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優弥と美姫と超能力と  作者: 一 一 
一章 入学と波乱と能力者と
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0話 人と能力と

 以前いずれかのライトノベルの賞に応募しようとして書いていた作品です。途中で諦めて、こちらのサイトに投稿することにしました。

 一区切りがつくまでは連続投稿の予定ですので、暇つぶしにどうぞ。


 私が笑えなくなったのは、いつからだろう?

 両親と会えなくなってから?

 あいつに嫌なことを無理矢理強要させられてから?

 あいつに金稼ぎの道具にさせられてから?

 それとも、……死んでしまってから?

「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!」

 私の前には、記憶にあるよりも少し痩せた様子の両親と、母さんの腕の中にいる赤ん坊の三人。

 私が死んだ事実を受け入れ切れていないのか。表情は二人とも優れず、赤ん坊をあやす姿に力がない。

 本当は私が両親の隣にいるはずだった。

 会えなかった時間を埋めるように、たくさん話をしたかった。たくさん話を聞きたかった。たくさん甘えてみたかった。

 でも、もう私の声も、姿も、二人には届かない。

 こんなに近くにいるのに、気づいてくれる様子はない。

 とっくの昔に凍りつき、長らく動かなかった表情が崩れ、涙が溢れる。次から次へと際限なく溢れだし、床へいくつも滴が流れる。しかし、地面にはシミ一つ作られることはない。

 肉体を失った私は、最悪の形で両親との再会を果たし、どうしようもない絶望感に囚われる。

 涙は止まらない。悲哀だけが私の心を支配し、抉る。

「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!」

 私と同じように、泣き続ける赤ん坊。

 まだ名前もない新たな生命。

 空虚な涙でにじむ視界に、生命力溢れる泣き顔が飛び込んできた。

 …………そうだ。

 私は死んだ人間。もう両親に何も返せない。

 でもせめて、新たに両親の子どもとなるあの子を見守ろう。

 私が辿るはずだった家族の形を、あの子を通して見せてもらおう。

 それくらいのわがままは、きっと許されるだろう。

 だって、あの子は、私たちの新しい家族になったんだから。


~~・~~・~~・~~・~~


 日本。某県某所。

 とある一軒家のリビング。三人の男女が言い争っていた。

「誰だよ、そいつ? なんでそんな男と一緒にいるんだ!」

 一組の男女の前で声を荒げる、一人の男性。

 外見的な特徴はこれといってなく、しかし容姿は整っている彼。年は二十代後半。きちっと着こなしているスーツ姿は典型的なサラリーマンのそれ。一目で生真面目さが窺える。

 玄関に続く開け放たれた扉の前。

 相対するのは、部屋の壁際まで下がった男女。

 男性の視線は怯えたような表情を見せる女性へと向けられている。

「……わたし、この人と付き合うことになったから。檜間(ひま)君、わたしと、別れて欲しいの」

 目さえ合わせようとしない女性。かつて恋人だった彼、檜間正一郎に告げた、一方的な離別。

 突然のことに、正一郎の思考は混乱で埋め尽くされる。

 その日の昼間。正一郎は恋人から「話があるから会って欲しい」と連絡を受け、仕事が終わってすぐに彼女の部屋へと訪れていた。

 様子がおかしいことは電話の声で気づいていた。悩み、不安を感じているだろう恋人を少しでも励ましてやらなければと、仕事を早めに切り上げて、彼女の家へと急いで駆けつけた正一郎。

 目の前には見知らぬ男にすがりつき、言葉と仕草で自分を拒絶する最愛の人の姿。

 声を荒げた正一郎の反応は当然といえる。一年間交際していた彼女を、いきなり現れた見知らぬ男に奪われたのだから。

 眉間にしわを寄せ、なおも詰め寄ろうとする正一郎。

 しかし、女性の楯となっていた男性がさらに一歩踏みだし、彼女への接近を拒むように睨みつける。

「どけ! どかないと……」

「どかないと、どうするつもりだ? 俺を、……彼女を殺すのか?」

 女性をかばう男性の言葉に、部屋の空気が死んだ。リビングにつながるキッチンの蛇口から水が規則的に滴り、シンクを叩く音がいやに響く。しばらく、無音の振動が三者の鼓膜を鳴らす。

