勘違いしてるのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第8弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、オルガの関係を描いています。
※本編の時間軸は「分け合いたいのは、君のほう。」直後の話です。
前作未読でもお読みいただけます。
ノインは、どういう人物だろう?
オルガの中にあるノインという人物は、ちっちゃくて、とても素直で、なにをするにも助けてくれた優しい幼馴染だ。
黒髪と、薄い桃色の瞳で、顔立ちは整ってる。
くすんだ亜麻色の髪と、灰色のかかった緑の瞳の自分とはかなり違う。
その頃から自慢だったけど、騎士団の試験を受けに行って、14歳で受かってそのまま帰って来なくなった。
騎士なんてものになる人が自分の村から出るなんて、すごい。
オルガの中では、ノインは夢をつかんだ自慢の幼馴染になった。
そう、自分が王都に会いに来るまでは。
背が伸びて、さらにかっこよくなった彼を見て、これは絶対にモテるし、好きな女の子がいるだろうと踏んだし、すでに恋人がいるかもと思った。
騎士団の詰所を訪ね、濃紺の騎士の制服姿で彼が現れたのを見て、気分が高揚してぺらぺらと喋り過ぎたのは……反省してる。
(ホントに反省してるよ…………)
ずっと好きだったと告白されたのは、まあ、そこまでは冗談というか、好きな相手に告白をする練習だと思い込んでいた。
ノインはただの自慢の幼馴染で、異性の対象ではなかった。
チューの話をした途端に態度が変わって押し倒さ……れた、と思う。
したことがあるのかと問われ、それはそう、と答えてしまった。
近所のおばあさんが飼ってる猫が可愛くて、つい……。
しかしノインのはチューではない。
あれは、ちがう。
口と口がぶつかるのがチューなのであって、ノインの言う『キス』というのはなんというか、濃厚というか。
なんでそんなことするの? って、なる。
息がうまくできないと言ったら、じゃあ練習しましょうと言ってきた。
でもいまだにうまくできない。ごめんね、ノイン……。
そもそも、ノインは触ってきすぎな気がする。
(なにがそんなに面白いのかなぁ)
素敵なお嬢さんたちとはまったく違うわけだし。
ぼんやりと考えながら、オルガは夕方の台所に立っていた。
まだ少し明るい時間帯なこともあり、窓から差し込む光が木の床に長く伸びている。
(うーん。どうやったらノインみたいに美味しくできるのかな。塩? タイミング?)
顔をしかめて鍋を覗き込んでいたら、背後に気配がした。
「大丈夫ですか」
「っ」
また!
「大丈夫!」
止めないと、ノインが先回りをしてなんでもしてしまう。
ここに来た頃はそれがあまりにも楽だったのだが、真剣に結婚を考えるとなると、話は違う。
だって夫婦になるんだし。一緒に暮らすんだし。
「すわって、まってて」
「…………」
はい、と言って引き下がるのかと思ったが。
ノインが少し考えてからこちらを見た。
「触れてもいいですか?」
「………………」
どっ、と言いかけて、オルガは息を吸って、吐く。
どうしてこう、ノインは触りたがるのか。
(五年離れててさみしかったとしても、触り過ぎって思っちゃうけ、ど)
でも。
わざわざ尋ねてくるわけだし、ダメと思ったこともない。
待って欲しいとは、よく言っている気がする。
「い、いいとも!」
よし来い!
許可を出すなり、ノインがさらに距離を縮めた。
頬に影が落ちて、軽く、唇が触れる。
ん???
少し離れたノインを見て、オルガは首を傾げる。
「チュー……」
だよね?
と、思っていると、ノインが怪訝そうにしていた。
「いっつもキスするのに」
「っ」
びくっとノインが目を見開く。
単に珍しいなと思ったから口に出てしまったのだが、そんなに驚かれるとは思っていなかった。
「ご、ごめん。ノインはキスが好きだと思ってたから……。
あ、でも体にチューはよくしてるよね」
「…………?」
不思議になっているノインは「あの」と口を開いた。
「すみません、よく、わからなくて」
「ん?」
「オルガの言う、チューとは、キスのことですよね?」
「???」
いや違う。
「違うよ?」
「え?」
おお、ノインがすごく珍しい表情してる。
「ほら、夜に……ノインが、よく、えっと」
言葉を探すものの、うまく表現できない。
「息が苦しくなって、頭がぼーっとして……」
思い出してしまうと、頬が熱くなってくる。
「あれが、キスでしょ?」
「……………………」
ノインがなにか心当たりがあるのか、気づいたように眉をひそめた。
「そういえば、口と口をぶつけるのがチューとか、言ってました、ね?」
「うん、そう」
「したこと、ある、と言ってました、が」
途切れ途切れに言うものだから、オルガのほうが困惑する。
「あるよ。誰だってそれくらいあると思うけど」
「そういえば、あの時俺の質問に答えてなかったですね。だれ……、と、したんですか」
「ええ? 近所に住んでる脚の悪いおばあちゃんいるでしょ? そこの猫だけど」
「………………………………」
なんかショック受けてる。
「子猫とかかわいくてね。時々、うちの鶏の卵持って行ってあげてその時に…………ノイン?」
ノインは一度、深く息を吸った。
「すみませんでした」
「ん?」
どうしたの?
