麻利条:(城瑠木黍)第四節
五、城瑠木黍十二年、王召右中郎将曰「東方九馬夷、数侵我疆。若討之」右中郎将以百騎当之。九馬退虜千卒。右中郎将、観卒食芋。戻浜故宮白王「臣観夷食芋。臣未知芋食。臣長之、民豊。請賜百畝田。大栄。
城瑠木黍十三年、右中郎将献芋万石。王喜曰「若育百騎、献芋万石。若才有会計。宜司之」以王新任「治香蕉内史」
任官四年、喜嶺堡遂為御史大夫。
五、城瑠木黍十二年、王、右中郎将を召して曰はく「東方九馬の夷、数々我が疆を侵す。若これを討て」と。右中郎将百騎をもってこれに当たる。九馬、退きて千卒虜とす。右中郎将、卒が芋を食ふを観る。浜故宮に戻りて王に白す「臣、夷が芋を食ふを観る。臣、未だ芋食を知らず。臣、これを長ぜば、民、豊かとならん。請ふ百畝田を賜へ。大いに栄えん。」と。
城瑠木黍十三年、右中郎将芋万石を献ず。王喜びて曰はく「若、百騎を育て、芋万石を献ず。若の才会計に有らん。宜しくこれを司るべし」と。以て王、新たに治香蕉内史に任ず。
任官四年、喜嶺堡遂に御史大夫となる。
五、城瑠璃木黍の治世十二年、王は右中郎将を呼び寄せて「東方にいる九馬の蛮族が私の国の国境を越えてしばしば侵入している。お前はこれを討伐してこい」と言った。右中郎将は百騎馬でこの任務にあたった。九馬は退却し、右中郎将は千の歩兵を捕虜とした。右中郎将はそのとき捕虜が芋を食べていたのを見た。浜故の宮殿に戻って王に「わたくしめは、蛮族が芋を食べているのを見ました。わたくしめはいまだ芋を食べるということを存じ上げませんでした。わたくしめがこれを育て上げれば、民はきっと豊かになると思われます。百畝の畑ををわたくしめにください。国を栄えさせてみせます」と建白した。
城瑠木黍の治世十三年、右中郎将は一万石の芋を献上した。王は喜んで「お前は、百の馬を育て、芋を一万石も献上した。お前の才能というのは会計にあるのかもしれん。これをつかさどる職にあるべきだ」と言った。そうして王は、右中郎将を治香蕉内史に任命した。
治香蕉内史になって四年、喜嶺堡はついに御史大夫となった。
五、
東方九馬夷:麻利国の東には臨卑国があった。この国は希斗人の国であった。希斗族はしばしば九馬族を奴隷にしたので、こうした支配から逃れた一派と思われる。
治香蕉内史:バナナを管理する長官という意味であるが、要は農政、財務の長官。
御史大夫:副首相