「…………あんたは彼女にとって、恐怖の対象にしかならないんだよ。彼女があんたと付き合いだして半年くらい経った頃から、ずっと相談を受けてたんだ」

 再び口を開いたのは、女性をかばう男性。

「……相談?」

「『化け物』と一緒にいるのが耐えられない、ってな」

 淡々と告げる男性の瞳にも、正一郎に対する恐怖が浮かんでいた。正一郎と女性を阻むように広がった左腕は微かに震えている。

 そして、ともすれば情けなく見える男性の背にすがる女性。掴まっている男性の着衣に無数のしわを作り、拳を真っ白にして身を小さくしている。

 二人の姿を視界に入れた正一郎に、男性の言葉を否定できる要素は見あたらなかった。

「あんたの、あんたたちの存在を安全だと認めているのは、無責任な国のお偉いさんだけだ。俺たち一般人は、あんたたちを『人』とは認めていない。

 悪いが、二度と俺たちに関わらないでくれ」


 気がつけば、正一郎は彼女の家の前で呆然と立ち尽くしていた。

 振り返れば、彼女の住まいと、堅く閉じられた扉。恋人だった女性の意思を見せつけられるようで、正一郎の心にさらなる追い打ちをかける。

 しばし虚ろな表情でどことも知らない場所を眺めていた正一郎。

 やがて、彼の瞳の色が、暗くかげった。

「化け物、だと?」

 首を折り、表情が隠れた。

「人として、認められない、だと?」

 ネクタイを乱暴にゆるめ、シャツに引っかけた指がボタンを引きちぎった。

「……けるな」

 小さくつぶやき、正一郎はのっそりと女の家屋へ向き直った。

 彼の目は血走り、狂気と憎悪が渦巻き。

 彼の手は爪が皮膚を貫通するほど強く握られたために血が滴り。

 あらわになった彼の首は、黒い首輪のような機械が見え、鈍く光る。

「ふざけるなあああぁぁぁ!」

 正一郎の絶叫。

 瞬間、目の前の建物を、何の前触れもなく大きな爆発が襲った。

「ああああぁぁぁぁ!」

 怨サの混じった慟哭とともに、二度、三度と発生する謎の爆炎。

 瞬く間に燃え盛る火炎。外壁はところどころ崩れ落ち、荒れ狂う炎熱が家の内部をも焼き尽くそうと侵入する。

「うわああぁぁ!」

「きゃああぁぁ!」

 いつしか、独唱だった叫び声は男女三人の三重唱へと変化していた。

 不思議と隣家には一切広がらない爆炎。

 まるで、黒い衝動に支配された正一郎の意志を体現したかのような、不自然極まりない発火現象。

 収まらない怒りが炎となってはぜる。正一郎の衝動は中にいた二人の人間を食らいつくそうと徐々に膨れ上がる。

 閉じこめられた一組の男女が、狂った男の害意に呑み込まれようとした。

「そこまでだ」

 そのとき。

 ふと。

 炎の音と人間の叫び声しか捉えなかった正一郎の耳が、第三者の肉声を届けた。

 反射的に、振り返る。

「…………あ?」

 同時。

 正一郎の憎悪の具現が消滅した。

 発生も消沈も唐突に。しかし、起こした者も意図も別。

 煙くすぶる家屋を背にした、正一郎の視線の先。

 いつの間に配置されていたのか。

 彼の目に映るのは、自分を囲むように配置されている、十数台のパトカー。

 それに倍する数はある銃口。

 さらに倍する数はある鋭い眼孔。

 白黒のバリケードから抜きんでた、自分を睨む一人の初老間際の中年男性。左手には、無線機のような小型の機械が握られている。

「『瞬火花(モメント・イクスプロ)』、檜間正一郎。放火と殺人未遂、ならびに能力者特別規制法違反の現行犯だ。拘束後『島』へ送検する」

 警官らしい五十代男性の宣告。

 激情で狭まっていた正一郎の視覚が、聴覚が、嗅覚が戻る。

 銃を構える十数人の警官。自分の顔を赤く染める回転灯の光。

 サイレンの音。首にはまった機械から鳴るブザー。

 吸気は熱され暑く。家屋の壁面が燃えた悪臭が鼻腔で暴れる。

「うるさい!」

「…………」

「俺は! 化け物でも! 犯罪者でも! ないっ!」

 正気とはほど遠い眼光。周囲で再び出現し、踊り舞う火の粉。

 正一郎はけたたましく耳障りな音を放つ機械を首からはぎ取り、地面へと叩きつける。

「ライセンスの意図的な破壊も追加だな。まだかろうじて理性は保っているようだが、暴走でも起こされたら面倒だ。力づくで拘束させてもらうぞ」

 眉をひそめる年輩の警官。

 ライセンスと呼ばれた首輪は複雑な構造をした超小型の機械で、決して安価ではない。一瞬、警官の表情にしわが集まり、歪む。

 警官は右腕を水平に上げる。手のひらを開き、理性のタガが外れた青年へ向ける。不意に覗いた警官の首にも、黒い首輪ーーライセンスが装着されていた。

 途端。警官を中心に、不自然な風が巻き上がる。

「『薄風刃(カラレス・エア)』の俺と、『瞬火花』のお前。能力の系統も強度も同じ。手加減しないから覚悟しろ」

