9話 カンナと疑惑と
残ったのは不満そうな雅を含む生徒会メンバー。
「会長、何故彼らを罰しなかったのですか? 今までの輩は即座に処分を下していたというのに?」
「まあ、かいちょ~にしてはメズラシいよな? ナンかあったんスか?」
「私も気になりますわ。良くも悪くも実力至上主義であるカンナが、Dランクの生徒を見逃すなど、盲点のベキベキですわ」
雅だけでなく、ずっと静観を貫いていたジルとクレアもカンナに訊く。
事実、過去に起こった今回と似た事例においてカンナは問題を保留などにせず、加害者に停学や謹慎処分を下していた。ランクに差があれば、問答無用で低ランクに処罰を下す。反発するものは自身の能力で黙らせて。
今回も同様だろうと考えていた三人は、表面上平静だが内心でかなり驚いていた。
「あら、私が猶予を与えたのがそんなに不思議? 私だって鬼じゃないのだし、少し考える時間が必要かな、と思っただけよ。
それとクレア。それを言うなら青天の霹靂よ。事件って言うほど大げさでもないから、意味としても微妙ね」
「……あら?」
小首を傾げるクレア。言葉の変換に戸惑ったカンナも苦笑する。
「いやいや、リッパに事件ですって。ナンか見逃した理由でもあるんでしょ? あっ! まさか、あの女みてぇな一年にホレちまったとか!」
「神田さんのこと? 確かに一見するとカワイイ子だったけど、彼はなかなかどうして、侮れない子よ」
年中脳内春色のジルがショックを受けたような発言を華麗にスルーし、カンナは三人を近くに呼ぶ。
そして、ノートパソコンを操作して、とあるファイルを開いた。
「これ、監視カメラの映像ですか?」
「ええ。これは大体一ヶ月前のものよ」
映像は入学式の翌日の能力開発館を映し出す。間宮に絡まれた後の優弥たちが雑談していた。
「管理会社からデータ盗ったんスか? シュミわりぃな、かいちょ~」
「失礼な。ハッキングした訳じゃなく、ちゃんと学校側の許可をもらった上で保存しているデータよ」
「これがどうかしたのですか?」
茶々を入れるジルに反論し、クレアの疑問に答えるべく、カンナは動画を指し示した。
「いいからよく見ていてみなさい。神田さんと天満さんの動きを」
言われて視線を画面に集中させる三人。
すると、柚子が一瞬にして消え、次の瞬間優弥に倒された。
動画ファイルは停止する。
「はぁ、これのどこがおかしいのですか?」
カンナの意図が読めず、ますます困惑する雅。Aランクの自分たちから見れば、ただのDランク同士のじゃれあい以外の何物でもない。
「ヘェ、コイツはまた」
「なるほど、カンナが興味を持つはずですね」
ただ、ジルとクレアは合点が行ったようで、しきりに頷いている。
「どういうことですか?」
一人のけ者状態の雅は、じれて答えを急かす。
「では、映像を少し巻き戻して、今度はコマ送りで再生するわね」
マウスを操作し、雑談シーンに戻る。カンナは十分の一秒区切りの静止画が連続で流れるように設定した。
不出来なパラパラマンガのように移り変わる映像。
そして、ちょうど柚子が消えたシーンにさしかかり、カンナは一時停止を押す。
「これを見て。この異常な移動速度は、天満さんが能力を使って神田さんに接近していると考えられるわ」
「そうですね」
雅が頷くのを確認してカンナは画面を何度かクリックすると、すぐに柚子が優弥に投げられている映像となっている。
「そして、神田さんは天満さんの不意打ちに反応し、迎撃をしている」
「それのどこに不審な点が?」
「あらら、雅さんにしては察しが悪いわね」
意地悪く口端をつり上げるカンナ。流石に雅も、むっとした表情になる。返す言葉にも険が混じる。
「だから、なんなんですか?」
「ミヤビ。このチビとオッパイちゃんの能力はナンだった?」
「……確か、神田優弥が『霊感体質』で、天満柚子が『力点収束』でしたか。どちらも肉体付加系の能力で、どちらも常時発動型。私たちのように、自分たちの意志で能力を発動するタイプと違って、常に能力が発動しているため、ランクが低い能力ですね。ただ、二人とも能力の内容的にも珍しいといえば珍しい能力ですね」
「ソレだよ、かいちょ~がチビに目を付けた理由は」
