚子は働く主夫の背中をボーッと眺めながら、徐々に覚醒していく。

「んぅ~っ、よし! 目ぇ覚めたぞ!」

 座ったまま大きく伸びをして、柚子は半覚醒状態を脱する。ちょうど優弥の片づけも終わり、リビングに戻ってくる。

「それじゃ、ここで着替えててね。僕も着替えに一旦外に出ているから」

「その前に、また頼むぜ」

 クローゼットから制服を取り出し、扉に手をかけた優弥。機先を制し、普段通り柚子は鞄の中からサラシを取り出して優弥に放った。

「柚子ちゃん、毎日言ってるけど、自分でしてよ……」

 もう問答する気もない、と柚子は早速優弥に背中を向けて上半身裸となる。

 とても女性らしくみずみずしい肌には、ところどころ生傷の痕が残っている。優弥や武術の師匠との訓練などでついたもの。

『いつも思うけど、こんなに綺麗な肌してるのに、傷だらけじゃもったいない気がするのよね~。柚子はお嫁さんになったときとか考えていないのかしら?』

 美姫の残念そうな呟きも、毎度のことなので優弥も大きな反応は示さない。とはいえ、概ね美姫とは意見が一致していた。

 性格的な女性らしさがほとんどない柚子だが、肉体は日に日に女性らしさを育てつつある。無駄な筋力をつけることを嫌った柚子の身体は健康的に引き締まり、それでも女性的な丸みは維持している。

 まるで芸術作品のようなプロポーションは、大勢の男性にとって眼福でも、健全な思春期男子の目には毒。優弥はいつものことながら視線を逸らし、柚子に触れることに気が引けている。

「ほれ、準備できたから頼むぞ」

 上だけ真っ裸になった柚子は両腕を上げる。いわゆるバンザイ。

 入学式から一月も経たないうちに、柚子は胸を隠すことすらしなくなった。断固抗議した優弥も、今では悶々としながら従っている。

「はあ、わかっ……ぁ?」

「ん? どうし……」

 恥ずかしさを堪え、無防備な姿をさらしている柚子の背後に回り、サラシを巻こうとした優弥。

 しかし、柚子を極力見ないように視線を彼方へ飛ばしていたことが災いし、足下にあった柚子の鞄に気づかず、足を引っかけてしまう。

 柚子は優弥の声の変化を敏感に察知し、肩越しに後ろを振り向く。

「「わぁっ!」」

 そして、衝突。優弥は既に体勢が崩れていて避けることができず、柚子は余りに無防備すぎたため、そのまま倒れ込んでしまった。

『ちょっと、二人ともだいじょう、……んなぁ!』

 珍しい優弥の失態に心配しながら近づいた美姫。だが、すぐに奇妙な声を上げて後ろへ軽くのけぞる。

「いたた、ゴメン、柚子ちゃ、ん?」

 意図せず柚子を押し倒してしまった優弥は目を閉じたまま、地面についた手のひらの感触に違和感を覚える。

 妙に柔らかい、手に収まらない丸い何か。

 むにゅ、むにゅ、むにゅ。

 そんな擬音が似合うモノが優弥の右手を支える。

「きゃうぅん!」

 すると、今まで一度も聞いたことがないような柚子の可愛らしい声が鼓膜を震わす。

「…………え?」

 柚子の反応に驚いて思わず目を開けてしまった優弥。

「ゆ、ゆうやぁ……」

 まず視界に入ってきたのは柚子の顔。

 いつもの強気な印象が微塵もなく、困惑しきった柚子の瞳は潤いにじむ。また、羞恥により染められた頬が、次第に色を強くさせていく。

 優弥が視線を下にしていくと、奇跡的に手からすっぽ抜けて広がったサラシの布が柚子の胸部を覆い隠し、大事な部分は見えていない。

 逆に布が見えそうで見えない絶妙な位置であったため、すべて見えていた場合よりも艶めかしい。

 そして、次に目に映ったのは自分の腕。左手は柚子の脇を通過して床を噛みしめ、右手は白い布の下。もっというと、柚子の心臓の真上、左乳房をがっちりホールドしている。

「ゆうやの、」

 状況を理解し、優弥の頭は瞬時に沸騰。とっさに離れて手をどけようとするが、右手を除けばサラシも柚子の身体から離れてしまうことに思い至り、硬直してしまう。

「ばかぁ!」

 スパーンッ!