「馬鹿か! 風の力なんかじゃ、俺の火を止められない! 俺の邪魔をするな!」

 癇癪を起こす正一郎。体にまとわりついていた火の粉が収束。

 火種は火球を生み、折り重なって炎の蛇となる。

 物理法則を無視した怪奇現象を、冷静に観察する警官。

 そよ風だった微風は渦を巻き、巻き込む範囲を増やして成長する。

「……っはぁ! 燃えろぉ!」

 先に動いたのは蛇。火の粉を糧とし、大型トラックほどの大きさもある顔。赤く揺らめく胴体は正一郎の近くを基点として伸び続け、限界が見えそうもない。

 警官に残り数メートルで達するという場所で、蛇が大顎を解放する。一人の人間を葬るには十分な熱量。灼熱の釜へと誘う口腔が、警官を一息で飲み込まんと迫る。

 直後、警官は蛇に飲み込まれ、炎に包まれた。

「はははっ、ざまぁみろ! ……焼けろ! ……はぁっ、……死んじまえ!」

 息を荒げながら、高笑いをあげる正一郎。

 一人の人間を火葬した蛇は次の獲物を探し、視線を巡らせる。無機質な生気なき目に射抜かれ、銃口を構えたまま、息を呑む警官たち。

「ぬるい」

 敵へ睨みをきかせていた蛇が、その身をかすかに震わせた。そして、空気を焦がす音の中にこぼれた小さなつぶやきが、事態を動かす。

 そよぐ風。炎蛇の体をわずかに揺らす。

 包む風。炎蛇の体を圧迫し、火の勢いを収束させていく。

 弾ける風。炎蛇を内から殴りつけ、細かな火の粉を辺りへ散らす。

 巻き起こる暴風。炎蛇は体内から弾け飛び、実体のない火炎の肉片が四散する。

 蛇の抜け殻からは、焦げ跡すらない無傷の警官。肉体を爆散させた蛇よりも鋭い視線が、正一郎をその場に縛り付ける。

「う、あ、…………ぁ?」

 動揺する正一郎。そして、ようやく気づく違和感。

 声が出せない。

 否。

 息ができない。

「お前は火。俺は風。相性が悪かったな」

「……っ? …………はっ……?」

「火は可燃性の気体ーー酸素がなけりゃ、いずれ消える。大気に含まれる酸素量をいじれば、どうなるかはわかるだろ?」

 正一郎は窒息で苦しみ、首に手をあてがう。警官を射殺すように眼孔を鋭くするも、先ほどのような爆発も火の粉も発生しない。

 次第に呼吸すらままならなくなっていた正一郎。まともに動くことも難しい。その場でうずくまる。

 警官は放火魔の周囲から酸素を逃がし、呼吸を奪う。ただ立つだけで、一つの命を手中に収めた。

 二人の異能者。ぶつかった奇怪。

 地面に飛散した炎。かつて生物の形を模したものの、原型を忘れて灯火(ともしび)となって揺らめくしかできない。残ったそれらも、業火を防いだ風の余波が吹き消す。

 勝敗は既に決した。

「じゃあな。しばらく眠れ」

 途端、正一郎の後頭部に鈍い衝撃が走る。

 完全な酸素欠乏になる前に、圧縮された空気の固まりが鈍器となり、正一郎の意識を容易に刈り取る。

 正一郎は声もなく、うつ伏せで倒れた。

「よし、一般刑事は被害者の保護。新米どもは能力者用の手錠と能力制限装置をつけろ。檜間はBランクで、暴走しかけていた。制限装置をつけても油断するなよ。制御装置は、暴走に関してはまだ完璧じゃないんだからな」

「了解」

「了解です」

 正一郎を無力化した年輩の警官から指示を受け、パトカーの陰から複数の警官と、かなり若い数人の警官が顔を出す。

 前者は年輩の警官によって鎮火済みの家屋へすぐに足を踏み入れ、後者の首には、正一郎や風を操った警官同様、ライセンスが装備されていた。

 指示を出し終え、首を回す警官。手錠やライセンスに似た首輪を気絶した正一郎につける新米刑事たちを眺める。作業はたどたどしく、鍛えて数ヶ月ほどの彼らでは、教官である彼と同ランクの犯罪者を任せるには頼りない。

「檜間正一郎……Bランクの火の操作に特化した能力者。ひよっこに任せるのは不安だな。俺も付き添う、か。

 ったく、あいつらを送り出してすぐこれか。『島』で会ったら、少しくらい様子を見てやるとするか」

 白髪の混じりだした頭をかきむしり、独り言を漏らす。そして、正一郎の事件による今後の手続きの手順を頭の中で整理しながら、警官はきびすを返した。


 一般人よりも優れた能力を持ち、果ては超常現象をも引き起こす『能力者』と呼ばれる存在。

 一部の神話や聖書、創作物などの中でしか認知されなかったはずの、人を超越した者であり、異能者。

 二十二世紀を間近に控え、彼らはここ二十年で急速に増えていった。能力者の絶対数は未だ少なく。能力を持たない人間との軋轢は深くなる一方。

 突如訪れた変化。この現象を人類の進化と見るか、はたまた旧人類の淘汰と見るか。いまだ世界は答えを見出せていない。


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