「それと、オルガ、君の言う『チュー』というのは、キスのことですよ」
「……………………?」
「俺がしているのもキスです」
「???」
待って?
ノインが嘆息して、また近づいてきた。
もう一度、そっと唇が触れる。
「これがキスです」
………………?
ぱちぱちと瞬きをして、首を反対方向に傾げる。
「キス? じゃあノインのは? それも、キス? チュー?」
どういうこと? どっちもキスで、どっちもチューってこと???
「音をたてますから、少し待ってください」
落ち着いて、とノインが言ってくるが、オルガは混乱して「ええ?」と困り果てた。
「こう」
軽く音をたてて、触れられる。
「音がそうだと思います」
「……うん。うん?」
うん???
「キス? ぜんぶ!?」
「はい」
「舌は?」
ぎくっとしたようにノインが身を強張らせる。
「…………キス、です」
「触るのは?」
「え……」
「首とかに痕つくのは?」
一瞬、ノインの視線が逸れた。
「……そ、れはキス、です」
「えええ……」
じゃあ、今までのは。
「全部、キス?」
「……はい」
キス。
なんてこった。
(十九年生きてきて、初めて知った……)
チューはキス。
「でも気持ちいいのはどっちもだから、そっか」
納得はできるがしょぼんと肩を落としてしまう。ノインがすぐさま一歩分離れた。
なんで離れるの?
「オルガ」
「なに?」
「それ以上は、危険です」
「危険?」
なにが?
鍋の煮える音だけが、室内に響く。
なにか危険が? と、オルガはきょろきょろと見回した。
「特になにもな」
い、と続けようとしたら、真っ赤になって目を閉じていた。
「ノイン?」
「危険です」
「どうして?」
「………………………………」
近づくなと言わんばかりに両の掌を少し上げて、こちらに見せている。
「大人しく待ってますから」
さらに一歩離れてしまう。
オルガは不思議になりつつ、そこから離れるノインから視線をはずした。
(そうかキ…………あっ、塩入れないと!)
ハッとして鍋に塩を入れてうかがう。
(もうちょっと? くっそー。ノインがなんでも食べるから味の好みが全然わからないじゃない。
うっ、もうちょっと具を増やしたほうがいいかな……。あああ、考えたくないのに残りの銀貨のこと考えちゃうよ……!)
――オルガはすっかり、今までの会話を忘れてしまっていた。
***
お風呂上りに髪をかわかしながらお茶を飲む。
ゆっくりしていると、入れ替わりでお風呂に入っていたノインがあがってきて、壁際に置いている剣を手に取っていた。
簡易ベッドを壁に寄せて、低い椅子を用意して腰掛ける。
その様子をじっと見ていると、ふいに視線がこちらに向いた。
「どうしました?」
「うん……剣の手入れ、毎日してるなって」
「使いますから」
風呂からあがると必ずしている。
装飾なんて一切ない、ノインらしい剣を膝の上に横たえて布で刃をなぞっている。
油を含ませた布で、刃にそって一定の速度で滑らせているその手つきは、角度が一切変わらない。
「……重そうだね」
「そんなことはないですが、君には重いです」
「そういえばさ、ノインの模擬戦でね」
手元に視線を戻していたノインがぴた、と手を止めた。
「ノインだけ、こう、剣を構えなかったね」
ちら、とノインが見てくる。
ポーズを決めているオルガに、小さく笑って見せた。
「変ですか?」
「うーん。でも、なんかノインはすごいんだなって思ったよ」
よくわからなかったけど。
(気づいたら相手の剣が弾かれてるんだもん。二回目に戦った時なんて)
あ。
「そうだ、ノイン」
「はい?」
「足元見てたら危ないよ?」
「………………………………」
ぽかんとしてから、ノインがくく、と笑う。
「な、なに? 変なこと言った?」
「いえ、かわいいことを言うなと思っただけです」
「かっ、かわいい?」
「そうですね。余所見は危ないです」
「そうだよ」
よく見てくれたんですね、とノインが小さく言う。
「……近くで見てもいい?」
「面白いものではないですし、刃物なので」
遠慮がちに言われているが、来るなということだろう。
まあ……そうだよね。
剣は騎士にとっては大事だし、女に見せたくないという人もいるだろう。
「…………近寄らないなら、なにか見せましょうか」
「? うん」
ノインが腰を上げてから、剣を鞘に収める。
革で補強がされている木製の鞘だ。ノインはなんてことないように剣を持っている。
あの模擬戦の時のように、すっと視線が一瞬動いた。
と、思った時には、ノインが鞘ごと剣を横一文字に振り終わっていた。
遅れて、音がした。オルガの髪もわずかに揺れる。
「?????」
動いたのが、見えなかった。
「それ以上近寄ると危ないのが、わかりましたか?」
「…………わ、かった」
少しだけ踏み込んだ姿勢になっていたノインが、姿勢を正して椅子に腰掛け、鞘から剣を抜いて手入れを再開させる。
「………………」
やはり、すごい実力者なのでは???
