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童話系短編

クリスマスプレゼント

作者: 腹黒兎


 空気が冷たくなり始めると、夜の訪れが早くなる。一番星が現れ、残っていた茜の空が藍色に塗りつぶされていく。茜の残骸が西へと消えていくと街に街灯が灯り始めた。

 月よりも星よりも明るい街灯に照らされた街中をミアは歩いていた。

 冷たい空気のせいで真っ赤になった指先を温めようと息を吹きかけるが、風が手足の熱を容易く奪っていく。あかぎれだらけの指が痛むのは寒さだけのせいではない。

 冬場の洗濯係は成り手が少ないので良い稼ぎになる。真面目に頑張れば、時折食べ物をもらえることもある。今日は賃金の他に特別にシュトーレンを分けてもらえた。

 パンとスープだけの予定だったけれど、これで少しはクリスマスイブらしいご馳走になる。家で待つ弟たちの喜ぶ顔を想像してミアは嬉しくなった。歩く足も自然と早くなる。

 ミアの家はとても貧しい。母親は双子の弟を産んだ時に体を壊したせいで、外で働くことができなくなった。その代わり、家でできる繕い物などの針仕事をしている。父親は割りの良い仕事を求めて貿易船に乗ったままもう二年も帰ってこない。同じ船に乗った人から、父親はまた別の船に乗ったと聞かされたがその後の消息は分からないままだった。

 母親の針仕事だけでは食べていけないので、十歳のミアも働きにでていた。冬場の洗濯は割りが良い。冷たい水で洗う仕事は手足が悴むし手荒れが酷くなるからなり手が少ない。ちゃんと働けばミアでも良い給金がもらえる。

 ようやくじんわりと温まってきた手を動かしていると、地面がより明るく照らされていることに気がついた。ずっと俯いていた顔を上げると、すぐ横にショーウィンドウがあった。

 灯りに照らされたそこには大きなクリスマスツリーが煌びやかに飾られていた。ツリーの下には色鮮やかなプレゼントの箱があり、その上には素敵なオモチャが乗っている。

「……きれい」

  キラキラと光り輝くショーウィンドウの中は夢みたいに綺麗で、見ているだけで幸せな気持ちになってくる。

 可愛い人形、大きな車の模型、色鮮やかな積み木、ドールハウス、知らないオモチャもたくさん。

 誰が買うんだろう。どんな子が遊ぶんだろう。

 私なら、お人形がいい。フリルとリボンがたくさん付いたドレスを着たお人形。お姫様みたいな綺麗なお人形。

 ミアがうっとりと見つめていると、お店の人から邪魔だと追い払われてしまった。

 慌てて離れると傷だらけの指がじくじくと傷んだ。傷だらけでカサカサの手に目をやれば、自分の粗末な服も目に入ってくる。お人形のドレスとは程遠い服が惨めに感じた。

 つぎはぎだらけで恥ずかしいと思ってしまったことにミアは罪悪感を抱いた。古着でさえ容易く買えない中で、母親が一生懸命に繕ってくれたのを知っているのに。

 街はこんなに明るくて綺麗なのに、ミアの心は暗くてとても泣きたくなった。

 大きな通りからひとつ道を外れると外灯は少なくなるが帰り道に不自由はない。萎んでしまった気持ちのミアは少し不安になりつつも家路を急いだ。

 ミアの進む方向に何かが蹲っていた。道の端に酔っぱらいがいることはよくある。いつもなら関わらないように離れて通り過ぎるのだが、ミアは足を止めた。その影が小さかったからだ。近づいてみれば自分よりも小さな男の子が足を抱えて座り込んでいる。

「……だいじょうぶ?どこか痛いの?」

 ボサボサの髪の男の子は弟たちよりも大きかったが、見上げた顔はとても疲れ切っているように見えた。

 声をかけるとゆっくりと頭を横に振る。

「おうち、帰らないの?」

「寒いよ?」

 男の子は何を聞いても首を振るだけなのでミアは困ってしまった。早く家に帰りたいけれど、声をかけてしまったので放っておくこともできない。

 悩んだ末にミアはポケットから今日もらったシュトーレンの包みを取り出した。

「…………これ、あげる」

 帰ったらみんなで食べようと思っていたシュトーレンを手放すのは、本当に本当に嫌だったけど、痩せた体がろくに食べていないように見えて胸が苦しくなった。ミアには帰ったら家族がいて、パンとスープがある。でも、寒空の中座り込んでいる子にご飯があるとは思えなかった。

 弟たちよりも細い手に包みを持たせると、困ったように見上げてきて押し戻そうとする。包みを持った手の上に自分の手を重ねて、大丈夫だと頷いた。

 だって、明日はクリスマスだもの。

「すごく美味しいから、食べて」

 目を見て教えてあげると、ようやく男の子は小さく頷いた。シュトーレンの包みを大事そうに抱える姿を見て、ミアはほっと安心した。それじゃあと帰ろうとした時、男の子が懐から何かを取り出してミアに差し出した。

「くれるの?」

 男の子が突き出した拳の下に両手を差し出すと、男の子は強く頷いてから手を開いた。ミアの手に転がり落ちたのは木で作った星の飾りだった。木を彫って作った飾りは素朴だがとても丁寧に作られていた。

「ありがとう。私、もう帰るけど、あなたも早く帰りなさいよ」

 もらった星をポケットに入れて歩き始める。途中で思い出したように振り返ると、男の子は包みを持って立ち上がっていた。

「聖なる夜の祝福がありますように」

 ミアは心から笑って手を振り、今度は振り返ることなく家へと帰って行った。

「君に祝福を――」

 去っていくその背を、男の子は微笑んで見送った。


 ミアが家に帰ると母親と弟たちが笑顔で出迎えてくれた。シュトーレンは無くなったが、弟たちが近所の手伝いでもらったクッキーを半分に割って四人で仲良く食べた。母親は三人の子供たちに手袋をプレゼントしてくれた。それはとても暖かく感じた。

 ミアは、男の子にもらった木の星を思い出し、テーブルの真ん中に置いた。クリスマスツリーは無いから、みんなが見える場所に置いてみた。

「ベツレヘムの星ね」

 星を見た母親が、緑色の布をくるくると丸めてツリーのような三角形を作り、その上に星を置いた。弟たちは「ツリーだ」と喜び、ミアも嬉しくなった。

 翌日、目を覚ますとテーブルの上にたくんのプレゼントが置かれていた。驚くミアたちの前に現れたのは、身なりの良い父親だった。

 父親の乗った船は嵐で難破し、知らない町に辿り着いたという。帰るための費用を稼ぐために港で働くことにしたが、そこで大きな事故があり人助けをしたことがきっかけである富豪に気に入られ、良い仕事に就くことができたと、嬉しそうに語った。

 そうして、たくさんのお土産を持って家族を迎えにきてくれた父親はみんなを抱きしめてくれた。ミアは思いがけないプレゼントをもらい、泣きながら喜んだ。

 テーブルに置かれた小さなツリーの星が朝日に照らされて金色に輝いていた。


  おわり


お読みいただきありがとうございます。

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