楼蘭土・吾利羅条:第十一節
十一、吾蘭那曰「始我攻麻利国。松尾不過輔之。然今、彼国縦麻利。我必簒彼地」以調兵馬。以万卒千騎攻松岡城。喜嶺堡善戦二月。松尾之兵憊、其馬痩。喜嶺堡見之曰「我民窮、元之非我意。抑国将亡、之此為我縦麻利矣
云『致墜匪嫚』而民窮、故我不徳。我聴楼蘭土王有徳。宜譲国哉」以降吾蘭那
十一、吾蘭那曰はく「始め我が麻利国を攻む。松尾はこれを輔けたるに過ぎず。然るに今、彼の国麻利を縦にす。我、必ず彼の地を簒はん」と。以て兵馬を調ふ。万卒千騎をもって松岡城を攻む。喜嶺堡善く戦ふこと二月。松尾の兵、憊つ、其の馬痩つ。喜嶺堡これを見て曰はく「我が民窮す、元よりこれ、我意にあらず。抑も国、将に亡ばんとす、之此れ我が麻利を縦にしたるが為なり。云ふ『墜を致すは嫚ならざるや』と。而して民が窮するは、我が不徳の故なり。我聴く、楼蘭土王徳ありと。宜しく国を譲らんかな」と。以て吾蘭那に降る。
十一、吾蘭那は「はじめ、私が麻利を攻めた。松尾はこれを助けたに過ぎない。であるのに今、かの国が麻利を独り占めにしている。私は、必ず彼の土地を取り返す」と。そうして、兵馬を用意した。吾蘭名は万の歩兵、千の騎兵で松岡城を攻めた。喜嶺堡塁は二か月の間よく戦ったが、松尾の兵は疲れ果てて、馬はやせ衰えた。喜嶺堡はこの様を見て「私の民が困窮している。これは、もとより私の思うところではない。そもそも国が今にも滅びそうになっているのは、私が麻利を独り占めにしたからだ。『国が衰えるのは驕慢からではないか』と言われている。そうであるならば民が困窮するというのは、私の不徳のせいではないか。私は、楼蘭土の王に徳があると聞いた。そうであるならば、国を譲ってしまうのがよいだろう」と言った。そうして喜嶺堡は、吾蘭名に降伏した。




