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大乱記上  作者: 両亭
九馬伝
17/37

磨屯条:(荒邱山)第四節~第七節

四、荒邱山二年、王欲征北。遣「我山」、「裸踏」。両国不応。王攻之、磨屯以千兵百騎、以華太以千兵、貴内以百兵百艘、臨卑江辺各以五十兵。我山裸踏忽下。北方苛玖之王懼之而自謁荒邱山、誓従。荒邱山、封将「世礼」四李公、以令四李公治我山、裸踏、苛玖。苛玖王「田令」為四李丞相弼之。


四、荒邱山二年、王、北を征さんと欲す。我山(ガザン)裸踏(ラタウ)に遣す。両国応へず。王これを攻む、磨屯、千兵百騎を以てし、華太千兵を以てし、貴内百兵百艘以てし、臨卑江辺各々以五十兵を以てす。我山、裸踏忽ち下る。北方苛玖(カキウ)の王、これを懼れて自づから荒邱山に謁し、従ふを誓ふ。荒邱山、将世礼(セイレイ)四李(シリ)公に封じ、以て四李公をして我山、裸踏、苛玖を治めしむ。苛玖の王田令(デンレイ)四李丞相となり、これを(たす)く。


四、荒邱山の治世二年に、王は北を征服しようと思い、我山国、裸踏国に使者を送った。しかし、両国はいずれも応答しなかった。そこで、王はこれを攻めた。磨屯は千の歩兵、百の騎兵で、華太は千の歩兵で、貴内は百の歩兵と百の軍艦で、臨卑、江辺はそれぞれ五十の歩兵でこれを攻めた。我山、裸踏はたちまたち降伏した。北方にある苛玖の王は、磨屯の軍事力を懼れて、自ら荒邱山に謁見して、服属を誓った。荒邱山は将軍、世礼を四李公に封じて、我山、裸踏、苛玖を治めさせた。苛玖王田令は四李丞相となり、四李公を補佐した。




五、田令曰「君知乎、在北大国。名曰『内流』君若欲為大王、宜攻之。臣白。」王欲内流而遣。内流民曰「内流長為『縁社国』所治。縁社王兼任内流王。彼王苛政烈。民生如死。請彼王廃復内流」将報之王。王見義之。命各公造千艘、以内流入。縁社五千軍禦内流而荒邱山四千兵併内流二千兵、以攻之。

荒邱山四年、遂縁社抛内流、退故地。是以荒邱山為内流王。王自治之。将『太礼』為知内流事、令知内流事弼政。


五、田令曰はく「君知るや、北の大国あるを。名を曰はく『内流(ナイリウ)』と。君、若し大王たらんと欲せば、宜しくこれを攻めよ。臣、(まを)す」王内流を欲して遣す。内流民曰はく「内流長く縁社国を治むるところとなる。縁社王、内流王を兼任す。彼の王は苛政(はげ)し。民生けども死したるごとし。請ふ彼の王廃して内流を復せん」と。将、これ王に報ず。王これに義を見て。各公に命じて千艘を造らしめ、以て内流に入る。縁社五千軍、内流を禦ぎて、荒邱山四千兵と内流二千兵併せて、以てこれを攻む。

荒邱山四年、遂に縁社、内流を()て、故地に退く。ここを以て荒邱山内流王となる。王自づからこれを治め。将太礼(タイレイ)知内流事となして、知内流事をして政を弼けしむ。


五、田令は、「北に大国があるのをご存じですか。名前は内流といいます。あなた様がもし大王になりたいと思うのであれば、これを攻めるのがよいでしょう。このように建白します」と言った。王は内流の王位を欲して使いを送った。内流の民は「内流は長いこと縁社の支配下にあります。縁社王は内流王を兼任しています。かの王の政治は厳しく、民は生きていても死んでいるようです。かの王を排除して再び内流を復活させてください」と言った。(派遣された)将軍は、王にこのことを報告した。王はこれに義をみて、各公に命令して、千艘の船を造らせて、内流に侵入した。縁社は五千の兵で内流を守った。荒邱山は自国の軍四千と内流の反乱軍二千を併せて、これを攻めた。

荒邱山四年に、遂に縁社は内流を放棄して、故郷に退却した。ここで、荒邱山は内流王となった。王は内流を直轄地とし、将軍太礼を知内流事に任命して、知内流事に政治を補佐させた。




六、荒邱山五年。王更欲併縁社。先攻其封土目泥国。目泥衆産銀則縁社王使献之。荒邱山攻目泥城、目泥善禦之。然王罹疫而死。以兵悉退。


六、荒邱山五年。王、更に縁社を併せんと欲す。先づ其の封土たる目泥(モクデイ)国を攻む。目泥、(おほ)く銀を産めば則ち縁社王、献これを献ぜしむ。荒邱山、目泥の城を攻めるも、目泥、善くこれを禦ぐ。然れど王、疫に罹りて死す。以て兵、悉く退く。


六、荒邱山五年、王は更に縁社を併合しようと思った。そこでまずその属国である目泥国を攻めた。目泥は銀を多く産出し、縁者王はこれを献上させていた。荒邱山は目泥の城を攻めたが、目泥は善戦してこれを防いだ。しかしながら、王は疫病にかかって死んでしまった。そこで兵はみな退却してしまった。




七、然後、将安氐還忽辺螺之都而入宮号譲王。

九馬地従之、不従四李内流。而磨屯三分。一者安氐磨屯国。二者世礼四李国。三者太礼内流国。


七、然る後、将安氐(アンテイ)忽ち辺螺(ヘンラ)之都還りて宮に入り王譲られたるを号す。

九馬の地これに従へども、四李内流これに従はず。而して磨屯は三分せらる。一は、安氐磨屯国。二は世礼四李国。三は太礼内流国なり。


七、その後、将軍安氐は、磨屯の都辺螺に還り、宮殿に入って自分が王位を譲られたということを宣言した。九馬の地はこれに従ったが、四李と内流はこれに従わなかった。そのため、磨屯は三か国に分裂した。ひとつは、安氐の磨屯国、ふたつめは、世礼の四李国、みっつめは太礼の内流国である。

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