ジルの説明を受けた雅は、はっ、として停止した動画を振り返る。
「……神田優弥の能力は、戦闘には到底向かないはず。一体どうやって天満柚子を迎撃できたのでしょうか?」
コマ送りされた映像から、ほぼ一瞬で行われた光景であることがわかる。柚子は能力で間を詰めているが、事前に提出された能力の性質上、優弥にこの動きを察知することなど、そもそも不可能のはず。
だが、結果はこの映像が物語っている。
「そういうこと。恐らく、神田さんの能力は提出された内容とはまるっきり別のものか、はたまた全てを記載していなかったのでしょうね。でなければ、この映像に説明がつかないから。
さっき雅さんにわざわざ忠告したのは、彼のような下克上をなせる能力者が本当にいるからよ。それに、神田さんにした戦争云々の与汰話が現実になることも、可能性としてはほぼゼロだけど、それでもあり得るのよ。
気をつけなさい」
半分冗談混じりに、半分真剣に。カンナは再度、雅に釘を差した。
実際、カンナが優弥に説明した非能力者との戦争状態になることなど、ほとんどありえないとカンナは考えていた。
そもそも、非能力者側が率先して能力者を隔離・閉鎖し、能力者についての情報を自ら閉ざしているため、人越島における能力者同士の諍いが外部に漏れることがほぼない。危険だから、怖いからと、能力者をなるべく遠くへ遠ざけたのが仇となっている。
「……頭の隅には置いておきます。
しかし、会長の推測でも、後者は可能性が薄いのでは? 島の外で生活をしていたのなら、肉体系のDランクであったことは間違いないのでしょうが、幽霊の感知など、演技でどうとでもなる範囲です」
「私もそう考えているわ。神田さんは今まで明らかに能力だと分かるようなものを使ったこともないし、確証がないもの。
うちの学校に能力の虚偽申請をするなんていい度胸じゃない? 今のところ、ちょっとお灸を据えようかな、って思ってるわ。私たちを前にして脅えないDランクの子だなんて、面白そうだしね」
カンナが浮かべた笑みは、先ほどの愛想笑いとは全く異なる黒い笑み。まるで悪役が浮かべるようなとても凄絶な笑い方に、雅は少し萎縮する。
「それだけではありませんよ。この女子生徒の方も、映像を見る限りDランクの能力とはとても思えません。この速度から見るに、少なくともBランクでも上位に数えられるでしょう」
「そうなのですか?」
「雅さんはDランクの能力を見たことがないのでしょうか?」
「はい。能力を使う前に潰しますから」
付け加えてクレアが目を付けたのは柚子の能力。詳細を聞けば情報系ともとれる能力。ランクとも齟齬が生じているように見え、こちらも未知数だと語る。
「事実がどうあれ、この映像を見たときから神田さんたちには聞きたいことがあったから、今回の件はちょうどよかったわ。最近生徒会の雑用ばかりでストレスが溜まってたし、明日が楽しみね」
カンナはとても楽しそうに含み笑い。容姿端麗、頭脳明晰、能大付属高校最強の能力者は新しい刺激に心を躍らせる。
「それでは今野先輩のことはどうします?」
「ああ、あの勘違い君なら既に一週間の自宅謹慎を出したわよ」
雅の素朴な疑問に答えつつ、カンナはまた別のファイルを開いた。
先ほどと同じ角度で撮られた、能力開発館の監視カメラの映像。日付は今日。ちょうど能力研究が終わった頃の時刻を指していた。
喚く秀、嫌がる女子生徒、間に割って入る優弥。映像は秀が能力を発動し、逃げまどう生徒をよそに優弥が難なく秀を沈めたところで止まった。
「まさか、アイツの話が本当だったって言うの……?」
「ヒュー! やるねぇ!」
「お見事、ですわね」
「今野、といったかしら。実力もあり、能力強度が高くても、被害者と同じ女性として、彼の行動は目に余るものだったから、反省してもらわないとね」
驚愕を隠せない雅。賞賛の声を上げるジル。優弥の流れる所作に感嘆するクレア。限りなく無表情に近い顔で映像を眺めるカンナ。
それぞれの視線を向けられながら、優弥の虚像は秀をただ見下ろしていた。
「ところでかいちょ~。この動画は今日のヤツっしょ? 結局データを盗ったんスね?」
「何か問題が(ニッコリ)?」
「ア、イエ、ナンデモナイデス」