「ふぼぉ!」

 刹那の思考停止。

 それが優弥にもたらしたものは、羞恥で限界まで顔を朱色に染めた柚子の強烈なビンタ。

 優弥を直視できないのか、柚子は目をきつく閉じているため狙いが定まっていないにも関わらず、柚子の平手は正確無比に顎をぶっ叩いていた。

 キレイに決まった平手打ちの衝撃で脳を揺さぶられ、呆気なく気絶。優弥は柚子の上に倒れ込んだ。

 柚子の顔のすぐ横で、優弥が地面に額を強打。

 お互いの頭は、頬と頬が擦れ合う距離にあった。

「~~~~~~っ!」

 もはや声にならない叫びを上げる柚子。魚のように口をパクパク動かし、脱力しきった優弥の抱擁から逃れようともがく。

 しかし、柚子は完全に気が動転。身体の力が思うように入らず、そこまで重くない優弥を動かすことができない。

『なんて、なんてベタなラッキースケベ! 流石ユウ君! 凡人にはないものを持ってるわ! いくら浮気を許さない私でも、悪意のないセクハラは、注意できないっ!』

 涙目で必死に離れようとする柚子と、意識のない優弥を眺めながら、美姫は優弥の幸運を賞賛しつつ、変なところで悔しがっていた。

 つっこみ不在のため、しばらく優弥の部屋では混乱状態が続いたのはいうまでもない。


「……うぅ」

 顎に残った痛みに顔をしかめ、優弥は意識を浮上させる。

 いつの間にか仰向けにされており、後頭部からは柔らかい感触。そして、誰かが額を撫でているらしく、どうにもくすぐったく感じる。

 重たい瞼を持ち上げると、そこには心配そうな表情をした柚子の顔。少し腫れ上がったおでこをさすっているのも彼女の手。

「あっ。気がついたか、優弥」

 すでに着替えは終えているようで、男を惑わす魔性の双子山は着衣の下で眠っている。

 距離が近い順に自己主張の激しい胸、柚子の顔、天井となっていることと、後頭部から伝わる感触から、優弥は自分が膝枕をされているのだろうと推察。

 また、結局サラシを巻くのは自分でやったらしい、と優弥は見当づけた。普段よりも小さくなってはいるのがその証拠。ただ、うまくできなかったのか、優弥が巻いたときよりも若干大きい。

 ぼんやりとした思考から、優弥はなぜ自分が気を失っていたのかを思い出し、素直に謝罪した。

「柚子ちゃん、ごめん。変なことしちゃって」

 以前美姫が『どんなに理不尽なことでも、自分に非がなくとも、女の子を怒らせたらまず謝り倒しなさい!』と言っていたことを記憶の片隅から引っ張りだしてきた優弥。謝罪は早かった。