「ね、ねえノインって、やっぱりその、強いの?」
「いえ、俺は強くはないです」
「そうなの!?」
すごそうに見えるけど!?
「うまく使っているだけです。自分の体と剣を」
そ、そうかなあ?
(絶対に強そうなのに)
手入れを終えて鞘に収め、いつもの定位置――壁際に剣を置く。
じーっと見ていたことに、ノインが苦笑した。
「そんなに気になりますか」
「え?」
置いた剣を持つと、オルガのほうに近づいてくる。
「重いので気をつけてください」
柄元を持ち、鞘の中央あたりをささえたままノインが持たせてくれようとする。
「…………いいの? 嫌じゃない?」
「? 嫌ではないです」
「で、でも、これ、大事だよね? 女の人が触るの嫌がる人、いるんじゃないの?」
おろおろするオルガを見て、ふふふ、とノインが笑い声をたてた。なんだかよく笑う。
「俺は嫌ではないですよ」
「……………………」
そう言うならと、そっと指を伸ばす。
「柄の部分を持ってくださいね」
「う、うん」
滑りにくくするためか、柄には革が巻かれている。
と、ノインが持つ手をゆるめた。
「おもっ!」
パッとノインが軽く持ち上げる。
ほんの少しだけ持ったが、その重さに驚くしかない。
「こ、これ、毎日振ってるの?」
「振りますし、持ち続けます」
「…………」
それは。
「た、大変だ。すごいんだね、騎士って」
「ふっ」
堪えきれないというように、ノインが笑い出してしまう。
なんでそんなに笑うの?
「ふ、ふふ、すみません」
「ん?」
「君が素直に待ってるから」
「???」
首を傾げていると、ノインが唇を笑みの形にしたまま目を細める。
「手入れは終わったので、練習しましょうか」
練習。
「…………っ」
意味がわかり、オルガは慌てて両手を振った。顔が真っ赤に染まる。
「ち、ちち、違う! いや、え、違わないけど、違うよ!?」
そういえば手入れが終わるといつも、「行きましょう」とノインに言われて促されるのでなぜか待ってしまっていた。
「癖、っていうか、そ、ね!?」
「では今日はキスをたくさんしましょうか」
「っ、さ、う」
「チューもしますよ?」
「っ!」
うっ、とオルガが言葉を詰まらせる。
「俺にチューがしたいんですよね」
ひっ!
「どこに?」
「あ……ぅ」
過去の自分はなんてことを。
「はは」
耐えきれないと言わんばかりに、ノインが声をたてた。
「の、ノイン! 笑わないでよ!」
「だって」
うれしそうに、見てくる。
「君があんまりにも無防備だから」
う!
「むっ、そんなことないよ!?」
「気持ちいいって言ってくれて、嬉しいです」
「うわあああ!?」
そんなこと言ったっけ!?
「ちち、違う! 違わないけどっ、うっ」
「俺も君とキスするの、気持ちいいですよ」
「わあああああああああ!」
恥ずかしさのあまり、オルガは頭を抱えて視線を逸らした。
(も、もう二度とチューとか言わない……!)
*****
後日。
「副団長」
ノインの所属する小隊の小隊長であるトールは、ノインに声をかけようとしていた副団長をびくりとさせた。
「ト、トール……」
「ノインは訓練中ですが」
「助言を……」
「彼は副団長より実力があるでしょう?」
今さら助言?
「助言は、受け取る側が求めたときに成立します」
「…………」
「あなたは立場が上なんですから、ノインが受け答えをするのは当然ですが」
「うぐ」
「何度も断っているでしょう本人が」
ちら、と副団長が模擬戦の申し出を受けているノインを見た。
教本通りの剣を使う騎士とは違い、ノインは片手で剣を持ち、一瞬の隙に踏み込んで相手の武器を弾き飛ばしている。
絶妙に角度をずらして跳ね上げる、最小限の動作でおこなう剣技。
「だ、だがな、近衛も討伐も、あいつを引き抜こうと……それに、あんな田舎娘、なにがいいのかわからん」
「ノインが彼女がいいと言っているのだから、仕方ないでしょう。これ以上は業務妨害です」
「トール……だがオレだけじゃない。団長だって」
そう言いかけて、止まった。
穏やかな表情で諫めていたトールの表情を見て、副団長が仰け反る。
「これ以上続くなら、私から正式に報告を上げます」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は、二人の認識違いの話でした。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
次はもう少し日常寄りになる予定です。
感想などいただけたらとても励みになります。