「俺の方こそ、スマン。取り乱しちまった」

 変なこと、の部分で先ほど晒した自らの痴態を思い出したのだろう。柚子は己を恥じ入るように謝り、また頬がほんのり桜色に変わる。

「今回のは、あれだ……、不幸な事故だ。だから、許してやる」

「うん、ごめんね」

「もう終わったことだし、俺は許したんだ。謝んな」

「ごめ、っとと。うん、わかった」

 とっさに出かかった謝罪の言葉を、一瞬陰った柚子の視線を受けて飲み込む。

「そっ、それと! 俺が変な声出したこと、誰にも言うなよ! 言ったら優弥に責任取ってもらうからなっ!」

「誰にも言わないよ。僕もできるだけ忘れるように努力する」

「え、あ、あぁ。……いや、優弥だったら、別にいいのか……?」

「え? 何?」

「……何でもねぇよ!」

「んぐぅ」

 柚子の尻すぼみとなった声に反応した優弥は、しかし覆い被さってきた両手に口をつぶされ、強制的に黙らされた。

「げほっ、と、とにかく、介抱してくれてありがとう、柚子ちゃん。僕はもう大丈夫だから」

「お、おう」

 少し名残惜しそうな視線には気づかず、気分が楽になった優弥は頭を起こす。目眩や立ち眩みもなく、強いて言えば残ったのは額のこぶのみ。問題はないと一人頷く。

『……す、すごい桃色空間ね。でも私、ユウ君の将来のお嫁さんとして、柚子に遠慮も容赦もしないわ!』

「言っとくけど、僕はお姉ちゃんにだけは絶対手を出さないからね」

 今まで黙って成り行きを見守っていた美姫。最後の最後で耐えきれなくなり飛び出した問題発言は即座に切って捨てられた。

 今日も彼らは通常運転である。


 一悶着あったものの、二人は準備を整えて休日の通学路を歩いている。指定された時間は始業ベルよりも遅い。急ぐ必要はないと判断し、徒歩で向かう。

「おっ! 二人ともおはようさん」

 時折美姫も交えて雑談しながら歩いていると、前方から隆也が小走りで近づいてきた。

「おはよう、新崎君」

「おっす、隆也」

 挨拶を返す二人。

 三人がいる一本道は多少傾斜があり、緩やかな坂道となっている。坂の上側に隆也、下側に優弥と柚子が歩いている。

「おわぁっ!」

 と、二人に駆け寄る隆也が足下の石に気づかず、つまずく。

 体勢を崩し、前のめりになる身体。驚き、固まったままこちらを見ている優弥と柚子。

 反射的に、隆也は縋るような動作で腕を前方へ伸ばした。

 むにゅん。

 途端。幸せな感触が腕を伝わった。

「……うひっ」

 思わず漏れた下品な笑い声。

 同時に、切れてはいけない何かの音が、確かに聞こえた。

「ふごっ!」

 顔面に飛来した拳。

「ごふっ!」

 鳩尾にめり込む靴底。

「げはぁ!」

 こめかみを吹き飛ばしたかかと。

 隆也は刹那の天国と地獄を味わい、近くのゴミステーションに頭から突っ込んだ。意識を失ったのか、横たわった身体は微動だにしない。

『おぉ~っ、三連コンボ。ゲームとかマンガみたいね』

「……はっ! 柚子ちゃん! やりすぎ! やりすぎ! 落ち着いて!」

 転びそうになった隆也が触れたのは言わずもがな。

 そして、柚子は残像が残りそうな速度の裏拳で顎を砕き、そのまま回転して勢いを乗せた後ろ回し蹴りで隆也の身体を上空に投げ出させ、浮いた隆也を追って繰り出した跳び蹴りが側頭部を蹴り抜く。

 すべてをばっちり目撃していた優弥は美姫の暢気な発言で硬直が溶け、隆也だったものへと静かに足を進める柚子を全力で押しとどめる。

「どうした、優弥? 俺は冷静だぞ? ほら、あいつにはまだ息があるだろ?」

「いやいやいやいや! さも当然のように殺すみたいなこと言わないで!」

「ははは、バカだなぁ。そう簡単に殺すわけねぇじゃねぇか。むしろ殺してくれって言わせるまでは反省してもらわねぇと」

「怖いって! 朗らかな笑顔で言う台詞じゃないから!」

『あら、柚子ったら優しいのね? 私だったら何回も殺して生き返らせるくらいはするけど?』

「ダメだってぇ~!」

 結局、隆也が起こした問題で暴走気味な柚子を説得するのに時間を食い、約束の時間を大幅にオーバー。

 この日を境に、あるFDクラスの男子生徒は二度と同じクラスの女子生徒の逆鱗には触れまいと、固く心に誓ったとか。


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